第87話
文字数 5,732文字
リンダが、やって来たのは、それから、まもなくだった…
「…お姉さん…今日、これから、お姉さんの家に行っていい?…」
と、いきなり、電話があったのだ…
私は、
「…別にいいが…」
と、だけ、言った…
「…そう…だったら、これから、行くわ…」
と、リンダが、返答した…
よくあることだった…
リンダが、私の家に、遊びに来ることは、ありふれている…
が、
この時期だ…
なにか、あるかも?
とも、思った…
ゲスの勘繰りでは、ないが、思ったのだ…
案の上というか、リンダが、いつもの、ヤンの格好をして、やって来た…
が、
その顔は、晴れやかだった…
いつものように、男装のヤンの格好をしているが、晴れやかだった…
ちょうど、バニラと真逆…
真逆だった…
思えば、今回、最初は、このリンダが、悩んでいた…
アラブにお持ち帰りされるのでは? と、悩んでいたのだ…
これから、クール主催で、開かれる、サウジの王族の主催パーティーで、リンダ・ヘイワースが、ゲストとして、サウジの王族を接待する…
その後、もしかしたら、リンダが、サウジにお持ち帰りされるのでは? と、怯えていたのだ…
なぜなら、サウジの王族である、ファラドが、リンダの熱心なファンだと、聞かされていたからだ…
だから、怖かったのだ…
本当ならば、それほど、怖いのならば、パーティーに出席しなければいいと、思えるかもしれないが、それは、無理…
できなかった…
このパーティーは、サウジの王族の接待ということで、いわば、仕事…
サウジの王族をクールが、接待することで、サウジアラビアで、商売をする、クールが、商売が、有利になるように、仕向ける仕事だった…
ビジネスだった…
そして、なにより、リンダは、私の夫、葉尊の父、葉敬に、世話になっている…
いわば、葉敬の広告塔…
台北筆頭、及び、クールの広告塔だ…
だから、断れなかったのだ…
が、
リンダの悩みは、すべて、杞憂に終わった…
実は、リンダ・ヘイワースのファンは、ファラドではなく、オスマンだった…
小人症で、3歳の幼児にしか、見えないが、本当は、30歳のオスマンだった…
そして、そのオスマンこそ、アラブの至宝と言われる、優れた頭脳の持ち主で、同時に、アラブ世界の実力者だった…
ファラドは、王族の一人であるが、たいした実力もなかった…
ただ、長身でイケメンと、ルックスがいいので、オスマンの代理人という立場で、対外的に、さまざまな交渉を担っているに過ぎなかった…
そして、オスマンの代理人という立場でいるうちに、いつまでも、オスマンの代理人という立場では、飽き足らず、自らが、オスマンに取って代わる立場になろうとした…
いわば、クーデターだ…
そして、それを事前に察知したオスマンが、あのセレブの保育園で、お遊戯大会の名目で、自分の配下を集め、ファラドを、捕まえた…
ファラドのクーデターを、未遂に、終わらせたのだ…
それは、同時に、このリンダが、ファラドの呪縛から、逃れることでも、あった…
もはや、リンダが、サウジにお持ち帰りされる危険が、なくなったのだ…
だから、今日、やって来た、リンダ=ヤンの顔は、晴れやかだった…
悩みが、きれいに、吹き飛んだからだ…
「…いい天気ね…お姉さん…」
リンダが、晴れやかな表情で、言った…
もはや、悩みは、なに一つない様子だった…
私は、なんというか、複雑な気分だった…
リンダが、お持ち帰りされる危険は、なくなった…
だから、素直に、リンダに、
「…よかったな…」
と、声をかけたい…
が、
その代わりといっては、なんだが、今、バニラが、悩んでいる…
娘のマリアが、オスマンに、サウジにお持ち帰りされるのでは? と、悩んでいる…
だから、それを思うと、素直に、リンダに、
「…良かったな…」
と、声をかけれんかった…
「…どうしたの? …お姉さん…柄にもなく、深刻な顔をして…」
リンダ=ヤンが、あっけらかんと、声をかけた…
柄にもなく、などと、言われて、普段なら、リンダに怒るところだが、今日は、そんな気分ではなかった…
どうしても、そんな気分になれなかったのだ…
「…なにか、悩みでも、あるの?…」
ヤン=リンダが、あっけらかんと、聞いた…
私は、
「…あるさ…」
と、言いたかったが、黙っていた…
代わりに、
「…オマエは、幸せそうだな…」
と、言ってやった…
もちろん、嫌みだ…
嫌み以外にない…
が、
それが、私の嫌みか、どうか、わかっているのか、わかっていないのか、リンダ=ヤンが、
「…それは、幸せよ…」
と、あっけらかんと、返答した…
「…なんといっても、サウジにお持ち帰りされる危険は、なくなったんだから…」
「…そうだな…」
私は、返した…
そして、
「…バニラのことは、思わんのか?…」
と、聞いた…
わざと、聞いたのだ…
すると、
「…バニラ? オスマンのこと?…」
と、答えた…
「…そうさ…」
「…お姉さん…頭、大丈夫?…」
「…なんだと? …どういう意味だ?…」
「…あのお芝居の意味が、わからなかったの?…」
「…お芝居だと、どういう意味だ?…」
「…ファラドが、捕まったことよ…」
「…それが、どうして、お芝居なんだ?…」
「…鈍いな…お姉さん?…」
「…鈍いだと?…」
「…あのとき、ファラドは、反撃できたのよ…」
「…反撃できただと?…」
「…そうよ…」
「…一体、どうすれば、反撃できたんだ?…」
「…葉問…」
「…葉問だと?…」
「…あのとき、葉問が、突然、現れて、ファラドを倒したでしょ?…」
…そうだ…
…その通りだ…
が、
あいにく、その場面は、私は、見ていなかった…
「…あのとき、ファラドは、余力があった…だから、あんなにも、呆気なく、葉問に、やられたのは、おかしい…」
「…」
「…それで、調べたの?…」
「…なにを、調べたんだ?…」
「…ファラドとオスマンの関係…」
「…ファラドと、オスマンの関係だと?…」
「…あの二人、兄弟よ…実の兄弟…血の繋がった兄と弟…」
「…なんだと? 兄弟だと?…」
「…ファラドは、王族…オスマンも王族…つまり、王族という意味では、同じ立ち位置…ただ、サウジの王族は、何千人も、いると、言われている…」
「…何千人もいるだと? …」
「…わかりやすい例で、言えば、徳川幕府を考えれば、わかる…単純に、徳川家康の子孫という意味では、時代が経てば、経つほど、子孫が、増える…それと、同じ…」
「…ファラドと、オスマンは、どうなんだ?…」
「…二人とも、現国王の息子…母親が、違うだけ…」
「…なんだと? 母親が違うだけ?…」
これは、驚いた…
いや、
驚くなと言う方が、無理だった…
無理筋だった…
まさか…
まさか、ファラドとオスマンが、実の兄弟だとは?
考えもせんかった…
思いもよらんかった…
私が、あまりの衝撃の事実に、言葉を失って、絶句していると、
「…といっても、近くはない…」
と、リンダ=ヤンが、続けた…
「…近くはない? …どういう意味だ?…」
「…要するに、子だくさん…サウジの国王は、何十人も、奥さんがいて、子供も、いっぱいいる…二人とも、兄弟とは、いえ、それまで、交流が、あったか、どうかも、不明…わからない…日本の、腹違いの兄弟とは、まったく違うから…」
リンダ=ヤンが、説明する…
たしかに、そう言われれば、わかる…
サウジの王宮は、昔の日本の徳川幕府の大奥とは、違うかもしれんが、おそらくは、それを、小さくしたものなのかもしれない…
だから、子供が多くて、しかも、母親が違えば、父親が、同じでも、たいした交流はないのかもしれない…
しかし、
しかし、だ…
そんな情報を、掴んでくるとは…
相変わらずというか、このリンダ=ヤンの実力…
リンダ・ヘイワースの実力を思い知った…
まさに、凄いの一言…
凄いの一言だ…
おおげさに言えば、CIA並み…
CIA=アメリカ情報局並みだ…
リンダ・ヘイワースの持つ、ファンクラブの情報網…
セレブのファンが、持つ、ネットワークがそれを可能にするのだろう…
まさに、恐れ入る…
私は、思った…
「…で、どっちが、上なんだ?…」
「…どっちが上って?…」
「…オスマンとファラドさ…」
「…それは、当然、オスマンが上…ファラドは、弟…」
「…そうか…」
「…でも、この場合は、どっちが、上でも、下でも、関係ない…」
「…関係ないだと?…」
「…そう、関係ない…だって、考えて見て…いくら、血が繋がっていても、それは、ただ、父親が、同じというだけ…たぶん、いっしょに住んだことはないし、それまで、まともに会話したこともないかもしれない…いわば、見ず知らずの他人に近い、感覚…」
「…見ず知らずの他人に近い感覚だと?…」
「…そうよ…でも、それを聞いて、わかった…」
「…なにが、わかったんだ?…」
「…なんで、ファラドが、オスマンに取って代わろうとしたか?…」
「…どういう意味だ?…」
「…だって、自分と同じ立場の人間が、アラブの至宝と呼ばれる陰の実力者なら、自分が、オスマンに取って代わろうと、思っても、不思議はないでしょ?…」
「…」
「…まして、ファラドは、オスマンを身近に見てる…それが、いけなかった…」
「…どういう意味だ?…」
「…たしか、以前も言ったかもしれないけれども、ファラドは、サウジの国王陛下が、オスマンに預けたの…つまりは、オスマンは、ファラドの教育係なわけ…」
「…」
私は、リンダの説明を聞きながら、驚嘆した…
そう説明されれば、わかる…
なんで、ファラドが、オスマンに対して、クーデターを企てかが、わかるのだ…
そして、ふと、気付いた…
リンダが、さっき、言った、
…お芝居…
という言葉を、だ…
アレは、一体、どういう意味なんだ?
いや、
お芝居の意味はわかる…
お芝居=やらせ、だ…
が、
なにが、お芝居だか、わからない…
そういうことだ…
だから、
「…リンダ…いや、ヤン…なにが、お芝居なんだ?…」
と、私は、聞いた…
「…さっき、ファラドと葉問の戦いが、お芝居だと、言っただろ?…」
「…ああ…アレね…要するに、八百長というか…」
「…八百長だと?…」
「…たぶん、片八百長…つまりは、葉問は、わかっていたか、どうか、わからないけれども、ファラドは、まだ戦えるのに、反撃しなかった…だから、私は、どうして、余力があるのに、葉問に反撃しないか、考えたの…それで、ファラドと、オスマンの関係を調べた…」
それを聞いて、さすがというか…
あらためて、このリンダ・ヘイワースの目の付け所を考えた…
やはりというか…
ただ者ではない…
凡人ではない…
ハリウッドのセックス・シンボルと言われるだけある…
いや、
ハリウッドのセックス・シンボルというと、ただの色気を連想するが、そうではない…
セックス・シンボルと呼ばれる姿を演じることが、大切なのだ…
誰もが、いつも、色気を振りまいて、街を歩いているわけではない…
映画や、CMで、リンダ・ヘイワースとして、現れるときは、セックス・アピールを振りまくことが大事なのだ…
それを、リンダ自身が、よくわかっている…
だから、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれるほどの地位を得たのだ…
だから、いかに美人で、色っぽくても、いわゆるお馬鹿さんでは、成功しない…
頭が、良くなくては、成功しない…
そして、この場合の頭の良さとは、いわゆる、学校の偏差値ではない…
要するに、相手が、自分になにを求めているか、瞬時に悟り、その相手が求める姿を、提供するのが、大事なのだ…
それが、できなければ、いくら、偏差値が高い高校や大学を出ていても、社会で、成功しない…
相手が、なにを自分に求めているか、わからない人間は、なにをやっても、ダメ…
成功しない…
身近な例でいえば、どんな場所でも、
「…オレが…オレが…」
「…アタシが…アタシが…」
と、でしゃばる人間がいる…
要するに、自分を通すというか、どんな場面でも、自分が、一番でなければ、気が済まないのだ…
だから、当然、周囲の人間が、疎ましく思い、辟易する…
当然のことながら、そんな人間は、周囲から孤立する…
もっと、簡単な言葉で、いえば、周囲の空気が読めない人間だ…
そして、当然のことながら、これは、偏差値の低い人間=低学歴の人間に多いが、全員が、そうではない…
高学歴の人間でも、必ずいる…
ただし、これは、やはり、少数派…
ごく一部の人間だ…
そして、この場合は、空気を読めないのではなく、読まないのだ…
ありていに、言えば、オレ(アタシ)は、いい大学を出ているから、オマエたちとは、違うと考えて、その通りに行動する…
その結果、
「…オレが…オレが…」
「…アタシが…アタシが…」
と、でしゃばることになる…
つまりは、自分は特別な人間…
選ばれた人間だと、考えるのだ…
だから、これもまた、周囲の人間が、辟易する…
つまり、低学歴のひと、同様、成功しない…
でも、傍から見れば、対人関係が、うまくいかないのは、同じ…
同じだ…
私は、それを思った…
つまり、まわりくどくなったが、リンダが優れていると、言いたいのだ…
そして、その優れているのは、容姿だけではなく、頭の中身もまた優れていると、言いたいのだ…
と、そこまで、考えて、思った…
今日は、一体、なんで、このリンダ=ヤンは、この家にやって来たのだろう?
と、思ったのだ…
だから、
「…リンダ…いや、ヤン…今日は、どうして、この家にやって来たんだ?…」
と、聞いた…
私の質問に、
「…ヤダ…お姉さん…遊びに来ちゃ、ダメなの?…」
と、真顔で、聞いた…
「…いや、そういうわけではないが…」
私が、答えると、
「…冗談よ…冗談…」
と、リンダ=ヤンが、笑った…
それから、
「…お姉さん…ファラドに会いたくない?…」
と、いきなり、言った…
「…お姉さん…今日、これから、お姉さんの家に行っていい?…」
と、いきなり、電話があったのだ…
私は、
「…別にいいが…」
と、だけ、言った…
「…そう…だったら、これから、行くわ…」
と、リンダが、返答した…
よくあることだった…
リンダが、私の家に、遊びに来ることは、ありふれている…
が、
この時期だ…
なにか、あるかも?
とも、思った…
ゲスの勘繰りでは、ないが、思ったのだ…
案の上というか、リンダが、いつもの、ヤンの格好をして、やって来た…
が、
その顔は、晴れやかだった…
いつものように、男装のヤンの格好をしているが、晴れやかだった…
ちょうど、バニラと真逆…
真逆だった…
思えば、今回、最初は、このリンダが、悩んでいた…
アラブにお持ち帰りされるのでは? と、悩んでいたのだ…
これから、クール主催で、開かれる、サウジの王族の主催パーティーで、リンダ・ヘイワースが、ゲストとして、サウジの王族を接待する…
その後、もしかしたら、リンダが、サウジにお持ち帰りされるのでは? と、怯えていたのだ…
なぜなら、サウジの王族である、ファラドが、リンダの熱心なファンだと、聞かされていたからだ…
だから、怖かったのだ…
本当ならば、それほど、怖いのならば、パーティーに出席しなければいいと、思えるかもしれないが、それは、無理…
できなかった…
このパーティーは、サウジの王族の接待ということで、いわば、仕事…
サウジの王族をクールが、接待することで、サウジアラビアで、商売をする、クールが、商売が、有利になるように、仕向ける仕事だった…
ビジネスだった…
そして、なにより、リンダは、私の夫、葉尊の父、葉敬に、世話になっている…
いわば、葉敬の広告塔…
台北筆頭、及び、クールの広告塔だ…
だから、断れなかったのだ…
が、
リンダの悩みは、すべて、杞憂に終わった…
実は、リンダ・ヘイワースのファンは、ファラドではなく、オスマンだった…
小人症で、3歳の幼児にしか、見えないが、本当は、30歳のオスマンだった…
そして、そのオスマンこそ、アラブの至宝と言われる、優れた頭脳の持ち主で、同時に、アラブ世界の実力者だった…
ファラドは、王族の一人であるが、たいした実力もなかった…
ただ、長身でイケメンと、ルックスがいいので、オスマンの代理人という立場で、対外的に、さまざまな交渉を担っているに過ぎなかった…
そして、オスマンの代理人という立場でいるうちに、いつまでも、オスマンの代理人という立場では、飽き足らず、自らが、オスマンに取って代わる立場になろうとした…
いわば、クーデターだ…
そして、それを事前に察知したオスマンが、あのセレブの保育園で、お遊戯大会の名目で、自分の配下を集め、ファラドを、捕まえた…
ファラドのクーデターを、未遂に、終わらせたのだ…
それは、同時に、このリンダが、ファラドの呪縛から、逃れることでも、あった…
もはや、リンダが、サウジにお持ち帰りされる危険が、なくなったのだ…
だから、今日、やって来た、リンダ=ヤンの顔は、晴れやかだった…
悩みが、きれいに、吹き飛んだからだ…
「…いい天気ね…お姉さん…」
リンダが、晴れやかな表情で、言った…
もはや、悩みは、なに一つない様子だった…
私は、なんというか、複雑な気分だった…
リンダが、お持ち帰りされる危険は、なくなった…
だから、素直に、リンダに、
「…よかったな…」
と、声をかけたい…
が、
その代わりといっては、なんだが、今、バニラが、悩んでいる…
娘のマリアが、オスマンに、サウジにお持ち帰りされるのでは? と、悩んでいる…
だから、それを思うと、素直に、リンダに、
「…良かったな…」
と、声をかけれんかった…
「…どうしたの? …お姉さん…柄にもなく、深刻な顔をして…」
リンダ=ヤンが、あっけらかんと、声をかけた…
柄にもなく、などと、言われて、普段なら、リンダに怒るところだが、今日は、そんな気分ではなかった…
どうしても、そんな気分になれなかったのだ…
「…なにか、悩みでも、あるの?…」
ヤン=リンダが、あっけらかんと、聞いた…
私は、
「…あるさ…」
と、言いたかったが、黙っていた…
代わりに、
「…オマエは、幸せそうだな…」
と、言ってやった…
もちろん、嫌みだ…
嫌み以外にない…
が、
それが、私の嫌みか、どうか、わかっているのか、わかっていないのか、リンダ=ヤンが、
「…それは、幸せよ…」
と、あっけらかんと、返答した…
「…なんといっても、サウジにお持ち帰りされる危険は、なくなったんだから…」
「…そうだな…」
私は、返した…
そして、
「…バニラのことは、思わんのか?…」
と、聞いた…
わざと、聞いたのだ…
すると、
「…バニラ? オスマンのこと?…」
と、答えた…
「…そうさ…」
「…お姉さん…頭、大丈夫?…」
「…なんだと? …どういう意味だ?…」
「…あのお芝居の意味が、わからなかったの?…」
「…お芝居だと、どういう意味だ?…」
「…ファラドが、捕まったことよ…」
「…それが、どうして、お芝居なんだ?…」
「…鈍いな…お姉さん?…」
「…鈍いだと?…」
「…あのとき、ファラドは、反撃できたのよ…」
「…反撃できただと?…」
「…そうよ…」
「…一体、どうすれば、反撃できたんだ?…」
「…葉問…」
「…葉問だと?…」
「…あのとき、葉問が、突然、現れて、ファラドを倒したでしょ?…」
…そうだ…
…その通りだ…
が、
あいにく、その場面は、私は、見ていなかった…
「…あのとき、ファラドは、余力があった…だから、あんなにも、呆気なく、葉問に、やられたのは、おかしい…」
「…」
「…それで、調べたの?…」
「…なにを、調べたんだ?…」
「…ファラドとオスマンの関係…」
「…ファラドと、オスマンの関係だと?…」
「…あの二人、兄弟よ…実の兄弟…血の繋がった兄と弟…」
「…なんだと? 兄弟だと?…」
「…ファラドは、王族…オスマンも王族…つまり、王族という意味では、同じ立ち位置…ただ、サウジの王族は、何千人も、いると、言われている…」
「…何千人もいるだと? …」
「…わかりやすい例で、言えば、徳川幕府を考えれば、わかる…単純に、徳川家康の子孫という意味では、時代が経てば、経つほど、子孫が、増える…それと、同じ…」
「…ファラドと、オスマンは、どうなんだ?…」
「…二人とも、現国王の息子…母親が、違うだけ…」
「…なんだと? 母親が違うだけ?…」
これは、驚いた…
いや、
驚くなと言う方が、無理だった…
無理筋だった…
まさか…
まさか、ファラドとオスマンが、実の兄弟だとは?
考えもせんかった…
思いもよらんかった…
私が、あまりの衝撃の事実に、言葉を失って、絶句していると、
「…といっても、近くはない…」
と、リンダ=ヤンが、続けた…
「…近くはない? …どういう意味だ?…」
「…要するに、子だくさん…サウジの国王は、何十人も、奥さんがいて、子供も、いっぱいいる…二人とも、兄弟とは、いえ、それまで、交流が、あったか、どうかも、不明…わからない…日本の、腹違いの兄弟とは、まったく違うから…」
リンダ=ヤンが、説明する…
たしかに、そう言われれば、わかる…
サウジの王宮は、昔の日本の徳川幕府の大奥とは、違うかもしれんが、おそらくは、それを、小さくしたものなのかもしれない…
だから、子供が多くて、しかも、母親が違えば、父親が、同じでも、たいした交流はないのかもしれない…
しかし、
しかし、だ…
そんな情報を、掴んでくるとは…
相変わらずというか、このリンダ=ヤンの実力…
リンダ・ヘイワースの実力を思い知った…
まさに、凄いの一言…
凄いの一言だ…
おおげさに言えば、CIA並み…
CIA=アメリカ情報局並みだ…
リンダ・ヘイワースの持つ、ファンクラブの情報網…
セレブのファンが、持つ、ネットワークがそれを可能にするのだろう…
まさに、恐れ入る…
私は、思った…
「…で、どっちが、上なんだ?…」
「…どっちが上って?…」
「…オスマンとファラドさ…」
「…それは、当然、オスマンが上…ファラドは、弟…」
「…そうか…」
「…でも、この場合は、どっちが、上でも、下でも、関係ない…」
「…関係ないだと?…」
「…そう、関係ない…だって、考えて見て…いくら、血が繋がっていても、それは、ただ、父親が、同じというだけ…たぶん、いっしょに住んだことはないし、それまで、まともに会話したこともないかもしれない…いわば、見ず知らずの他人に近い、感覚…」
「…見ず知らずの他人に近い感覚だと?…」
「…そうよ…でも、それを聞いて、わかった…」
「…なにが、わかったんだ?…」
「…なんで、ファラドが、オスマンに取って代わろうとしたか?…」
「…どういう意味だ?…」
「…だって、自分と同じ立場の人間が、アラブの至宝と呼ばれる陰の実力者なら、自分が、オスマンに取って代わろうと、思っても、不思議はないでしょ?…」
「…」
「…まして、ファラドは、オスマンを身近に見てる…それが、いけなかった…」
「…どういう意味だ?…」
「…たしか、以前も言ったかもしれないけれども、ファラドは、サウジの国王陛下が、オスマンに預けたの…つまりは、オスマンは、ファラドの教育係なわけ…」
「…」
私は、リンダの説明を聞きながら、驚嘆した…
そう説明されれば、わかる…
なんで、ファラドが、オスマンに対して、クーデターを企てかが、わかるのだ…
そして、ふと、気付いた…
リンダが、さっき、言った、
…お芝居…
という言葉を、だ…
アレは、一体、どういう意味なんだ?
いや、
お芝居の意味はわかる…
お芝居=やらせ、だ…
が、
なにが、お芝居だか、わからない…
そういうことだ…
だから、
「…リンダ…いや、ヤン…なにが、お芝居なんだ?…」
と、私は、聞いた…
「…さっき、ファラドと葉問の戦いが、お芝居だと、言っただろ?…」
「…ああ…アレね…要するに、八百長というか…」
「…八百長だと?…」
「…たぶん、片八百長…つまりは、葉問は、わかっていたか、どうか、わからないけれども、ファラドは、まだ戦えるのに、反撃しなかった…だから、私は、どうして、余力があるのに、葉問に反撃しないか、考えたの…それで、ファラドと、オスマンの関係を調べた…」
それを聞いて、さすがというか…
あらためて、このリンダ・ヘイワースの目の付け所を考えた…
やはりというか…
ただ者ではない…
凡人ではない…
ハリウッドのセックス・シンボルと言われるだけある…
いや、
ハリウッドのセックス・シンボルというと、ただの色気を連想するが、そうではない…
セックス・シンボルと呼ばれる姿を演じることが、大切なのだ…
誰もが、いつも、色気を振りまいて、街を歩いているわけではない…
映画や、CMで、リンダ・ヘイワースとして、現れるときは、セックス・アピールを振りまくことが大事なのだ…
それを、リンダ自身が、よくわかっている…
だから、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれるほどの地位を得たのだ…
だから、いかに美人で、色っぽくても、いわゆるお馬鹿さんでは、成功しない…
頭が、良くなくては、成功しない…
そして、この場合の頭の良さとは、いわゆる、学校の偏差値ではない…
要するに、相手が、自分になにを求めているか、瞬時に悟り、その相手が求める姿を、提供するのが、大事なのだ…
それが、できなければ、いくら、偏差値が高い高校や大学を出ていても、社会で、成功しない…
相手が、なにを自分に求めているか、わからない人間は、なにをやっても、ダメ…
成功しない…
身近な例でいえば、どんな場所でも、
「…オレが…オレが…」
「…アタシが…アタシが…」
と、でしゃばる人間がいる…
要するに、自分を通すというか、どんな場面でも、自分が、一番でなければ、気が済まないのだ…
だから、当然、周囲の人間が、疎ましく思い、辟易する…
当然のことながら、そんな人間は、周囲から孤立する…
もっと、簡単な言葉で、いえば、周囲の空気が読めない人間だ…
そして、当然のことながら、これは、偏差値の低い人間=低学歴の人間に多いが、全員が、そうではない…
高学歴の人間でも、必ずいる…
ただし、これは、やはり、少数派…
ごく一部の人間だ…
そして、この場合は、空気を読めないのではなく、読まないのだ…
ありていに、言えば、オレ(アタシ)は、いい大学を出ているから、オマエたちとは、違うと考えて、その通りに行動する…
その結果、
「…オレが…オレが…」
「…アタシが…アタシが…」
と、でしゃばることになる…
つまりは、自分は特別な人間…
選ばれた人間だと、考えるのだ…
だから、これもまた、周囲の人間が、辟易する…
つまり、低学歴のひと、同様、成功しない…
でも、傍から見れば、対人関係が、うまくいかないのは、同じ…
同じだ…
私は、それを思った…
つまり、まわりくどくなったが、リンダが優れていると、言いたいのだ…
そして、その優れているのは、容姿だけではなく、頭の中身もまた優れていると、言いたいのだ…
と、そこまで、考えて、思った…
今日は、一体、なんで、このリンダ=ヤンは、この家にやって来たのだろう?
と、思ったのだ…
だから、
「…リンダ…いや、ヤン…今日は、どうして、この家にやって来たんだ?…」
と、聞いた…
私の質問に、
「…ヤダ…お姉さん…遊びに来ちゃ、ダメなの?…」
と、真顔で、聞いた…
「…いや、そういうわけではないが…」
私が、答えると、
「…冗談よ…冗談…」
と、リンダ=ヤンが、笑った…
それから、
「…お姉さん…ファラドに会いたくない?…」
と、いきなり、言った…