第174話

文字数 4,192文字

 …このパーティーの目的が、単に、パーティーを開くことが、目的だと、気付いた私は、ホッとしたというか…

 肩の荷が、抜けた気分になった…

 大げさに、言えば、ドシンと、目に見えぬ重圧が、私にのしかかっている気分だった…

 葉尊と、私の結婚半年を祝ってのパーティーだ、なんだと言われて、思わず、肝を潰した…

 どんな名目であれ、私の名前を出されて、それが、パーティーの名目だと聞かされ、仰天した…

 が、

 それは、ただの名目…

 ただの名目に、過ぎない…

 それに、気付いた私は、本当に、心の底から、ホッとした…

 実は、私は、派手なことが、苦手だった…

 ひっそりと、どこか、目立たぬ場所が、好きと言うか…

 ホントは、結構、地味な女だった…

 が、

 私が関わると、トラブルがあるというか…

 とにかく、目立った(笑)…

 私が、関わることで、なぜか、騒動が、大きくなり、周囲の耳目を集めることになった…

 私は、それが、嫌だった…

 だから、いつも、ひっそりと、目立たぬ場所に、いたかった…

 それが、本音だった…

 が、

 今日は、やはりというか、それが、できんかった…

 なにしろ、私と葉尊の結婚半年を記念して、開いたパーティーだ…

 たとえ、私と葉尊の結婚半年を記念して、パーティーを開いたのが、名目だけだとしても、パーティーの主役は、私と葉尊だった…

 が、

 ホントのパーティーの主役は葉敬だった…

 何度もいうように、私と葉尊の結婚半年を記念して、パーティーを開いたなどというのは、名目…

 単純に、パーティーを開く名目に、過ぎない…

 現に、葉敬は、リンダとバニラを引き連れて、あちこちの席に、顔を出し、盛んに、話し込んでいた…

 葉敬にとって、このパーティーの目的は、ただ単に、日本の政界や財界で、人脈を広げるためだったからだ…

 だから、この立食パーティーで、盛んに、あちこちの席に顔を出し、さまざまな人たちと話していた…

 そして、その傍らには、必ず、リンダとバニラの姿があった…

 真紅のロングドレスを着たリンダと、ブルーのロングドレスを着たバニラの姿があった…

 そして、それを見て、あらためて、リンダとバニラの役割がわかった…

 つまりは、葉敬は、常に、リンダとバニラを自分の傍らに置くことで、自分が、今、このパーティー会場のどこに、いるかを、周囲の人間に、知らせようとしているのだ…

 誰もが、そうだが、集団の中では、埋没する…

 目立たない…

 だから、自分が、どこにいるか、知らせなければ、ならない…

 そのためには、なにか、自分が、目立つことを、しなければ、ならない…

 例えば、誰も、着ないような派手な色の服を着るとか…

 ずっと、以前にあったピンクのクラウンではないが、目立たければ、ならない…

 クラウンが、ピンクで、あれば、目立つ…

 それと、同じだ(笑)…

 だから、ホントは、葉敬が、ピンクのタキシードでも、着れば、目立つが、それはできない…

 それでは、お笑いだ(爆笑)…

 だから、そのための、リンダと、バニラなのだろう…

 私は、思った…

 ヒールを履けば、190㎝を超える、大柄な美女を傍らに置くことで、嫌でも、自分が、目立つ…

 その美女二人の効果を狙っているのだろう…

 私は、あらためて、その事実に、気付いた…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…奥様、おめでとうございます…」

 と、周囲の人間が、言ってきた…

 当たり前だった…

 なにしろ、このパーティーの名目は、私と葉尊の結婚半年を記念してのパーティー…

 パーティーの出席者が、私に声をかけるのは、当たり前だった…

 が、

 私は、当惑した…

 今、私の周りに、いる人間たちは、どう見ても、お偉いさん…

 歳を取った、男たち…

 皆、六十歳は、超えているだろう…

 皆、会社や政界でのお偉いさん…

 中には、明らかに、テレビやネットで、見た顔もあった…

 そんなお偉いさんに、

 「…奥様…おめでどうございます…」

 と、突然、言われて、私は、どうしていいか、わからんかった…

 だから、面食らった…

 だから、とっさに、

 「…ありがとうございます…」

 と、言って、頭を下げることしか、できんかった…

 その他の対応を、することが、できんかった…

 「…で、夫の葉尊さんは?…」

 と、周囲の人間が言った…

 私は、面食らった…

 このお偉いさんが、

 「…で、夫の葉尊さんは?…」

 と、言うのは、当たり前だった…

 なにしろ、このパーティーは、何度も言うように、私と葉尊の結婚半年を祝福して、開いたもの…

 それは、あくまで、名目に過ぎないが、妻の私が、ここにいれば、夫は、どこなんだ?
 と、聞くのが、当たり前だった…

 が、

 困った…

 私は、答えれんかった…

 夫の葉尊が、どこにいるか、知らんかったのだ…

 私は、岸田首相が、祝辞を述べて、壇上を降り、次いで、葉敬やリンダやバニラが、壇上を降りたので、その後に、従って、壇上から、降りた…

 が、

 リンダと、バニラと違い、葉敬の後は、追わんかった…

 なんだか、嫌だったのだ…

 リンダと、バニラは、いわば、葉敬を目立たせるという役割がある…

 美人二人が、葉敬の傍らに、いつも、いることで、葉敬が、このパーティー会場で、どこにいるか、知らせる役目がある…

 だから、二人とも、葉敬の元から、離れない…

 いわば、葉敬を目立たせることが、リンダとバニラの仕事だからだ…

 が、

 私には、その役割がない…

 いや、

 そもそも、私には、華がない…

 だから、最初から、リンダやバニラのような役割ができるはずもなかった…

 そんなことを、考えた…

 瞬時に、考えた…

 すると、先ほどのお偉いさんが、もう一度、

 「…夫の葉尊さんは?…」

 と、聞いた…

 私は、どうしていいか、わからんかった…

 夫の葉尊が、どこにいるか、知らんかったからだ…

 だから、

 「…ちょっと、今さっきまで、そばにいたんですが…」

 とか、なんとか、調子のいいことを、言えば、良かったが、さすがに、この、この政界、財界のお偉いさんが、いっぱい、いる場所では、緊張して、そんな言葉が出んかった…

 だから、困った…

 困ったのだ…

 すると、だ…

 いきなり、背後から、

 「…ボクは、ここにいますが…」

 と、いう声がした…

 背後を振り返ると、葉尊だった…

 私の夫の葉尊だった…

 私は、その顔を見て、ホッとした…

 文字通り、安心した…

 私に夫の葉尊のことを、聞いた男は、

 「…葉尊さん…今日はおめでとう…」

 と、言って、葉尊の手を握り、猛烈に上下に振った…

 おそらく酒に酔っていたのだろう…

 すでに、顔が、赤かった…

 「…ありがとうございます…」

 と、葉尊が、調子よく言う…

 うまく、相手に合わせていた…

 が、

 私は、そんな葉尊を見て、驚いた…

 ここに現れたのは、葉尊ではない…

 私の夫の葉尊ではない…

 夫の弟の葉問だった…

 夫の弟の一卵性双生児の葉問だった…

 ホントは、存在しない、夫の葉尊のもう一人の人格だった…

 その事実に、今さらながら、気付いた…

 さっき、このパーティーが、始まったときに、壇上で、挨拶した葉尊…

 「…コウノトリに、任せましょう…」

 とか、言って、うまく機転を利かせたコメントを言ったのは、私の夫の葉尊ではなく、この葉問だと、気付いた…

 考えて見れば、わかる…

 夫の葉尊は、根が真面目…

 葉問のように、うまく、対応できない…

 葉問のように、臨機応変に対応できない…

 だから、代わった…

 ホントは、この場に現れるのは、葉尊の役割だが、葉問に、代わった…

 そういうことかも、しれない…

 葉尊は、真面目だし、真面目が取り柄の男だが、このパーティーのような華やかな場所が、苦手…

 ゆっくりと、一人で、本やネットを見ているのが、好き…

 そんなことが、好きな、オタク気質の男…

 だから、そんな葉尊に、こんな華やかなパーティーは、似合わない…

 だから、代わったのだろう…

 が、

 さっき、葉敬に、私が、

 「…葉問が…」

 と、言ったとき、

 「…エッ? …葉問?…ここにいるのは、葉尊ですが…」

 と、葉問であることを、否定した…

 その言葉通り、私が、見たときは、葉尊だった…

 私の夫の葉尊だった…

 が、

 今、ここに現れたのは、葉問…

 紛れもなく、葉問だった…

 これは、一体、どういうことだ?

 私は、考えた…

 役割分担か?

 とも、思った…

 元来、華やかな、遊び人の葉問には、パーティーが、似合う…

 陽気な遊び人の葉問には、華やかなパーティーが、似合う…

 だからか?

 と、思った…

 そして、そんなことを、考えながらも、一方で、あの矢口のお嬢様が、言った、

 「…もう一人の男…」

 を、思った…

 あのお嬢様は、

 「…もう一人の男を頼れ…」

 と、言った…

 名前こそ、出さないが、もう一人の男が、葉問であることは、明らかだった…

 この葉問であることは、明らかだった…

 そして、あのとき、あの矢口のお嬢様は、

 「…葉尊さんは、善人ではない…」

 とも、言った…

 が、

 「…悪人でもないと…」

 とも、言った…

 要するに、

 「…葉尊は、聖人君子ではない…」
 
 と、言ったのだ…

 そして、その上で、あの矢口のお嬢様は、

 「…葉問を頼れ…」

 と、言ったわけだ…

 そして、現実に、この矢田が、今のようなピンチに陥ったときには、必ず、葉問が、現れた…

 この葉問が、必ず、現れた…

 私は、それを、思い出した…

 そして、私が、そんなことを、考えている間にも、次々と、政界や財界のお偉いさんが、葉問と、握手していた…

 葉問の対応は、実に鮮やかだった…

 顔を赤らめた、自分の父である葉敬よりも、年上の、お偉いさん相手に、巧みに相手していた…

 明らかに、葉尊では、できないことだった…

 真面目な葉尊では、できないことだった…

 遊び人の葉問だから、できる芸当だった…

 私は、葉問の人あしらいの巧さを、間近に見ていた…

 そして、ひとが、途切れたときに、そっと、

 「…礼を言うさ…」

 と、葉問の耳元で、囁いた…

 「…礼?…」

 葉問が、ビックリした様子で、言った…

 「…そうさ…礼さ…」

 「…どうして、ボクに礼を?…」

 「…だって、オマエは、葉問だろ?…」

 「…いえ、ボクは、葉尊ですが…」

 目の前の葉問が、言った…

 私は、仰天した…

               
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