第97話

文字数 5,397文字

 スタバで、バイトか?

 マックで、バイトか?

 考えると、ふと、胸が、躍った…

 私の大きな胸が、躍ったのだ…

 あのスタバの制服…

 あるいは、

 マックの制服…

 あの制服に、憧れたのだ…

 実は、私は、制服フェチだった…

 制服マニアといっても、いい…

 コスプレファンといっても、いい…

 さまざまな、制服を着ることで、その姿を写真に、収めることが、好きだった…

 だから、スタバでも、マックでも、いいから、制服を着てみたかったのだ…

 私が、そんなことを、考えて、ニヤニヤしていると、

 「…お姉さん…また、なにか、よからぬことを、考えているんじゃないでしょうね?…」

 と、いう声がした…

 「…よからぬことだと?…」

 私は、頭に来て、目の前の葉尊を見た…

 「…よからぬこととは、どういう意味だ?…」

 と、わざと、ドスを利かせた声で、聞いた…

 「…まさか、スタバやマックで、バイトをするわけじゃ、ありませんよね?…」

 葉尊が聞いた…

 「…そんなこと、あるわけないさ…」

 と、大声で、言おうとした…

 実は、その通りなのだが、それを、認めることは、できんから、あえて、大声で、否定しようと、思ったのだ…

 が、

 止めた…

 なぜなら、目の前にいたのは、夫の葉尊ではなく、葉問だったからだ…

 「…オマエは、葉問…」

 と、私は、言った…

 「…どうして、ここに、オマエが…」

 「…お姉さん…少しは、葉尊のことを、考えてください…」

 「…葉尊のことを、だと?…」

 「…そうです…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…お姉さんは、今、スタバやマックで、バイトをしようと思ったでしょ?…」

 「…思ってないさ…」

 「…ウソを言わないで下さい…」

 「…ウソだと? …どうして、ウソだと、わかるんだ?…」

 「…お姉さんの表情です…」

 「…私の表情?…」

 「…お姉さんは、考えていることが、すぐに、顔に出るんです…」

 「…なんだと?…」

 言いながら、実は、この葉問の言葉には、納得した…

 納得したのだ…

 実は、この矢田トモコ…

 考えていることが、顔に出ると言われたことは、一度や二度ではない…

 子供の頃から、呆れるぐらい、何度も言われた…

 この矢田トモコにも、残念ながら、少なからぬ欠点が、いくつか、ある…

 これも、その一つだった…

 だが、まあ、他に、優れた美点が、数えくれないぐらいあるから、良しとしよう…

 この矢田トモコの多くの美点が、欠点を覆い隠しているのだ…

 では、その美点は、というと…

 あまりにも、多すぎるので、ここには、書き切らん…

 つまり、そういうことだ(笑)…

 決してないと言うわけではない…

 あえて、書かないのだ(汗)…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…お姉さん…」

 と、葉問が、呼んだ…

 「…なんだ?…」

 「…さっきも言いましたが、少しは、葉尊のことを、考えてあげて下さい…」

 「…なんだと?…」

 「…葉尊は、お姉さんのことを、思って、サウジの王族を招いて、パーティーを開こうとしたんですよ…」

 「…余計なお世話さ…」

 「…余計なお世話ですか?…」

 「…いや、パーティーを開こうとした葉尊の気持ちは、嬉しいさ…だが、それを、あえて言う、葉問、オマエの言葉は、余計さ…」

 「…」

 「…夫婦のことに、口出しするんじゃないさ…」

 私が、怒ると、なぜか、葉問が、ニヤついた…

 「…なんだ? …どうして、笑う?…」

 私は、頭に来て、聞いた…

 「…これで、安心しました…」

 「…安心? …なにを、安心したんだ?…」

 「…お姉さんと、葉尊のことです…互いに、相手を思いやってる…実に、理想的なカップルです…」

 「…」

 「…これで、安心しました…」

 葉問が繰り返した…

 私は、そんな葉問を見て、

 「…葉問…一つ、聞いていいか?…」

 と、言った…

 「…なんですか? …お姉さん?…」

 「…オマエ…なんで、オスマン殿下のことを、葉尊に知らせなかった?…」

 「…どういうことですか?…」

 「…オマエは、あのとき、ファラドと闘って、バニラを助けただろ?…あの一件さ…」

 「…」

 「…オマエと、葉尊は、常に、意識を共有していると、思っていたが、どうやら、違うようだな…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…互いに、相手に見せたくない場面は、見せないことが、できるということさ…」

 「…」

 「…だから、葉尊は、オスマン殿下のことは、知らないのさ…」

 私が、断言すると、葉問は、考え込んだ…

 しばらく、

 「…」

 と、無言だった…

 それから、しばらくして、

 「…お姉さん…」

 と、私に呼びかけた…

 「…なんだ?…」

 「…ひとには、得手不得手があります…」

 「…なんだ? …なにが、言いたい?…」

 「…葉尊は、経営者…ボクは、流浪人です…」

 「…流浪人だと?…」

 「…風の吹くまま、気の向くまま、どこにでも現れます…それが、ボクという男です…葉問という男です…」

 「…なんだと?…」

 「…あのときは、たまたま、ふらりと現れたら、バニラが、ファラドと闘っていた…なんといっても、バニラは、葉敬の愛人で、バニラの娘のマリアは、ボクの血の繋がった妹です…助けなければ、いけないでしょ?…」

 「…」

 「…だから、助けました…」

 「…葉問…そんなウソが、私に通じると、思ったのか?…」

 「…ウソ? …どうして、ウソなんですか?…」

 「…バカも休み休み言え…たまたま、オマエが、現れたら、バニラがファラドと、闘っているわけは、ないだろ? あらかじめ、ファラドの反乱を知っていたから、あの場に現れたに過ぎん…」

 「…」

 「…誰にでも、わかるウソは、つくな…」

 私が、言うと、葉問は、

 「…たしかに…」

 と、言って、笑った…

 笑ったのだ…

 そして、その笑いは、実に、魅力的だった…

 ワルの魅力と言うか…

 正統派のイケメンの葉尊にはない、ダークな魅力だった…

 思わず、ゾクリとした…

 葉問のダークな魅力に、やられたのだ…

 「…答えは、葉敬ですよ…」

 「…お義父さん?…」

 「…葉敬は、葉尊には、できない裏仕事をボクに、やらせようとしている…」

 「…」

 「…ボクは、それに応じただけです…」

 葉問は、またも、笑った…

 そして、その笑いを見ながら、葉敬は、葉問の使い道に、気付いたことに、私も、気付いた…

 これは、たしか、以前、リンダが、言っていた…

 リンダ=ヤンが、言っていた…

 葉問は、葉敬に認められた…

 だから、当面の間、消えずにすむと、言っていた…

 ハッキリ言えば、喜んでいた…

 リンダは、葉問が好き…

 リンダは、性同一性障害と、言いながら、なぜか、葉問が、好きだった…

 それは、おそらく、女として…

 女性として、ワイルドな葉問を好きなのだろう…

 葉問には、葉尊にはない、魅力がある…

 葉尊は、誰から見ても、爽やかで、信頼できるイケメンの好青年…

 一方、葉問は、いわゆる、ヤンキー…

 暴力の匂いがする…

 そして、暴力の匂いのする男を好きな女というものは、必ず、どこの世界でも、一定数いるものだ…

 リンダも、また、同じなのだろう…

 そう、思った…

 が、

 違うかもしれない…

 ふと、気付いた…

 リンダは、何度も言うが、性同一性障害…

 いわゆる、カラダは、女だが、心は、男と、言っている…

 一方、葉尊は、二重人格…

 いわゆる、ジキルとハイドではないが、ジキル=表の顔が、葉尊で、ハイド=裏の顔が、葉問だ…

 そして、なにより、葉尊は、存在するが、葉問は、本来、存在しない…

 なぜなら、葉問は、葉尊が、無意識のうちに、作り出した人格だからだ…

 本来、葉尊と葉問は、一卵性双生児…

 二人いた…

 が、

 子供の頃、葉尊のいたずらで、葉問が、死んだ…

 罪の意識にさいなまれた葉尊が、無意識に作り出した、別人格…

 それが、葉問だった…

 つまり、葉尊は、自分の力で、死んだ葉問を、蘇らせたのだ…

 が、

 所詮は、葉問は、幻…

 実在しない…

 一方、これを、リンダに当てはめると、同じようなことが、言える…

 リンダ=リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…

 まるで、女神のように美しい…

 が、

 本当は、心は、男…

 だから、リンダ・ヘイワースは、実在するが、中身は、男…

 本当は、当たり前だが、リンダ・ヘイワースの心は、女でなければ、ならない…

 だから、厳密にいえば、リンダ・ヘイワースは、存在しない…

 この世に、存在しない…

 心が、男のセックス・シンボルなど、この世に存在しないからだ…

 こう考えれば、葉問と同じ…

 リンダと葉問は、同じ…

 だから、同病相哀れむのことわざではないが、共に、互いに、親近感が、あるのかもしれないと、気付いた…

 なぜなら、共に、本来は、この世に存在しない存在だからだ…

 それを、思った…

 だから、目の前の葉問に、

 「…なあ、葉問…」

 と、呼びかけた…

 「…なんですか? …お姉さん?…」

 「…オマエ…リンダのことを、どう思っているんだ?…」

 「…リンダのことですか? …どうして、いきなり、そんなことを?…」

 「…リンダが、オマエを好きだからさ…」

 「…ボクを好き?…」

 「…ごまかすな…葉問…オマエが、リンダの気持ちを知らないわけがないだろ!…」

 私が、怒鳴ると、葉問は、

 「…」

 と、黙った…

 「…オマエ…リンダの気持ちを弄んでは、いかんゾ…」

 私は、葉問に、怒鳴った…

 「…好きなら、好き…嫌いなら、嫌いと、ハッキリ言ってやれ!…」

 私が、言うと、またも、

 「…」

 と、葉問は、黙った…

 考え込んだ…

 それから、少しして、

 「…お姉さん…」

 と、私に言った…

 「…なんだ?…」

 「…ボクは…この葉問は、幻です…」

 「…幻だと? …どういう意味だ?…」

 「…ボクには、実体がありません…」

 「…実体がないだと?…」

 「…ハイ…このカラダは、葉尊のモノ…ときどき、葉尊のカラダを借りる形で、現れるだけです…」

 「…」

 「…いわば、そんな幽霊のように、実体のない男が、実体のある、女を好きだ、嫌いだと、言っても、仕方がないでしょう…そもそも、ボクは、存在しない人間です…」

 葉問が、哀しそうに、言った…

 が、

 私は、食い下がった…

 「…それでもだ…葉問…オマエは、存在する…今も、こうして、私の目の前にいる…」

 私が力強く言うと、葉問は、

 「…」

 と、黙った…

 「…葉問…オマエは、リンダが哀れだとは、思わんのか?…」

 「…哀れ? …どうして、哀れなんですか?…」

 「…だって、哀れだろ? 好きな男に、無視されて…」

 「…お姉さん…」

 「…なんだ?…」

 「…それを言えば、男でも女でも、好きでもない異性から、告白されれば、嫌でも付き合わなければ、ならなくなります…」

 「…それは、そうだが、リンダは、あれだけの美人だ…しかも、ただの美人じゃない…ハリウッドのセックス・シンボルだ…世界中に知られた有名人だ…」

 「…それが、どうかしましたか?…」

 「…どうかしたかだと? …どういう意味だ?…」

 「…好きも、嫌いも、最終的には、人間性です…見た目は、もちろん大事ですが、中身は、もっと、大事です…」

 「…」

 「…もちろん、リンダは、好きです…嫌いじゃ、ありません…」

 「…だったら、どうして?…」

 「…ボクが、リンダを好きなのは、友人として、です…女としてじゃ、ありません…」

 「…女としてじゃないだと? ハリウッドのセックス・シンボルを、か?…」

 「…ハイ…」

 …コイツ、なんてヤツだ…

 私は、思った…

 ハリウッドのセックス・シンボルを袖にするとは?

 正気か?

 私は、考えた…

 「…オマエ…変わってるな…」

 私は、断言した…

 「…ハリウッドのセックス・シンボルに好きだと言われて、なにもせん男は、いないゾ…」

 「…それを、言えば、お姉さんも、いっしょです…」

 「…なにが、いっしょなんだ?…」

 「…夫は、日本を代表する企業のオーナー社長…そして、友人は、リンダやバニラといった世界的な著名人…普通なら、どこかに出かけて、吹聴するか、ネットで、インスタで、自慢しまくります…でも、お姉さんは、それをしない…なぜですか?…」

 「…それは、私の実力じゃないからさ…」

 「…実力じゃない? …どういう意味ですか?…」

 「…私が、たまたま葉尊と結婚したからさ…葉尊のおかげさ…私の力じゃないさ…」

 「…それでも、世間には、夫が、有名人だからって、出たがる妻は、多いです…」

 「…それは、その人間の勝手さ…」

 「…勝手?…」

 「…そうさ…ただ、私は、それが、嫌なだけさ…」

 「…どうして、嫌なんですか?…」

 「…今も言ったように、私の力じゃないからさ…」

 私は、怒鳴った…

 すると、葉問が、ニヤリとした…

 「…同じです…」

 「…ボクとお姉さんは、同じです…」

 「…なにが、同じなんだ?…」

 「…共に変人です…」

 「…変人だと?…」

 「…お姉さんは、夫や友人が、偉いのに、それを、自慢しない…ボクは、ハリウッドのセックス・シンボルに言い寄られても、相手にしない…共に変人です…」

 「…変人…」

 思わず、絶句した…

 この矢田トモコ、35歳…

 35年生きてきて、変人扱いされたことは、なかった…

 なかったのだ…

 私の怒りが、爆発した…

                
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