第135話

文字数 4,432文字

 「…オスマンが、このオジサンを、さらおうとしているのさ…」

 私は、マリアに説明して、やった…

 「…オジサン…」

 ファラドが苦笑する…

 「…オレよりも、年上のくせに、オレをオジサン呼ばわりして…」

 ファラドが、文句を言った…

 が、

 私は、気にせんかった…

 なぜなら、ここで、ファラドを相手に、している暇は、なかったからだ…

 「…オジサンをさらう?…」

 マリアが、不思議そうな顔をした…

 さらうという意味が、わからんかったのかも、しれん…

 私は、思った…

 「…つまり、このオジサンを、オスマンは、捕まえて、どこかに、連れ去ろうとしているの…」

 リンダが、告げた…

 すると、

 「…リンダ…アンタまで、オレを、オジサン呼ばわりか?…」

 と、ファラドが、リンダに、文句を言った…

 すると、リンダが、

 「…ぼやかない…ぼやかない…このマリアにとっては、私もアナタも、オバサンに、オジサン…そう呼ばれないのは、このお姉さんだけ…」

 「…たしかに…」

 ファラドが、苦笑する…

 私は、そんな二人のやり取りを、見て、頭に来たが、文句は、言わんかった…

 なぜなら、今、大切なのは、オスマンを、どうするか? だからだ…

 問題は、オスマンで、あって、このファラドや、リンダでは、ないからだ…

 そして、このファラドと、リンダを見て、ふと、以前、あの葉問が、このファラドを、倒したことを、思い出した…

 あのとき、葉問は、やはり、このファラドと、オスマンの関係を知らなかったのだろうか?

 ふと、疑問に、思った…

 「…リンダ…そういえば、葉問は…」

 と、口に出した…

 出さずには、いられんかったのだ…

 「…葉問?…」

 ビックリした表情になった…

 「…葉問のことは、考えなかった…」

 そのリンダの様子を見て、

 「…リンダの恋人か?…」

 と、ファラドが、告げた…

 すると、リンダが、すぐに、首を横に振った…

 「…私の恋人じゃない…残念ながら…」

 「…だったら、誰の恋人だ?…」

 ファラドが、面白そうに、聞く…

 「…バカね…このお姉さんの恋人に、決まってるじゃない…」

 「…このお姉さんの…」

 ファラドは、驚いたが、すぐに、

 「…そうだった…」

 と、頷いた…

 「…オレが、アイツと闘ったときも、アイツは、このお姉さんを、守るために、出てきた…」

 …なんだと?…

 …そんなバカな?…

 いや、

 たしか、以前も、このファラドは、今と、同じことを、言った…

 私は、それを、思い出した…

 「…あの葉問は、このお姉さんの白馬の騎士なの…」

 リンダが、面白そうに、言う…

 「…白馬の騎士? …あの男が?…」

 ファラドが、驚く…

 「…そうよ…このお姉さんに、なにか、あれば、真っ先に、駆け付ける…白馬の騎士…ボディーガードよ…」

 と、言ってから、

 「…ホントは、私の…リンダ・ヘイワースの白馬の騎士でいて、欲しかった…」

 と、付け加えた…

 それを、見て、ファラドは、

 「…ないものねだりだな…」

 と、笑った…

 「…ハリウッドのセックス・シンボルでも、手に入らないものが、あるわけだ…」

 「…その通り…」

 リンダが、頷いた…

 「…そして、その、リンダ・ヘイワースが、どうしても、手に入れたかったものを、このお姉さんが、難なく、手に入れている…」

 「…ホー…」

 ファラドが、感嘆の声を上げる…

 「…だから、ホントは、物凄く憎らしい…大げさに、いえば、殺したいほど、憎らしい…」

 リンダが、その青い目で、私を睨んだ…

 私は、ブルった…

 正直、一気に、首筋が、寒くなった…

 なぜなら、私は、これまで、誰にも、そんな怖い目で、睨まれたことはなかった…

 なかったのだ…

 おまけに、金髪碧眼(きんぱつへきがん)…

 碧(あお)い目だ…

 ハッキリ言って、黒い目よりも、碧(あお)い目の方が、怖い…

 これは、たぶん、私が、日本人だから…

 日本人の黒い目に、睨まれるのは、ある意味、慣れているが、碧(あお)い目で、睨まれることは、滅多にない…

 だから、怖いのだ…

 なにより、碧(あお)い目で、睨まれると、日本人の黒い目よりも、冷酷に、見えるというか…

 冷たく見える…

 だから、怖いのだ…

 が、

 リンダが、そんな凄い目で、私を睨んだのは、一瞬…

 ごく一瞬だった…

 すぐに、

 「…でも、憎めない…」

 と、続けた…

 「…このお姉さんは、憎めない…」

 と、言って、苦笑した…

 「…ホント、得なお姉さん…このお姉さんで、なければ、とっくに八つ裂きにしてやるのに…」

 と、またも、凄い目で、私を睨んで、言った…

 私は、ビビった…

 文字通り、ビビった…

 ホントは、小心者の私は、ビビッて、足がすくんでしまった…

 ホントは、今すぐ、この場から、逃げ出したいほど、怖かったが、真逆に、足が、すくんで、動かなかった…

 文字通り、足が、固まって、しまった…

 その姿を見た、マリアが、

 「…どうしたの? …矢田ちゃん?…」

 と、心配そうに、私に、声をかけてきた…

 私は、

 「…なんでもない…なんでもないさ…」

 と、言いたかったが、言えんかった…

 恐怖で、声が、出んかった…

 すると、

 「…矢田ちゃん…気がちっちゃいものね…」

 と、マリアが、言った…

 …なんだと?…

 と、言いたかったが、声が出んかった…

 恐怖で、声が出んかったのだ…

 だが、すぐに、

 「…リンダさんも、そんな目で、矢田ちゃんを見ちゃ、ダメ!…」

 と、マリアが、リンダを叱った…

 「…矢田ちゃんは、気がちっちゃいんだかから…」

 マリアが、言うと、リンダと、ファラドが、互いに、目を合わせて、

 「…プッ!…」

 と、吹き出した…

 「…まったく、どっちが、年上か、わからないわね…」

 リンダが、言うと、ファラドは、

 「…」

 と、無言だったが、明らかに、その表情は、リンダに同意していた…

 私は、頭に来たが、文句は言えんかった…

 なにか、文句を言って、リンダを怒らせるのが、怖かったからだ…

 まるで、リンダが、巨大なライオンかなにかに、見えたのだ…

 そして、この矢田トモコは、ウサギ…

 ライオンの餌のウサギが、ふさわしかった…

 むろん、この矢田トモコは、ウサギだから、ライオンに立ち向かうことなど、できない…

 ウサギだから、できるのは、逃げるだけ…
 
 逃げるだけだ!…

 が、

 その逃げることも、今や、恐怖で、足がすくんで、動かなかった…

 だから、ハッキリ言えば、

 …万事休す…

 なにも、できんかった…

 が、

 今は、このリンダは、敵では、なかった…

 敵は、オスマン…

 オスマンだからだ…

 だから、マリアに、

 「…オスマンを、説得してくれ…」

 と、言った…

 「…オスマンを、説得?…」

 と、マリアが、不思議そうな顔を、した…

 「…説得って、なに?…」

 すると、リンダが、

 「…みんなと、仲良くすることよ…」

 「…仲良く?…」

 「…そうよ…オスマンは、この保育園でも、みんなと、仲良くできないでしょ? …それは、サウジでも、同じ…」

 「…サウジでも、同じって?…」

 「…兄貴は、偉いんだけれども、もっと、偉くなろうとしているんだ…」

 「…もっと、偉くって?…だって、オスマンは、今でも、偉いんでしょ?…」

 「…人間の欲望には、際限がないということよ…」

 リンダが、言った…

 「…際限って?…」

 と、マリア…

 「…つまり、アレさ…例えば、マリアが、キットカットを、10枚食べれば、飽きるところが、あのオスマンは、100枚でも、1000枚でも、食べられると、いうことさ…」

 「…1000枚でも…」

 マリアが、驚いた…

 が、

 その隣で、リンダが、

 「…お姉さん…その例えは、ちょっと…」

 と、苦言を呈した…

 「…いくら、なんでも、キットカット1000枚は、大げさ過ぎるだろ? …オレでも、無理だ…」

 と、今度は、ファラドが、笑った…

 私は、頭に来た…

 「…例えだ…あくまで、例えに、過ぎん…」

 私は、大声で、言った…

 「…例えに、過ぎんのだ!…」

 私は、大声で、怒鳴った…

 すると、

 すると、だ…

 何事かと、保育園の園児たちが、大勢、集まって来た…

 いや、

 園児たちだけではない…

 その中には、大人も、いた…

 保育園の先生の姿も、あった…

 私は、驚いたが、考えてみれば、当たり前のことだ…

 これまで、私や、リンダ…それに、ファラドが大声で、話していた…

 だから、それに、気付かぬことが、あるはずがなかったからだ…

 それよりも、これまで、誰も、やって来ないことが、不思議だった…

 だから、

 「…どうして、今まで、誰も、出て来なかったんだ?…」

 と、聞きたかったが、その前に、子供たちが、

 「…矢田ちゃん…矢田ちゃん…」

 と、私の周りに、集まって、来た…

 「…矢田ちゃん…遊ぼ…遊ぼ…」

 と、園児たちが、私の手を握って来た…

 私は、どうして、いいか、わからんかった…

 子供たちと、遊ぶのは、嫌いではない…

 嫌いではないのだ…

 が、

 今は、遊ぶときではない…

 オスマンに、どう立ち向かうか、だ…

 そのために、私と、リンダ、ファラドが、知恵を絞っていたのだ…

 私は、思った…

 すると、恐る恐る、保育園の女の先生が、

 「…さっきから、一体、ここで、なにを?…」

 と、聞いてきた…

 「…なにを? と、聞かれても…」

 私は、答えることが、できんかった…

 って、いうよりも、これまで、どうして、誰も、やって来なかったのか?

 その方が、不思議だった…

 だから、

 「…どうして、今まで、誰も、来なかったんだ?…」

 と、私は言った…

 言わずには、いられんかった…

 すると、女の先生が、

 「…矢田さんだから…」

 と、答えた…

 「…なにっ? …私だから?…」

 「…どうして、ここに、いるのか、わからないけれども、矢田さんだから、なにか、悪いことを、しているわけじゃないと、思って…」

 その言葉を聞いて、リンダとファラドが、

 「…プッ!…」

 と、吹き出した…

 「…たしかに、このお姉さんに、なにか、悪いことは、できない…」

 と、リンダが言えば、ファラドは、

 「…」

 と、なにも、言わなかったが、顔は、笑っていた…

 私は、そんな二人の反応を見て、怒っていいか、どうか、わからんかった…

 別に、悪口を言われたわけでも、なんでもない…

 だから、怒っていいか、どうか、わからんかったのだ…

 すると、

 「…でも、ずっと、ここに、矢田さんが、いるから、さすがに、どうしていいか、悩んでいると、マリアちゃんが…」

 と、先生が、続けた…

 「…マリアが?…」

 「…私が、様子を見てくると、言って…」

 私は、マリアを見た…

 すると、先生が、

 「…マリアちゃんは、この園児たちのリーダーだから…」

 と、言った…

 「…リーダー?…」

 私と、リンダ、ファラドが、同時に、声を発した…

 そして、3人とも、マリアを見た…

 3歳の幼児の女のコを見た…

               
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