第19話

文字数 5,941文字

 …目的は、リンダではない?…

 私は、考え込んだ…

 この目の前の絶世の美女ではない…

 私は、思った…

 今は、男の格好をして、わざと、ヨレヨレの服を着て、その美貌を隠している…

 が、

 あのバニラ同様、正式に、リンダ・ヘイワースとして、パーティーにロングドレスを着て、出席したりすると、その美しさに驚く…

 文字通り、圧倒される…

 私は、男ではないが、パーティーで、華やかなドレスをまとった、リンダ・ヘイワースを目前にすると、ただただ、圧倒される

 とても、私と同じ人間とは、思えない…

 たしかに、日本人の私と人種が違うが、それにしても、違い過ぎる…

 その美貌、手足の長さ…どれをとっても、同じ人類とは、思えない…

 ドレスアップした、リンダ・ヘイワースを目の前にすると、ただ、ただ、その美しさに圧倒されるのだ…

 が、

 しかし、

 アラブの王族は、そんな美しいリンダ・ヘイワースが、目的では、ないと言う…

 だったら、一体、なにが、目的なのか?

 私は、思った…

 ジッと、目の前のヤン…リンダを見ながら、考え込んだ…

 目の前のメガネをかけ、変装したリンダを見ながら、考え込んだ…

 すると、

 「…お姉さん…真剣ね…」

 と、目の前のヤンが、声をかけた…

 「…当り前さ…」

 私は、答えた…

 「…だって、リンダが、目的じゃないんだろ? …だったら、一体、どんな目的なんだ? リンダほどの美人目当てならば、納得するが、他に目的があると、なると、皆目見当もつかんゾ…」

 私が、息せき切って言うと、ヤンが、面白そうに、

 「…だから、アラブの王族は、目的は、リンダ・ヘイワースだと、いう噂をわざと流したんじゃないかな…」

 と、言った…

 「…どういう意味だ?…」

 「…私がいうのも、なんだけれども、目的が、リンダ・ヘイワースというのは、実にわかりやすい…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…ハリウッドのセックス・シンボルとして、世界中に知られたリンダ・ヘイワースを、狙っているとか、一夜を共にしたいとでも、言えば、実にわかりやすい…なにより、誰も、疑問を持たない…」

 「…」

 「…事前に噂として、流すのに、実に、うってつけ…」

 「…だったら、ヤン…いや、リンダ、アラブの王族の本当の目的は、なんだと思うんだ? 当たりは、付いているんだろ?…」

 「…まあね?…」

 ヤンが笑った…

 「…なら、話せ…ヤン…」

 「…お姉さんに?…」

 「…そうだ…」

 「…でも、お姉さんに話しても…」

 「…なんだと?…」

 私は、怒った…

 「…なぜ、話せん…オマエと私は、親友じゃないか?…」

 「…親友って? …一体、いつから、お姉さんと私が、親友になったの?…」

 「…今さ…たった今さ…」

 「…今?…」

 「…そうさ…私とオマエは、因縁がある…だが、それを乗り越えて、今は、親友になったんだ…そうだろ? …バニラ?…」

 私は、言った…

 「…バニラ?…」

 目の前のヤンが、絶句した…

 「…そうさ…オマエは、リンダじゃない…バニラさ…バニラがヤンに変装したのさ…」

 「…なにをバカなことを…」

 「…隠すな…リンダが、ヤンに変装したときは、自分のことは、ボクと呼ぶ…が、今、オマエは、私だった…それで、気付いたのさ…」

 私は、断言した…

 すると、目の前のヤン…バニラが、絶句した…

 それから、笑いながら、

 「…ホント、このお姉さんには、叶わない…」

 と、言って、メガネを外して、素顔を晒した…

 それから、髪をかき上げた…

 すると、いつものバニラがいた…

 バニラ・ルインスキーがいたのだ…

 「…バニラ…どうして、こんなことをした?…」

 私は尋ねた…

 「…お姉さんを試したのよ…」

 「…試す?…」

 「…使い物になるか、どうか?…」

 「…使い物になるか、どうかだと?…」

 私は、焦った…

 驚いたのではない…

 焦ったのだ…

 なにか、ある?…

 とんでも、ないことがある!

 私の背中に冷や汗が走った…

 身長、159㎝の六頭身の体型に、冷や汗が走った…

 私の大きな胸も揺れた…

 動揺したのだ…

 みっともないほど、動揺したのだ…

 すると、予想外のことが、起こった…

 私たち二人以外の誰かが、部屋にいることが、わかったのだ…

 この家は、私の家…

 私と葉尊の住むマンションだ…

 私と葉尊以外、いるわけがなかった…

 しかし、今、明らかに、ひとが、いる気配がした…

 だから、私は、

 「…誰だ? そこにいるのは?…」

 と、怒鳴った…

 「…姿を見せろ!…」

 大声を出した…

 だが、なんの反応もなかった…

 だから、私は、

 「…出てこないなら、こっちから、行ってやるさ…」

 と、言って、気配がある方に歩き出した…

 私は、正直、臆病者だが、このときは、それを忘れていた…

 そんなことは、すっかり忘れて、そこに誰がいるかの方が、気になったのだ…

 すると、

 「…わかったわ…」

 と、いう声がして、いきなり、人影が現れた…

 私は、その姿を見て、絶句した…

 そこには、ヤン…

 ヤンがいた…

 リンダ・ヘイワースの男装した姿があった…

 「…ほ、本物?…」

 思わず、声をかけた…

 「…そう、本物…」

 ニコリとして、目の前のヤンが笑った…

 「…本物のヤン…リンダ・ヘイワース…」

 「…リンダ・ヘイワース?…」

 私は、繰り返した…

 私は、驚いたが、リンダが、そこにいるのは、不思議ではなかった…

 なぜなら、リンダは夫の葉尊と親しい…

 また、葉尊の父、葉敬に世話にもなっている…

 だから、おおげさに、言えば、ファミリー…

 私と、同じファミリーだ…

 だから、このマンションのキーを持っていても、不思議ではなかった…

 だが、やはり、このリンダが、そこに隠れていたのは、驚きだった…

 「…一体、なんのために?…」

 私が呟くと、私の肩を背後から、ガツンと掴まれた…

 思わず、反射的に、背後を振り返った…

 そこにいたのは、バニラだった…

 「…お姉さんの力を試すためと言ったでしょ?…」

 バニラが、呟いた…

 そして、

 「…合格よ…」

 と、付け加えた…

 「…合格だと?…」

 「…お姉さんの能力は、衰えてない…」

 「…衰えてないだと?…」

 「…以前も、私が、リンダになりすましているのに、気付いた…だから、今回は、私が、ヤンになりすました…」

 …たしかに、二人は、似ている…

 バニラの方が、リンダよりも、身長が、高いが、顔の造作が似ているのだ…

 ただ、普段は、リンダは、おとなしめ…

 真逆に、バニラは野性的で、売っている…

 いわば、イメージ戦略…

 昔で、いえば、オードリーヘップバーンと、フランスの有名女優、ブリジット・バルドーのようなものだ…

 オードリーヘップバーンが、品の良いお嬢様なら、ブリジット・バルドーは、セックス・シンボルとして、売り出す…

 売り方が対照的…

 だから、二人は、被らない…

 ファン層が、まるで、違うからだ…

 と、そこまで、考えて、ふと、このリンダとバニラの二人を思った…

 二人とも、本当の素顔は、顔の作りが似ている…

 だから、売り出すために、わざと違う売り出し方をしたのかも? と、気付いたのだ…

 なにより、二人とも、葉敬に世話になっている…

 だから、もしかしたら、二人が、売り出すときにも、葉敬が、なにか、意見を出したのかもしれない…

 アイデアを出したのかもしれない…

 本来、顔の作りが似ているからこそ、メイクで、ごまかし、いわゆる、おとなしめ系と、野生系と色分けしたのかもしれない…

 ふと、そんなことを、思った…

 「…オマエたちは、一体?…」

 私が、言うと、二人が、笑った…

 「…リンダ・ヘイワースと、バニラ・ルインスキー…」

 二人が、自分の名前を呼んだ…

 「…共に、女優とモデルとして、世界中に知られている…」

 「…」

 「…でも、もし、二人が、同一人物だったりしたら…」

 「…バカを言うな…二人とも、たった今、私の前にいるだろ?…」

 「…お姉さん?…」

 「…なんだ?…」

 「…お姉さんの今、見ていることは、幻…」

 「…幻だと?…」

 「…葉尊と葉問と、いっしょ?…」

 「…葉問?…」

 すっかり、忘れていた…

 葉問は、葉尊の一卵性の弟だと、思っていたが、実は、葉尊のもう一人の人格だった…

 葉尊は、二重人格者…

 葉尊の中には、葉尊と、葉問が、存在する…

 葉尊は、真面目…

 葉問は、洗練された伊達男…

お洒落で、女好きだ…

 いわば、真逆…

 実際は、葉問は、幼い時に、事故で、亡くなった…

 そして、その原因は、葉尊だった…

 弟の葉問が、自分のせいで、亡くなったことに、苦悩し、自分を責めた葉尊は、いつしか、自分の中に、葉問を作り出した…

 自分とは、完全な別人格の葉問を作り出した…

 私も、最初は、気付かなかったが、いつしか、二人が、同一人物では? と、気付いた…

 なぜなら、二人が、同時に、私の前に現れたことが、一度もなかったからだ…

 が、

 そのことに、不審を抱いた私に気付いた葉問は、わざと、私の前に、自分と似せた人物を登場させて、私の疑念を払しょくした…

 私は、それを思い出した…

 「…バニラとリンダ…オマエたちは、一体?…」

 私は、繰り返した…

 「葉尊と葉問は、表裏一体…」

 リンダが、呟く…

 「…それと、同じ…」

 「…同じだと?…」

 「…私とリンダも同じ…」

 バニラが、続ける…

 「…葉尊と葉問…私とリンダ…互いに真逆…自分にないものを、相手が持っている…」

 「…」

 「…葉尊にクールの経営はできるけれども、女を扱うことはできない…真面目過ぎる…」

 「…」

 「…でも、葉問なら、できる…私やリンダと肩を並べて、歩いて、恋人のフリをすることができる…」

 「…一体、なにが、言いたい?…」

 「…お姉さんには、黙って見ていてもらいたいの…」

 「…どういうことだ?…」

 「…アラブの王族…まもなく、来日する…でも、その目的もまだよくわからない…」

 「…」

 「…だから、リンダも私だけじゃなく、葉尊も、そして、葉問にも、協力してもらって、戦うことになる…」

 「…戦う? …どういうことだ?…」

 「…アラブの王族の狙いが、わからない…ひょっとして、クールを狙っているとか、それとも、親会社の台湾の台北筆頭を狙っているとか…」

 「…まさか?…」

 「…そのまさかも、ありうると、葉敬は、考えているの?…」

 バニラが、続ける…

 「…だったら…」

 私は、言った…

 「…だったら、お父さんは、どうして、日本で、アラブの王族を接待しようとしたんだ? …そんな危険があるのに…」

 「…虎穴に入らずんば虎子を得ず…」

 リンダが言った…

 「…リスクを取らなければ、成功しない…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…昔、ある女優が、私に言ったことがある…」

 「…なんて、言ったんだ?…」

 「…あるとき、ハリウッドから、オファーが来た…でも、例えば、そのオファーの価格は、日本円でいえば、一千万だった…」

 「…一千万?…」

 「…そう…そして、その女優は、そのオファーを受けようか、真剣に悩んだ挙句、断った…」

 「…どうして、断ったんだ? …オファーを受ければ、一千万もらえるんだろ?…」

 「…でも、その女優は、考えた…」

 「…なにを、だ?…」

 「…そのオファーを受ければ、自分の市場価値は、一千万円と決まってしまうと…」

 「…」

 「…だから、断った…ホントは、喉から手が出るほど、その仕事が欲しいのに、断った…」

 「…」

 「…そして、その後、どうなったと思う?…」

 「…どうなったかって?…」

 私は、しばし、考えた…

 が、

 考えても、さっぱり、わからんかった…

 だから、

 「…わからんさ…」

 と、答えた…

 すると、リンダは、嬉しそうに、

 「…今度は、三千万円のオファーが来た…」
 
 と、語った…

 「…だから、すぐに、そのオファーを受けた…三千万なら、納得できる…だから、そのとき、つくづく、一千万円のオファーを受けなくて、よかったと、思った…」

 「…」

 「…つまり、それが、私やバニラの仕事のリスク…たとえ、その仕事が欲しいときでも、我慢しなければ、ならないときもある…葉敬も同じ…」

 「…お父さんも同じだと?…」

 「…葉敬は、言わずと知れた、台湾の台北筆頭のオーナー経営者…クールの親会社のオーナー…」

 「…」

 「…でも、当然のことながら、日本は、台湾よりも、大きい…国際的な地位も強い…だから、日本の総合電機メーカー、クールを買収した…そして、それを足掛かりに、もっと、世界で、自分の会社の地位を高めようとした…そして、そのために、クールで、アラブの王族を接待しようとした…でも、ここに、リスクが生じた…」

 「…リスク? …どんなリスクだ?…」

 「…もしかしたら、アラブの王族は、クールの買収や、その親会社の台北筆頭を買収しようとしているんじゃという噂が、葉敬の耳に入ったの…」

 「…台北筆頭の買収だと?…」

 「…アラブの諸国が、石油が、枯渇した将来を見据えて、色々、動き出しているのは、お姉さんも知ってるでしょ?…」

 「…知ってるさ…」

 ホントは、あまり知らんかったが、とりあえず、そう答えた…

 私は、そういう女だ…

 私は、そういう人間だ(笑)…

 「…だから、ホントは、日本で、クールを窓口にして、アラブの王族を接待するのは、リスク…葉敬にとっても、危ない橋を渡ることになる…」

 「…」

 「…でも、その危ない橋を渡らない限り、商売のチャンスはない…」

 「…どうしてだ?…」

 「…アラブの王族は金持ち…桁外れの大金持ち…それを客として、迎えることは、至上の喜び…これ以上のビジネスチャンスはない…」

 「…」

 「…でも、そのビジネスチャンスは、危険と隣り合わせ…もしかしたら、自分の会社も買収される危険もある…」

 「…」

 「…だから、今日、お姉さんの能力を試した…」

 「…私の能力?…」

 「…バニラがヤンに変装して、それを見破れるか否か…試した…」

 「…」

 「…それと、葉問…」

 「…葉問…」

 「…葉敬は、総力戦を挑もうとしているの…つまり、葉敬のファミリー全員で、アラブの王族に立ち向かおうとしているの…」

 リンダが、顔色を変えて宣言した…

 私は、驚くどころではなかった…

 気絶する寸前だった…

 あまりにも、話が大き過ぎたのだ…

 この平凡な矢田トモコにとって、大き過ぎたのだ…

 と、同時に、ふと、葉問を思い出した…

 葉問は、夫の葉尊の別人格だが、カッコイイ…

 もの凄く、カッコイイ…

 もしかしたら、またあの葉問と会えるかもしれない…

 そう考えると、私の大きな胸が期待に高まった…

 高まったのだ…

                
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