第180話

文字数 4,720文字

 私は、耳をそばだてて、聞いていた…

 この後、葉敬が、なにを、言うか、聞きたかった…

 この葉問の発言を素直に、認めるのか?

 あるいは、

 反論するのか、聞きたかった…

 いや、

 普通に考えれば、反論するだろう…

 まるで、葉問に、葉敬の行動のすべてを見透かされるようなことは、プライドの高い葉敬にとって、我慢できることでは、なかったからだ…

 だから、私は、待った…

 耳をそばだてて、葉敬が、なにを言うか、待ったのだ…

 すると、葉敬は、

 「…だったら、オマエは、なんなんだ?…」

 と、葉問に、聞いた…

 「…ボクですか?…」

 葉問が、当惑したようだった…

 「…そうだ…」

 「…なにが、言いたいんですか?…」

 「…オマエは、あのセレブの子弟の通う保育園で、リンダやバニラを救ったようだな…」

 「…」

 「…あのアムンゼンのボディーガードのオスマンと、やり合ったそうじゃないか?…」

 …なに?…

 …ボディーガード?…

 …あのオスマンが?…

 「…正直に言おう…私も、アラブの重要人物が、あの保育園にいるのでは? という噂は、聞いたことが、あった…」

 「…」

 「…しかし、それが、誰かは、わからなかった…というより、その重要人物は、アラブの大物の子弟だと、思っていた…あのセレブの保育園は、当然のことながら、子供…だから、誰かの子供だと…」

 「…」

 「…それが、まさか、大人とは…それに、サウジの国政のみならず、アラブ世界に、影響力を与えることが、できる大物とは、思わなかった…」

 「…」

 「…これは、僥倖(ぎょうこう)…まさに、あのお姉さんが、暴いた僥倖(ぎょうこう)だった…」

 「…だが、葉敬…アナタは、最初から、その僥倖(ぎょうこう)を狙っていた…」

 「…狙っていた? バカな僥倖(ぎょうこう)だ…あり得ない、棚ぼただ…そんなことを、狙えるわけがない…」

 「…いえ、出来ますよ…」

 「…なんだと?…」

 「…あのお姉さんなら、できます…なにか、とんでもないことを、やらかす…だから、できる…」

 「…」

 「…葉敬…アナタの狙いは、こうなんじゃないんですか?…」

 「…どういうことだ?…」

 「…マリアの通うセレブの保育園に、アラブの大物の子弟が、いるらしいという噂を、どこからか、聞きつけ、それを、利用した…」

 「…」

 「…具体的には、バニラに、マリアが、セレブの保育園で、イジメられていると、あのお姉さんに伝え、あのお姉さんに、セレブの保育園に、関わせる…それが、第一の目的…」

 「…第一の目的だと?…」

 「…とにかく、あのお姉さんを、セレブの保育園に関わせることで、必ず、トラブルを引き起こすことは、わかっていた…それを、狙った…」

 「…」

 「…いや、違う…あのセレブの保育園は、世界中のセレブの子弟が、集まっている…だから、その中でも、アラブ系は、少ないはずだ…だから、アナタは、もしかしたら、最初から、アムンゼンに、狙いを定めていた…」

 「…アムンゼンに、狙いを定めていた? …どういう意味だ?…」

 「…最初から、アムンゼン殿下のことは、おそらく知っていた…」

 「…知っていた?…」

 「…そうです…ただ、素性が、わからなかった…だから、騒動を起こすことにした…」

 「…騒動を引き起こすだと?…」

 「…あのお姉さんを、セレブの保育園に、行かせることです…あのお姉さんは、ある意味、劇薬というか…とにかく、なにやら騒動を起こす…」

 「…」

 「…そして、騒動を起こせば、相手も、動き出す…そして、動き出すことで、相手の正体も、バレる…」

 葉問が、断言した…

 自信を持って、断言した…

 葉問の突っ込みに、葉敬は、黙った…

 「…」

 と、黙ったままだった…

 しばらくしてから、

 「…証拠は、あるのか?…」

 と、葉敬は、葉問に、聞いた…

 葉問は、なにも、言わず、黙って、首を横に、振った…

 「…だったら、今、オマエが、言ったことは、すべて、空想…オマエの頭の中にある、妄想に過ぎん…」

 「…たしかに…」

 「…それに、今、たとえ、オマエが、言ったことが、ホントだとしても、それが、一体、私になんの得がある…なんのメリットがある…仮に、あそこにいたのが、アムンゼン殿下だとわかっても、それが、私になんの得がある…」

 「…得? …おおありです…」

 「…おおありだと?…」

 「…あのお姉さん…あのお姉さんを関わせることで、アムンゼン殿下と、あのお姉さんを、仲良くさせることが、できる…」

 「…」

 「…あのお姉さんは、まるで、磁石かなにかのような存在です…一度、あのお姉さんと関わると、どんな人間も、あのお姉さんの魅力に、引き寄せられ、あのお姉さんを好きになる…アムンゼン殿下も、例外では、ありません…」

 「…」

 「…葉敬…アナタが、あそこに、アムンゼン殿下が、いることを知らずとも、あのセレブの保育園に、アラブの大物の子弟が、いることは、知っていた…だから、そこに、あのお姉さんを関わらせた…あのお姉さんを関わせることで、あのお姉さんのファンになることを、狙った…あのお姉さんのファンになれば、台北筆頭は、アラブ世界で、商談が、有利に進められる…その目的があった…現に、その通りになった…」

 「…」

 「…葉敬…アナタは、商売人だ…そして、リアルな現実主義者だ…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…今、この目の前で、繰り広げられてる、リンダとバニラの即席の握手会…これも、アナタは、最初から、狙ったんじゃないんですか?…」

 …最初から、狙っていただと?…

 …どういう意味だ?…

 「…なにを、根拠に?…」

 「…男は、美人には、弱いものです…それに年齢は、関係ない…また、これは、女も、同じ…何歳になっても、イケメンには、弱い…」

 「…」

 「…アナタが、あのお姉さんを、あのセレブの保育園に関わせることで、アラブの有力者の子弟を、お姉さんのファンにして、それをきっかけに、台北筆頭や、クールがアラブ世界で、商売を有利に展開する…それと、同じで、ここで、リンダや、バニラと、日本の政界や財界のお偉いさんと即席の握手会や撮影会を開くことで、自分の商売に、有利に運ばせる…同じです…」

 「…同じ…」

 「…そう、同じです…」

 葉問が、自信たっぷりに、言った…

 私は、それを近くで、聞きながら、今さらながら、葉敬の狙いに気付いたと、思った…

 さっきも、言ったが、私には、リンダとバニラをこのパーティーに連れてきた狙いが、今一つ、わからんかった…

 リンダとバニラを連れて歩けば、葉敬は、目立つ…

 どこにいても、目立つ…

 それが、葉敬が、このパーティーに二人を連れてきた目的だと、すぐに、気付いた…

 このパーティーの参加者は、多い…

 どう見積もっても、数百人は、いる…

 おまけに、立食パーティー

 誰もが、グラス片手に、テーブルで、立ち話をしながら、パーティーを楽しんでいる…

 だから、普通にしては、目立たない…

 それゆえ、リンダとバニラを連れてきたと、思った…

 真紅のロングドレスと、ブルーのロングドレスを着た、長身の金髪碧眼の美女二人…

 その美女二人を、常に傍らに置いて、パーティーに出席すれば、自分が、今、どこに、いるか、パーティーの参加者に知らせることが、できるからだ…

 そして、なにより、そんな有名な美女二人を常に傍らに置くことで、いかに、自分が、力があるか、周囲に、思い知らせることができる…

 そう思った…

 思えば、それは、例えば、フェラーリやロールスロイスに乗るのと、同じこと…

 誰もが、憧れるものを、身近に、置くことで、周囲から、羨望の眼差しで、見られるからだ…

 それと、同じと、思った…

 が、

 今、葉問が、言った即席の握手会や、記念撮影をすることで、台北筆頭や、クールの商売に、繋げようとする目的とは、思わんかった…

 思わんかったのだ…

 さっきも、言ったが、葉敬は、二人を、この場に連れて来ることで、今眼前の二人の即席の握手会や記念撮影会が、起きるのは、予見できたはずだ…

 だから、その狙いが、わからんかった…

 が、

 今の葉問の指摘で、わかった…

 要するに、二人の握手会や撮影会を開くことで、台北筆頭やクールという会社を売り込むこと…

 これが、狙いだった…

 ただ、場所が、この帝国ホテルで、相手が、この日本の政界や財界のお偉方ということを、除けば、日本のAKBや坂道シリーズなどと言った、今のアイドルの売り方と同じだった…

 ただ、AKBや坂道シリーズは、自分たちをファンに売り込むために、やっているが、リンダとバニラの場合は、その真逆というか…

 握手するリンダとバニラが、主役というか…

 その違いだった…

 いや、

 それだけの違いだったとも、言える…

 私は、そう、見た…

 私は、そう、睨んだ…

 すると、だ…

 葉敬が、フッフッフッと、突然、笑いだした…

 一体、なにが、おかしいのだろう…

 私は、不思議だった…

 そして、それは、葉問も、同じだった…

 「…必死だな…葉問…」

 葉敬が、言った…

 「…必死? …なにが、必死なんですか?…」

 「…好きな女を守ることに、必死だと、言ったんだ…」

 「…」

 「…オマエが、あのお姉さんを、好きだということは、わかっている…」

 …なんだと?…

 …葉問が、私を好き?…

 …ホ、ホントか?…

 「…好きな女の危機に、黙って見ていられなかった…だから、オマエは、あのセレブの保育園で、大立ち回りを演じた…違うか?…」

 「…」

 「…感情を極力、表さず、常に、クールな態度を、見せては、いても、行動は、隠せない…」

 「…行動は、隠せない? …どういう意味ですか?…」

 「…オマエの態度は、ともかく、やっていることを、見れば、オマエは、必ず、あのお姉さんの危機には、現れる…どんなことが、あっても、だ…そして、それは、オマエが、あのお姉さんに惚れているからだ…」

 葉敬が、断言する…

 そして、その葉敬の言葉に、葉問は、

 「…」

 と、答えなかった…

 答えなかったのだ…

 ということは、どうだ?

 まさか、葉問は、私を好きなのか?

 この矢田トモコを好きなのか?

 思った…

 思ったのだ…

 すると、だ…

 今度は、葉問が、

 「…バニラから、聞いたんですか?…」

 と、葉敬に、聞いた…

 が、

 葉敬は、

 「…」

 と、答えんかった…

 が

 代わりに、葉問が、

 「…そういう葉敬…アナタこそ…」

 と、言った…

 「…私が、どうした?…」

 「…葉敬…アナタこそ、あのお姉さんが、好きなんじゃ、ないんですか?…」

 「…なんだと? …どうして、そう思う?…」

 「…アナタが言う態度ですよ…アナタの、あのお姉さんに対する態度を見ていれば、わかる…」

 「…私のお姉さんに対する態度だと?…」

 「…あのお姉さんは、たしかに、役立つ…きっと、あのお姉さんを手元に置くことで、葉敬…おおいにアナタの役に立つだろう…でも、それだけじゃない…」

 「…それだけじゃない?…」

 「…アナタは、あのお姉さんを好きなんだ…純粋に…あのお姉さんを…役に立つうんぬんではなく、ただ、好きなんだ…」

 「…」

 「…だが、謎がある…」

 「…謎?…」

 「…葉敬…アナタが、あのお姉さんを好きなのは、わかる…だが、それは、男女の愛情ではない…」

 「…男女の愛情ではない?…」

 「…なにか、もっと別のなにか…あのお姉さんを好きなのは、わかるが、それが、なんなのか、わからない…」

 葉問が、言う…

 私は、それを聞きながら、ただ、驚いた…

 っていうか…

 すべて、ありえん…

 ありえん展開だったのだ(驚愕)…

               
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