第145話

文字数 3,980文字

 「…やはり、それが、目的か?…」

 オスマンが、言った…

 忌々しく言った…

 が、

 リンダは、それを否定した…

 「…たぶん、そんなことは、ない…」

 「…どうして、わかる?…」

 「…葉問にとって、大事なのは、お姉さん…このお姉さんを守ること…」

 その言葉で、オスマンは、私を見た…

 「…葉問に、とって、このお姉さんを守ることが、一番大事…後は、すべて、どうでも、いいことよ…」

 その言葉で、オスマンは、さらに、しげしげと、私を見た…

 この身長159㎝の六頭身で、巨乳の童顔の私を見た…

 そして、ただ、

 「…なるほど…」

 と、一言いった…

 言ったのだ…

 「…そう言えば、リンダ…オマエは、あの葉問は、このお姉さんの白馬の騎士だと言っていたな…すっかり、忘れていた…」

 「…そういうこと…」

 リンダが、我が意を得たりと、ばかりに、微笑んだ…

 「…葉問は、このお姉さんの白馬の騎士…このお姉さんが、危機に陥れば、どんな場所にも、現れる…どんな危険な場所にも、現れる…まさに、白馬の騎士ね…」

 「…あの男が?…そこまで?…」

 イケメンのオスマンが、驚いた…

 が、

 リンダは、冷静だった…

 「…別に、驚くほどのことじゃないわ…」

 「…どうして、驚くほどのことじゃないんだ?…」

 と、オスマン。

 「…バカね…身近に同じ人間が、いるじゃない?…」

 と、言って、リンダが、笑った…

 そして、リンダは、ある人物を見た…

 ファラドだった…

 小人症のファラドだった…

 「…兄貴?…」

 当惑して、オスマンが、呟いた…

 「…そう…お兄さん…きっと、葉問と同じく、マリアになにかあれば、お兄さんは、死に物狂いで、マリアを助け出そうとする…」

 「…」

 「…ただ、カラダが、小さいから、腕力ではなく、知力…きっと、頭脳を巡らせて、マリアを救おうとするでしょ?…」

 「…」

 「…ひとには、誰にも、得手不得手がある…葉問は、腕力…お兄さんは、知力で、自分の愛する者を、全力で、守ろうとする…その違い…」

 リンダが、静かに、言った…

 すると、間髪入れずに、

 「…たしかに…」

 と、オスマンが、苦笑した…

 「…兄貴が、これほど、女に夢中になった姿は、見たこともない…たしかに、このマリアという女のコになにか、あれば、兄貴は、死に物狂いで、助けようとするだろう…ひょっとすると、サウジの軍隊を動かして、救おうとしても、おかしくはない…」

 オスマンが、笑う…

 その言葉を耳にして、目の前のファラドの顔が、赤くなった…

 文字通り、真っ赤に、なった…

 そして、

 「…いくらなんでも、軍隊までは…」

 と、小さく抗弁した…

 が、

 「…やるよ…兄貴は…」

 と、オスマンが、言った…

 「…それほど、惚れてる…」

 オスマンが、断言した…

 すると、今度は、もう、ファラドは、

 「…」

 と、なにも、言わなくなった…

 ただ、なにも、言わぬまま、真っ赤になって、下を向いていた…

 代わりに、隣に、いた、マリアが、

 「…なに、それ?…」

 と、強気に、言った…

 「…私になにか、あったら、オスマンが、助けてくれるかってこと?…」

 マリアが、強気に、言う…

 「…そうだ…」

 イケメンの本物のオスマンが、答えた…

 「…助けるに、決まってるでしょ?…」

 マリアが、強気に、断言する。

 「…私は、毎日、このオスマンを、この保育園で、面倒を見て、あげてるの…そんな私に、なにか、危険なことがあれば、オスマンは、私を助けなきゃ、ダメ! …」

 マリアが、力を込めた…

 「…それが、できなきゃ、人間として、終わってる…」

 マリアが、言った…

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 まさか、マリアが、これほどのことを、言うとは、思わんかった…

 唖然として、マリアを見た…

 すると、そのマリアの姿は、この矢田と同じだった…

 3歳ながら、両腕を、組み、足を広げて、威厳を出していた…

 ハッキリ言えば、偉そうにしていた(笑)…

 顔もそうだ…

 子供ながら、鼻の穴を広げて、イキッていた…

 私は、信じられんかった…

 まさに、まさか、だ…

 まさに、まさか、マリアが、ここまで、このファラドに対して、大きな態度を取るとは、思わんかった…

 なんといっても、ファラドは、王族…

 サウジの王族だ…

 なにより、力がある…

 今、弟のオスマンが、言ったように、ファラドが、その気になれば、サウジの軍隊を動かすことが、できるかも、しれんのだ…

 それほどの大物だった…

 それほどの重要人物だったのだ…

 それほどの人物に対して、このマリアは、どこまでも、上から目線…

 やはり、何事も、限度というものがある…

 やはり、何事も、やってはいけない限度というものがある…

 だから、

 「…マリア…」

 と、私は、小さな声で、言った…

 「…なに? …矢田ちゃん?…」

 「…あまり、大きなことは、言わない方が、いいさ…」

 「…大きなことって、なに?…」

 「…この殿下のことさ?…」

 「…殿下って、誰?…」

 「…だから…その…」

 私が、言い淀んでいると、

 「…いいんです…矢田さん…」

 と、ファラドが、言った…

 「…ボクは、なにも、気にしてません…」

 「…でも…」

 私が、言い淀んでいると、

 「…矢田さん…」

 と、ファラドが、続けた…

 「…ボクが、どうして、この保育園にいるか、わかりますか?…」

 「…それは、身を隠すために…」

 「…それも、あります…ですが、それだけでは、ありません…」

 「…それだけじゃない?…」

 「…ここでは、皆、ボクを特別扱いしない…」

 「…特別扱いしない?…」

 「…ハイ…」

 「…でも、それは…」

 「…矢田さんが、言いたいのは、わかります…ボクは、この通り小人症ですし、外見は、3歳の幼児そのものです…ですが、サウジの王族でもある…だから、周囲が、気を遣う…小人症であることで、周囲の人間が、同情することも、あるし、憐れむことも、あります…また、真逆に、王族で、あることで、周囲の人間が、一目置くこともある…」

 「…」

 「…ですが、この保育園では、そんな配慮が一切ない…誰も、ボクに気を遣わない…ボクは、あくまで、3歳の子供…そして、それが、嬉しい…」

 「…嬉しい?…」

 「…そうです…ボクの生まれも、このカラダも、なにも配慮しない…全員が、平等…だから、いい…」

 「…でも、殿下…殿下は、この保育園で、人間関係が、うまくいかないのでは…」

 まさか、殿下が、この保育園で、ハブられているとは、言えんかった…

 ハブられる=仲間外れにされてるとは、言えんかったのだ…

 「…そのおかげで、マリアが、ボクの面倒を見てくれることになった…」

 ファラドが、笑った…

 「…まさに、僥倖(ぎょうこう)というか…災い転じて福となすとでもいうか…」

 「…」

 「…結果的に、マリアが、ボクの面倒を見てくれることになりました…それで、いいと思います…」

 ファラドが、言った…

 実に、嬉しそうに言った…

 私は、そんなファラドの顔を見ると、なにも、言えんかった…

 これ以上、なにも、言えんかった…

 たしかに、ファラドは、サウジでは、特別扱いだったろう…

 小人症で、生まれたおかげで、散々、嫌な目にも、遭っただろう…

 同時に、王族に生まれたことで、余人には、なしえない恩恵も、受けたに違いない…

 簡単に、言えば、なにもかも、特別扱い…

 が、

 本人は、それが、窮屈だったのかもしれない…

 他人に、配慮されるのが、嫌だったのかもしれない…

 それが、この保育園では、一切ない…

 それが、魅力だったのかも、しれない…

 自らの優遇措置はなくなるが、それが、心地よかったのかも、しれない…

 誰でも、そうだが、何事も、経験して、みなければ、わからない…

 このファラドのように、特別な地位に生まれたことで、夢のような生活を享受できるかも、しれんが、同時に、それが、窮屈に感じられるのも、わかる…

 想像できる…

 だから、平凡な生活に憧れる…

 ファラドは、小人症だが、それは、この際、考えないことにしても、窮屈な王族としての生活ではなく、一般の生活に憧れるのだろう…

 これは、誰にも、わかる…

 この矢田トモコにも、わかる…

 が、

 かといって、一生、平凡な生活では、また堪ったものではないだろう…

 やはり、権力の魔力というか…

 やはり、金の魔力というか…

 その魔力は、捨てがたいからだ…

 だから、このファラドのように、一時だけ、こんな生活を送るのは、いいに違いない…

 あくまで、一時だけ、こんな平凡な生活を送るのは、いいに違いない…

 もちろん、これが、一生では、困る…

 だから、例えば、夏の間、軽井沢のような避暑地の別荘に、移って、過ごす…

 ハッキリ言えば、そんな感じだ…

 そんな感じがいい…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 と、考えたときだった…

 「…兄貴…台北筆頭の買収は…」

 と、突然、オスマンが、切り出した…

 さっき、リンダが、言った、このオスマンが、葉問に救ってもらった礼に、言ったのだ…

 が、

 途端に、ファラドの顔色が、変わった…

 子供ながら、明らかに、その顔が、不機嫌そうに、変わった…

 まるで、それまでとは、別人だった…

 そして、その変化を見て、初めて、私は、このファラドという小人症の皇子が、なぜ、アラブの至宝と呼ばれるほどの人物なのかと、気付いた…

 自分の好きな女の父親の会社でも、自らの目的のためなら、平然と、買収する冷酷な人物だと、気付いた…

 また、

 それより、なにより、威厳があった…

 この目の前の小人症の皇子は、これまでの、ファラドではなかった…

 外見が、3歳の幼児では、なかった…

 なかったのだ…

 そこには、誰の目にも、明らかに、アラブの至宝と呼ばれる人物の姿があった…

                  
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み