第19話
文字数 5,941文字
…目的は、リンダではない?…
私は、考え込んだ…
この目の前の絶世の美女ではない…
私は、思った…
今は、男の格好をして、わざと、ヨレヨレの服を着て、その美貌を隠している…
が、
あのバニラ同様、正式に、リンダ・ヘイワースとして、パーティーにロングドレスを着て、出席したりすると、その美しさに驚く…
文字通り、圧倒される…
私は、男ではないが、パーティーで、華やかなドレスをまとった、リンダ・ヘイワースを目前にすると、ただただ、圧倒される
とても、私と同じ人間とは、思えない…
たしかに、日本人の私と人種が違うが、それにしても、違い過ぎる…
その美貌、手足の長さ…どれをとっても、同じ人類とは、思えない…
ドレスアップした、リンダ・ヘイワースを目の前にすると、ただ、ただ、その美しさに圧倒されるのだ…
が、
しかし、
アラブの王族は、そんな美しいリンダ・ヘイワースが、目的では、ないと言う…
だったら、一体、なにが、目的なのか?
私は、思った…
ジッと、目の前のヤン…リンダを見ながら、考え込んだ…
目の前のメガネをかけ、変装したリンダを見ながら、考え込んだ…
すると、
「…お姉さん…真剣ね…」
と、目の前のヤンが、声をかけた…
「…当り前さ…」
私は、答えた…
「…だって、リンダが、目的じゃないんだろ? …だったら、一体、どんな目的なんだ? リンダほどの美人目当てならば、納得するが、他に目的があると、なると、皆目見当もつかんゾ…」
私が、息せき切って言うと、ヤンが、面白そうに、
「…だから、アラブの王族は、目的は、リンダ・ヘイワースだと、いう噂をわざと流したんじゃないかな…」
と、言った…
「…どういう意味だ?…」
「…私がいうのも、なんだけれども、目的が、リンダ・ヘイワースというのは、実にわかりやすい…」
「…どういう意味だ?…」
「…ハリウッドのセックス・シンボルとして、世界中に知られたリンダ・ヘイワースを、狙っているとか、一夜を共にしたいとでも、言えば、実にわかりやすい…なにより、誰も、疑問を持たない…」
「…」
「…事前に噂として、流すのに、実に、うってつけ…」
「…だったら、ヤン…いや、リンダ、アラブの王族の本当の目的は、なんだと思うんだ? 当たりは、付いているんだろ?…」
「…まあね?…」
ヤンが笑った…
「…なら、話せ…ヤン…」
「…お姉さんに?…」
「…そうだ…」
「…でも、お姉さんに話しても…」
「…なんだと?…」
私は、怒った…
「…なぜ、話せん…オマエと私は、親友じゃないか?…」
「…親友って? …一体、いつから、お姉さんと私が、親友になったの?…」
「…今さ…たった今さ…」
「…今?…」
「…そうさ…私とオマエは、因縁がある…だが、それを乗り越えて、今は、親友になったんだ…そうだろ? …バニラ?…」
私は、言った…
「…バニラ?…」
目の前のヤンが、絶句した…
「…そうさ…オマエは、リンダじゃない…バニラさ…バニラがヤンに変装したのさ…」
「…なにをバカなことを…」
「…隠すな…リンダが、ヤンに変装したときは、自分のことは、ボクと呼ぶ…が、今、オマエは、私だった…それで、気付いたのさ…」
私は、断言した…
すると、目の前のヤン…バニラが、絶句した…
それから、笑いながら、
「…ホント、このお姉さんには、叶わない…」
と、言って、メガネを外して、素顔を晒した…
それから、髪をかき上げた…
すると、いつものバニラがいた…
バニラ・ルインスキーがいたのだ…
「…バニラ…どうして、こんなことをした?…」
私は尋ねた…
「…お姉さんを試したのよ…」
「…試す?…」
「…使い物になるか、どうか?…」
「…使い物になるか、どうかだと?…」
私は、焦った…
驚いたのではない…
焦ったのだ…
なにか、ある?…
とんでも、ないことがある!
私の背中に冷や汗が走った…
身長、159㎝の六頭身の体型に、冷や汗が走った…
私の大きな胸も揺れた…
動揺したのだ…
みっともないほど、動揺したのだ…
すると、予想外のことが、起こった…
私たち二人以外の誰かが、部屋にいることが、わかったのだ…
この家は、私の家…
私と葉尊の住むマンションだ…
私と葉尊以外、いるわけがなかった…
しかし、今、明らかに、ひとが、いる気配がした…
だから、私は、
「…誰だ? そこにいるのは?…」
と、怒鳴った…
「…姿を見せろ!…」
大声を出した…
だが、なんの反応もなかった…
だから、私は、
「…出てこないなら、こっちから、行ってやるさ…」
と、言って、気配がある方に歩き出した…
私は、正直、臆病者だが、このときは、それを忘れていた…
そんなことは、すっかり忘れて、そこに誰がいるかの方が、気になったのだ…
すると、
「…わかったわ…」
と、いう声がして、いきなり、人影が現れた…
私は、その姿を見て、絶句した…
そこには、ヤン…
ヤンがいた…
リンダ・ヘイワースの男装した姿があった…
「…ほ、本物?…」
思わず、声をかけた…
「…そう、本物…」
ニコリとして、目の前のヤンが笑った…
「…本物のヤン…リンダ・ヘイワース…」
「…リンダ・ヘイワース?…」
私は、繰り返した…
私は、驚いたが、リンダが、そこにいるのは、不思議ではなかった…
なぜなら、リンダは夫の葉尊と親しい…
また、葉尊の父、葉敬に世話にもなっている…
だから、おおげさに、言えば、ファミリー…
私と、同じファミリーだ…
だから、このマンションのキーを持っていても、不思議ではなかった…
だが、やはり、このリンダが、そこに隠れていたのは、驚きだった…
「…一体、なんのために?…」
私が呟くと、私の肩を背後から、ガツンと掴まれた…
思わず、反射的に、背後を振り返った…
そこにいたのは、バニラだった…
「…お姉さんの力を試すためと言ったでしょ?…」
バニラが、呟いた…
そして、
「…合格よ…」
と、付け加えた…
「…合格だと?…」
「…お姉さんの能力は、衰えてない…」
「…衰えてないだと?…」
「…以前も、私が、リンダになりすましているのに、気付いた…だから、今回は、私が、ヤンになりすました…」
…たしかに、二人は、似ている…
バニラの方が、リンダよりも、身長が、高いが、顔の造作が似ているのだ…
ただ、普段は、リンダは、おとなしめ…
真逆に、バニラは野性的で、売っている…
いわば、イメージ戦略…
昔で、いえば、オードリーヘップバーンと、フランスの有名女優、ブリジット・バルドーのようなものだ…
オードリーヘップバーンが、品の良いお嬢様なら、ブリジット・バルドーは、セックス・シンボルとして、売り出す…
売り方が対照的…
だから、二人は、被らない…
ファン層が、まるで、違うからだ…
と、そこまで、考えて、ふと、このリンダとバニラの二人を思った…
二人とも、本当の素顔は、顔の作りが似ている…
だから、売り出すために、わざと違う売り出し方をしたのかも? と、気付いたのだ…
なにより、二人とも、葉敬に世話になっている…
だから、もしかしたら、二人が、売り出すときにも、葉敬が、なにか、意見を出したのかもしれない…
アイデアを出したのかもしれない…
本来、顔の作りが似ているからこそ、メイクで、ごまかし、いわゆる、おとなしめ系と、野生系と色分けしたのかもしれない…
ふと、そんなことを、思った…
「…オマエたちは、一体?…」
私が、言うと、二人が、笑った…
「…リンダ・ヘイワースと、バニラ・ルインスキー…」
二人が、自分の名前を呼んだ…
「…共に、女優とモデルとして、世界中に知られている…」
「…」
「…でも、もし、二人が、同一人物だったりしたら…」
「…バカを言うな…二人とも、たった今、私の前にいるだろ?…」
「…お姉さん?…」
「…なんだ?…」
「…お姉さんの今、見ていることは、幻…」
「…幻だと?…」
「…葉尊と葉問と、いっしょ?…」
「…葉問?…」
すっかり、忘れていた…
葉問は、葉尊の一卵性の弟だと、思っていたが、実は、葉尊のもう一人の人格だった…
葉尊は、二重人格者…
葉尊の中には、葉尊と、葉問が、存在する…
葉尊は、真面目…
葉問は、洗練された伊達男…
お洒落で、女好きだ…
いわば、真逆…
実際は、葉問は、幼い時に、事故で、亡くなった…
そして、その原因は、葉尊だった…
弟の葉問が、自分のせいで、亡くなったことに、苦悩し、自分を責めた葉尊は、いつしか、自分の中に、葉問を作り出した…
自分とは、完全な別人格の葉問を作り出した…
私も、最初は、気付かなかったが、いつしか、二人が、同一人物では? と、気付いた…
なぜなら、二人が、同時に、私の前に現れたことが、一度もなかったからだ…
が、
そのことに、不審を抱いた私に気付いた葉問は、わざと、私の前に、自分と似せた人物を登場させて、私の疑念を払しょくした…
私は、それを思い出した…
「…バニラとリンダ…オマエたちは、一体?…」
私は、繰り返した…
「葉尊と葉問は、表裏一体…」
リンダが、呟く…
「…それと、同じ…」
「…同じだと?…」
「…私とリンダも同じ…」
バニラが、続ける…
「…葉尊と葉問…私とリンダ…互いに真逆…自分にないものを、相手が持っている…」
「…」
「…葉尊にクールの経営はできるけれども、女を扱うことはできない…真面目過ぎる…」
「…」
「…でも、葉問なら、できる…私やリンダと肩を並べて、歩いて、恋人のフリをすることができる…」
「…一体、なにが、言いたい?…」
「…お姉さんには、黙って見ていてもらいたいの…」
「…どういうことだ?…」
「…アラブの王族…まもなく、来日する…でも、その目的もまだよくわからない…」
「…」
「…だから、リンダも私だけじゃなく、葉尊も、そして、葉問にも、協力してもらって、戦うことになる…」
「…戦う? …どういうことだ?…」
「…アラブの王族の狙いが、わからない…ひょっとして、クールを狙っているとか、それとも、親会社の台湾の台北筆頭を狙っているとか…」
「…まさか?…」
「…そのまさかも、ありうると、葉敬は、考えているの?…」
バニラが、続ける…
「…だったら…」
私は、言った…
「…だったら、お父さんは、どうして、日本で、アラブの王族を接待しようとしたんだ? …そんな危険があるのに…」
「…虎穴に入らずんば虎子を得ず…」
リンダが言った…
「…リスクを取らなければ、成功しない…」
「…どういう意味だ?…」
「…昔、ある女優が、私に言ったことがある…」
「…なんて、言ったんだ?…」
「…あるとき、ハリウッドから、オファーが来た…でも、例えば、そのオファーの価格は、日本円でいえば、一千万だった…」
「…一千万?…」
「…そう…そして、その女優は、そのオファーを受けようか、真剣に悩んだ挙句、断った…」
「…どうして、断ったんだ? …オファーを受ければ、一千万もらえるんだろ?…」
「…でも、その女優は、考えた…」
「…なにを、だ?…」
「…そのオファーを受ければ、自分の市場価値は、一千万円と決まってしまうと…」
「…」
「…だから、断った…ホントは、喉から手が出るほど、その仕事が欲しいのに、断った…」
「…」
「…そして、その後、どうなったと思う?…」
「…どうなったかって?…」
私は、しばし、考えた…
が、
考えても、さっぱり、わからんかった…
だから、
「…わからんさ…」
と、答えた…
すると、リンダは、嬉しそうに、
「…今度は、三千万円のオファーが来た…」
と、語った…
「…だから、すぐに、そのオファーを受けた…三千万なら、納得できる…だから、そのとき、つくづく、一千万円のオファーを受けなくて、よかったと、思った…」
「…」
「…つまり、それが、私やバニラの仕事のリスク…たとえ、その仕事が欲しいときでも、我慢しなければ、ならないときもある…葉敬も同じ…」
「…お父さんも同じだと?…」
「…葉敬は、言わずと知れた、台湾の台北筆頭のオーナー経営者…クールの親会社のオーナー…」
「…」
「…でも、当然のことながら、日本は、台湾よりも、大きい…国際的な地位も強い…だから、日本の総合電機メーカー、クールを買収した…そして、それを足掛かりに、もっと、世界で、自分の会社の地位を高めようとした…そして、そのために、クールで、アラブの王族を接待しようとした…でも、ここに、リスクが生じた…」
「…リスク? …どんなリスクだ?…」
「…もしかしたら、アラブの王族は、クールの買収や、その親会社の台北筆頭を買収しようとしているんじゃという噂が、葉敬の耳に入ったの…」
「…台北筆頭の買収だと?…」
「…アラブの諸国が、石油が、枯渇した将来を見据えて、色々、動き出しているのは、お姉さんも知ってるでしょ?…」
「…知ってるさ…」
ホントは、あまり知らんかったが、とりあえず、そう答えた…
私は、そういう女だ…
私は、そういう人間だ(笑)…
「…だから、ホントは、日本で、クールを窓口にして、アラブの王族を接待するのは、リスク…葉敬にとっても、危ない橋を渡ることになる…」
「…」
「…でも、その危ない橋を渡らない限り、商売のチャンスはない…」
「…どうしてだ?…」
「…アラブの王族は金持ち…桁外れの大金持ち…それを客として、迎えることは、至上の喜び…これ以上のビジネスチャンスはない…」
「…」
「…でも、そのビジネスチャンスは、危険と隣り合わせ…もしかしたら、自分の会社も買収される危険もある…」
「…」
「…だから、今日、お姉さんの能力を試した…」
「…私の能力?…」
「…バニラがヤンに変装して、それを見破れるか否か…試した…」
「…」
「…それと、葉問…」
「…葉問…」
「…葉敬は、総力戦を挑もうとしているの…つまり、葉敬のファミリー全員で、アラブの王族に立ち向かおうとしているの…」
リンダが、顔色を変えて宣言した…
私は、驚くどころではなかった…
気絶する寸前だった…
あまりにも、話が大き過ぎたのだ…
この平凡な矢田トモコにとって、大き過ぎたのだ…
と、同時に、ふと、葉問を思い出した…
葉問は、夫の葉尊の別人格だが、カッコイイ…
もの凄く、カッコイイ…
もしかしたら、またあの葉問と会えるかもしれない…
そう考えると、私の大きな胸が期待に高まった…
高まったのだ…
私は、考え込んだ…
この目の前の絶世の美女ではない…
私は、思った…
今は、男の格好をして、わざと、ヨレヨレの服を着て、その美貌を隠している…
が、
あのバニラ同様、正式に、リンダ・ヘイワースとして、パーティーにロングドレスを着て、出席したりすると、その美しさに驚く…
文字通り、圧倒される…
私は、男ではないが、パーティーで、華やかなドレスをまとった、リンダ・ヘイワースを目前にすると、ただただ、圧倒される
とても、私と同じ人間とは、思えない…
たしかに、日本人の私と人種が違うが、それにしても、違い過ぎる…
その美貌、手足の長さ…どれをとっても、同じ人類とは、思えない…
ドレスアップした、リンダ・ヘイワースを目の前にすると、ただ、ただ、その美しさに圧倒されるのだ…
が、
しかし、
アラブの王族は、そんな美しいリンダ・ヘイワースが、目的では、ないと言う…
だったら、一体、なにが、目的なのか?
私は、思った…
ジッと、目の前のヤン…リンダを見ながら、考え込んだ…
目の前のメガネをかけ、変装したリンダを見ながら、考え込んだ…
すると、
「…お姉さん…真剣ね…」
と、目の前のヤンが、声をかけた…
「…当り前さ…」
私は、答えた…
「…だって、リンダが、目的じゃないんだろ? …だったら、一体、どんな目的なんだ? リンダほどの美人目当てならば、納得するが、他に目的があると、なると、皆目見当もつかんゾ…」
私が、息せき切って言うと、ヤンが、面白そうに、
「…だから、アラブの王族は、目的は、リンダ・ヘイワースだと、いう噂をわざと流したんじゃないかな…」
と、言った…
「…どういう意味だ?…」
「…私がいうのも、なんだけれども、目的が、リンダ・ヘイワースというのは、実にわかりやすい…」
「…どういう意味だ?…」
「…ハリウッドのセックス・シンボルとして、世界中に知られたリンダ・ヘイワースを、狙っているとか、一夜を共にしたいとでも、言えば、実にわかりやすい…なにより、誰も、疑問を持たない…」
「…」
「…事前に噂として、流すのに、実に、うってつけ…」
「…だったら、ヤン…いや、リンダ、アラブの王族の本当の目的は、なんだと思うんだ? 当たりは、付いているんだろ?…」
「…まあね?…」
ヤンが笑った…
「…なら、話せ…ヤン…」
「…お姉さんに?…」
「…そうだ…」
「…でも、お姉さんに話しても…」
「…なんだと?…」
私は、怒った…
「…なぜ、話せん…オマエと私は、親友じゃないか?…」
「…親友って? …一体、いつから、お姉さんと私が、親友になったの?…」
「…今さ…たった今さ…」
「…今?…」
「…そうさ…私とオマエは、因縁がある…だが、それを乗り越えて、今は、親友になったんだ…そうだろ? …バニラ?…」
私は、言った…
「…バニラ?…」
目の前のヤンが、絶句した…
「…そうさ…オマエは、リンダじゃない…バニラさ…バニラがヤンに変装したのさ…」
「…なにをバカなことを…」
「…隠すな…リンダが、ヤンに変装したときは、自分のことは、ボクと呼ぶ…が、今、オマエは、私だった…それで、気付いたのさ…」
私は、断言した…
すると、目の前のヤン…バニラが、絶句した…
それから、笑いながら、
「…ホント、このお姉さんには、叶わない…」
と、言って、メガネを外して、素顔を晒した…
それから、髪をかき上げた…
すると、いつものバニラがいた…
バニラ・ルインスキーがいたのだ…
「…バニラ…どうして、こんなことをした?…」
私は尋ねた…
「…お姉さんを試したのよ…」
「…試す?…」
「…使い物になるか、どうか?…」
「…使い物になるか、どうかだと?…」
私は、焦った…
驚いたのではない…
焦ったのだ…
なにか、ある?…
とんでも、ないことがある!
私の背中に冷や汗が走った…
身長、159㎝の六頭身の体型に、冷や汗が走った…
私の大きな胸も揺れた…
動揺したのだ…
みっともないほど、動揺したのだ…
すると、予想外のことが、起こった…
私たち二人以外の誰かが、部屋にいることが、わかったのだ…
この家は、私の家…
私と葉尊の住むマンションだ…
私と葉尊以外、いるわけがなかった…
しかし、今、明らかに、ひとが、いる気配がした…
だから、私は、
「…誰だ? そこにいるのは?…」
と、怒鳴った…
「…姿を見せろ!…」
大声を出した…
だが、なんの反応もなかった…
だから、私は、
「…出てこないなら、こっちから、行ってやるさ…」
と、言って、気配がある方に歩き出した…
私は、正直、臆病者だが、このときは、それを忘れていた…
そんなことは、すっかり忘れて、そこに誰がいるかの方が、気になったのだ…
すると、
「…わかったわ…」
と、いう声がして、いきなり、人影が現れた…
私は、その姿を見て、絶句した…
そこには、ヤン…
ヤンがいた…
リンダ・ヘイワースの男装した姿があった…
「…ほ、本物?…」
思わず、声をかけた…
「…そう、本物…」
ニコリとして、目の前のヤンが笑った…
「…本物のヤン…リンダ・ヘイワース…」
「…リンダ・ヘイワース?…」
私は、繰り返した…
私は、驚いたが、リンダが、そこにいるのは、不思議ではなかった…
なぜなら、リンダは夫の葉尊と親しい…
また、葉尊の父、葉敬に世話にもなっている…
だから、おおげさに、言えば、ファミリー…
私と、同じファミリーだ…
だから、このマンションのキーを持っていても、不思議ではなかった…
だが、やはり、このリンダが、そこに隠れていたのは、驚きだった…
「…一体、なんのために?…」
私が呟くと、私の肩を背後から、ガツンと掴まれた…
思わず、反射的に、背後を振り返った…
そこにいたのは、バニラだった…
「…お姉さんの力を試すためと言ったでしょ?…」
バニラが、呟いた…
そして、
「…合格よ…」
と、付け加えた…
「…合格だと?…」
「…お姉さんの能力は、衰えてない…」
「…衰えてないだと?…」
「…以前も、私が、リンダになりすましているのに、気付いた…だから、今回は、私が、ヤンになりすました…」
…たしかに、二人は、似ている…
バニラの方が、リンダよりも、身長が、高いが、顔の造作が似ているのだ…
ただ、普段は、リンダは、おとなしめ…
真逆に、バニラは野性的で、売っている…
いわば、イメージ戦略…
昔で、いえば、オードリーヘップバーンと、フランスの有名女優、ブリジット・バルドーのようなものだ…
オードリーヘップバーンが、品の良いお嬢様なら、ブリジット・バルドーは、セックス・シンボルとして、売り出す…
売り方が対照的…
だから、二人は、被らない…
ファン層が、まるで、違うからだ…
と、そこまで、考えて、ふと、このリンダとバニラの二人を思った…
二人とも、本当の素顔は、顔の作りが似ている…
だから、売り出すために、わざと違う売り出し方をしたのかも? と、気付いたのだ…
なにより、二人とも、葉敬に世話になっている…
だから、もしかしたら、二人が、売り出すときにも、葉敬が、なにか、意見を出したのかもしれない…
アイデアを出したのかもしれない…
本来、顔の作りが似ているからこそ、メイクで、ごまかし、いわゆる、おとなしめ系と、野生系と色分けしたのかもしれない…
ふと、そんなことを、思った…
「…オマエたちは、一体?…」
私が、言うと、二人が、笑った…
「…リンダ・ヘイワースと、バニラ・ルインスキー…」
二人が、自分の名前を呼んだ…
「…共に、女優とモデルとして、世界中に知られている…」
「…」
「…でも、もし、二人が、同一人物だったりしたら…」
「…バカを言うな…二人とも、たった今、私の前にいるだろ?…」
「…お姉さん?…」
「…なんだ?…」
「…お姉さんの今、見ていることは、幻…」
「…幻だと?…」
「…葉尊と葉問と、いっしょ?…」
「…葉問?…」
すっかり、忘れていた…
葉問は、葉尊の一卵性の弟だと、思っていたが、実は、葉尊のもう一人の人格だった…
葉尊は、二重人格者…
葉尊の中には、葉尊と、葉問が、存在する…
葉尊は、真面目…
葉問は、洗練された伊達男…
お洒落で、女好きだ…
いわば、真逆…
実際は、葉問は、幼い時に、事故で、亡くなった…
そして、その原因は、葉尊だった…
弟の葉問が、自分のせいで、亡くなったことに、苦悩し、自分を責めた葉尊は、いつしか、自分の中に、葉問を作り出した…
自分とは、完全な別人格の葉問を作り出した…
私も、最初は、気付かなかったが、いつしか、二人が、同一人物では? と、気付いた…
なぜなら、二人が、同時に、私の前に現れたことが、一度もなかったからだ…
が、
そのことに、不審を抱いた私に気付いた葉問は、わざと、私の前に、自分と似せた人物を登場させて、私の疑念を払しょくした…
私は、それを思い出した…
「…バニラとリンダ…オマエたちは、一体?…」
私は、繰り返した…
「葉尊と葉問は、表裏一体…」
リンダが、呟く…
「…それと、同じ…」
「…同じだと?…」
「…私とリンダも同じ…」
バニラが、続ける…
「…葉尊と葉問…私とリンダ…互いに真逆…自分にないものを、相手が持っている…」
「…」
「…葉尊にクールの経営はできるけれども、女を扱うことはできない…真面目過ぎる…」
「…」
「…でも、葉問なら、できる…私やリンダと肩を並べて、歩いて、恋人のフリをすることができる…」
「…一体、なにが、言いたい?…」
「…お姉さんには、黙って見ていてもらいたいの…」
「…どういうことだ?…」
「…アラブの王族…まもなく、来日する…でも、その目的もまだよくわからない…」
「…」
「…だから、リンダも私だけじゃなく、葉尊も、そして、葉問にも、協力してもらって、戦うことになる…」
「…戦う? …どういうことだ?…」
「…アラブの王族の狙いが、わからない…ひょっとして、クールを狙っているとか、それとも、親会社の台湾の台北筆頭を狙っているとか…」
「…まさか?…」
「…そのまさかも、ありうると、葉敬は、考えているの?…」
バニラが、続ける…
「…だったら…」
私は、言った…
「…だったら、お父さんは、どうして、日本で、アラブの王族を接待しようとしたんだ? …そんな危険があるのに…」
「…虎穴に入らずんば虎子を得ず…」
リンダが言った…
「…リスクを取らなければ、成功しない…」
「…どういう意味だ?…」
「…昔、ある女優が、私に言ったことがある…」
「…なんて、言ったんだ?…」
「…あるとき、ハリウッドから、オファーが来た…でも、例えば、そのオファーの価格は、日本円でいえば、一千万だった…」
「…一千万?…」
「…そう…そして、その女優は、そのオファーを受けようか、真剣に悩んだ挙句、断った…」
「…どうして、断ったんだ? …オファーを受ければ、一千万もらえるんだろ?…」
「…でも、その女優は、考えた…」
「…なにを、だ?…」
「…そのオファーを受ければ、自分の市場価値は、一千万円と決まってしまうと…」
「…」
「…だから、断った…ホントは、喉から手が出るほど、その仕事が欲しいのに、断った…」
「…」
「…そして、その後、どうなったと思う?…」
「…どうなったかって?…」
私は、しばし、考えた…
が、
考えても、さっぱり、わからんかった…
だから、
「…わからんさ…」
と、答えた…
すると、リンダは、嬉しそうに、
「…今度は、三千万円のオファーが来た…」
と、語った…
「…だから、すぐに、そのオファーを受けた…三千万なら、納得できる…だから、そのとき、つくづく、一千万円のオファーを受けなくて、よかったと、思った…」
「…」
「…つまり、それが、私やバニラの仕事のリスク…たとえ、その仕事が欲しいときでも、我慢しなければ、ならないときもある…葉敬も同じ…」
「…お父さんも同じだと?…」
「…葉敬は、言わずと知れた、台湾の台北筆頭のオーナー経営者…クールの親会社のオーナー…」
「…」
「…でも、当然のことながら、日本は、台湾よりも、大きい…国際的な地位も強い…だから、日本の総合電機メーカー、クールを買収した…そして、それを足掛かりに、もっと、世界で、自分の会社の地位を高めようとした…そして、そのために、クールで、アラブの王族を接待しようとした…でも、ここに、リスクが生じた…」
「…リスク? …どんなリスクだ?…」
「…もしかしたら、アラブの王族は、クールの買収や、その親会社の台北筆頭を買収しようとしているんじゃという噂が、葉敬の耳に入ったの…」
「…台北筆頭の買収だと?…」
「…アラブの諸国が、石油が、枯渇した将来を見据えて、色々、動き出しているのは、お姉さんも知ってるでしょ?…」
「…知ってるさ…」
ホントは、あまり知らんかったが、とりあえず、そう答えた…
私は、そういう女だ…
私は、そういう人間だ(笑)…
「…だから、ホントは、日本で、クールを窓口にして、アラブの王族を接待するのは、リスク…葉敬にとっても、危ない橋を渡ることになる…」
「…」
「…でも、その危ない橋を渡らない限り、商売のチャンスはない…」
「…どうしてだ?…」
「…アラブの王族は金持ち…桁外れの大金持ち…それを客として、迎えることは、至上の喜び…これ以上のビジネスチャンスはない…」
「…」
「…でも、そのビジネスチャンスは、危険と隣り合わせ…もしかしたら、自分の会社も買収される危険もある…」
「…」
「…だから、今日、お姉さんの能力を試した…」
「…私の能力?…」
「…バニラがヤンに変装して、それを見破れるか否か…試した…」
「…」
「…それと、葉問…」
「…葉問…」
「…葉敬は、総力戦を挑もうとしているの…つまり、葉敬のファミリー全員で、アラブの王族に立ち向かおうとしているの…」
リンダが、顔色を変えて宣言した…
私は、驚くどころではなかった…
気絶する寸前だった…
あまりにも、話が大き過ぎたのだ…
この平凡な矢田トモコにとって、大き過ぎたのだ…
と、同時に、ふと、葉問を思い出した…
葉問は、夫の葉尊の別人格だが、カッコイイ…
もの凄く、カッコイイ…
もしかしたら、またあの葉問と会えるかもしれない…
そう考えると、私の大きな胸が期待に高まった…
高まったのだ…