第77話

文字数 4,831文字

 …誰かに、伝えるメッセージ…

 例えば、初対面で、互いに、顔の知らない人間と、どこかで、待ち合わせるとする…

 それには、なにか、目立つものが、必要…

 誰もが、持ってないものを、自分が、持っている必要がある…

 それを、持つことが、メッセージだからだ…

 例えば、晴れの日でも、真っ赤な傘を持っているとか…

 折り畳みでもない、長い真っ赤な傘を持つ人間は、あまりいない…

 だから、メッセージになる…

 私が、アナタを待っている人間だというメッセージになる…

 それと、同じだ…

 あのピンクのベンツ…

 普通、誰もが、あんな色のベンツに乗らない…

 恥ずかしくて、堪らないからだ…

 普通の人間の神経ならば、あんな色のベンツに乗るはずがないからだ…

 あんな色のベンツは、パレード用とか、なにかの行事や、イベントに使われるもので、普通は、使わないものだ…

 が、

 真逆に言えば、それを普段、使えば、とんでもなく目立つ…

 誰の目にも、わかるからだ…

 つまり、メッセージになる…

 では、そのメッセージとは、なにか?

 思うに、今回のお遊戯大会の件を、了承したというメッセージではないか?

 つまりは、ファラドを追い込むことに、協力するということではないか?

 私は、思った…

 おそらくは、オスマン殿下は、このお遊戯大会という名目で、ファラドを追放する場を、作ったということだ…

 ファラドは、オスマンの代理人…

 当然ながら、権力を持っている…

 だから、この場を選んだのではないか?

 考えた…

 なぜかと、問われれば、誰が、裏切るか、わからないからだ…

 オスマンが、ファラドを追放するといっても、下手をすると、オスマンの配下が、ファラドに寝返っている可能性もある…

 なにより、オスマンは、外見は、3歳の幼児…

 180㎝を超える、精悍なイケメンのファラドと、戦って、万が一にも、勝てる確率はない…

 だから、大勢の人間を集めることが、できる、この場所を、選んだのではないか?

 ふと、そう思った…

 この場所を選べば、大勢の人間を、集めることができる…

 仮に、ファラドに味方する人間がいたとしても、問題はない…

 自分の方に、味方する人間が、いれば、勝てるからだ…

 と、

 そこまで、考えて、気付いた…

 だったら、ファラドが、もし、子供たちを人質に取って、逃げたら、どうするか? と、思わなかったのだろうか?

 ふと、思った…

 この保育園で、こんな騒動を起こせば、子供たちを巻き込むかもしれない…

 それを、考えなかったのだろうか?

 そして、あのお嬢様…

 矢口のお嬢様だ…

 そもそも、あのお嬢様の目的は、なんだ?

 どうして、このセレブ保育園で、子供たちに、お菓子を配らなきゃ、ならんのだ…

 うーむ…

 謎がある…

 私と同じ顔で、同じカラダの女…

 同じ幼児体型の六頭身を持つ女だが、正直、なにを考えているか、さっぱり、わからん…

 ひょっとすると、これが、ソニー学園と東大の差かもしれん…

 認めたくないが、差かもしれん…

 私は、考えた…

 と、

 そのときだった…

 マリアが、いきなり、

 「…ちょっと、オスマン…アンタ、なにをしてるの?…」

 と、いう声を上げた…

 私は、慌てて、オスマンを見た…

 見ると、オスマンが、なにかを、飲んでいた…

 それを、マリアが、驚いて、止めようとしていたのだ…

 マリアが、オスマンの手の中の、グラスを、強引に、取り上げた…

 それを、自分の口元に、持って行き、

 「…ヤダー、なに、これ、お酒じゃない?…」

 と、口走った…

 「…お酒?…」

 思わず、私も、口走った…

 そして、慌てて、リンダとバニラを見た…

 が、

 二人とも、驚かなかった…

 ひどく、冷静な表情で、オスマンを見ていた…

 「…やはりね…」

 と、リンダ=ヤンが、言った…

 「…そう、リンダの言った通り…」

 傍らのバニラも、相槌を打った…

 「…殿下は、重度のアルコール中毒にかかっている…」

 「…重度のアルコール中毒だと?…」

 私は、聞いた…

 「…今回、この保育園で、側近のファラドを追放した…殿下は、権力者…アラブの至宝と、あがめられている…でも、そんな権力者だから、孤独…同時に、あのカラダだから、悩みも深い…」

 「…」

 「…そして、権力者特有の悩み…」

 「…なんだ、それは?…」

 「…いつ、側近に裏切られるか、わからない悩みよ…」

 リンダ=ヤンが、答えた…

 「…そして、それが、今日、マックスに達した…」

 「…マックスに達しただと? …どういう意味だ?…」

 「…ファラドの裏切り…殿下は、それを事前に知って、わざと、それをこの場所を選んで、告げた…」

 「…どうして、この場所に?…」

 「…子供が、多ければ、その中に、隠れて、逃げることができるからよ…」

 「…なんだと? …逃げるだと?…」

 「…そう…逃げる…」

 「…だが、仮に、そうだとしたら、子供たちを危険な目に遭わせることになるゾ…」

 「…それは、当然、わかってるでしょ? …でも、その方が、自分が、逃げることができる確率が、高い…だから、この場所を選んだ…」

 私は、ヤン=リンダの言葉に、驚いた…

 もはや、メチャクチャだ…

 が、

 権力者というものは、そういうものかもしれん…

 私は、そう思い直した…

 政治家でも、会社のお偉いさんでも、そうだが、別に、国民や、下の社員のことを、考えているわけでも、なんでもない…

 自分の安全が、第一…

 身の保障が、第一だからだ…

 「…そして、今、ファラドの身を捕らえた…だから、殿下は、安心した…もしや、なにか、あったら、困ると、思い、入念に、場所を選んで、ファラドに気付かれないように、お遊戯大会という名目にした…だから、ファラドは、最後まで、オスマン殿下の狙いに気付かなかった…」

 「…」

 「…そして、今、すべてが、終わった…だから、ホッとしたオスマン殿下は、酒に走った…」

 「…酒に走った?…」

 「…元々、重度のプレッシャーから、逃れるために、酒が離せない生活だったらしい…でも、それが、最近は、ひどくて…とりわけ、ファラドが、裏切っていることを知ったときに、落胆して…」

 「…ファラドが、裏切ったことを知ってだと?…」

 「…殿下は、ファラドに信を置いていた…絶対、裏切らないと…でも、それが、間違っていることを知って、落胆した…でも、ファラドの前では、飲めなかった…」

 「…どうしてだ?…」

 「…酔っ払って、酩酊状態で、いるときに、ファラドに襲われでも、したら、どうするの? 普通の男でも、ひどく酔っ払っていたら、大変なのに、まして、オスマン殿下は、外見は、子供…太刀打ちのしようがないでしょ?…」

 「…」

 「…だから、オスマン殿下は、ファラドの前では、絶対、お酒を口にしなかった…でも、そのファラドが、捕まって、一挙に、緊張が、緩んだから、きっと、その反動で…」

 ヤン=リンダが、続けた…

 たしかに、リンダの言うことは、わかる…

 わかるのだ…

 が、

 どうして、そんなことを、知ってるんだ?

 なぜだ?

 なぜ、そんなに詳しいんだ?

 私は、疑問だった…

 ずばり、疑問だった…

 が、

 バニラは、それが、わかったらしい…

 「…そうだったんだ!…」

 突然、バニラが、素っ頓狂な声を上げた…

 「…なにが、そうだったんだ? バニラ…」

 私は、バニラに聞いた…

 「…リンダよ…リンダ…リンダが、なぜ、怯えていたかよ…」

 「…リンダが、怯えていただと?…」

 「…ほら、この前まで、サウジに連れて行かれて、二度と、戻って来れないんじゃ? と、怯えていたでしょ?…」

 …そうだった…

 …考えてみれば、そう言っていた…

 …だが、一体、なんで、そうだったんだ?…

 「…リンダ…ホントは、サウジに連れて行かれるのが、怖いんじゃなくて、今回、この一件に関わるのが、嫌だったんでしょ?…」

 「…嫌だった? …どういう意味だ?…」

 「…きっと、リンダ…アンタは、サウジのお偉いさんに、頼まれていたんでしょ? …オスマン殿下よりも、もっと偉いひとに…」

 バニラが、ずばり、言った…

 指摘した…

 その指摘に、ヤン=リンダは、笑った…

 肯定も、否定もない…

 が、

 その笑いは、すでに、肯定を意味していた…

 「…さすが、バニラ…鋭い…」

 「…なにが、鋭いよ…どうして、ホントのことを、言わなかったの?…」

 バニラの質問に、

 「…沈黙は、金…雄弁は、銀…」

 と、リンダは、言って、笑った…

 「…親しき仲にも、礼儀あり…バニラ…アナタにも、言えないこともあるのよ…」

 「…それって、ひょっとして、リンダ・ヘイワースのセレブのファンの連絡網…」

 バニラの質問に、ヤン=リンダは、笑って答えなかった…

 そして、バニラもまた、それ以上は、聞かなかった…

 「…ただ、最強ね…」

 と、だけ、バニラは、言った…

 「…正直、羨ましい…」

 「…全然、羨ましくは、ないわ…危険なだけ…今回も葉問の力を借りなければ、大変なところだった…」

 …なんだと?…

 …葉問だと?…

 …葉問は、リンダの依頼で、ここに、やって来たのか?…

 言葉にしなくても、内心、私が、驚いていると、

 「…そう…葉問が来たのは、リンダのせい? …おかげで、助かった…」

 バニラが、言った…

 「…私も危なかったものね…リンダに、礼を言わなくちゃ…」

 「…礼は、入らないわ…」

 「…どうして、入らないの…」

 「…マリアが、それ以上のことを、してくれている…」

 「…それ以上のことって?…」

 「…アレを見て…」

 ヤン=リンダが、言った…

 その言葉で、私とバニラは、マリアを見た…

 すると、マリアは、オスマンから、強引にグラスを取り上げ、怒っていた…

 「…子供が、こんなものを飲んじゃダメ!…」

 「…バカ、私は、子供ではない…30歳だ…」

 「…それでも、ダメ…カラダは子供なんだから、ダメ…カラダに悪い…」

 「…バカ、返せ!…」

 「…返さない!…」

 と、二人の子供が、延々とやりあっていた…

 その光景を見て、

 「…愛の力…」

 と、ヤン=リンダが、言った…

 「…愛の力だと?…」

 「…マリアが、オスマン殿下から酒を取り上げる…ひょっとしたら、これで、オスマン殿下が、酒から解放されるかもしれない…」

 「…どういう意味?…」

 バニラが、聞いた…

 「…アル中になるには、誰もが、アル中になる原因がある…オスマン殿下の場合は、孤独でしょ? いかに、アラブの至宝と呼ばれるほど、頭脳が、優秀でも、傍に、自分を愛する人間がいない…」

 「…」

 「…でも、今は、いる…」

 「…それって、マリアのこと…」

 バニラが、聞くと、ヤン=リンダが、無言で、頷いた…

 「…身近に、自分が、愛する人間が、いれば、ひとは、変われる…アルコールで得られない幸せを得ることができる…」

 「…」

 「…オスマン殿下は、この日本で、生まれて初めて、自分を愛してくれる人間に、出会った…そして、自分も、また、その人間を好きになった…これまで、経験したことのない体験ね…」

 「…」

 「…だから、もしかしたら、これで、オスマン殿下は、酒を止めることができるかもしれない…自分を愛する人間が、心の底から、自分を心配してくれる…そんなことは、オスマン殿下に限らず、滅多にない…自分の家族以外では…」

 「…」

 「…でも、今、オスマン殿下は、それを得た…きっと、サウジの国王陛下も、これで、安心できるでしょ?…」

 「…こ、こ・く・お・う・へ・い・か…だと?…」

 私は、仰天した…

 …こ、こ・く・お・う・へ・い・か…

 そんなものに、私は、これまで、会ったことなど、一度もない…

 いや、

 これから先も、二度と、会うことなど、ないだろう…

 私は、仰天して、目の前のヤンを見た…

 ヤン=リンダを見た…

 そして、リンダ・ヘイワースの恐ろしさを知った…

 知ったのだ…

 ずばり、驚愕した…

               
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み