第103話
文字数 5,615文字
矢口のお嬢様が、大きな口を開けて、笑う…
私そっくりの顔で、大きな口を開けて、笑った…
私は、正直、背筋が寒くなった…
すると、
「…矢田…そんな嬉しそうな顔をするな…」
と、またも、皮肉を連発した…
嫌みを連発した…
が、
もはや、私は、お嬢様の嫌みに、惑わされることは、なかった…
すでに、このお嬢様の行動パターンは、読んでいる…
6年前にも、煮え湯を飲まされた…
そのときの、苦い思い出がある…
だから、お嬢様の行動=嫌みに、惑わされることもなく、まずは、
「…あったのですか?…」
と、聞いた…
「…なにが、あったんだ? …矢田?…」
「…お嬢様、ごまかさないで、下さい…」
「…ごまかす? アタシが?…」
「…そうです…」
私が、勢い込んで言うと、
「…矢田…」
と、矢口のお嬢様が、またも、ニヤリと、大きな口を開けて、笑った…
「…あれば、アタシが、今、盗聴器を取り外して、手に持っているだろ?…」
「…と言うことは、なかったんですね?…」
「…そうだ…」
お嬢様の言葉を聞いて、ホッとした…
まさかとは、思うが、自宅に盗聴器が、仕掛けられたとあっては、堪ったものでは、ないからだ…
が、
私のそんな思いに、お嬢様は、冷や水を浴びせた…
「…安心するのは、まだ早いゾ…矢田…」
「…安心するのは、まだ早い?…」
「…そうだ…」
「…どうして、早いんですか?…」
「…自宅に盗聴器を仕掛けるまでも、ないと、相手が、思ったかも、しれんからだ…」
「…どういう意味ですか?…」
「…矢田…オマエに聞けば、いい…」
「…私に?…」
「…そうだ…」
「…」
どういう意味だ?…
「…つまり、それほど、オマエの身近な人間をアタシは、疑っているということだ…」
矢口トモコが、その大きな口を開けて、言った…
だから、迷わず、私は、
「…リンダですか? …バニラですか?…」
と、聞いた…
私の言葉に、
「…どっちだと、思う?…」
と、矢口のお嬢様が、からかうように、聞いた…
「…リ、リンダだと、思います…」
私は、すかさず、答えた…
「…リンダさんか?…」
矢口のお嬢様が、楽しそうに、言う…
「…矢田…どうして、オマエは、リンダさんが、盗聴器を仕掛けたかも、しれんと、思うんだ?…」
「…それは、リンダが、他人だからです…」
「…他人? どうして、他人なんだ?…」
「…バニラは、義父の…葉敬の愛人です…その子供のマリアは、夫の葉尊の血の繋がった妹です…だから、バニラは、一族です…他人じゃ、ありません…」
「…そうか…」
「…だから、私は、リンダが、盗聴器を仕掛けたと、思ったんです…」
私が、言うと、矢口のお嬢様は、黙った…
「…」
と、なにも、言わなかった…
それから、しばらくして、
「…矢田…」
と、私に、声をかけた…
「…なんでしょうか?…」
「…だが、リンダさんは、オスマン殿下のお気に入りだゾ…オスマン殿下のお気に入りのリンダさんが、どうして、オマエの家に、盗聴器を仕掛けねば、ならんのだ?…」
「…それは…」
そう、尋ねられると、答えに窮した…
正直、答えが、見つからんかった…
すると、
「…矢田…オマエの言うことは、わかる…」
と、矢口のお嬢様が、言った…
「…たしかに、リンダさんと、バニラさんを比べれば、リンダさんを、疑うのは、わかる…」
「…違うのですか?…」
「…矢田…オマエは、バカか?…」
「…バカ? …どうして、この矢田が、バカなのですか?…」
「…考えてみろ! 今、ここで、盗聴器は見つかったか?…」
「…いえ…」
「…だったら、誰が仕掛けたも、なにも、ないだろ?…」
矢口トモコが、笑った…
もう何度目か、わからないが、その大きな口を開けて、笑った…
その、大きな口を見ながら、ようやく、この矢田にも、この矢口トモコの狙いが、わかった…
どうして、この矢口トモコが、盗聴器を仕掛けた犯人が、誰か、私に、聞いたのか、わかったのだ…
要するに、カマをかけたのだ…
私が、誰を疑っているのか、カマをかけたのだ…
…食えない女だ…
とっさに、思った…
…煮ても焼いても食えない女だ…
心の底から、思った…
ひょっとすると、たった今、この盗聴器発見機を持って、わざわざ、私の住む部屋を、歩き回ったのも、演技かも、しれないと思った…
わざと、この部屋に盗聴器が、仕掛けられていると、思わせるために、私の目の前で、そんな行動を取ったのかと、疑ったのだ…
すると、今度は、このお嬢様の目的を考えた…
わざわざ、この家に、突然、やって来た目的を考えた…
当然、なにか、目的がある…
当たり前のことだ…
目的もなく、突然、この矢田の家に、やって来るはずが、ないからだ…
一体、その目的は?
考えた…
すると、当然ながら、あのセレブの保育園での、ことを、思った…
あのとき、この矢口のお嬢様は、セレブの保育園で、園児たちに、お菓子を配った…
当たり前だが、事前に、あのセレブの保育園の関係者に、お菓子を配ることを、提案し、了承を得たに違いなかった…
あのAKBの恋するフォーチュンクッキーを、踊ることも、そうだ…
セレブの保育園の関係者に、了承を得ずして、あんな真似は、できるわけがなかった…
ということは、だ?
一体、誰に、このお嬢様は、セレブの保育園の関係者に、会えるように、橋渡しをして、もらったか、だ…
セッティングをしてもらったか、だ…
私は、それに、気付いた…
当たり前だが、いきなり、あのセレブの保育園に電話をかけて、今度、園児たちと、お遊戯大会を開きたいなんて、普通は、言えない…
普通は、できない…
当然ながら、誰か、橋渡しをした人物が、いる…
いわゆる、コネ…
誰か、仲介した人物が、いるに、決まっている…
となると、その人物は、誰か?
考えた…
すると、脳裏に、自分でも、意外な人物の名前が、浮かんだ…
これまで、思っても、みない人物の名前が浮かんだのだ…
それは、葉尊…
私の夫の葉尊だった…
どうして、葉尊なのか?
なぜなら、私は、以前、葉尊に呼ばれ、葉尊が、勤務する、クール本社の社長室で、この矢口トモコと、会ったことがある…
あのとき、葉尊は、
「…お姉さん…そっくりのひとがいます…」
と、喜んで、私を本社に、呼び寄せた…
私と、矢口のお嬢様を会わせるためだ…
その結果、私は、このお嬢様と、クール本社の社長室で、6年振りに、再会した…
私としては、二度と会いたくない相手だったが、この矢口のお嬢様に、とっては、どうだったろうか?
もちろん、夫の葉尊に、このお嬢様は、以前、妻の矢田さんと、面識があると、言いたかったのかもしれない…
が、
それだけでは、なかったのかもしれない…
夫の葉尊と知り合うことで、大げさにいえば、人脈を得る…
例えば、葉尊の母違いの妹、マリアが、あのセレブの保育園に通っていることを、事前に、調べ上げていたとしたら、どうだ?
なにより、後で知ったことだが、お嬢様が、社長を務める激安スーパー、スーパージャパンは、私の義父の葉敬が、買収を狙っているそうだ…
このお嬢様のことだ…
葉敬のことを、できる限り、調べ上げたに、違いない…
その結果、私のことが、わかった…
この矢田トモコが、葉敬の息子、葉尊の妻であることを知った…
だから、きっと、それを契機に、私に接近したに違いなかった…
そのために、夫の葉尊に接近したに違いなかった…
すべては、葉敬に対抗するためだ…
自分のスーパー、スーパージャパンが、買収されかねないことに、対抗するためだ…
私は、思った…
だから、
「…葉尊ですね?…」
と、突然、大声で、言った…
「…葉尊氏?…彼が、どうかしたのか?…」
「…お嬢様…ごまかさないで、下さい…」
「…矢田…アタシが、なにを、ごまかすというんだ?…」
「…お嬢様を、マリアの通うセレブの保育園に、紹介した人物です…」
「…紹介した人物?…」
「…だって、そうでしょ? …お嬢様が、あのセレブの保育園に現れたのだって、誰かの紹介がなければ、あの場に、立てなかったはずです…しかも、あの壇上で、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ろうなんて、提案をするぐらいだから、当然、お嬢様を、あのセレブの保育園の関係者に紹介した人物は、相当の大物に決まっています…そもそも、お金のある人物の紹介がなければ、お嬢様は、あの舞台にMCとして、立てなかったに相違ありません…そして、それも、夫の葉尊なら、できます…」
私は、勢い込んで、言った…
考えられない…
あるいは、
考えたくないことだったが、夫の葉尊が、この矢口のお嬢様を、あのセレブの保育園の関係者に紹介したと、考えるのが、自然…
実に、自然だった…
そして、そう考えれば、あのとき、葉問が、突然、現れたのも、また納得した…
あのとき、リンダに化けたバニラと闘ったファラドの前に、突然、葉問が、現れたのも、また納得できた…
葉尊のもう一つの人格である、葉問…
葉尊が、知るところは、また、葉問も知るところになる…
つまりは、あのセレブの保育園で、なにか、起こることを、事前に知っていたということだ…
あるいは、
なにか、起こるかもしれないと、知っていたということだ…
私が、そこまで、考えたとき、
「…矢田…オマエも、案外、バカじゃないな…」
と、例によって、上から目線の、お嬢様の声が、聞こえてきた…
「…そうだ…葉尊氏だ…オマエの夫だ…」
矢口のお嬢様が、断言した…
「…葉尊氏に、頼んだ…すると、快く、紹介してくれた…」
矢口のお嬢様が、大きな口を開けて、笑った…
たしかに、このお嬢様が、夫の葉尊に頼まれれば、葉尊は、断れなかったに違いない…
この矢口トモコは、私の友人…
ホントは、友人でもなんでもなく、ただの知り合いなんだが、この調子のいい、お嬢様は、そう、葉尊に、自分を紹介したに違いない…
そして、なにより、その外見…
この矢口トモコは、私、矢田トモコにそっくり…
外見が、瓜二つだ…
姉妹に見られても、おかしくはない…
いや、
おかしくはないのではなく、誰もが、姉妹に思う…
血の繋がりがあると、考える…
それほど、似ている…
ホントは、赤の他人で、なんの血の繋がりがないにも、かかわらず、だ…
そんな、私そっくりの外見を持つ、この矢口のお嬢様に、なにかを、頼まれれば、夫の葉尊も、断れなかったに違いない…
この矢口のお嬢様の頼みを断ることは、私の頼みを断るのも、同然だからだ…
だから、断れない…
それを、この矢口のお嬢様は、狙ったに違いなかった…
そして、なにより、その依頼が、たいしたことではないことも、大きいに違いない…
ただ、セレブの保育園に、自分を紹介してくれと、頼まれただけだ…
しかも、この矢口のお嬢様は、スーパージャパンの社長…
日本中に知られた、激安スーパーの社長だ…
社会的地位もある…
だから、いかに、セレブの子弟の通う保育園でも、紹介するのに、躊躇う人物ではない…
ゆえに、紹介できる…
葉尊は、そう考えたに違いないし、また、葉尊が、そう考えると、このお嬢様は、見抜いたに違いなかった…
だから、お嬢様は、あの場に立てた…
あの場で、園児たちに、お菓子を配ることが、できた…
そういうことだ…
と、ここまで、考えて、気付いた…
夫の葉尊のことを、だ…
夫の葉尊が、この矢口のお嬢様を、マリアの通う、あのセレブの保育園に紹介したのが、事実だとすれば、その時点では、夫の葉尊は、まだ、実父の葉敬が、この矢口のお嬢様の会社、スーパージャパンの買収を画策していることを、知らなかったことになる…
普通に、考えて、自分の父が、買収を考えている、会社の当事者のために、なにかをすることは、ありえない…
考えにくい…
いわば、敵…
相手は、敵だからだ…
敵のために、塩を送ることは、考えにくい…
ずばり、ありえない…
が、
絶対ではない…
なぜ、絶対ではないかと、いえば、葉尊が、スーパージャパンの買収に反対している可能性もあるからだ…
もしも、事前に、葉尊が、実父の葉敬が、スーパージャパンの買収を計画していることを知っていて、あえて、スーパージャパンの社長である、この矢口トモコを、あのセレブの保育園に紹介したとすれば、葉尊が、スーパージャパンの買収に反対しているということではないか?
それゆえ、スーパージャパンの社長である、矢口トモコに力を貸した…
そう読めるのではないか?
あるいは、
それと、これとは、別と考えることも、できる…
仕事と、プライベートは、別と考えるように、実父の葉敬の、スーパージャパンの買収と、矢口のお嬢様を、セレブの保育園に紹介するのは、別と、考えることも、できる…
が、
普通に、考えて、その可能性は、低い…
低いと言わざるを得ない…
それは、例えば、私が、誰か、友人と、ケンカしたとする…
絶交したとする…
そして、夫の葉尊も、また、その友人を知っていたとする…
葉尊の元からの友人ではなく、あくまで、私を介して、知っていたとする…
と、すると、どうだ?
私が、その友人と絶交すれば、やはり、夫の葉尊も、その友人とは、微妙になる…
微妙な関係になる…
だから、例えば、街中で、偶然、会っても、顔を背けるとか…
そういう行動を取りかねない…
あくまで、妻が、その友人と絶交したに、過ぎないのだが、夫の葉尊も、その友人と、これまで通り、付き合うことは、無理…
っていうか、できない…
そういうことだ…
私は、矢口のお嬢様の顔を見ながら、そんなことを、考えた…
私そっくりの顔を見ながら、そんなことを、考え続けた…
私そっくりの顔で、大きな口を開けて、笑った…
私は、正直、背筋が寒くなった…
すると、
「…矢田…そんな嬉しそうな顔をするな…」
と、またも、皮肉を連発した…
嫌みを連発した…
が、
もはや、私は、お嬢様の嫌みに、惑わされることは、なかった…
すでに、このお嬢様の行動パターンは、読んでいる…
6年前にも、煮え湯を飲まされた…
そのときの、苦い思い出がある…
だから、お嬢様の行動=嫌みに、惑わされることもなく、まずは、
「…あったのですか?…」
と、聞いた…
「…なにが、あったんだ? …矢田?…」
「…お嬢様、ごまかさないで、下さい…」
「…ごまかす? アタシが?…」
「…そうです…」
私が、勢い込んで言うと、
「…矢田…」
と、矢口のお嬢様が、またも、ニヤリと、大きな口を開けて、笑った…
「…あれば、アタシが、今、盗聴器を取り外して、手に持っているだろ?…」
「…と言うことは、なかったんですね?…」
「…そうだ…」
お嬢様の言葉を聞いて、ホッとした…
まさかとは、思うが、自宅に盗聴器が、仕掛けられたとあっては、堪ったものでは、ないからだ…
が、
私のそんな思いに、お嬢様は、冷や水を浴びせた…
「…安心するのは、まだ早いゾ…矢田…」
「…安心するのは、まだ早い?…」
「…そうだ…」
「…どうして、早いんですか?…」
「…自宅に盗聴器を仕掛けるまでも、ないと、相手が、思ったかも、しれんからだ…」
「…どういう意味ですか?…」
「…矢田…オマエに聞けば、いい…」
「…私に?…」
「…そうだ…」
「…」
どういう意味だ?…
「…つまり、それほど、オマエの身近な人間をアタシは、疑っているということだ…」
矢口トモコが、その大きな口を開けて、言った…
だから、迷わず、私は、
「…リンダですか? …バニラですか?…」
と、聞いた…
私の言葉に、
「…どっちだと、思う?…」
と、矢口のお嬢様が、からかうように、聞いた…
「…リ、リンダだと、思います…」
私は、すかさず、答えた…
「…リンダさんか?…」
矢口のお嬢様が、楽しそうに、言う…
「…矢田…どうして、オマエは、リンダさんが、盗聴器を仕掛けたかも、しれんと、思うんだ?…」
「…それは、リンダが、他人だからです…」
「…他人? どうして、他人なんだ?…」
「…バニラは、義父の…葉敬の愛人です…その子供のマリアは、夫の葉尊の血の繋がった妹です…だから、バニラは、一族です…他人じゃ、ありません…」
「…そうか…」
「…だから、私は、リンダが、盗聴器を仕掛けたと、思ったんです…」
私が、言うと、矢口のお嬢様は、黙った…
「…」
と、なにも、言わなかった…
それから、しばらくして、
「…矢田…」
と、私に、声をかけた…
「…なんでしょうか?…」
「…だが、リンダさんは、オスマン殿下のお気に入りだゾ…オスマン殿下のお気に入りのリンダさんが、どうして、オマエの家に、盗聴器を仕掛けねば、ならんのだ?…」
「…それは…」
そう、尋ねられると、答えに窮した…
正直、答えが、見つからんかった…
すると、
「…矢田…オマエの言うことは、わかる…」
と、矢口のお嬢様が、言った…
「…たしかに、リンダさんと、バニラさんを比べれば、リンダさんを、疑うのは、わかる…」
「…違うのですか?…」
「…矢田…オマエは、バカか?…」
「…バカ? …どうして、この矢田が、バカなのですか?…」
「…考えてみろ! 今、ここで、盗聴器は見つかったか?…」
「…いえ…」
「…だったら、誰が仕掛けたも、なにも、ないだろ?…」
矢口トモコが、笑った…
もう何度目か、わからないが、その大きな口を開けて、笑った…
その、大きな口を見ながら、ようやく、この矢田にも、この矢口トモコの狙いが、わかった…
どうして、この矢口トモコが、盗聴器を仕掛けた犯人が、誰か、私に、聞いたのか、わかったのだ…
要するに、カマをかけたのだ…
私が、誰を疑っているのか、カマをかけたのだ…
…食えない女だ…
とっさに、思った…
…煮ても焼いても食えない女だ…
心の底から、思った…
ひょっとすると、たった今、この盗聴器発見機を持って、わざわざ、私の住む部屋を、歩き回ったのも、演技かも、しれないと思った…
わざと、この部屋に盗聴器が、仕掛けられていると、思わせるために、私の目の前で、そんな行動を取ったのかと、疑ったのだ…
すると、今度は、このお嬢様の目的を考えた…
わざわざ、この家に、突然、やって来た目的を考えた…
当然、なにか、目的がある…
当たり前のことだ…
目的もなく、突然、この矢田の家に、やって来るはずが、ないからだ…
一体、その目的は?
考えた…
すると、当然ながら、あのセレブの保育園での、ことを、思った…
あのとき、この矢口のお嬢様は、セレブの保育園で、園児たちに、お菓子を配った…
当たり前だが、事前に、あのセレブの保育園の関係者に、お菓子を配ることを、提案し、了承を得たに違いなかった…
あのAKBの恋するフォーチュンクッキーを、踊ることも、そうだ…
セレブの保育園の関係者に、了承を得ずして、あんな真似は、できるわけがなかった…
ということは、だ?
一体、誰に、このお嬢様は、セレブの保育園の関係者に、会えるように、橋渡しをして、もらったか、だ…
セッティングをしてもらったか、だ…
私は、それに、気付いた…
当たり前だが、いきなり、あのセレブの保育園に電話をかけて、今度、園児たちと、お遊戯大会を開きたいなんて、普通は、言えない…
普通は、できない…
当然ながら、誰か、橋渡しをした人物が、いる…
いわゆる、コネ…
誰か、仲介した人物が、いるに、決まっている…
となると、その人物は、誰か?
考えた…
すると、脳裏に、自分でも、意外な人物の名前が、浮かんだ…
これまで、思っても、みない人物の名前が浮かんだのだ…
それは、葉尊…
私の夫の葉尊だった…
どうして、葉尊なのか?
なぜなら、私は、以前、葉尊に呼ばれ、葉尊が、勤務する、クール本社の社長室で、この矢口トモコと、会ったことがある…
あのとき、葉尊は、
「…お姉さん…そっくりのひとがいます…」
と、喜んで、私を本社に、呼び寄せた…
私と、矢口のお嬢様を会わせるためだ…
その結果、私は、このお嬢様と、クール本社の社長室で、6年振りに、再会した…
私としては、二度と会いたくない相手だったが、この矢口のお嬢様に、とっては、どうだったろうか?
もちろん、夫の葉尊に、このお嬢様は、以前、妻の矢田さんと、面識があると、言いたかったのかもしれない…
が、
それだけでは、なかったのかもしれない…
夫の葉尊と知り合うことで、大げさにいえば、人脈を得る…
例えば、葉尊の母違いの妹、マリアが、あのセレブの保育園に通っていることを、事前に、調べ上げていたとしたら、どうだ?
なにより、後で知ったことだが、お嬢様が、社長を務める激安スーパー、スーパージャパンは、私の義父の葉敬が、買収を狙っているそうだ…
このお嬢様のことだ…
葉敬のことを、できる限り、調べ上げたに、違いない…
その結果、私のことが、わかった…
この矢田トモコが、葉敬の息子、葉尊の妻であることを知った…
だから、きっと、それを契機に、私に接近したに違いなかった…
そのために、夫の葉尊に接近したに違いなかった…
すべては、葉敬に対抗するためだ…
自分のスーパー、スーパージャパンが、買収されかねないことに、対抗するためだ…
私は、思った…
だから、
「…葉尊ですね?…」
と、突然、大声で、言った…
「…葉尊氏?…彼が、どうかしたのか?…」
「…お嬢様…ごまかさないで、下さい…」
「…矢田…アタシが、なにを、ごまかすというんだ?…」
「…お嬢様を、マリアの通うセレブの保育園に、紹介した人物です…」
「…紹介した人物?…」
「…だって、そうでしょ? …お嬢様が、あのセレブの保育園に現れたのだって、誰かの紹介がなければ、あの場に、立てなかったはずです…しかも、あの壇上で、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ろうなんて、提案をするぐらいだから、当然、お嬢様を、あのセレブの保育園の関係者に紹介した人物は、相当の大物に決まっています…そもそも、お金のある人物の紹介がなければ、お嬢様は、あの舞台にMCとして、立てなかったに相違ありません…そして、それも、夫の葉尊なら、できます…」
私は、勢い込んで、言った…
考えられない…
あるいは、
考えたくないことだったが、夫の葉尊が、この矢口のお嬢様を、あのセレブの保育園の関係者に紹介したと、考えるのが、自然…
実に、自然だった…
そして、そう考えれば、あのとき、葉問が、突然、現れたのも、また納得した…
あのとき、リンダに化けたバニラと闘ったファラドの前に、突然、葉問が、現れたのも、また納得できた…
葉尊のもう一つの人格である、葉問…
葉尊が、知るところは、また、葉問も知るところになる…
つまりは、あのセレブの保育園で、なにか、起こることを、事前に知っていたということだ…
あるいは、
なにか、起こるかもしれないと、知っていたということだ…
私が、そこまで、考えたとき、
「…矢田…オマエも、案外、バカじゃないな…」
と、例によって、上から目線の、お嬢様の声が、聞こえてきた…
「…そうだ…葉尊氏だ…オマエの夫だ…」
矢口のお嬢様が、断言した…
「…葉尊氏に、頼んだ…すると、快く、紹介してくれた…」
矢口のお嬢様が、大きな口を開けて、笑った…
たしかに、このお嬢様が、夫の葉尊に頼まれれば、葉尊は、断れなかったに違いない…
この矢口トモコは、私の友人…
ホントは、友人でもなんでもなく、ただの知り合いなんだが、この調子のいい、お嬢様は、そう、葉尊に、自分を紹介したに違いない…
そして、なにより、その外見…
この矢口トモコは、私、矢田トモコにそっくり…
外見が、瓜二つだ…
姉妹に見られても、おかしくはない…
いや、
おかしくはないのではなく、誰もが、姉妹に思う…
血の繋がりがあると、考える…
それほど、似ている…
ホントは、赤の他人で、なんの血の繋がりがないにも、かかわらず、だ…
そんな、私そっくりの外見を持つ、この矢口のお嬢様に、なにかを、頼まれれば、夫の葉尊も、断れなかったに違いない…
この矢口のお嬢様の頼みを断ることは、私の頼みを断るのも、同然だからだ…
だから、断れない…
それを、この矢口のお嬢様は、狙ったに違いなかった…
そして、なにより、その依頼が、たいしたことではないことも、大きいに違いない…
ただ、セレブの保育園に、自分を紹介してくれと、頼まれただけだ…
しかも、この矢口のお嬢様は、スーパージャパンの社長…
日本中に知られた、激安スーパーの社長だ…
社会的地位もある…
だから、いかに、セレブの子弟の通う保育園でも、紹介するのに、躊躇う人物ではない…
ゆえに、紹介できる…
葉尊は、そう考えたに違いないし、また、葉尊が、そう考えると、このお嬢様は、見抜いたに違いなかった…
だから、お嬢様は、あの場に立てた…
あの場で、園児たちに、お菓子を配ることが、できた…
そういうことだ…
と、ここまで、考えて、気付いた…
夫の葉尊のことを、だ…
夫の葉尊が、この矢口のお嬢様を、マリアの通う、あのセレブの保育園に紹介したのが、事実だとすれば、その時点では、夫の葉尊は、まだ、実父の葉敬が、この矢口のお嬢様の会社、スーパージャパンの買収を画策していることを、知らなかったことになる…
普通に、考えて、自分の父が、買収を考えている、会社の当事者のために、なにかをすることは、ありえない…
考えにくい…
いわば、敵…
相手は、敵だからだ…
敵のために、塩を送ることは、考えにくい…
ずばり、ありえない…
が、
絶対ではない…
なぜ、絶対ではないかと、いえば、葉尊が、スーパージャパンの買収に反対している可能性もあるからだ…
もしも、事前に、葉尊が、実父の葉敬が、スーパージャパンの買収を計画していることを知っていて、あえて、スーパージャパンの社長である、この矢口トモコを、あのセレブの保育園に紹介したとすれば、葉尊が、スーパージャパンの買収に反対しているということではないか?
それゆえ、スーパージャパンの社長である、矢口トモコに力を貸した…
そう読めるのではないか?
あるいは、
それと、これとは、別と考えることも、できる…
仕事と、プライベートは、別と考えるように、実父の葉敬の、スーパージャパンの買収と、矢口のお嬢様を、セレブの保育園に紹介するのは、別と、考えることも、できる…
が、
普通に、考えて、その可能性は、低い…
低いと言わざるを得ない…
それは、例えば、私が、誰か、友人と、ケンカしたとする…
絶交したとする…
そして、夫の葉尊も、また、その友人を知っていたとする…
葉尊の元からの友人ではなく、あくまで、私を介して、知っていたとする…
と、すると、どうだ?
私が、その友人と絶交すれば、やはり、夫の葉尊も、その友人とは、微妙になる…
微妙な関係になる…
だから、例えば、街中で、偶然、会っても、顔を背けるとか…
そういう行動を取りかねない…
あくまで、妻が、その友人と絶交したに、過ぎないのだが、夫の葉尊も、その友人と、これまで通り、付き合うことは、無理…
っていうか、できない…
そういうことだ…
私は、矢口のお嬢様の顔を見ながら、そんなことを、考えた…
私そっくりの顔を見ながら、そんなことを、考え続けた…