第102話

文字数 4,582文字

 矢口トモコは、やはり、矢口トモコだった…

 生粋のお嬢様だった…

 6年前に初めて、会ったときから、なにも、変わってなかった…

 私同様、成長がなかったのだ(爆笑)…

 なにしろ、この家の主である、私を差し置いて、スタスタと、私の家に入ってきた…

 まるで、我が家…

 勝手知ったる、我が家同然だった…

 まったく、常識のかけらもない(爆笑)…

 が、

 それこそが、矢口トモコだった…

 矢口のお嬢様だったのだ…
 
 矢口トモコは、私の住む部屋の中を、あちこち歩き回り、見回して、いた…

 まるで、住宅展示場とか、マンションの下見で、部屋を見回すような感じだった…

 私は、なにか、言おうとしたが、唖然として、言葉もなかった…

 すでに、言葉を失っていた…

 どうせ、このお嬢様には、なにを言っても、無駄…

 無駄だ…

 そんな諦めに似た境地だった…

 お嬢様は、一通り、部屋中をあちこち、見回すと、

 「…凄い家だ…」

 と、一言、言った…

 感嘆の表情だった…

 「…さすがに、クールのCEО、葉尊氏の住む家だな…」

 矢口のお嬢様が言う…

 私は、どう答えていいか、わからず、

 「…」

 と、黙っていた…

 「…矢田…オマエは、幸せものだな…」

 この言葉には、素直に、

 「…ハイ…」

 と、答えた…

 そして、ふと、お嬢様が、なにか、手に持っていることに、気付いた…

 なにか、テレビのリモコンのようなものを、持っている…

 私は、マジマジと、お嬢様が、手にしているものを、見た…

 すると、当たり前だが、矢口のお嬢様も、私の視線に、気付いた様子だった…

 「…なんだ? 矢田、これが、気になるのか?…」

 矢口のお嬢様が、私そっくりの大きな口を開けて、ニヤニヤと笑いながら、聞いた…

 「…ハイ…気になります…」

 私は、正直に、答えた…

いきなり、他人様の家に、やって来て、主の私の許可も取らず、家中をくまなく、見回したぐらいだ…

 気にならないはずはない…

 しかも、なにか、手に持っている…

 それが、なにか、気にならないはずは、ないのだ…

 「…これは、盗聴器発見機だ…」

 「…盗聴器発見機?…」

 「…隠しカメラとか、隠しマイクとか、あるだろ?…アレを探る機械だ…」

 「…隠しカメラ?…」

 私は、唖然として、言葉を失った…

 一体、どこの人間が、いきなり、やって来て、家の中に、隠しカメラがあるかどうか、調べると言うんだ?

 呆気に取られて、言葉もなかった…

 いや、

 言葉もないだけではない…

 一体全体、そんな機械で、この家に隠しカメラが、あるか、どうか、など、わかるというのか?

 それが、疑問だった…

 だから、

 「…お嬢様、そんな機械で、隠しカメラがあるか、どうか、など、わかるのですか?…」

 と、おそるおそる、聞いた…

 「…わからいでか?…」

 矢口のお嬢様が、私そっくりの大きな口を開けて、自慢げに、のたまった…

 「…隠しカメラも、隠しマイクも、原理は、同じだ…」

 「…原理は、同じ? …どういうことですか?…」

 「…答えは、電波だ…矢田…」

 「…電波?…」

 「…そうだ…隠しカメラでも、隠しマイクでも、昔は、セットしたら、回収に来なければ、ならなかった…なぜなら、隠しとったフィルムにしても、テープにしても、違う場所に、飛ばすことが、できなかったからだ…」

 私は、お嬢様の言う意味が、わからず、キョトンとした表情になった…

 「…矢田…アタシの言う意味が、わからんようだな…」

 「…ハイ…」

 「…つまりは、スマホを考えればいい…」

 「…スマホ?…」

 「…スマホは、カメラのように、写真を撮ることもできるし、動画も、OKだ…」

 「…」

 「…そして、それを、使って、ネットに上げることもできる…それと、同じだ…」

 私は、まだ、この矢口のお嬢様が、なにを言おうとしているのか、わからなかった…

 「…鈍いヤツだな…矢田…」

 「…鈍いヤツ?…」

 一体、私のどこが、鈍いというんだ?

 私は、頭に来た…

 「…オマエの家に、隠しカメラや隠しマイクがあったとする…すると、それで撮った画像や、録音されたデータを、どこかに、送るわけだ…送信するわけだ…そのときに、その機械が、電波を発する…」

 お嬢様が、意外なことを、言った…

 「…電波?…」

 「…そう…電波だ…」

 「…」

 「…だから、この機械を使って、この家のどっかから、電波が出ていないか、探ったわけだ…」

 お嬢様が、説明する…

 この説明で、ようやく、私は合点がいった…

 この矢口トモコが、どうして、いきなり、やって来て、私の許可も得ず、私の家の中をくまなく、回って見たか、納得したのだ…

 つまりは、この家に、隠しカメラや、隠しマイクが、ないかどうか、調べたのだ…

 しかし、

 しかし、だ…

 このお嬢様…

 この矢口トモコの抜け目のなさと言ったら、一体…

 私は、唖然として、言葉もなかった…

 いきなり、他人様の家に、やって来て、真っ先にすることが、隠しカメラや隠しマイクの有無を調べることとは…

 うーむ…

 まさに有能…

 有能だが、果たして、これでいいのか?

 とも、思った…

 これでは、笑っていいのか、泣いていいのか、わからない…

 そんな感じだった…

 「…矢田…アタシは、なにも、オマエが憎くて、こうしているわけじゃないゾ…」

 「…この矢田が憎いわけじゃない?…」

 「…そうだ…ただ、ここは、葉尊氏の家だ…クールCEОの住む家だ…隠しカメラや隠しマイクが、仕掛けられていても、おかしくはない…」

 「…どういうことですか?…」

 「…偉くなれば、なるほど、敵が多くなるということだ…」

 「…敵?…」

 「…そうだ…」

 「…一体、誰が、敵なんですか?…」

 私が、聞くと、唖然として、お嬢様は、私の顔を見た…

 「…矢田…オマエ、もしかして、知らんのか?…」

 「…なにを、知らんのですか?…」

 「…ファラドと、オスマン殿下の争いのことだ…」

 「…ファラドとオスマン殿下の争いですか?…」

 「…そうだ…ファラドと、オスマン殿下は、兄弟…血を分けた兄弟だ…」

 そう言えば、たしか、そんな話を聞いたことがあるような…

 すっかり、忘れていた(苦笑)…

 だが、その決着は、すでについたはずだ…

 あのとき、ファラドは、オスマン殿下の護衛に囲まれ、なす術がなかった…

 おまけに、最後には、葉問と、殴り合いのケンカになり、葉問にやられたはずだった…

 「…ですが、すでに、決着はついたはずですが…」

 「…そこだ…矢田…」

 矢口トモコが、勢い込んで言った…

 「…今、オスマン殿下の後ろ盾である、国王陛下が、倒れたそうだ…それを、契機に、あのファラドが、息を吹き返したらしい…」

 「…ファラドが?…」

 私は、驚いた…

 同時に、一体全体、なんで、このお嬢様は、そんな情報を得ているのか、不思議だった…

 実に、奇怪だった…

 だから、

 「…あのお嬢様?…」

 と、聞いた…

 「…一体、どこで、そんな情報を?…」

 私が、おそるおそる、聞くと、

 「…蛇の道は蛇ということだ…矢田…」

 と、矢口のお嬢様は、私そっくりの大きな口を開けて、ニヤリと、笑った…

 私は、その笑いを見て、背中に、悪寒が走った…

 文字通り、背筋が、寒くなった…

 この矢口トモコが、得意げに、大きな口を開けて、笑ったときは、ろくなことがない…

 すでに、私は、経験で、それが、わかっていた…

 十分過ぎるほど、わかっていた(涙)…

 「…お嬢様…」

 思わず、私は、泣き声になった…

 明らかに、泣きが入った…

 正直、これ以上、このお嬢様に、付き合うのは、嫌だった…

 これ以上、矢口トモコに付き合うのが、嫌だった…

 ハッキリ言って、ろくな目にあうわけがない…

 どうなるかは、わからないが、ろくなことになるわけが、なかった…

 そんな私の心を知ってか、知らずか、お嬢様が、またも、ニヤリと、自信たっぷりに、笑って、

 「…アタシに任せておけ…」

 と、この矢田トモコ同様の大きな胸を、ポンと、叩いた…

 すると、矢口トモコの大きな胸が、揺れた…

 まるで、さざ波のように、揺れたのだ…

 「…オマエに悪いようには、せん…黙って、アタシについてくれば、いいんだ…」

 「…お嬢様に?…」

 「…そうだ…」

 矢口のお嬢様が、自信たっぷりに言う…

 私は、これで、自分の人生が、終わったと思った…

 完璧に、終わったと思った…

 と、までは、言わないが、

 …厄介なことになった…

 と、思った…

 正直、このお嬢様には、関わりたくなかったからだ…

 それが、なんの因果応報か、またも、関わることになった…

 私は、自分の身の不運を呪った…

 呪ったのだ…

 なんという、運のない女だ…

 またも、この矢口トモコと、関わるとは?

 まるで、何かの罪を犯して、裁判で、死刑宣告を受けたような気分だった…

 すると、

 「…矢田…そんな嬉しそうな顔をするな…」

 と、矢口のお嬢様が、私に声をかけた…

 …嬉しそう?…

 …私のどこが、嬉しそうなんだ?…

 思わず、目の前の矢口トモコを見た…

 すると、実に、楽しそうな表情の矢口トモコの顔があった…

 心の底から、楽しそうな矢口のお嬢様の顔が、あった…

 同時に、当たり前だが、この言葉が、お嬢様の皮肉だと気付いた…

 矢口トモコの、私、矢田トモコに対する皮肉だと、気付いた…

 が、

 同時に、気付いたことがある…

 この矢口のお嬢様…

 元々、そんな皮肉屋でもない…

 それほど、嫌みを連発するタイプでもないと、いうことだ…

 が、

 それが、今回は、いきなり、私の家にやって来て、皮肉を連発した…

 これは、どうしたことだ?…

 これは、なにか、ある?…

 この矢田トモコの優れた頭脳が、その事実に、ピンときた…

 いや、

 そもそも、この家にやって来て、あの盗聴器発見機とかいう、わけのわからない機械を持ってきたときから、おかしい…

 おかしいのだ…

 あの盗聴器発見機とか、いう機械…

 当たり前だが、この部屋に盗聴器が、仕掛けてあると、このお嬢様は、睨んだわけだ…

 誰に聞いたか、知らないが、このお嬢様は、そう考えたわけだ…

 そして、盗聴器…

 これも、当たり前だが、仕掛けることのできる人間は、限られてくる…

 ずばり、この部屋に出入りする人間に限られてくる…

 そして、この部屋に出入りする人間といえば、この矢田トモコと、夫の葉尊は、この家に住んでいるのだから、当たり前として、他に思い当たる人間と、いえば、リンダと、バニラ…そして、バニラの娘である、マリアぐらいだ…

 ということは?

 ということは、もしかして、この矢口のお嬢様は、リンダや、バニラが、盗聴器を仕掛けたと、思ったのだろうか?

 マリアは、子供だから、数に入らない…

 すると、どうしても、リンダやバニラ以外、思い当たる人間が、ない…

 ずばり、二人以外、考えられない…

 そこまで、考えると、

 「…お嬢様…お嬢様は、まさか、リンダやバニラを疑って…」

 と、言った…

 ずばり、口にした…

 すると、矢口のお嬢様が、我が意を得たりと、ばかりに、大きく笑った…

 私そっくりの大きな口を開けて、笑ったのだ…

 まるで、鏡を見るように、私そっくりの顔だが、その笑いは、悪魔…

 大げさに、いえば、悪魔の笑いに見えた…

 悪魔同様、邪悪な笑いに見えたのだ…

               
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