第187話

文字数 4,072文字

 …食えない女だ…

 私は、この矢口のお嬢様を、見ながら、つくづく、考えた…

 この矢田と、矢口のお嬢様は、知り合い…

 だから、それを知った、私の夫の葉尊は、この矢口のお嬢様にも、今回のパーティーの招待状を出した…

 だから、ただ、このパーティーに出席すれば、よいものを、このお嬢様は、違った…

 おそらく、事前に、このパーティーに、リンダやバニラが、出席するのを、掴んだからに違いなかった…

 いや、

 リンダやバニラが、このパーティーに、出席するのを、掴まずとも、予想できたかも、しれんかった…

 なにしろ、このリンダと、バニラは、広告塔…

 台湾の台北筆頭と、日本の総合電機メーカー、クールの広告塔…

 広告塔=宣伝要員だからだ…

 だから、葉尊と私の結婚半年を記念して、開いたパーティーにも、出席すると、予想したに違いなかった…

 そして、おそらくは、今日の、この展開を、事前に、読んだに、違いなかった…

 事前に、見抜いたに違いなかった…

 このパーティーの出席者の大半は、60歳以上の高齢男性…

 が、

 高齢男性と、いえども、男…

 だから、今回のような展開になると、見抜いていたに違いなかった…

 私は、それを、思った…

 私は、それを、考えた…

 そして、それを、考えていると、葉問が、私の元にやって来た…

 いや、

 私の元ではない…

 私の隣の矢口のお嬢様の元に、やって来た…

 そして、

 「…お久しぶりです…」

 と、葉問が、矢口のお嬢様に、一礼した…

 …お久しぶり?…

 …どういうことだ?…

 …一体、いつから、葉問と、この矢口のお嬢様は、知り合いになった?…

 私が、内心、驚いていると、

 「…こちらこそ、お久しぶりです…葉尊社長…」

 と、矢口のお嬢様が、返した…

 だから、今、この矢口のお嬢様の元に、やって来たのは、葉問ではなく、葉尊だと、気付いた…

 おそらく、この矢口のお嬢様を、見て、入れ替わったのだろう…

 すでに、葉問の役目は、終わったと思ったのかも、しれん…

 葉問は、このパーティーに、いわば、接待係として、派遣されたモデルの女性たちの機嫌を、直すべく、奔走した…

 予想外のリンダやバニラの出現で、いわば、客を取られて、落ち込んでいる、接待係のコンパニオンのお姉さんたちの機嫌を、取るべく奔走した

 そして、それが、終わった…

 だから、葉尊に変わったのかも、しれん…

 葉問でなくては、できないことが、なくなったのだ…

 私は、思った…

 「…矢口さん…今日はパーティーを楽しまれましたか?…」

 「…もちろん…」

 矢口のお嬢様は、私そっくりの大きな口を開けて、笑った…

 私は、その顔を見て、実に、不気味だと、思った…

 思わず、悪寒が走った…

 この矢口のお嬢様の目的がわかった今となっては、やはりというか…

 この矢口トモコの抜け目のなさを、今さらながら、思い知ったからだ…

 が、

 葉尊は、それを知らなかったのだろう…

 「…それは、よかった…」

 と、穏やかに、笑った…

 私は、ゾッとした…

 さらに、全身に悪寒が走った…

 「…それでは、引き続き、パーティーを、お楽しみください…」

 と、言って、この場から、離れた…

 すると、だ…

 「…食えん男だ…」

 ポツリと、矢口のお嬢様が、呟いた…

 …食えん男?…

 …どうしてだ?…

 私は、ビックリして、矢口のお嬢様を見た…

 すると、お嬢様は、私が、なにを、聞きたいか、わかったのだろう…

 「…矢田…私の格好を見ろ…」

 「…格好?…」

 「…いつものオマエと同じ、Tシャツに、ジーンズ姿だ…こんな格好で、アタシがこれまで、パーティーを楽しんでいるわけがないだろ?…それが、わかっていて、あの男は…」

 矢口のお嬢様が、憤慨する…

 「…いずれにしろ、抜け目のない男だ…」

 矢口のお嬢様が、葉尊を、そう評価した…

 そして、その評価には、私も、頷かざるを得なかった…

 「…オマエも、苦労するな…」

 矢口のお嬢様が、意外なことを、言った…

 「…苦労?…」

 思わず、繰り返した…

 「…いや、苦労は、間違いだ…味方にすれば、いい…」

 「…」

 「…現に、今、矢田…あの男には、オマエが、必要だ…」

 「…」

 「…いずれにしろ、悪い男ではない…ただ、少しばかり、抜け目がないだけだ…」

 矢口のお嬢様が、そう言って、笑った…

 私同様の大きな口を開けて、笑ったのだ…

 私は、考えた…

 考え込んだ…

 果たして、葉尊は、そんなに、抜け目のない男なのだろうか?

 たった今、葉尊は、この矢口のお嬢様に、

 「…パーティーを、楽しんで下さい…」

 と、言った…

 が、

 これは、単なる社交辞令と受け取れば、いいのでは、ないだろうか?

 それとも、やはり、この矢口のお嬢様の言う通り、Tシャツに、ジーンズ姿のお嬢様が、この姿で、パーティーを楽しんでいないことは、明白だから、皮肉…あるいは、悪口とでも、言えば、いいのだろうか?

 正直、わからんかった…

 とらえように、よっては、どちらにも、捉えることが、できるからだ…

 私が、そんなことを、考えていると、いつのまにか、葉敬が、壇上に、上がって、

 「…今日、この会場にお集りの皆さま、今日は、私の息子、葉尊の結婚半年を記念して、お集り、頂き、ありがとうございました…」

 と、言った…

 私は、驚いた…

 なぜ、驚いたかと言えば、壇上に、この私が、いないからだった…

 この私、矢田トモコがいないからだった…

 誰が見ても、この葉敬の挨拶は、このパーティーの終了の挨拶…

 このパーティーの閉会の挨拶だった…

 にもかかわらず、名目だけとはいえ、この矢田トモコが、葉敬と、同じ壇上に、いない…

 いくらなんでも、それは、ないんじゃないか?

 そう言いたかった…

 そう言いたかったのだ…

 が、

 違った…

 葉敬は、続けて、

 「…私の息子の葉尊の自慢の妻、矢田トモコは、今、日本の激安スーパー、スーパージャパンの社長と共に、おります…二人とも、姉妹のように、似ています…願わくば、この二人に幸あれ…二人の今後を、この会場にいる皆様も、ぜひ、お祝い下さい…」

 と、言った…

 その瞬間だった…

 いきなり、会場の明かりが、消えた…

 そして、次の瞬間、私と矢口のお嬢様に、スポットライトが、浴びせられた…

 つまりは、この会場にいる、全員に、この矢田と、矢口のお嬢様の居場所が、わかる、仕掛けだった…

 「…ぜひ、会場にいる皆様、この二人に盛大な拍手を…」

 葉敬が、言って、自分で、拍手を始めた…

 すると、どうだ?

 それにつられ、会場にいる全員から、拍手が起きた…

 そして、会場のあちこちから、

 「…似てる…」

 「…そっくり…」

 という声が、聞こえてきた…

 私は、驚いた…

 驚かずには、いれんかった…

 まさか、こんな演出をされるとは、思わんかった…

 思わんかったのだ…

 すると、隣で、矢口のお嬢様が、

 「…あの男の仕業か?…」

 と、ポツリと、呟いた…

 …あの男の仕業?…

 …葉尊か?…

 私は、思った…

 「…きっと、オマエを、持ち上げるだけでなく、私にも、うまく配慮したんだろう…」

 矢口のお嬢様が、呟く…

 「…実に、頭の回転が切れる…たしかに、同じ顔の女が、二人並べば、話題になる…うまい発想だ…」

 矢口のお嬢様が、言った…

 そして、その言葉で、たしかに、この演出を葉尊が、仕掛けたのならば、このお嬢様の言う通り、ずば抜けて、頭が切れると、思った…

 が、

 本当に、そうか?

 今、私と、このお嬢様の二人に言及したのは、葉敬…

 葉尊の実父の葉敬だ…

 葉尊では、ない…

 私の夫ではない…

 が、

 すぐに、会場の明かりが、ついた…

 すると、そこには、葉尊の姿があった…

 葉敬の背後に、ひっそりと、目立たぬ形で、葉尊の姿があった…

 すると、やはりというか…

 この矢口のお嬢様の言う通りなのかもしれん…

 私は、思った…

 葉敬は、たぶん、この矢口のお嬢様のことを、知らんと、思う…

 だから、やはり、葉敬に、今、私と、この矢口のお嬢様のことを、言わせたのは、葉尊だと、思う…

 いや、

 誰が見ても、そう思う…

 そう思うのだ…

 私は、葉敬の背後にいる葉尊を見て、思った…

 思ったのだ…


 パーティーは、終了した…

 私と、葉尊、葉敬、そして、リンダやバニラが、会場の出入り口で、会場から去る、このパーティーに参加した、日本の政界や財界のお偉いさんに、頭を下げて、挨拶した…

 私や、葉尊は、ともかく、リンダや、バニラに対しては、誰もが、名残惜しそうに、握手やハグをした…

 ハグ=抱きあった…

 私は、それを、目の当たりにして、男というものは、何歳になっても、変わらんな、と、思った…

 まるで、十代や二十代の若者と、いっしょだ(笑)…

 六十歳を過ぎても、美女を目の前にすると、デレデレする…

 政界や財界で、地位も名声も、手にした六十歳以上の有名人でも、同じ…

 無名の若者と、同じだ(爆笑)…

 これは、果たして、笑っていいものだろうか?

 それとも、

 怒っていいものだろうか?

 わからんかった(爆笑)…

 が、

 わかったこともある…

 人間、いかに、頭が良く、地位や名声を得ようと、根本のところは、変わらんということだ…

 東大に入っても、アイドルのファンだった男は、やはり、その40年後に、なって、社会で、成功しても、根は、同じ…

アイドルファン…

 つまり、根っこは、同じ…

 変わらない…

 そういうことだ…

 それを、知れば、私のような庶民は、安心するが、同時に、残念でもある…

 例えば、同じ年の生まれの人間が、百五十万人や二百万人いても、仮に、その中の真ん中に、いる人間も、上から数えて、百番の人間も、同じように、アイドル好きだとする…

 それを知れば、驚くと同時に、なんだか、ガッカリする…

 こんなに、頭の差があっても、同じように、アイドルファンなのか? と、驚愕する…

 そういうことだ(笑)…

 そして、人間というものは、案外、大差が、ないものかもしれん…

 そう思う…

 そう思うのだ…

               
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