第186話

文字数 4,261文字

 「…持ち上げすぎでは?…」

 私は、葉敬に、言った…

 いくらなんでも、私を持ち上げすぎでは?
と、思ったのだ…

 「…そんなことは、ありません…」

 葉敬は、穏やかに、反論した…

 「…誰でも、自分の能力は、自分では、わからないものです…」

 「…能力?…」

 「…ハイ…才能と、言い換えても、いい…」

 「…」

 「…どんな人間も、自分のことは、わからない…いわゆる、自己評価は、他人が、する評価よりも、高いのが、普通です…」

 「…」

 「…でも、お姉さんは、違う…」

 「…違う? …どう違うんですか?…」

 「…自己評価が低い…」

 「…エッ?…」

 思わず、私は、声を上げた…

 …そんなバカな?…

 私は、結構、自己評価が、高い女だと、思っているが(苦笑)…

 そうは、見えんのか?

 考えた…

 が、

 「…これは、驚くべきことです…」

 と、葉敬が、私を褒めた…

 「…私は、お姉さんのような人間は、見たことが、ありません…」

 葉敬が、私を激賞する…

 もはや、私は、なんて、言っていいか、わからんかった…

 わからんかったのだ…

 だから、

 「…」

 と、なにも、言わんかった…

 黙って、パーティー会場を眺めた…

 葉問や、リンダやバニラを眺めた…

 すると、葉敬も、それ以上、なにも、言わんかった…

 それ以上、私を持ち上げることは、せんかった…

 さすがに、持ち上げすぎ…

 お世辞が、過ぎると、思ったのかも、しれん…

 私は、そう思った…

 そう、思ったのだ…

 
 宴(うたげ)は、まもなく、終わった…

 リンダと、バニラの即席の握手会や、即席の撮影会が、終了し、葉問の、このパーティーに出席した、モデルの美女のお姉さんたちの機嫌を、取ることも、終わった…

 つまりは、このパーティーが、ほぼ終了したのだ…

 このパーティーの目的は、何度も、言うように、葉敬の人脈作り…

 台湾の大物財界人である、葉敬が、日本で、活動する上での、人脈作りだった…

 なにしろ、葉敬の会社、台北筆頭は、日本の総合電機メーカー、クールを買収した…

 そして、葉敬は、息子の葉尊を、クールのCEОにして、日本に送り込んだ…

 だから、葉敬は、ともかく、息子の葉尊は、活動の主役が、日本になる…

 だから、そのためのバックアップというか…

 葉尊が、日本で、活動するためにも、葉敬が、日本で、今回のように、政界、財界のお偉いさんを招いて、人脈作りをする必要が、あった…

 なにしろ、葉尊は、29歳と、若い…

 まだ、29歳と若い葉尊に、日本の大物の政界人や、財界人との人脈を作るのは、不可能だからだ…

 これが、例えば、芸能人や、野球選手ならば、問題は、ない…

 同年代の友人を作れば、人脈が、広がる…

 が、

 ビジネスの世界は、違う…

 当たり前のことだ…

 芸能界や、野球界で、人脈を広げるのは、大抵は、同じ世代であり、ある意味、友達作りと、同じだ…

 が、

 ビジネスは、違う…

 葉尊の父親や祖父のような年齢の人間とも、付き合わなければ、ならない…

 つまりは、友達作りでは、ないということだ…

 だから、若い葉尊では、年齢的に無理…

 できない…

 だから、父親の葉敬がサポートすることになる…

 当たり前のことだった…

 私は、そんなことを、考えながら、このパーティーを、無言で、見ていた…

 ホントは、私と葉尊の結婚半年を祝福して、パーティーを開いたにも、かかわらず、パーティー会場の片隅で、ひとり、見ていた…

 すでに、さっきまで、隣にいた葉敬は、リンダとバニラの即席の握手会や撮影会が、ほぼ終了したのを、見て、このパーティーに出席した大物の政界人や財界人に歩み寄って、グラスを片手に、談笑していたからだ…

 その光景を見て、

 実は、なんというか…

 内心、少々複雑だった…

 いくら、名目とはいえ、このパーティーは、この矢田と葉尊の結婚半年を記念して、開かれたもの…

 にも、かかわらず、本来主役である、この私が、クローズアップされることは、なかった(涙)…

 だから、少々不満だった…

 が、

 同時に、ホッとした…

 私は、元々目立ちたがりでも、なんでもない人間だが、なぜか、いつも目立ったからだ(笑)…

 実は、私は、それが、嫌だった…

 苦痛だった…

 だから、ホントは、今日の、このパーティーの主役だったが、誰にも、相手にされない…

 そんな今、現在の立ち位置も、十分納得のできることだったからだ…

 ハッキリ言えば、このパーティー会場で、目立ちたくなかったからだ(笑)…

 が、

 それも、束の間だった…

 私が、パーティー会場の隅に、一人で、ひっそりといると、突然、誰かから、肩を叩かれた…

 私は、慌てて、肩を叩いた人物を見た…

 そこには、私のそっくりさん…

 あの矢口のお嬢様…

 あの矢口トモコの顔があった…

 「…お…お嬢様?…」

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 これまで、一体、どこに、行っていたのだろうか?

 謎だった…

 疑問だった…

 だから、開口一番、

 「…お嬢様…これまで、どこに?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられんかった…

 「…うん? …まあな…」

 矢口のお嬢様は、私同様の大きな口を開けて、曖昧に、言葉を濁した…

 が、

 わずかに、にんまりとして、笑っていた…

 私は、それを見逃さなかった…

 だから、舌鋒鋭く、追及した…

 「…お嬢様…隠さないで、下さい…」

 私は、強く言った…

 すると、だ…

 「…受付だ…矢田…」

 お嬢様が、ニヤリとした…

 「…受付? …なんで、受付なんですか?…」

 「…いや、このパーティーに、どんな政界や財界のお偉いさんが、来ているのか、知りたくてな…」

 お嬢様が、告げた…

 私は、とっさに、このお嬢様の目的がわかった…

 一体、なんのために、このパーティー会場に、私と連れ立ってきたか、その目的が、わかった…

 要するに、このパーティー会場の出席者の面子が知りたかったのだ…

 おそらくは、この矢口のお嬢様…

 この矢口トモコは、私同様、こんな派手なパーティーが、苦手に、違いなかった…

 いや、

 以前、たしか、このお嬢様は、人間関係が、苦手と、聞いた…

 たしかに、聞いた…

 が、

 たぶん、それは、それ(笑)…

これは、これ(笑)…

 なにしろ、このお嬢様は、スーパージャパンの社長…

 だから、人間関係が、苦手だ、なんだと、言ってられない…

 だから、きっと、とりあえず、このパーティーには、出席しなくても、どんな人間が、このパーティーに出席したか、知りたかったに違いない…

 私は、そう、見た…

 私は、そう、睨んだ…

 私は、そう思いながら、この矢口のお嬢様を見た…

 すると、だ…

 お嬢様は、ジッと、ある一点を見ていた…

 私は、そのお嬢様の視線の先を見た…

 リンダとバニラだった…

 二人の美女を、視線の先に、捉えながら、賢明な私は、お嬢様の意図を、すばやく、見抜いた…

 そういうことか?

 私は、いち早く答えを見つけた…

 おそらくは、このお嬢様…

 誰が、リンダやバニラの即席の握手会や、撮影会に参加したのか、確かめたかったに違いない…

 なぜなら、それが、今日、このパーティーに出席した、政界、財界のお偉いさんの弱点になるからだ…

 軽く、60歳は、超えた、老人たちが、ハリウッドのセックス・シンボルである、リンダ・ヘイワースや、トップモデルのバニラ・ルインスキーに熱狂して、握手や撮影をする…

 それは、ハッキリ言えば、誰にも、見られたくない姿…

 変な話、一昔前であれば、ビデオ屋で、アダルトビデオを借りるような恥ずかしさがあるからだ(笑)…

 このパーティー会場で、リンダやバニラの姿を目の当たりにして、デレデレする姿を、会社や、家族に、知られるわけには、いかない…

 それでは、威厳もへったくれも、ないからだ(爆笑)…

 きっと、お嬢様は、この光景を目の当たりにして、リンダやバニラと並んで、写真を撮った、政界や、財界のお偉いさんに、後日、会ったとき、

 「…いや、あのときは、驚きました…」

 とか、なんとか、言って、今日、見た出来事を、伝えるに違いなかった…

 要するに、相手の痛いところを突くのだ(笑)…

 その結果、相手に、よっては、仕方がなく、このお嬢様の要求に応じる輩(やから)も、出て来るに違いない…

 いわば、脅迫に近いが、このお嬢様のことだ…

 ときと、場合によっては、躊躇なく、そう行動するだろう…

 なぜ、私が、自信を持って、そう言えるか?

 それは、この矢田トモコなら、そうするからだ(笑)…

 そして、この矢口のお嬢様は、この矢田トモコと、同じような思考形態をしているからだ…

 だから、同じように、行動する…

 実は、この矢田と、矢口のお嬢様…

 外見だけではない…

 行動も、思考形態も、似ていた…

 同じように、考え、同じように、行動する…

 まるで、同一人物のようだった(笑)…

 だから、わかるのだ…

 「…お嬢様…」

 「…なんだ、矢田?…」

 「…このパーティーの招待状は、届いたんでしょ?…」

 「…当たり前だ…以前、オマエと葉尊さんと、いっしょに、会ったじゃないか?…アタシと葉尊社長は、知り合いだ…」

 …そうだ…

 …それを、すっかり、忘れていた…

 このお嬢様のことは、葉尊も、知っている…

 …だから、このお嬢様に、葉尊が、招待状を出さないわけがなかった…

 だから、このお嬢様は、この矢田といっしょに、この帝国ホテルに、入った…

 が、

 このお嬢様の狙いは、このパーティー会場の招待者…

 誰が、このパーティーにやって来るか? だった…

 だから、会場にいては、誰が、やって来たかは、わからない…

 知っている顔も、あれば、知らない顔もあるからだ…

 お嬢様が、政界や財界の人間を、どれほど、知っているのかは、わからない…

 いや、

 お嬢様に、限らず、誰もが、このパーティーに出席した人間が、どんな地位の人間か、全員、知っている者は、いないだろう…

 だから、とりあえずは、受付に、行くのが、一番いい…

 受付の元に、行き、受付の人間と仲良くなり、どんな人間が、このパーティーにやって来たか、教えてもらえばいい…

 だから、あのとき、この矢口のお嬢様は、消えた…

 この矢田トモコの前から、消えて、ひとり、受付に、向かったのだと、思った…

 それを、思えば、相変わらず、食えない女というか…

 抜け目のない女だった(苦笑)…

 が、

 それこそが、この矢口のお嬢様だった…

 この矢田トモコ、生涯の宿敵、矢口トモコだったのだ(笑)…

               
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