第192話

文字数 5,923文字

…お義父さんの後を継ぐだと?…

私は、驚いた…

まさか、あの葉問が、子供時代に、そんなことを、口にしているとは、思わんかった…

 あの葉問は、きっと、子供の頃は、同じ年ごろの女のコを何人も、集めて、

 「…みんな、将来、大きくなったら、ボクのお嫁さんにしてやる…」

 とか、なんとか、言うものだと、ばかり、思っていた(爆笑)…

 それが、違ったのか?

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 と、同時に、気付いた…

 あの葉問は、あくまで、葉尊が、無意識に作り出した、別人格…

 必ずしも、本物の葉問が、成長した姿ではないということだ…

 そして、私は、葉敬と、葉尊のやりとりを、聞きながら、もしかしたら、葉問には、葉尊の願望が、入っているのでは?

 と、考えた…

 おとなしい葉尊では、できないことを、あの葉問が、やっている…

 いや、

 もしかしたら、葉尊も、できるかも、しれん…

 が、

 やることは、できん…

 それまでのイメージがあるからだ…

 聖人君子を演じてきた葉尊が、葉問のように、女を口説くわけには、いかん(笑)…

 だから、できん…

 ホントは、やりたくても、できん(笑)…

 だから、葉問は、もしかしたら、葉尊の憧れが、入っているかも、しれん…

 突然、そう思った…

 つまりは、私たちの前に現れた葉問は、決して、幼い頃に、事故で、死んだ、葉問が、成長した姿ではないということだ…

 別人とまでは、いわんが、アレンジしているというか…

 葉尊の願望が、あの葉問の姿に現れているのかもしれんと、気付いた…

 そんなことを、考えていると、

 「…子供は、誰もが、そういうものだ…」

 葉敬が、続けた…

 「…親が、医者なら、医者になりたいという…身近な例は、親ぐらいしか、知らないし、第一、世間が狭い…親以外の職業を知らない…だから、そう言う…」

 「…」

 「…が、もしかしたら、オマエは、それを、妬んだかもしれない…あるいは、葉問を、自分の将来のライバルだと、思ったのかも、しれない…だから…」

 後は言わなかった…

 だから、葉尊は、もしかしたら、葉問を、事故に見せかけて、殺した…

 もしかしたら、そう言いたかったのかも、しれん…

 が、

 さすがに、そこまでは、言わんかった…

 たぶん、遠慮したのだ…

 が、

 葉尊は、そこを突いた…

 「…まさか、お父さんは、ボクが、葉問を殺したって、言うんじゃないでしょうね…」

 そう言って、笑った…

 が、

 葉敬の反応は、シンプルだった…

 「…まさか、そこまでは、思わんよ…だが、葉尊にイタズラしたのは、葉尊…オマエの願望が、無意識のうちに出たと思った…」

 「…」

 「…そして、今、無意識のうちに、自分のカラダで、葉問を、復活させた…それは、オマエが、感じた罪の意識…オマエの罪悪感のなせるわざだ…」

 「…」

 「…オマエは、オマエのカラダを使って、葉問を蘇らせた…しかし、葉問は、純粋な葉問ではない…たぶんに、オマエの願望が、入った葉問だ…亡くなった葉問が、大きくなった葉問ではない…」

 「…どうして、そう言えるんですか?…」

 「…お姉さんだ…」

 …わ、私?…

 …どういう意味だ?…

 「…葉問は、面食いだった…ハッキリ言って、あのお姉さんは、葉問の好みじゃない!…」

 …な、なんだと?…

 …ふ、ふざけるな!…

 …この矢田トモコが、好みじゃないだと!…

 …ふざけて、もらっては、困る!…

 困るのだ!…

 「…葉問が、あのお姉さんに心惹かれるのは、オマエが、あのお姉さんに、心惹かれるからだ…葉尊…」

 葉敬が、言った…

 …なんだと?…

 この言葉も、驚いた…

 やはりというか…

 やはり、この葉尊は、私のことが、好きなのか?

 私の夫は、私に惚れているのか?

 と、思った…

 そうで、なければ、ならん!…

 そうで、なければ、ならんのだ!…

 私は、力を込めた…

 が、

 やはりというか…

 本物の葉問が、面食いというのが、気に入らんかった…

 いや、

 面食いは、いい…

 だが、

 だから、本物の葉問が、生きていたら、この私に惚れなかったというのは、納得いかん!…

 納得いかんのだ!…

 私は、力を込めた…

 すると、だ…

 「…たしかに、葉問は、面食いだった…」

 葉尊が、言った…

 「…でも、それは、子供時代のことだ…成長すれば、誰でも、変わる…」

 「…」

 「…とりわけ、接するのが、あのお姉さんだ…誰でも、好きになる…」

 な、なんだと?…

 この矢田を誰でも、好きになるだと?…

 だったら、一体、どうして、この矢田は、就職できなかったんだ?

 だったら、どうして、この矢田は、35歳のこれまで、ずっと、派遣や、バイトや、契約社員で、食いつないで、きたんだ?

 短大を卒業して、どうして、35歳のこの歳まで、就職できなかったんだ?

 そんな、この矢田トモコの負の歴史が、心の中に、蘇った…

 この矢田トモコの黒歴史が、脳裏に、蘇ったのだ…

 あっては、ならん黒歴史が、蘇ったのだ…

 忘れたい記憶が、蘇ったのだ…

 亡霊のように、蘇ったのだ…

 「…たしかに、オマエの言う通りだ…」

 葉敬が、答えた…

 「…ひとは、成長すれば、変わる…」

 葉敬が、ゆっくりと続ける…

 「…だが、変わらないことも、ある…」

 葉敬が、意味深に語る…

 「…オマエは、どうだ? …葉尊?…」

 「…ボク?…」

 「…そうだ…」

 「…オマエも、また、私の見るところ、変わった…」

 「…変わった? …ボクが?…」

 「…優しくなった…」

 「…優しく…」

 「…オマエは、オマエが、思うほど、悪くはない…」

 「…」

 「…だが、良くもない…」

 「…」

 「…実に、平凡な人間だ…平凡そのものの人間だ…」

 「…」

 「…だから、オマエは、お姉さんに憧れるんだろ?…」

 なんだと?

 この矢田に憧れるだと?

 どういうことだ?…

 「…何度も言うが、あの葉問は、たぶんに、オマエの願望が、入った存在だ…決して、亡くなった葉問が、成長した姿ではない…」

 「…」

 「…オマエは、無意識に、葉問の中に、自分の願望を反映させているんだ…」

 「…ボクの願望…」

 「…葉問が、お姉さんの相談に乗ったり、陰に陽に、お姉さんを守ったりするのは、葉尊…オマエの願望の現れだ…」

 なんだと?

 葉問は、葉尊の願望の現れだと?

 一体、どういう意味だ?…

 「…葉尊…オマエは、ホントは、お姉さんを助けたい…が、オマエは、暴力沙汰は、苦手…だから、助けることは、できない…だから、葉問を代わりに使う…そういうことだ…」

 「…」

 「…意識する、しないに、限らず、オマエもまた、あのお姉さんに、夢中ということだ…」

 「…ボクが、お姉さんに夢中?…」

 「…いや、オマエだけではない…あのお姉さんと、接した人間は、皆、お姉さんの味方になる…お姉さんの力になる…私も含めて、すべての人間が、だ…」

 「…」

 「…だから、オマエは、あのお姉さんを大切にしろ…お姉さんを、手放すな…お姉さんの心を、ガッチリと、掴め…」

 葉敬が、力を込めた…

 そして、それで、終わりだった…

 もしかしたら、それ以上、二人の会話は、続いたのかも、しれんが、私は、再び、眠りについて、しまっていた…

 いかんせん、酒を飲み過ぎたのだ(笑)…

 この矢田トモコ、35歳…

 少しばかり欠点がある…

 そんな数少ない欠点の一つが、

 …吐くまで、飲むことだった(笑)…

 私にとっては、飲むときは、とことん飲む…

 中途半端なことは、せん…

 その結果が、これだった(笑)…

 これだったのだ(笑)…

 結局、次に目が覚めたときは、リンダやバニラもいた…

 葉尊や、葉敬も、いた…

 ただし、全員、普段着…

 皆、とっくに着替えていた…

 パーティーは、終わったのだ…

 あらためて、そう、気付いた…

 そう、悟った…

 目が覚めた、私が、起き上がろうと、カラダを動かすと、

 「…飲み過ぎだ…クソチビ…」

 と、バニラが、毒づいた…

 「…一体、今、いつだと思っているんだ?…」

 「…な、なんだと?…」

 私は、頭に来て、言った…

 同時に、激しい頭痛がした…

 飲み過ぎたのだ…

 文字通りの二日酔いだった…

 「…パーティーが、終わったのは、昨日だ…アンタは、丸一日、この部屋で、寝てたんだよ…」

 バニラが、言った…

 驚愕の真実だった…

 「…丸一日、寝てただと?…」

 思わず、繰り返した…

 それほどの驚きだった…

 「…ウソォ!…」

 思わず、口に出た…

 「…ウソなんかじゃない…」

 バニラが、大声を出した…

 私は、思わず、他のメンバーの顔を見た…

 バニラ以外の顔を見た…

 葉尊、リンダ、葉敬の顔を見た…

 誰もバニラの発言を否定しなかった…

 だから、バニラが、ウソを言ってないことが、わかった…

 「…そうか…」

 私は、小さく答えた…

 小さく答えるしか、なかった…

 また、二日酔いで、頭も、痛かった…

 割れるように、痛かったのだ…

 そんな私に、

 「…お姉さん…ありがとうございます…」

 と、葉敬が、ニコニコして、言った…

 …ありがとうだと?…

 …どうして、ありがとうなんだ?…

 私が、不思議でいると、

 「…お姉さんのおかげで、昨日のパーティーは成功でした…」

 …私のおかげ?…

 …どうして、私のおかげなんだ?…

 「…あの後、スーパージャパンの矢口さんから、お礼の電話をもらいました…」

 …なんだと?…

 …矢口のお嬢様からだと?…

 …一体、なんの電話だ?…

 私が、思っていると、

 「…矢口さんは、この日本の中央だけではない…地方の政治家や財界のひとに、顔が利きます…」

 …地方の政治家や財界のひとに、顔が利くだと?…

 …あのお嬢様が?…

 …どうして、だ?…

 すると、そんな私の疑問に答えるべく、

 「…お姉さん…スーパージャパンは、その名の通り、日本全国にあります…」

 と、葉尊が、告げた…

 「…すると、出店に際しては、その地方の政治家や経営者の方たちと、接しなければ、なりません…だから、自然と、付き合いが、できます…」

 …なるほど、そういうことか!…

 葉尊の説明で、わかった…

 「…矢口さんは、お姉さん、そっくりです…だから、今後とも、よろしく頼みます…と、私に言いました…」

 葉敬が、嬉しそうに、告げる…

 「…つまり、矢口さんと、親しくすることは、この日本の地方の政治家や、経営者の方たちと、親しくなる機会を得ることでも、あります…」

 なんだと?…

 …そんな?…

 …あの矢口トモコに、そんな力があるなんて?…

 …この矢田トモコ、そっくりの姿にも、かかわらず、そんな力があるとは?…

 …さっぱり、知らんかった…

 …見当もつかんかった…

 私は、思った…

 「…お姉さんのおかげです…」

 葉敬が、再び、私に礼を言った…

 私は、ただ、ただ、唖然としていた…

 正直、私は、なにも、していない…

 にもかかわらず、勝手に事態が、動いていた…

 勝手に、事態が、好転していた…

 わけが、わからん…

 これが、正直な感想だった…

 が、

 すべて、この矢田トモコに、有利になったのは、確か…

 確かだった…

 「…お姉さんのおかげです…」

 葉敬が、何度も、繰り返した…

 ハッキリ言って、悪い気がせんかった…

 私は、なにも、していないが、褒められる…

 私は、なにも、していないが、褒められて、悪い気がする人間など、いるはずもなかった…

 そして、急いで、他の3人を見た…

 葉敬以外の3人を見た…

 葉尊、リンダ、バニラの3人を、見た…

 皆、なにやら、楽しそうだった…

 楽しそうな表情をしていた…

 そして、葉尊の顔を見て、昨日の葉敬と葉尊のやり取りを、思い出した…

 今回の騒動の黒幕が、葉尊だったこと…

 黒幕が、私の夫の葉尊で、あることに、衝撃を受けた…

 あれは、よもや、夢ではあるまい…

 あれは、まさか、夢では、あるまい…

 なぜなら、夢なら、あれほど、具体的な夢は、見ない…

 が、

 今は、あのとき、いがみあった葉敬と葉尊の父子も、何事もなかったように、ここにいる…

 私の目の前にいる…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 が、

 これは、世の中、どこの家庭でも、あるのかも、しれん…

 どこの家庭でも、ありふれているのかも、しれん…

 例えば、夫や妻が、不倫した…

 それを、一方が、知った…

 が、

 子供の前では、争わない…

 ニコニコと、いつもの日常を演じている…

 が、

 子供が、いなくなれば、修羅場…

 下手をすれば、殺し合いの一歩手前(笑)…

 そして、子供の前では、完璧な夫婦を演じていても、実は、子供は、薄々気付いている…

 子供は、大人が思うよりも、はるかに、敏感だからだ…

 それと、同じかもしれん…

 私は、思った…

 子供ではないが、この場合は、リンダとバニラ…

 二人とも、家族同様…

 いや、

 バニラは、すでに家族…

 葉敬との間に、マリアがいる…

 要するに、このリンダと、バニラは、葉敬と葉尊の本当の関係に、気付いているのだろうか?

 いや、

 気付いていて、知らないフリをしているのだろうと、思った…

 葉尊と葉敬が、人前で、争わない以上、なにも、知らないフリをするのが、一番…

 一番、賢い…

 そうすれば、周囲に、波風が、立たないからだ…

 私は、思った…

 だから、私も、なにも、言わんかった…

 日光の三猿…

 見ざる聞かざる言わざるが、一番だからだ(笑)…

 そして、私が、思ったのは、どんな金持ちにも、悩みがある…

 どんな権力者にも、悩みがあるということだ…

 台湾の大財閥の当主とその息子…

 ハリウッドのセックス・シンボルと高名なモデル…

 そんな金持ちの有名人と、親しく接してみれば、誰もが、同じ…

 同じ人間だと思う…

 普通に怒り、普通に、喚く…

 ケンカもする…

 私のような平凡な人間と、なにも、変わらないと思う…

 金持ちに生まれたり、ルックスが良く生まれたりするのは、正直、憧れるが、彼ら、彼女らも、中身は、同じ人間…

 同じように、悩み、同じように、苦しむ…

 聖人君子は、この世の中には、いないし、ただ、演じているだけ…

 自分の感情を隠しているだけ…

 自分の感情を押し殺しているだけだ…

 私は、考えた…

 誰もが、幸せではない…

 誰もが、不幸でもない…

 幸せなのは、必死になって、幸せを作ろうとしているからだ…

 不倫に例えれば、子供の間では、親は、争わないように、しているからだ…

 そして、精一杯、幸せを演出している…

 小さな、不満は、あっても、隠すことで、幸せを掴もうとしている…

 誰もが、同じ…

 変わらない…

 私は、この金持ちの父子と、天下の美女二人を、間近に、して、あらためて、そう思った…

 思ったのだ…

               

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