第64話

文字数 4,888文字

 「…わ…わ・た・し?…」

 私は、思わず、言った…

 自分でも、思いがけない言葉だから、わ・た・し…と、言葉を一つ一つ、区切って、言った…

 「…そう…」

 ファラドが、ニヤリと、笑った…

 「…そ…そんな…」

 私が、呆気に取られて、言うと、

 「…やっぱり…」

 と、隣で、ヤンが、言った…

 「…なにが、やっぱりなんだ?…」

 「…あのお嬢様の狙い…」

 「…狙いだと?…どういう意味だ?…」

 「…あのお嬢様は、どうしても、お姉さんを、この場に、引っ張り出したかったってこと?…」

 「…どうして、私を引っ張り出したかったんだ?…」

 「…それは…」

 と、ヤンは、言って、ファラドを見た…

 ファラドは、ヤンが、自分に、答えさせたいと、思ったのだろう…

 ヤンの代わりに、

 「…それは、お姉さんが、あのお嬢様そっくりだからですよ…」

 「…私そっくり?…」

 「…そうです…」

 「…でも、お嬢様が、自分そっくりの私を、この場に呼んで、どうする?…」

 「…それは、わかりません…」

 「…わからないだと?…」

 「…ただ…」

 と、ファラドは、言って、止めた…

 なんだか、言いづらそうだった…

 代わりに、ヤンが、

 「…それって、もしかして、このお姉さんを呼べば、騒動を起こすことができるってこと?…」

 と、笑いながら、ファラドに聞いた…

 「…騒動だと? …どういう意味だ?…」

 「…お姉さんは、目立つんですよ…どこにいても…」

 ファラドが、言う…

 「…私は、目立つ?…」

 「…そうです…一人でも、目立つ、お姉さんなのに、しかも、あの矢口のお嬢様と、そっくり…瓜二つ…余計に、目立ちます…」

 「…それが、どうした?…目立っちゃいけないのか?…」

 私は、切れ気味に、聞いた…

 私が、いつも、目立っていると言われるのは、慣れている…

 すでに、何度も、言うことだが、この矢田トモコは、どこにいても目立つらしい…

 なにも、していなくても、目立つらしいからだ…

 「…いえ…目立つのは、構いません…」

 ファラドが、説明する…

 「…むしろ好都合です…」

 「…好都合だと?…どういう意味だ?…」

 「…誰が、なにをしようが、皆が、お姉さんに注目します…お姉さんの一挙手一投足に、目が向きます…すると、他の誰かが、なにをしようと、気になりません…」

 ファラドが、笑った…

 「…それが、敵の狙いってわけ?…」

 ヤンが、口を挟んだ…

 「…ええ…」

 「…でも、それは、ちょっと、おかしくない?…」

 「…なにが、おかしいんですか?…」

 「…それでは、あのお嬢様が、敵に与(くみ)しているというか…」

 「…どういう意味だ? …ヤン…」

 私は、聞いた…

 「…だって、その論でいくと、あのお嬢様は、敵の目を欺くために、お姉さんを、この場に引っ張り出したわけでしょ?…」

 「…そうだな?…」

 「…でも、別の見方をすれば、その敵って誰? …」

 「…どういう意味だ?…」

 「…だって、それが、本当ならば、あのお嬢様が、お姉さんと、いっしょに、いるだけで、周囲の注目を浴びる…つまり、オスマンを狙う敵が、いたとすれば、かえって、有利になる…」

 「…かえって、有利だと?…」

 「…だって、みんなの注目が、お姉さんと、あの矢口のお嬢様に、ゆくわけでしょ? …その陰に隠れて、なんでもできる…」

 私は、ヤンの言葉に、唖然とした…

 たしかに、言われてみれば、その通り…

 その通りだったのだ…

 「…それに、あのお菓子を引いたカートの男たち…」

 「…それが、どうかしたのか?…」

 「…オスマンを含めた園児たちを囲んでいる…」

 「…それは、わかっている…」

 「…いえ…お姉さんは、わかってない…」

 「…なんだと? なんで、私は、わかってないんだ?…」

 「…あの男たちは、一見、園児たちを守っているように、見える…でも、見方を変えれば、園児たちを人質に取っているようにも、見える…」

 「…人質だと?…」

 たしかに、言われてみれば、そうも、見える…

 要は、見方だ…

 園児たちを屈強な男たちが、囲んでる…

 それは、園児たちを守っているのか、人質に取っているのか?

 見方によって、どっちにも、取れるからだ…

 「…そして、ファラド…」

 ヤンが、言った…

 「…アナタは、オスマン殿下のもっとも、身近にいる人間…守ることも、襲うことも、簡単にできる…」

 ヤンが、言った…

 言ったのだ…

 …守ることも、襲うことも、簡単にできるとは…

 たしかに、言われてみれば、当たり前…

 当たり前だ…

 オスマンの身近にいれば、守ることも、襲うこともできる…

 いわば、ファラドは、オスマンのボディガード…

 そのボディガードが、裏切れば、どうなるか?

 もっとも、厄介だ…

 なぜなら、ボディガードは、もっとも、信用している人間を選ぶからだ…

 その信頼している人間に、裏切られれば、対処のしようがないからだ…

 「…でしょ?…」

 ヤンが、ファラドに笑いかけた…

 その笑いは、実に、意味深な笑いだった…

 同時に、実に、魅力的な笑いだった…

 セックス・アピール全開だったのだ…

 それは、もはや、ヤンではなく、リンダの笑いだった…

 ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースの笑いだったのだ…

 私は、一体、ファラドが、どう反応するのか、気になった…

 どう、言うのか、気になった…

 すると、

 「…面白い見方だ…」

 と、笑った…

 「…たしかに、そうも、見えるかも…」

 意味深に笑った…

 「…でしょ?…」

 「…魅力的な女が、男の格好をしても、やはり、魅力的なのと、同じですね…」

 ファラドが、言った…

 ヤンの顔が、一瞬、こわばった…

 が、

 すぐに、

 「…同感…男でも女でも、魅力的な人間は、どんな格好をしても、魅力的…」

 と、言って、笑った…

 笑ったのだ…

 そして、その笑いは、華やかだった…

 まさに、華やか…

 ハリウッドのセックス・シンボル…リンダ・ヘイワースの笑いだった…

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 なにに、驚いたのかと、言えば、似合っているのだ…

 このファラドと、ヤン…

 いや、

 ファラドとリンダ・ヘイワースが、似合っているのだ…

 まさに、お似合いのカップル…

 美男美女の組み合わせだった…

 リンダは、ヤンの格好をしているにも、かかわらず、色気全開…

 まさに、女になっている…

 ヤンの格好をしているにも、かかわらず、リンダ・ヘイワースになっているのだ…

 うーむ…

 私は、ヤンとファラドの近くにいて、考え込んだ…

 この159㎝のカラダで、考え込んだ…

 長身の美男美女の隣に、この矢田トモコがいる…

 童顔の幼児体型で、六頭身の巨乳の女だ…

 しかも、足のサイズは、26㎝もある…

 つまり、足元が、がっしりしているのだ…

 そんな女が、美男美女の近くにいる…

 すると、ひとは、どう見るか?

 それを考えたのだ…

 お手伝いさん?

 あるいは、

 秘書というか、マネージャー?

 そのあたりが、合っている…

 下手をすれば、家政婦かもしれん…

 亡くなった市原悦子の役割かもしれん…

 ふと、考えた…

 そう言えば、ずっと以前、このリンダと、パーティーに行った際に、なぜか、この矢田が、リンダのマネージャーと、間違われたことがあった…

 金持ちのセレブの若手経営者の集まりに、リンダと共に、出席して、こともあろうに、この矢田トモコを、リンダのマネージャーと勝手に、間違えて、リンダのスマホの番号を教えれば、金をやると、言われたのだ…

 私は、あまりの申し出に、目が点になった…

 まさか、リンダと二人で、パーティーに出ただけで、私が、リンダのマネージャーと、間違われるとは、思わなかったからだ…

 冷静に考えれば、屈辱以外の何物でも、なかったが、言われたときは、目が点になって、しまい、なにも、考えられんかった…

 そして、今、それが、再現されているかもしれん…

 ふと、気付いた…

 美男美女の近くに、この矢田トモコ…

 一体、ひとが、私をどう見るか、わからん?…

 まさか、リンダの家の家政婦にでも、見られたら、たまらんからだ…

 逃げよう…

 早速、思った…

 この二人から、距離を置こう…

 ふと、気付いた…

 いきなり、この二人から、距離を置くと、周囲の人間に、気付かれる…

 だから、少しずつ、移動しようと、思った…

 幸い、私は、159㎝とカラダも小さい…

 だから、少しずつ、歩いて、この二人から、離れようとした…

 すると、

 「…矢田…なにをしている?…」

 と、声がした…

 私は、その声の主を見た…

 マイクを持った、壇上の矢口のお嬢様だった…

 …この女…

 …またも、この矢田の邪魔を…

 私は、思った…

 誰にも、気付かれず、このファラドとリンダの元から離れようとしているにも、かかわらず、またも、この矢田の邪魔を…

 …許せん!…

 …許せんのだ!…

 私は、頭にきて、壇上のお嬢様を睨んだ…

 睨んだのだ…

 が、

 お嬢様は、私の視線を無視するかのように、

 「…矢田…園児たちの中に入れ!…」

 と、マイクを通して、私に告げた…

 …園児たちの中に入れ、だと?…

 …一体、どういう意味だ?…

 私が悩んでいると、

 「…矢田…さっき、父兄の皆さんも含めて、みんなで、ダンスをしようと、言っただろ? …オマエが、園児に交じって、踊って、見本を見せてやれ…」

 「…この矢田が見本を?…」

 「…そうだ…オマエは、ダンスが得意だろ?…」

 壇上のお嬢様が、言った…

 言ったのだ…

 この矢田トモコ、35歳…

 もちろん、ダンスは、得意だ…

 当たり前だ…
 
 得意なのは、ダンスだけではない…

 得意なのは、スポーツ全般だ…

 バスケもバレーも得意…

 スキーもスノボも得意…

 得意中の得意だ…

 この矢田トモコに、とって、スポーツは、すべて、お茶の子さいさいだ…

 当たり前だ…

 学業が苦手な分、スポーツは得意だった(笑)…

 きっと、神様が、この矢田を、こんなふうに作って、この地上に生まれさせたのかもしれん…

 きっと、神様が、この矢田に試練と福音を与えたのかもしれん…

 試練とは、勉強がちょっぴり苦手なこと…

 そして、福音とは、文字通り、良い知らせ…

 この矢田にとっては、スポーツを見せて、周囲の人間に、褒められるということだ…

 だから、

 「…もちろん、得意さ…」

 と、言って、胸を張った…

 私の大きな胸を張って、見せた…

 「…私は、なんでも、できる女さ…」

 私は、言って、園児の中に入った…

 すると、マリアが、

 「…矢田ちゃん…」

 と、言って、私を見た…

 マリアの目が、私を尊敬しているのが、わかった…

 尊敬の眼差しで、見ていることが、わかったのだ…

 だから、

 「…マリア…よく見ておけ…見本を見せてやるさ…」

 と、大きな声で、言った…

 私は、マリアに見本を見せてやろうと、思ったのだ…

 が、

 マリアから、返ってきた言葉は、

 「…矢田ちゃん…無理しないで…」

 だった…

 「…なんだと?…」

 「…矢田ちゃん…いつも、カッコつけたがるから…」

 「…カッコつけたがる?…」

 「…うん…」

 …バカな?…

 …この矢田が、いつカッコつけたと言うんだ?…

 …この矢田トモコ…

 …生まれて、35年、一度たりとも、カッコをつけて生きてきたことなどない…

 …いつも、ありのままの自分を見せてきた…

 …天衣無縫…

 飾り気がないのが、私の長所だった…

 それを…

 「…カッコなんて、つけてないさ…」

 私は、マリアに言い返した…

 「…この矢田トモコ、35歳…どんなときも、自然体さ…」

 「…ううん、カッコつけてる…」

 「…つけてないさ…」

 「…つけてる…」

 「…つけてないさ…」

 気が付くと、私とマリアの間で、言い争うになっていた…

 そして、このお遊戯大会に集まった周囲の父兄から、なぜか、失笑が、漏れた…

 漏れたのだ…

 実に恥ずかしい…

 私は、頭にきて、その原因を作ったマリアを睨んだ…

 マリアもまた、私を睨み返した…

 気が付くと、いつのまにか、私とマリアの睨み合いになっていた(激怒)…

               
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