第192話
文字数 5,923文字
…お義父さんの後を継ぐだと?…
私は、驚いた…
まさか、あの葉問が、子供時代に、そんなことを、口にしているとは、思わんかった…
あの葉問は、きっと、子供の頃は、同じ年ごろの女のコを何人も、集めて、
「…みんな、将来、大きくなったら、ボクのお嫁さんにしてやる…」
とか、なんとか、言うものだと、ばかり、思っていた(爆笑)…
それが、違ったのか?
私は、驚いた…
驚いたのだ…
と、同時に、気付いた…
あの葉問は、あくまで、葉尊が、無意識に作り出した、別人格…
必ずしも、本物の葉問が、成長した姿ではないということだ…
そして、私は、葉敬と、葉尊のやりとりを、聞きながら、もしかしたら、葉問には、葉尊の願望が、入っているのでは?
と、考えた…
おとなしい葉尊では、できないことを、あの葉問が、やっている…
いや、
もしかしたら、葉尊も、できるかも、しれん…
が、
やることは、できん…
それまでのイメージがあるからだ…
聖人君子を演じてきた葉尊が、葉問のように、女を口説くわけには、いかん(笑)…
だから、できん…
ホントは、やりたくても、できん(笑)…
だから、葉問は、もしかしたら、葉尊の憧れが、入っているかも、しれん…
突然、そう思った…
つまりは、私たちの前に現れた葉問は、決して、幼い頃に、事故で、死んだ、葉問が、成長した姿ではないということだ…
別人とまでは、いわんが、アレンジしているというか…
葉尊の願望が、あの葉問の姿に現れているのかもしれんと、気付いた…
そんなことを、考えていると、
「…子供は、誰もが、そういうものだ…」
葉敬が、続けた…
「…親が、医者なら、医者になりたいという…身近な例は、親ぐらいしか、知らないし、第一、世間が狭い…親以外の職業を知らない…だから、そう言う…」
「…」
「…が、もしかしたら、オマエは、それを、妬んだかもしれない…あるいは、葉問を、自分の将来のライバルだと、思ったのかも、しれない…だから…」
後は言わなかった…
だから、葉尊は、もしかしたら、葉問を、事故に見せかけて、殺した…
もしかしたら、そう言いたかったのかも、しれん…
が、
さすがに、そこまでは、言わんかった…
たぶん、遠慮したのだ…
が、
葉尊は、そこを突いた…
「…まさか、お父さんは、ボクが、葉問を殺したって、言うんじゃないでしょうね…」
そう言って、笑った…
が、
葉敬の反応は、シンプルだった…
「…まさか、そこまでは、思わんよ…だが、葉尊にイタズラしたのは、葉尊…オマエの願望が、無意識のうちに出たと思った…」
「…」
「…そして、今、無意識のうちに、自分のカラダで、葉問を、復活させた…それは、オマエが、感じた罪の意識…オマエの罪悪感のなせるわざだ…」
「…」
「…オマエは、オマエのカラダを使って、葉問を蘇らせた…しかし、葉問は、純粋な葉問ではない…たぶんに、オマエの願望が、入った葉問だ…亡くなった葉問が、大きくなった葉問ではない…」
「…どうして、そう言えるんですか?…」
「…お姉さんだ…」
…わ、私?…
…どういう意味だ?…
「…葉問は、面食いだった…ハッキリ言って、あのお姉さんは、葉問の好みじゃない!…」
…な、なんだと?…
…ふ、ふざけるな!…
…この矢田トモコが、好みじゃないだと!…
…ふざけて、もらっては、困る!…
困るのだ!…
「…葉問が、あのお姉さんに心惹かれるのは、オマエが、あのお姉さんに、心惹かれるからだ…葉尊…」
葉敬が、言った…
…なんだと?…
この言葉も、驚いた…
やはりというか…
やはり、この葉尊は、私のことが、好きなのか?
私の夫は、私に惚れているのか?
と、思った…
そうで、なければ、ならん!…
そうで、なければ、ならんのだ!…
私は、力を込めた…
が、
やはりというか…
本物の葉問が、面食いというのが、気に入らんかった…
いや、
面食いは、いい…
だが、
だから、本物の葉問が、生きていたら、この私に惚れなかったというのは、納得いかん!…
納得いかんのだ!…
私は、力を込めた…
すると、だ…
「…たしかに、葉問は、面食いだった…」
葉尊が、言った…
「…でも、それは、子供時代のことだ…成長すれば、誰でも、変わる…」
「…」
「…とりわけ、接するのが、あのお姉さんだ…誰でも、好きになる…」
な、なんだと?…
この矢田を誰でも、好きになるだと?…
だったら、一体、どうして、この矢田は、就職できなかったんだ?
だったら、どうして、この矢田は、35歳のこれまで、ずっと、派遣や、バイトや、契約社員で、食いつないで、きたんだ?
短大を卒業して、どうして、35歳のこの歳まで、就職できなかったんだ?
そんな、この矢田トモコの負の歴史が、心の中に、蘇った…
この矢田トモコの黒歴史が、脳裏に、蘇ったのだ…
あっては、ならん黒歴史が、蘇ったのだ…
忘れたい記憶が、蘇ったのだ…
亡霊のように、蘇ったのだ…
「…たしかに、オマエの言う通りだ…」
葉敬が、答えた…
「…ひとは、成長すれば、変わる…」
葉敬が、ゆっくりと続ける…
「…だが、変わらないことも、ある…」
葉敬が、意味深に語る…
「…オマエは、どうだ? …葉尊?…」
「…ボク?…」
「…そうだ…」
「…オマエも、また、私の見るところ、変わった…」
「…変わった? …ボクが?…」
「…優しくなった…」
「…優しく…」
「…オマエは、オマエが、思うほど、悪くはない…」
「…」
「…だが、良くもない…」
「…」
「…実に、平凡な人間だ…平凡そのものの人間だ…」
「…」
「…だから、オマエは、お姉さんに憧れるんだろ?…」
なんだと?
この矢田に憧れるだと?
どういうことだ?…
「…何度も言うが、あの葉問は、たぶんに、オマエの願望が、入った存在だ…決して、亡くなった葉問が、成長した姿ではない…」
「…」
「…オマエは、無意識に、葉問の中に、自分の願望を反映させているんだ…」
「…ボクの願望…」
「…葉問が、お姉さんの相談に乗ったり、陰に陽に、お姉さんを守ったりするのは、葉尊…オマエの願望の現れだ…」
なんだと?
葉問は、葉尊の願望の現れだと?
一体、どういう意味だ?…
「…葉尊…オマエは、ホントは、お姉さんを助けたい…が、オマエは、暴力沙汰は、苦手…だから、助けることは、できない…だから、葉問を代わりに使う…そういうことだ…」
「…」
「…意識する、しないに、限らず、オマエもまた、あのお姉さんに、夢中ということだ…」
「…ボクが、お姉さんに夢中?…」
「…いや、オマエだけではない…あのお姉さんと、接した人間は、皆、お姉さんの味方になる…お姉さんの力になる…私も含めて、すべての人間が、だ…」
「…」
「…だから、オマエは、あのお姉さんを大切にしろ…お姉さんを、手放すな…お姉さんの心を、ガッチリと、掴め…」
葉敬が、力を込めた…
そして、それで、終わりだった…
もしかしたら、それ以上、二人の会話は、続いたのかも、しれんが、私は、再び、眠りについて、しまっていた…
いかんせん、酒を飲み過ぎたのだ(笑)…
この矢田トモコ、35歳…
少しばかり欠点がある…
そんな数少ない欠点の一つが、
…吐くまで、飲むことだった(笑)…
私にとっては、飲むときは、とことん飲む…
中途半端なことは、せん…
その結果が、これだった(笑)…
これだったのだ(笑)…
結局、次に目が覚めたときは、リンダやバニラもいた…
葉尊や、葉敬も、いた…
ただし、全員、普段着…
皆、とっくに着替えていた…
パーティーは、終わったのだ…
あらためて、そう、気付いた…
そう、悟った…
目が覚めた、私が、起き上がろうと、カラダを動かすと、
「…飲み過ぎだ…クソチビ…」
と、バニラが、毒づいた…
「…一体、今、いつだと思っているんだ?…」
「…な、なんだと?…」
私は、頭に来て、言った…
同時に、激しい頭痛がした…
飲み過ぎたのだ…
文字通りの二日酔いだった…
「…パーティーが、終わったのは、昨日だ…アンタは、丸一日、この部屋で、寝てたんだよ…」
バニラが、言った…
驚愕の真実だった…
「…丸一日、寝てただと?…」
思わず、繰り返した…
それほどの驚きだった…
「…ウソォ!…」
思わず、口に出た…
「…ウソなんかじゃない…」
バニラが、大声を出した…
私は、思わず、他のメンバーの顔を見た…
バニラ以外の顔を見た…
葉尊、リンダ、葉敬の顔を見た…
誰もバニラの発言を否定しなかった…
だから、バニラが、ウソを言ってないことが、わかった…
「…そうか…」
私は、小さく答えた…
小さく答えるしか、なかった…
また、二日酔いで、頭も、痛かった…
割れるように、痛かったのだ…
そんな私に、
「…お姉さん…ありがとうございます…」
と、葉敬が、ニコニコして、言った…
…ありがとうだと?…
…どうして、ありがとうなんだ?…
私が、不思議でいると、
「…お姉さんのおかげで、昨日のパーティーは成功でした…」
…私のおかげ?…
…どうして、私のおかげなんだ?…
「…あの後、スーパージャパンの矢口さんから、お礼の電話をもらいました…」
…なんだと?…
…矢口のお嬢様からだと?…
…一体、なんの電話だ?…
私が、思っていると、
「…矢口さんは、この日本の中央だけではない…地方の政治家や財界のひとに、顔が利きます…」
…地方の政治家や財界のひとに、顔が利くだと?…
…あのお嬢様が?…
…どうして、だ?…
すると、そんな私の疑問に答えるべく、
「…お姉さん…スーパージャパンは、その名の通り、日本全国にあります…」
と、葉尊が、告げた…
「…すると、出店に際しては、その地方の政治家や経営者の方たちと、接しなければ、なりません…だから、自然と、付き合いが、できます…」
…なるほど、そういうことか!…
葉尊の説明で、わかった…
「…矢口さんは、お姉さん、そっくりです…だから、今後とも、よろしく頼みます…と、私に言いました…」
葉敬が、嬉しそうに、告げる…
「…つまり、矢口さんと、親しくすることは、この日本の地方の政治家や、経営者の方たちと、親しくなる機会を得ることでも、あります…」
なんだと?…
…そんな?…
…あの矢口トモコに、そんな力があるなんて?…
…この矢田トモコ、そっくりの姿にも、かかわらず、そんな力があるとは?…
…さっぱり、知らんかった…
…見当もつかんかった…
私は、思った…
「…お姉さんのおかげです…」
葉敬が、再び、私に礼を言った…
私は、ただ、ただ、唖然としていた…
正直、私は、なにも、していない…
にもかかわらず、勝手に事態が、動いていた…
勝手に、事態が、好転していた…
わけが、わからん…
これが、正直な感想だった…
が、
すべて、この矢田トモコに、有利になったのは、確か…
確かだった…
「…お姉さんのおかげです…」
葉敬が、何度も、繰り返した…
ハッキリ言って、悪い気がせんかった…
私は、なにも、していないが、褒められる…
私は、なにも、していないが、褒められて、悪い気がする人間など、いるはずもなかった…
そして、急いで、他の3人を見た…
葉敬以外の3人を見た…
葉尊、リンダ、バニラの3人を、見た…
皆、なにやら、楽しそうだった…
楽しそうな表情をしていた…
そして、葉尊の顔を見て、昨日の葉敬と葉尊のやり取りを、思い出した…
今回の騒動の黒幕が、葉尊だったこと…
黒幕が、私の夫の葉尊で、あることに、衝撃を受けた…
あれは、よもや、夢ではあるまい…
あれは、まさか、夢では、あるまい…
なぜなら、夢なら、あれほど、具体的な夢は、見ない…
が、
今は、あのとき、いがみあった葉敬と葉尊の父子も、何事もなかったように、ここにいる…
私の目の前にいる…
私は、思った…
私は、考えた…
が、
これは、世の中、どこの家庭でも、あるのかも、しれん…
どこの家庭でも、ありふれているのかも、しれん…
例えば、夫や妻が、不倫した…
それを、一方が、知った…
が、
子供の前では、争わない…
ニコニコと、いつもの日常を演じている…
が、
子供が、いなくなれば、修羅場…
下手をすれば、殺し合いの一歩手前(笑)…
そして、子供の前では、完璧な夫婦を演じていても、実は、子供は、薄々気付いている…
子供は、大人が思うよりも、はるかに、敏感だからだ…
それと、同じかもしれん…
私は、思った…
子供ではないが、この場合は、リンダとバニラ…
二人とも、家族同様…
いや、
バニラは、すでに家族…
葉敬との間に、マリアがいる…
要するに、このリンダと、バニラは、葉敬と葉尊の本当の関係に、気付いているのだろうか?
いや、
気付いていて、知らないフリをしているのだろうと、思った…
葉尊と葉敬が、人前で、争わない以上、なにも、知らないフリをするのが、一番…
一番、賢い…
そうすれば、周囲に、波風が、立たないからだ…
私は、思った…
だから、私も、なにも、言わんかった…
日光の三猿…
見ざる聞かざる言わざるが、一番だからだ(笑)…
そして、私が、思ったのは、どんな金持ちにも、悩みがある…
どんな権力者にも、悩みがあるということだ…
台湾の大財閥の当主とその息子…
ハリウッドのセックス・シンボルと高名なモデル…
そんな金持ちの有名人と、親しく接してみれば、誰もが、同じ…
同じ人間だと思う…
普通に怒り、普通に、喚く…
ケンカもする…
私のような平凡な人間と、なにも、変わらないと思う…
金持ちに生まれたり、ルックスが良く生まれたりするのは、正直、憧れるが、彼ら、彼女らも、中身は、同じ人間…
同じように、悩み、同じように、苦しむ…
聖人君子は、この世の中には、いないし、ただ、演じているだけ…
自分の感情を隠しているだけ…
自分の感情を押し殺しているだけだ…
私は、考えた…
誰もが、幸せではない…
誰もが、不幸でもない…
幸せなのは、必死になって、幸せを作ろうとしているからだ…
不倫に例えれば、子供の間では、親は、争わないように、しているからだ…
そして、精一杯、幸せを演出している…
小さな、不満は、あっても、隠すことで、幸せを掴もうとしている…
誰もが、同じ…
変わらない…
私は、この金持ちの父子と、天下の美女二人を、間近に、して、あらためて、そう思った…
思ったのだ…
私は、驚いた…
まさか、あの葉問が、子供時代に、そんなことを、口にしているとは、思わんかった…
あの葉問は、きっと、子供の頃は、同じ年ごろの女のコを何人も、集めて、
「…みんな、将来、大きくなったら、ボクのお嫁さんにしてやる…」
とか、なんとか、言うものだと、ばかり、思っていた(爆笑)…
それが、違ったのか?
私は、驚いた…
驚いたのだ…
と、同時に、気付いた…
あの葉問は、あくまで、葉尊が、無意識に作り出した、別人格…
必ずしも、本物の葉問が、成長した姿ではないということだ…
そして、私は、葉敬と、葉尊のやりとりを、聞きながら、もしかしたら、葉問には、葉尊の願望が、入っているのでは?
と、考えた…
おとなしい葉尊では、できないことを、あの葉問が、やっている…
いや、
もしかしたら、葉尊も、できるかも、しれん…
が、
やることは、できん…
それまでのイメージがあるからだ…
聖人君子を演じてきた葉尊が、葉問のように、女を口説くわけには、いかん(笑)…
だから、できん…
ホントは、やりたくても、できん(笑)…
だから、葉問は、もしかしたら、葉尊の憧れが、入っているかも、しれん…
突然、そう思った…
つまりは、私たちの前に現れた葉問は、決して、幼い頃に、事故で、死んだ、葉問が、成長した姿ではないということだ…
別人とまでは、いわんが、アレンジしているというか…
葉尊の願望が、あの葉問の姿に現れているのかもしれんと、気付いた…
そんなことを、考えていると、
「…子供は、誰もが、そういうものだ…」
葉敬が、続けた…
「…親が、医者なら、医者になりたいという…身近な例は、親ぐらいしか、知らないし、第一、世間が狭い…親以外の職業を知らない…だから、そう言う…」
「…」
「…が、もしかしたら、オマエは、それを、妬んだかもしれない…あるいは、葉問を、自分の将来のライバルだと、思ったのかも、しれない…だから…」
後は言わなかった…
だから、葉尊は、もしかしたら、葉問を、事故に見せかけて、殺した…
もしかしたら、そう言いたかったのかも、しれん…
が、
さすがに、そこまでは、言わんかった…
たぶん、遠慮したのだ…
が、
葉尊は、そこを突いた…
「…まさか、お父さんは、ボクが、葉問を殺したって、言うんじゃないでしょうね…」
そう言って、笑った…
が、
葉敬の反応は、シンプルだった…
「…まさか、そこまでは、思わんよ…だが、葉尊にイタズラしたのは、葉尊…オマエの願望が、無意識のうちに出たと思った…」
「…」
「…そして、今、無意識のうちに、自分のカラダで、葉問を、復活させた…それは、オマエが、感じた罪の意識…オマエの罪悪感のなせるわざだ…」
「…」
「…オマエは、オマエのカラダを使って、葉問を蘇らせた…しかし、葉問は、純粋な葉問ではない…たぶんに、オマエの願望が、入った葉問だ…亡くなった葉問が、大きくなった葉問ではない…」
「…どうして、そう言えるんですか?…」
「…お姉さんだ…」
…わ、私?…
…どういう意味だ?…
「…葉問は、面食いだった…ハッキリ言って、あのお姉さんは、葉問の好みじゃない!…」
…な、なんだと?…
…ふ、ふざけるな!…
…この矢田トモコが、好みじゃないだと!…
…ふざけて、もらっては、困る!…
困るのだ!…
「…葉問が、あのお姉さんに心惹かれるのは、オマエが、あのお姉さんに、心惹かれるからだ…葉尊…」
葉敬が、言った…
…なんだと?…
この言葉も、驚いた…
やはりというか…
やはり、この葉尊は、私のことが、好きなのか?
私の夫は、私に惚れているのか?
と、思った…
そうで、なければ、ならん!…
そうで、なければ、ならんのだ!…
私は、力を込めた…
が、
やはりというか…
本物の葉問が、面食いというのが、気に入らんかった…
いや、
面食いは、いい…
だが、
だから、本物の葉問が、生きていたら、この私に惚れなかったというのは、納得いかん!…
納得いかんのだ!…
私は、力を込めた…
すると、だ…
「…たしかに、葉問は、面食いだった…」
葉尊が、言った…
「…でも、それは、子供時代のことだ…成長すれば、誰でも、変わる…」
「…」
「…とりわけ、接するのが、あのお姉さんだ…誰でも、好きになる…」
な、なんだと?…
この矢田を誰でも、好きになるだと?…
だったら、一体、どうして、この矢田は、就職できなかったんだ?
だったら、どうして、この矢田は、35歳のこれまで、ずっと、派遣や、バイトや、契約社員で、食いつないで、きたんだ?
短大を卒業して、どうして、35歳のこの歳まで、就職できなかったんだ?
そんな、この矢田トモコの負の歴史が、心の中に、蘇った…
この矢田トモコの黒歴史が、脳裏に、蘇ったのだ…
あっては、ならん黒歴史が、蘇ったのだ…
忘れたい記憶が、蘇ったのだ…
亡霊のように、蘇ったのだ…
「…たしかに、オマエの言う通りだ…」
葉敬が、答えた…
「…ひとは、成長すれば、変わる…」
葉敬が、ゆっくりと続ける…
「…だが、変わらないことも、ある…」
葉敬が、意味深に語る…
「…オマエは、どうだ? …葉尊?…」
「…ボク?…」
「…そうだ…」
「…オマエも、また、私の見るところ、変わった…」
「…変わった? …ボクが?…」
「…優しくなった…」
「…優しく…」
「…オマエは、オマエが、思うほど、悪くはない…」
「…」
「…だが、良くもない…」
「…」
「…実に、平凡な人間だ…平凡そのものの人間だ…」
「…」
「…だから、オマエは、お姉さんに憧れるんだろ?…」
なんだと?
この矢田に憧れるだと?
どういうことだ?…
「…何度も言うが、あの葉問は、たぶんに、オマエの願望が、入った存在だ…決して、亡くなった葉問が、成長した姿ではない…」
「…」
「…オマエは、無意識に、葉問の中に、自分の願望を反映させているんだ…」
「…ボクの願望…」
「…葉問が、お姉さんの相談に乗ったり、陰に陽に、お姉さんを守ったりするのは、葉尊…オマエの願望の現れだ…」
なんだと?
葉問は、葉尊の願望の現れだと?
一体、どういう意味だ?…
「…葉尊…オマエは、ホントは、お姉さんを助けたい…が、オマエは、暴力沙汰は、苦手…だから、助けることは、できない…だから、葉問を代わりに使う…そういうことだ…」
「…」
「…意識する、しないに、限らず、オマエもまた、あのお姉さんに、夢中ということだ…」
「…ボクが、お姉さんに夢中?…」
「…いや、オマエだけではない…あのお姉さんと、接した人間は、皆、お姉さんの味方になる…お姉さんの力になる…私も含めて、すべての人間が、だ…」
「…」
「…だから、オマエは、あのお姉さんを大切にしろ…お姉さんを、手放すな…お姉さんの心を、ガッチリと、掴め…」
葉敬が、力を込めた…
そして、それで、終わりだった…
もしかしたら、それ以上、二人の会話は、続いたのかも、しれんが、私は、再び、眠りについて、しまっていた…
いかんせん、酒を飲み過ぎたのだ(笑)…
この矢田トモコ、35歳…
少しばかり欠点がある…
そんな数少ない欠点の一つが、
…吐くまで、飲むことだった(笑)…
私にとっては、飲むときは、とことん飲む…
中途半端なことは、せん…
その結果が、これだった(笑)…
これだったのだ(笑)…
結局、次に目が覚めたときは、リンダやバニラもいた…
葉尊や、葉敬も、いた…
ただし、全員、普段着…
皆、とっくに着替えていた…
パーティーは、終わったのだ…
あらためて、そう、気付いた…
そう、悟った…
目が覚めた、私が、起き上がろうと、カラダを動かすと、
「…飲み過ぎだ…クソチビ…」
と、バニラが、毒づいた…
「…一体、今、いつだと思っているんだ?…」
「…な、なんだと?…」
私は、頭に来て、言った…
同時に、激しい頭痛がした…
飲み過ぎたのだ…
文字通りの二日酔いだった…
「…パーティーが、終わったのは、昨日だ…アンタは、丸一日、この部屋で、寝てたんだよ…」
バニラが、言った…
驚愕の真実だった…
「…丸一日、寝てただと?…」
思わず、繰り返した…
それほどの驚きだった…
「…ウソォ!…」
思わず、口に出た…
「…ウソなんかじゃない…」
バニラが、大声を出した…
私は、思わず、他のメンバーの顔を見た…
バニラ以外の顔を見た…
葉尊、リンダ、葉敬の顔を見た…
誰もバニラの発言を否定しなかった…
だから、バニラが、ウソを言ってないことが、わかった…
「…そうか…」
私は、小さく答えた…
小さく答えるしか、なかった…
また、二日酔いで、頭も、痛かった…
割れるように、痛かったのだ…
そんな私に、
「…お姉さん…ありがとうございます…」
と、葉敬が、ニコニコして、言った…
…ありがとうだと?…
…どうして、ありがとうなんだ?…
私が、不思議でいると、
「…お姉さんのおかげで、昨日のパーティーは成功でした…」
…私のおかげ?…
…どうして、私のおかげなんだ?…
「…あの後、スーパージャパンの矢口さんから、お礼の電話をもらいました…」
…なんだと?…
…矢口のお嬢様からだと?…
…一体、なんの電話だ?…
私が、思っていると、
「…矢口さんは、この日本の中央だけではない…地方の政治家や財界のひとに、顔が利きます…」
…地方の政治家や財界のひとに、顔が利くだと?…
…あのお嬢様が?…
…どうして、だ?…
すると、そんな私の疑問に答えるべく、
「…お姉さん…スーパージャパンは、その名の通り、日本全国にあります…」
と、葉尊が、告げた…
「…すると、出店に際しては、その地方の政治家や経営者の方たちと、接しなければ、なりません…だから、自然と、付き合いが、できます…」
…なるほど、そういうことか!…
葉尊の説明で、わかった…
「…矢口さんは、お姉さん、そっくりです…だから、今後とも、よろしく頼みます…と、私に言いました…」
葉敬が、嬉しそうに、告げる…
「…つまり、矢口さんと、親しくすることは、この日本の地方の政治家や、経営者の方たちと、親しくなる機会を得ることでも、あります…」
なんだと?…
…そんな?…
…あの矢口トモコに、そんな力があるなんて?…
…この矢田トモコ、そっくりの姿にも、かかわらず、そんな力があるとは?…
…さっぱり、知らんかった…
…見当もつかんかった…
私は、思った…
「…お姉さんのおかげです…」
葉敬が、再び、私に礼を言った…
私は、ただ、ただ、唖然としていた…
正直、私は、なにも、していない…
にもかかわらず、勝手に事態が、動いていた…
勝手に、事態が、好転していた…
わけが、わからん…
これが、正直な感想だった…
が、
すべて、この矢田トモコに、有利になったのは、確か…
確かだった…
「…お姉さんのおかげです…」
葉敬が、何度も、繰り返した…
ハッキリ言って、悪い気がせんかった…
私は、なにも、していないが、褒められる…
私は、なにも、していないが、褒められて、悪い気がする人間など、いるはずもなかった…
そして、急いで、他の3人を見た…
葉敬以外の3人を見た…
葉尊、リンダ、バニラの3人を、見た…
皆、なにやら、楽しそうだった…
楽しそうな表情をしていた…
そして、葉尊の顔を見て、昨日の葉敬と葉尊のやり取りを、思い出した…
今回の騒動の黒幕が、葉尊だったこと…
黒幕が、私の夫の葉尊で、あることに、衝撃を受けた…
あれは、よもや、夢ではあるまい…
あれは、まさか、夢では、あるまい…
なぜなら、夢なら、あれほど、具体的な夢は、見ない…
が、
今は、あのとき、いがみあった葉敬と葉尊の父子も、何事もなかったように、ここにいる…
私の目の前にいる…
私は、思った…
私は、考えた…
が、
これは、世の中、どこの家庭でも、あるのかも、しれん…
どこの家庭でも、ありふれているのかも、しれん…
例えば、夫や妻が、不倫した…
それを、一方が、知った…
が、
子供の前では、争わない…
ニコニコと、いつもの日常を演じている…
が、
子供が、いなくなれば、修羅場…
下手をすれば、殺し合いの一歩手前(笑)…
そして、子供の前では、完璧な夫婦を演じていても、実は、子供は、薄々気付いている…
子供は、大人が思うよりも、はるかに、敏感だからだ…
それと、同じかもしれん…
私は、思った…
子供ではないが、この場合は、リンダとバニラ…
二人とも、家族同様…
いや、
バニラは、すでに家族…
葉敬との間に、マリアがいる…
要するに、このリンダと、バニラは、葉敬と葉尊の本当の関係に、気付いているのだろうか?
いや、
気付いていて、知らないフリをしているのだろうと、思った…
葉尊と葉敬が、人前で、争わない以上、なにも、知らないフリをするのが、一番…
一番、賢い…
そうすれば、周囲に、波風が、立たないからだ…
私は、思った…
だから、私も、なにも、言わんかった…
日光の三猿…
見ざる聞かざる言わざるが、一番だからだ(笑)…
そして、私が、思ったのは、どんな金持ちにも、悩みがある…
どんな権力者にも、悩みがあるということだ…
台湾の大財閥の当主とその息子…
ハリウッドのセックス・シンボルと高名なモデル…
そんな金持ちの有名人と、親しく接してみれば、誰もが、同じ…
同じ人間だと思う…
普通に怒り、普通に、喚く…
ケンカもする…
私のような平凡な人間と、なにも、変わらないと思う…
金持ちに生まれたり、ルックスが良く生まれたりするのは、正直、憧れるが、彼ら、彼女らも、中身は、同じ人間…
同じように、悩み、同じように、苦しむ…
聖人君子は、この世の中には、いないし、ただ、演じているだけ…
自分の感情を隠しているだけ…
自分の感情を押し殺しているだけだ…
私は、考えた…
誰もが、幸せではない…
誰もが、不幸でもない…
幸せなのは、必死になって、幸せを作ろうとしているからだ…
不倫に例えれば、子供の間では、親は、争わないように、しているからだ…
そして、精一杯、幸せを演出している…
小さな、不満は、あっても、隠すことで、幸せを掴もうとしている…
誰もが、同じ…
変わらない…
私は、この金持ちの父子と、天下の美女二人を、間近に、して、あらためて、そう思った…
思ったのだ…