第130話

文字数 4,097文字

 …どうやったら、この場から、逃げれるか?…

 私の頭の中にあるのは、それだけだった…

 みっともないも、恥ずかしいも、ない…

 生きることが、大事だ…

 生き延びることが、大事だ…

 それが、なにより、大事だった…

 35歳のシンデレラと言う呼称も、クールの社長夫人としての、地位も、もはや、どうでも、よくなった…

 すべては、生きていることが、大事…

 なんとか、この場から、逃げ出すことが、大事だと、気付いた…

 だから、そのことに、気付いた私は、一目散に、走り出した…

 セレブの保育園の正面玄関に、向かって、正々堂々と歩いていた私だったが、正面ではなく、どこか、横の方に、行って、この場から、逃げ出そうと、思ったのだ…

 だから、そんな私を見て、

 「…アッ!…」

 とか、いう声が、聞こえた…

 それは、女の声…

 あの木原という女刑事の声だと、思ったが、振り向かんかった…

 あの木原には、痛い目を、見せねば、ならんと、一時は、心の底から、思った私だったが、今や、そんなことは、二の次、三の次…

 ここから、逃げ出すことが、なにより、大事だと、気付いたのだ…

 もはや、恥も外聞もなかった…

 なかったのだ!…

 私は、セレブの保育園の横の方に、行って、そこから、柵を超えて、逃げ出そうとした…

 が、

 そこには、当たり前だが、私服の警察官が、いた…

 がっしりとした、身長は、180㎝は、優に超える、屈強で、大柄な男が、何人もいた…

 当たり前のことだった…

 ファラドが、このセレブの保育園で、園児を人質に、立てこもったのだ…

 そのために、大滝も、あの木原も、やって来たのだ…

 考えて見れば、このセレブの保育園は、すでに、完全に、警察に包囲されてる…

 当たり前のことだった…

 そんなことも、気付かない、私は、バカだった…

 バカ丸出しだった(涙)…

 きっと、頭に血が上っていたに違いなかった…

 あの木原のことで、頭に血が上っていたに違いなかった…

 だから、気付かんかった…

 気付かんかったのだ!…

 私は、思った…

 そして、しばらくすると、冷静になった…

 冷静になって、なにをなすべき、考えた…

 私が、なすべきは、ファラドと会うこと…

 そのために、このセレブの保育園を、訪れたのだと、あらためて、考え直したのだ…

 本当は、今、セレブの保育園の正面玄関から、向かって、右に、走って、柵を超えようと、思ったから、今度は、左に、行きたかった…

 そうすれば、もしかしたら、警官が、いないかも、しれないからだ…

 が、

 そんなことが、あるはずも、なかった(涙)…

 誰もが、考えて、そんなことが、あるはずが、なかった…

 ファラドが、このセレブの保育園に、立てこもっている限り、このセレブの保育園の、四方すべて、警官に囲まれている…

 包囲されているに、決まっていた…

 そんなことは、頭の中では、わかっていたが、

 …もしや?…

 とも、思った…

 もしや、どこか、抜け道が、あるかも、しれん…

 もしや、どこかに、逃げ道が、あるかも、しれんと、考えたのだ…

 要するに、私自身が、追い詰められて、つい、自分に、都合が良く、考えた結果だった…

 それは、自分自身、痛いほど、わかっていた…

 だから、本当は、他の三方にも、行って、本当に、このセレブの保育園が、警官に囲まれているか、自分の目で、見て、確かめたかった…

 が、

 さすがに、それは、できんかった(涙)…

 それでは、いくら、なんでも、私の行動が、怪し過ぎた(笑)…

 それでは、誰が、どう見ても、この場から、逃げ出そうとしているのが、バレバレだったからだ…

 だから、逃走は、諦めた…

 逃げ出すのは、諦めた…

 その代わりに、どこか、このセレブの保育園の建物の、どこかから、中を覗いて、どうなっているか、確かめようとした…

 どうなっているか、状況を確かめようと、したのだ…

 やはり、忍者ではないが、一体、今、どういう状況に、このセレブの保育園が、なって、いるのか、知りたい…

 あのファラドが、どうしているのか、知りたかった…

 だから、それを、思った私は、素早く、壁に身を寄せた…

 この矢田トモコ、35歳…

 実は、スポーツ万能…

 なんでも、できる女だった…

 だから、ピザ屋でも、寿司屋でも、華麗に、三輪車にまたがり、誰よりも、早く、正確に、お客様の元に、商品を届けた…

 誰にでも、できることではない…

 この矢田トモコだから、できたのだ…

 いや、

 誰にでも、できるかも、しれん…

 が、

 この矢田トモコほど、素早くは、できまい…

 私には、その自信がある…

 自信が、あるのだ!…

 だから、今も、まるで、くノ一のごとく、窓に顔を寄せ、中の様子を探った…

 一体、中は、どうなっているのだろう?

 私は、興味津々だった…

 私は、窓を見つけると、素早く、その窓に、顔を寄せた…

 中の様子を探るためだ…

 が、

 さっぱり、わからんかった…

 なにやら、子供たちが、集まっているのは、わかる…

 が、私の見る窓の位置からでは、よくわからんかった…

 私の見る窓からは、子供たちが、集まっている、のが、ごく一部の部分しか、見えんかったからだ…

 ちょうど、窓の一部分に、子供たちの姿が、見えるだけだった…

 だから、私は、仕方なく、場所を変えようと思った…

 と、

 そのときだった…

 偶然、足が滑った…

 だから、勢いよく、窓に、頭をぶつけてしまった…

 「…イター!…」

 私は、思わず、声に出した…

 声に出さずに、いられんかったからだ…

 声に出さずに、いられるほど、私は、辛抱強くは、なかった…

 なかったのだ…

 思わず、目から涙も流れた…

 私の細い目から、涙が、うっすらと流れたのだ…

 それほど、痛かった…

 が、

 問題は、それだけでは、なかった…

 あろうことか、中から、保育園児の声で、

 「…あっ? …矢田ちゃんだ!…」

 と、いう声が、聞こえてきたのだ…

 …マズい!…

 とっさに、思った…

 私が、今、この場所で、中を偵察していたのが、バレるのは、マズいと、思った…

 まだ、ファラドに会う前だ…

 中の様子が、どんなだか、わかってから、ファラドに会いたかった…

 が、

 私が、そんなことを、考えている間にも、

 「…あっ? 矢田ちゃんだ!…」

 「…矢田ちゃんだ!…」

 と、なにやら、セレブの保育園の中が、騒がしくなってきた…
 
 私は、焦った…

 どうして、いいか、わからんかった…

 だから、とっさに、身を隠した…

 身を隠したのだ…

 が、

 あろうことか、中からは、

 「…あっ! 矢田ちゃんが、かくれんぼをしている…」

 と、いう声が、聞こえてきた…

 …これは、かくれんぼじゃない!…

 私は、言ってやりたかった…

 かくれんぼをしているわけじゃない!

 遊んでいるわけじゃない!

 と、言って、やりたかった…

 これは、偵察だ!…

 立派な任務だ!…

 この矢田トモコに、与えられた任務なのだ!…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 が、

 私は、どうして、いいか、わからんかった…

 本能のせいか、よくわからんが、急いで、この保育園の、正門前に集まった、あの木原や、義理の父親の葉敬の方に、目をやった…

 が、

 どんな表情をしているのか、わからんかった…

 あまりにも、距離が、遠すぎたからだ…

 が、

 なにやら、私が、歓迎されてないことは、直観で、わかった…

 わかったのだ…

 きっと、

 …なに、やってんだ? …アレ?…

 とでも、言うような声が、聞こえてくる…

 そんな予感がした…

 だから、戻ることは、できんかった…

 残念ながら、戻ることは、できんかったのだ(涙)…

 すると、中から、

 「…矢田ちゃん…もしかして、忍者ごっこ?…ナルトの真似しているの?…」

 と、近くの窓から、女のコが、顔を臨み込むようにして、聞いた…

 なんと、マリアだった…

 私は、思わず、

 「…マリア…大丈夫か?…」

 と、聞いた…

 聞いたのだ…

 「…大丈夫って? …矢田ちゃんこそ、そんな恰好をして、どうしたの? …忍者ごっこじゃないの?…」

 「…違うさ…」

 私は、言った…

 「…忍者ごっこじゃないさ…」

 「…だったら、スパイダーマンごっこ?…」

 「…スパイダーマンごっこ? …どうして、スパイダーマンごっこなんだ?…」

 「…だって、矢田ちゃん、さっきから、ずっと、窓に顔を張り付けて、こっちを見ていたでしょ? …まるで、クモみたい?…」

 なんと?…

 マリアは、この矢田の行動を、ずばり、見ていた…

 中から、見ていた…

 いや?

 ということは、マリアだけではない…

 きっと、中で、この矢田の行動に、気付いたのは、マリアだけではないはずだ…

 中では、ファラドが、このセレブの保育園に立てこもっているはずなのに、一体、どうして?

 どうして、そんなに、自由に、動き回れるのか?

 疑問だった…

 わけが、わからんかった…

 そして、真っ先に、脳裏に浮かんだのは、

 …ファラドだった…

 あのイケメンだった…

 だから、急いで、マリアに、

 「…ファラドは、どうした?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられんかった…

 「…ファラド?…それ、一体、なに?…」

 マリアが、意外な言葉を言った…

 …なんだと?…

 …一体、どういうことだ?…

 意味が、わからん…

 私は、考えた…

 このセレブの保育園は、ファラドに、占領されているんじゃ、なかったのか?…

 私は、思った…

 すると、途端に、誰かが、背後から、私の肩をガシッと、掴んだ…

 この矢田トモコは、159㎝…

 この矢田トモコより、はるかに、背の高い人物だった…

 いや、

 この矢田トモコは、女の中では、平均だが、男から、比べれば、明らかに、低い…

 だから、当然、背後から、私の肩を掴んだのは、男だと、思った…

 …もしや、ファラド?…

 とも、思った…

 思いながら、背後を振り返った…

 そこには、やはりと、いうか、長身の男の姿が、あった…

 いや、

 男ではない…

 男の格好をした女…

 女だった…

 男装した、リンダ・ヘイワース…

 ハリウッドのセックス・シンボルの姿が、あった…

               
 
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