第91話

文字数 4,714文字

 …なんて、ズルい女だ…

 私は、あらためて、思った…

 このリンダ・ヘイワースという女…

 あの矢口のお嬢様の危機を知りながら、見て、見ぬフリをするとは?

 うーむ…

 ズルい…

 ズルい女だ…

 「…リンダ…」

 思わず、私は、怒鳴った…

 「…ひとの苦境を知って、見て見ぬフリをするのは、どうかと思うゾ…」

 私は、言ってやった…

 「…それは、人間として、いかんゾ…」

 私は、重ねて、言った…

 すると、リンダが、またも、

 「…フッフッフッ…」

 と、笑った…

 「…な、なんだ? なにが、おかしい?…」

 私は、頭に来た…

 ひとが、必死になって言っているのに、まるで、私をバカにしたように、笑う…

 これでは、頭に来ないのが、おかしい…

 「…なぜ、笑う?…」

 私は、怒鳴った…

 すると、

 「…お姉さん…」

 と、リンダが、声をかけた…

 「…お姉さんは、以前、あの矢口さんに、さんざ煮え湯を飲まされたんでしょ?…」

 私は、リンダの問いかけに、

 「…」

 と、答えられんかった…

 「…なのに、どうして、怒るの?…」

 「…どうして、怒るだと? どういう意味だ?…」

 「…だって、そんなに、煮え湯を飲まされたんなら、憎いでしょ? それなのに…」

 リンダが、笑う…

 たしかに、リンダの言うことは、正論だった…

 当たり前のことだった…

 私は、あの矢口のお嬢様に、何度も、煮え湯を飲まされた…

 文字通り、何度も、だ…

 が、

 不思議と嫌いには、なれんかった…

 どうしてだか、自分にも、わからんかった…

 が、

 ずっと、考えて、わかった…

 以前も、言ったが、あの矢口のお嬢様には、少しも、意地の悪さとか、そういった性格の悪さを感じんからだと、気付いた…

 誰もが、そうだが、性格の悪い人間は、嫌いだ…

 性格の悪い人間を好きなのは、同じように、性格の悪い者だけだ…

 まさしく、類は友を呼ぶ…

 同じような連中が、集まる…

 が、

 あの矢口のお嬢様には、そんな性格の悪さは、微塵も感じない…

 だから、私は、あのお嬢様を恨むことは、できん…

 と、言っても、当然、好きではない…

 自分を何度も利用した人間を好きになる人間は、いない…

 私も、同じだ…

 ただ、ハッキリ言えば、苦手なのだ…

 どうして、苦手なのか、よくわからん…

 私と同じ顔をして、東大を出ているからとか…

 とんでもない、お金持ちだからとか…

 色々、理由がある…

 周囲の人間は、おそらく、同じ顔で、あのお嬢様の方が、お金持ちで、頭がいいからと、いうだろう…

 が、

 違う…

 本当のことを、いえば、生理的というか…

 ただ、苦手なのだ…

 ほかに、答えはない…

 これは、誰にも、思い当たることは、あるだろう…

 一目見て、苦手なのだ…

 が、

 嫌いではない…

 ただ、苦手なのだ…

 だが、決して、憎いとか、そういうものではない…

 なにより、あのお嬢様の立場に立てば、私を利用したのは、わかる…

 今回も、そうだが、前回もまた、スーパージャパンが、危機のときだった…

 経営危機のときだった…

 だから、やむなく、私を利用したのかもしれん…

 好意的にとれば、そう取れる…

 だから、嫌いになれない…

 やむにやまれぬ事情が、あったと、思うのだ…

 だから、

 「…憎くは、ないさ…」

 と、答えた…

 「…どうして、憎くはないの?…」

 「…前回のときも、そうだが、今回も、あのお嬢様の会社が、危機だから、私を利用したのさ…仕方がなかったのさ…」

 「…仕方がなかった?…」

 私の言葉に、リンダは、目を丸くして、呆気に取られていた…

 「…きっと、好きで、私を利用したわけじゃないさ…だから、仕方がないさ…」

 私が、言うと、リンダは、しばらく、考え込んだ…

 それから、少しして、

 「…お姉さんが、本気で、そう言っているのは、わかる…」

 と、呟いた…

 「…だから、お姉さんは、好かれる…誰かも、愛される…」

 「…なんだと? どういう意味だ?…」

 「…今度の一件…黒幕は、あの矢口さんよ…」

 「…なんだと? …ウソを言うな!…」

 「…ウソじゃないわ…」

 「…どうして、ウソじゃないと、言える…」

 「…リンダ・ヘイワースのCM…」

 「…オマエのCMだと?…それが、どうした?…」

 「…日本で、流すCMが、決まったと、以前言ったでしょ?…」

 たしかに、以前、聞いたような…

 すっかり忘れていた(苦笑)…

 「…あのCM…オスマン殿下の力で、決まったと、思っていた…」

 「…オスマン殿下の力だと? …どういう意味だ?…」

 「…私のCM…自分で、言うのも、なんだけれども、私の意思で、決まるわけじゃない…」

 「…オマエの意思で、決まるわけじゃないだと? だったら、誰の意思で、決まるんだ?…」

 「…周囲のスタッフの意思…」

 リンダが、即答した…

 「…スタッフの意思だと?…」

 「…誰もが、一人で、生きているわけじゃない…まして、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれる地位になると、周囲の意見を聞かなければ、ならなくなる…」

 「…どうしてだ?…」

 「…自分一人の力で、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれる地位に上り詰めたわけじゃないからよ…」

 「…」

 「…だから、周囲の意見を聞かなければ、スタッフに見捨てられる…」

 「…」

 「…ちょうど、日本の議員で、いえば、後援会と、いっしょ…国会議員だろうと、市会議員だろうと、自分を応援してくれる人間が、いないと、当選できない…それと、同じ…」

 「…」

 「…だから、スタッフの意見を無視できない…」

 「…それと、あのお嬢様と、どう関係があるんだ?…」

 「…大ありよ…」

 「…大ありだと?…」

 「…考えて見て、お姉さん?…」

 「…なにを、考えるんだ?…」

 「…一体、なぜ、矢口さんが、あの、セレブの保育園のお遊戯大会に現れたか?…」

 「…なんだと?…」

 「…誰かの推薦が、なければ、矢口さんは、あの場所に立つことは、できない…」

 当たり前のことだった…

 あの矢口のお嬢様の経営するスーパーは、安売りスーパー…

 セレブの保育園とは、真逆だ…

 セレブ=金持ちの子弟の通う保育園とは、真逆だ…

 だから、当然、誰かの紹介が、なければ、あの保育園には、入れない…

 だから、あの矢口のお嬢様は、誰かの紹介で、あのセレブの保育園に、入ったに違いない…

 いかに、子供たちに、お菓子を配るだけでも、誰かの紹介がなければ、あの場に立つことは、できないからだ…

 つまりは、あのお嬢様には、仲間がいたということだ…

 が、

 その仲間が誰か、わからない…

 真っ先に、思い浮かんだのは、葉問だった…

 そして、次に、思い浮かんだのは、ファラド…

 後は、考えられるのは、オスマン殿下ぐらいだ…

 私は、思った…

 「…一体、誰だ?…」

 私は、聞いた…

 が、

 リンダは、またも、

 「…フッフッフッ…」

 と、笑って答えなかった…

 「…葉敬…」

 と、リンダは、笑って言った…

 「…お、お義父さん? …」

 私は、驚いた…

 まさか、ここで、お義父さんの名前が、出るとは、思わんかったのだ…

 「…お義父さんだと? …ウソを言うな…」

 私は、怒鳴った…

 すると、

 「…そう…ウソ…」

 と、言って、リンダは、笑った…

 「…なに? ウソ?…」

 私には、なにが、なんだか、わからなかった…

 リンダの言うことが、わからんかった…

 一体、リンダの言うことが、どれが、本当で、どれが、真実か、わからなかった…

 そもそも、あの矢口のお嬢様が、黒幕というのも、怪しい…

 が、

 あのお嬢様が、誰かとツルんでいる…

 誰かと、グルになっているのは、わかる…

 あのセレブの保育園に通う園児たちの誰かの父兄の口利きがなければ、あの場に立つことは、できないからだ…

 が、

 それが、誰かは、わからんかった…

 いや、

 わからんわけではない…

 冷静に、考えれば、わかる…

 それは、葉問…

 あるいは、オスマン以外にいない…

 なぜなら、あのお遊戯大会のMCを、矢口のお嬢様は、していた…

 だから、当然、あらすじは、知っている…

 台本は、知っている…

 つまり、あのとき、みんなに、お菓子を配り、AKBの恋するフォーチュンクッキーを、踊ると言いながら、その一方で、ファラドが、騒動を起こすことを、事前に、知っていたわけだ…

 いや、

 そうではない…

 ファラドが、騒動を起こすか、ファラドが、騒動に巻き込まれるか…

 そのどちらかを、知っていたに違いない…

 つまり、あのお嬢様は、ファラド側に立っていても、不思議ではない…

 要するに、ファラドの紹介で、あのセレブの保育園に、やって来たとしても、おかしくはない…

 そういうことだ…

 つまり、二択…

 あのお嬢様は、騒動があることは、知っていたが、その結末を知っていたか、どうか、までは、わからない…

 ただ、なにか、あるとは、わかっていたに違いない…

 それに、あのお嬢様…

 ただの生粋のご令嬢ではない…

 深窓のご令嬢ではない…

 十分に、たぬきというか…

 ずるがしこい(笑)…

 この矢田トモコに、匹敵するほど、ずるがしこい(笑)…

 うーむ…

 となると、やはりというか…

 あのお嬢様の立ち位置がわからん…

 ファラド側なのか?

 あるいは、

 葉問側なのか?

 わからん…

 いや、

 そうではない…

 今一度、あのお嬢様の立場に立ってみれば、わかる…

 あのお嬢様の立場に立って、見れば、なにが、大切か、わかる…

 私が、あのお嬢様の立場に立ってみれば、大切なことは、売り上げ…

 店の売り上げだ…

 スーパーの売り上げだ…

 他に大切なものは、なに一つない!…

 だから、あのお嬢様は、必死だった…

 私を利用して、徹子の部屋に出て、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊っている姿を自分だと言い張って、流したり、このリンダ・ヘイワースをCMに起用した商品を、自分のスーパーで独占販売して、売り上げを上げようと必死だった…

 そして、それは、買収対策…

 自社のスーパーの売り上げを上げて、葉敬からの買収に、敵対するものと、思った…

 が、

 考えてみると、それも変だ…

 お嬢様が、自社のスーパーの売り上げを上げるのに、必死なのは、わかる…

 が、

 それが、今すぐ、買収対策に繋がると、考えるのは、早計…

 なぜなら、そんなことを、しても、すぐに、結果は、出ないからだ…

 どんな企業も同じだが、すぐに、売り上げが、急増することは、ありえない…

 売り上げが、画期的に上がる場合は、それまでなかった画期的な商品が、発売されたとか…

 そんな場合だ…

 ところが、あのお嬢様の場合は、スーパーだ…

 通常、どこもスーパーも、大半は、同じ商品を扱っている…

 違うのは、値段だけだ…

 だから、差別化は、難しい…

 それゆえ、あのお嬢様のスーパーで、大手のスーパーが、まだ置いていない、イスラム教徒が、食べる食品=ハラールを置いたり、しようとしていたのではないか?

 他のスーパーが、まだ扱っていない商品を扱うことで、売り上げを伸ばそうとしようとしたのではないか?

 私は、考えた…

 それこそが、他のスーパーとの差別化だからだ…

 が、

 何度も言うように、それで、売り上げは、上がるかもしれないが、即効性はない…

 つまり、すぐに、売り上げが、上がるわけではないということだ…

 つまりは、すぐに、葉敬の買収に敵対することは、できないということだ…

 私は、思った…

 だったら、一体、あのお嬢様の目的は、なんだ?

 別にあるのか?

 考えた…

 スーパーの売り上げだけではない、別の目的だ…

 すると、思わぬことが、わかった…

 脳裏に浮かんだ…

               
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