第49話
文字数 6,734文字
「…正直、わけが、わからんかったゾ…」
家に帰った私は、その日の午後、バニラに電話で、報告した…
「…オマエに頼まれて、マリアをイジメているという子供を見に行ったら、ファラドが、出てくるとは、思わんかったゾ…ファラドは、まだ来日していないはずさ…それが…」
「…」
「…まさに、まさかさ…私は、焦って、どうしていいか、わからんかったゾ…」
私は、バニラに告げた…
告げたのだ…
が、
バニラの反応はなかった…
なかったのだ…
「…あの…お姉さん…」
「…なんだ?…」
「…マリアをイジメているという子供は…」
「…オスマンか?…」
「…オスマン?…」
「…なんだか、わからんが、殿下とか、呼ばれて、ファラドにかしずかれていたゾ…」
「…殿下?…」
「…子供ながらに、イケメンのガキだ…まるで、ファラドを自分の臣下のように、扱っていたゾ…」
「…臣下?…」
「…部下のことだ…そのオスマンが、上から目線で、アレコレ言うものだから、マリアが怒ってな…」
「…マリアが?…」
「…そうさ…オスマンは、いつも誰にでも、上から目線だから、嫌われるんだと、マリアが、指摘してな…そのオスマンと言い争いになったのさ…」
「…言い争いに?…」
「…が、アレは、イジメというより、ケンカという感じだったゾ…」
「…ケンカ?…」
「…そうさ…お互いが、お互いを気に入らないというやつだ…誰にも、そんなやつが、一人や二人いるものさ…」
言いながら、それは、まさに、バニラに当てはまると思った…
私にとっては、バニラ…
まさに、オマエだ…
しかし、そのオマエに対して、こんなことを言うとは…
まさに、世の中、どうなるか、わからん…
そんな典型のような気がした(笑)…
「…まあ…バニラ…そんなに、心配するな…私の見る限り、マリアは、オスマンに負けてはいないさ…」
「…負けてない?…」
「…そうさ…口は互角…それに、マリアは母親のオマエ同様、カラダが大きいから、とっくみあいになっても、きっと、オスマンには、負けないゾ…」
「…お姉さん…そんな…」
私は、バニラの言葉を聞きながら、もう一つの可能性に気付いた…
「…ひょっとしてだゾ…バニラ…」
「…なにが、ひょっとしてなんですか?…」
「…あのオスマンは、マリアが好きなんじゃないか?…」
「…マリアが好き? …お姉さん、どうして、そういう話に…」
「…マリアは、オマエ同様、子供ながら、美人だ…オスマンは男…子供でも、男だ…だから、美人に目がないのかもしれん…」
「…」
「…だから、わざと、マリアにちょっかいを出している可能性もある…」
「…だったら、いいんですが…」
バニラが、ちょっとばかり、ホッとしたような様子だった…
それは、電話の向こう側にいるにも、かかわらず、わかった…
「…いずれにしろ、大丈夫とは、言えんが、あのファラドと縁ができた…」
「…縁ですか?…」
「…そうさ…今日、ファラドが、私を35歳のシンデレラと呼んだ…つまり、あらかじめ、私のことを調べ尽くしていると、言いたかったのさ…それに、気付いた私は、ファラドに目的を聞いた…」
「…それで、ファラドは、どう答えたんですか?…」
「…お姉さんが、目的ではありませんと、言ったさ…」
「…お姉さんが、目的じゃない?…」
「…そうさ…そうは、言いながらも、こちらのことは、調べ尽くしている…だから、ファラドと、また会う機会はあるさ…」
私は、言った…
「…わかりました…お姉さん…今回は、ありがとうございました…また、なにか、ありましたら、よろしくお願いします…」
「…わかってるさ…マリアのためさ…一肌も二肌も脱ぐさ…」
「…ありがとうございます…」
バニラが、私に礼を言って、電話を切った…
私は、これで、とりあえず、肩の荷が下りた気がした…
バニラに頼まれて、娘のマリアを、イジメている子供が、どんな子供か、確かめることが、できたからだ…
だから、ホッとした…
同時に、マリアも大変だなと、思った…
自分自身が、現役のモデルであるにも、かかわらず、3歳の娘がいる…
だから、本当は、四六時中、マリアの近くにいたいに違いない…
が、
それができない…
だから、余計に、愛情深くなる…
マリアを可愛がる…
そういうことだろう…
が、
それを思うと、一つだけ、バニラにアドバイスしたいことがあった…
難しいことではない…
マリアに、必要以上に、小遣いを渡すなと、言いたかったのだ…
マリアは、まだ3歳だから、いいが、当たり前だが、大きくなる…
歳を取る…
すると、中学生ぐらいになると、マリアがお金を持っていると、その金を目当てに、寄って来る、ヤカラができる可能性がある…
いわゆる、イジメでもないが、要するに、マリアの持つ、金を目当てに取り巻きができるのだ…
お金がない連中が、マリアを持ち上げて、金を、巻き上げようとしたら、困る…
マリアに、その気がなくても、ちやほやされれば、ついお金を、ばらまく可能性があるからだ…
私は、それを恐れるのだ…
また、なにより、母親のバニラ自身が、マリアに負い目がある…
負い目とは、マリアと四六時中、いっしょにいて、あげられないからだ…
世界の、トップモデルのバニラは、世界中を飛び回る…
だから、娘のマリアを連れてゆくわけには、いかない…
マリアは、学校に、通わなければ、ならないからだ…
また、バニラ自身、まだ21歳の若さだから、子供がいると、バレると困る…
だから、連れてゆけない…
その負い目から、マリアに甘くなり、大金を渡すようでは、困る…
マリアの性格を見る限りは、将来的にも、他人にいいように利用されるようには、見えないが、こればかりは、わからない…
やはりというか、お金持ちは、どうしても、周囲の人間に、利用される危険がある…
これは、大人になっても、変わらない…
大人になっても、お金があれば、知人から、変な儲け話を持ち込まれたり、借金を申し込まれたりするのが、後を絶たない…
常に、相手を利用しようとするヤカラは、どんな時代にも存在するものだ…
だから、それをさせないためにも、バニラに注意せねば…
私は、思った…
バニラ自身は、アメリカのスラム出身で、ハッキリ言って、貧乏人…
お金に縁のある生活を送ってこなかった…
だから、お金の大切さが身に染みているはずで、その力もわかっているはずだが、これが、親になると、わからなくなる…
いわゆる、バカ親になりかねない…
今、私が、思っていることは、たとえ私が、アドバイスしなくても、十分にわかっているはずだが、それができないというか…
つい、お金を与えてしまいがちだ…
お金を与えることが、バニラにとって、マリアへの愛情表現になってしまうのだ…
そんなことは、おかしいと、わかっていても、マリアに要求されれば、断れないに違いない…
私は、それを思った…
私は、まだ子供を産んでいないが、そんな親を見たり、聞いたり、したことは、随分ある…
代表的なのは、かの豊臣秀吉だろう…
自分自身は、農民出身で、各地を放浪して、苦労したにも、かかわらず、息子の秀頼は、一切、大阪城の外から一歩も出さないように、厳命したそうだ…
大阪城の中にいれば、どこよりも、安全だからだ…
自分自身が、若い時から、各地を放浪して、苦労した経験が、自分自身を、成長させたと、知っているはずにも、かかわらず、息子の秀頼には、一歩も大阪城の外へ、行くことを許さないとは…
一見、矛盾するが、秀吉は、各地を放浪する危険もまた、誰よりも、承知していたのだろう…
だから、息子の秀頼には、そのような危険な目には、遭わせたくなかったのだろう…
いわば、息子の成長を取るか、危険を取るかの選択だ…
そして、秀吉は、秀頼を溺愛するあまり、成長ではなく、安全を選んだということだ…
私は、思った…
そして、当然のことながら、その夜、仕事から帰って来た葉尊と、その話になった…
「…お姉さん…今朝は、結局、どうなったんですか?…」
葉尊といっしょに、夕食を取っているときに、葉尊が聞いた…
「…ファラドと会ったさ…」
私は、いきなり言った…
葉尊も、当然のことながら、驚いた様子だった…
「…ファラドと会った? …お姉さんが?…」
「…そうさ…」
「…でも、まだ、ファラドは、来日していないはずじゃ…本物ですか?…」
「…本物さ…オスマンという子供に仕えている様子だった…」
「…オスマン?…」
「…マリアをイジメていると、いった子供さ…」
「…」
「…私は、そのオスマンが、どんな子供か、見るために、バニラに頼まれて、見に行ったのさ…」
「…それで、どんな子供だったんですか?…」
「…子供ながら、イケメンで、しっかりした子供さ…」
「…しっかりした子供?…」
「…そうさ…ファラドが、私に無礼な言葉を浴びせたんで、ファラドを叱ったのさ…」
「…お姉さんに対して、無礼な言葉? …一体、どんなことを、言われたんですか?…」
「…私を一目見て、面白いと言ったのさ…初対面でだゾ…普通、そんなことを、言うヤツがいるか? …失礼な男だ…」
「…それで、そのオスマンは、ファラドを叱ったというわけですか?…」
「…その通りさ…」
私が、言うと、葉尊が、考え込んだ様子だった…
「…どうした? …葉尊?…」
「…いえ、噂は、本当だったんだなと、思って…」
「…噂? …どんな噂だ?…」
「…ファラドには、影武者がいるという噂です…」
「…影武者だと?…」
「…ハイ…」
「…どうしてだ? …どうして、そんなヤツが、必要なんだ?…」
「…サウジは、今、危険です…」
「…危険?…どう危険なんだ?…」
「…政局が安定していないのです…だから、影武者が、必要になる…自分の偽物が、必要になる…下手をすれば、命を落とすかもしれないからです…」
「…」
「…サウジは、日本や台湾のような先進国とは、違います…下手をすれば、暗殺されます…だから、ファラドには、影武者が、いるのです…」
「…」
「…しかも、それが、何人か、わからない…だから、ひょっとして、お姉さんが、会った人物も、偽者の可能性もある…」
「…偽者の可能性だと?…」
「…ですが、オスマン殿下の近くにいるなら、おそらく本物でしょう…」
「…どうして、本物だとわかる…」
「…オスマンは、サウジの国王の直系の孫です…だから、護衛もしっかりと、充実しています…その近くにいるということは、とりもなおさず、一番安全なところにいるということだからです…」
「…」
「…だから、これで、ファラドが、本物だとわかった…」
葉尊が意味深に言った…
実に意味深に言った…
私は、葉尊が、なぜ、そんなにも、意味深に言ったのか、わからなかった…
もしや…
もしや、
ファラドが、以前、言った、クールを買収する話…
もしや、あれが、ウソだったのか?
思ったのだ…
ウソというか、隠れ蓑というか…
口実というか…
とにかく、とっかかりというか、もしや、ファラドが日本に来る口実に過ぎないのでは? と、思ったのだ…
だから、葉尊に、
「…葉尊…だったら、ファラドが、以前、クールを狙っているという話は、どうなった? …アレは、ウソだったのか?…」
と、聞いた…
「…それは、わかりません…」
葉尊が、答えた…
「…わからない? …どうしてだ?…」
「…クールを買収するメリットは確かにありますし、それを疑うべきか、どうかもわかりません…ただ…」
「…ただ、なんだ?…」
「…クールを、買収するという噂を流せば、来日する、目的を得ることができます…」
「…どういう意味だ?…」
「…おそらく、サウジは、オスマン王子を、本国から、より安全な日本に移して、守っていたいのでしょう…日本は、サウジよりも安全です…そして、そのオスマン王子の近くにファラドが身を寄せる…すると、どうですか? ファラドは、もっとも、安全な場所に自分の身を置くことが、できるのです…」
私は、葉尊の言葉を聞きながら、ファラドが、あのとき、
「…オスマン殿下の庇護を受けて…」
と、言ったことを、思い出した…
そして、それは、こういう意味なのかと、遅まきながら、悟った…
つまり、ファラドは、自分の身を守るために、オスマンの近くに、身を潜めたわけだ…
私は、思った…
しかしながら、ファラドは、そんなことを、しなければ、ならないほど、身が危険なのだろうか?
私は、考えた…
「…ファラドは、そんなに身が危険なのか? …」
ずばり、葉尊に聞いた…
「…危険でしょう…なにしろ、どんな理由をこじつけようと、自分の国から逃げ出すのですから…」
「…そうだな…」
「…サウジは今、改革の真っ最中です…」
「…改革の真っ最中だと? …どういう意味だ?…」
「…これは、以前も話したように、アラブ諸国は、いずれ、遅かれ早かれ、石油が枯渇します…ですから、石油が枯渇する前に、手を打たなければ、なりません…」
「…手? …どんな手だ?…」
「…具体的には、石油に代わる産業を育成して、それで、国民が、食わなければ、なりません…だから、クールの買収の話も出たのです…」
「…」
「…すると、当然、争いになります…」
「…どうして、争いになるんだ?…」
「…社会を改革するということは、従来の社会の仕組みを変えるということです…だから、たとえば、日本の徳川幕府を例にとれば、わかりますが、武士がなくなります…」
「…武士がなくなる?…」
「…そうです…だったら、それまで、武士だった人間は、どうやって、生活していけば、いいのかと、なります…」
「…」
「…社会を変革するということは、わかりやすくいうと、そういうことです…そして、今、社会で、いい位置についているもの…いわゆる、既得権を得ている者は、当然、抵抗します…」
「…抵抗?…」
「…つまり、社会を変えるなということです…もちろん、彼らだって、社会を変えなければ、ならないことは、わかっています…なぜなら、いずれ、石油はなくなるからです…だから、それに代わる産業を、育てなければ、ならないことは、わかっている…ただ、ファラドが、やろうとしていることは、性急過ぎるから、もっとゆっくりやろうというのです…」
「…」
「…もっといえば、今のサウジにあって、いい思いをしている者は、改革が必要だということは、わかっていても、自分が、その改革で、不利益を被っては、困ると、考えます…これは、誰もが、いっしょです…」
「…ということは、ファラドは、改革派なのか?…」
「…その通りです…」
「…だから、守旧派から、命を狙われている…」
「…」
「…その通りです…」
「…だから、ファラドは、オスマンの傍に、身を潜めて、自分の身を守っているわけだ…」
「…ハイ…」
話は、なんとなく、わかった…
が、
それでも、疑問が残った…
疑問とは、たとえば、今日のことだ…
ファラドを守るオスマンが、バニラの娘のマリアをイジメていると、聞いたから、私は、今日の朝、オスマンを見に行った…
これは、単なる偶然だろうか?
普通に考えれば、偶然でもなんでもないだろう…
わざと、私をおびき出したに決まっている…
この矢田トモコをおびき出したに決まっている…
そして、あのファラドの言うように、狙いは、私ではない…
この矢田トモコではない…
この矢田の背後にいる人間が、狙いに、決まっている…
狙い=ターゲットに決まっている…
そして、その狙いは、普通に考えれば、私の夫の葉尊であり、その実父の葉敬だろう…
台湾の大企業、台北筆頭CEОの葉敬だろう…
もしかしたら、リンダもバニラも狙われているかもしれんが、それは、言葉は悪いが、刺身のつまぐらいの扱いだろう…
あくまで、狙いは、台北筆頭であり、クールに違いない…
私は、思った…
狙いは、この矢田トモコではない…
あらためて、思った…
が、
なぜか、狙いは、この矢田トモコではないと、いいながら、最初に接触してきたのは、この矢田にだった…
狙いは、この矢田ではないといいながら、接触してきたのは、この矢田にだった…
これは、一体、どういうことだ?
わけが、わからんかった…
頭に来るべきか、悩むべきか、よくわからんかった…
よくわからんが、とにかく、この騒動の先頭というか、最前線に、この矢田がいることだけは、わかった(笑)…
家に帰った私は、その日の午後、バニラに電話で、報告した…
「…オマエに頼まれて、マリアをイジメているという子供を見に行ったら、ファラドが、出てくるとは、思わんかったゾ…ファラドは、まだ来日していないはずさ…それが…」
「…」
「…まさに、まさかさ…私は、焦って、どうしていいか、わからんかったゾ…」
私は、バニラに告げた…
告げたのだ…
が、
バニラの反応はなかった…
なかったのだ…
「…あの…お姉さん…」
「…なんだ?…」
「…マリアをイジメているという子供は…」
「…オスマンか?…」
「…オスマン?…」
「…なんだか、わからんが、殿下とか、呼ばれて、ファラドにかしずかれていたゾ…」
「…殿下?…」
「…子供ながらに、イケメンのガキだ…まるで、ファラドを自分の臣下のように、扱っていたゾ…」
「…臣下?…」
「…部下のことだ…そのオスマンが、上から目線で、アレコレ言うものだから、マリアが怒ってな…」
「…マリアが?…」
「…そうさ…オスマンは、いつも誰にでも、上から目線だから、嫌われるんだと、マリアが、指摘してな…そのオスマンと言い争いになったのさ…」
「…言い争いに?…」
「…が、アレは、イジメというより、ケンカという感じだったゾ…」
「…ケンカ?…」
「…そうさ…お互いが、お互いを気に入らないというやつだ…誰にも、そんなやつが、一人や二人いるものさ…」
言いながら、それは、まさに、バニラに当てはまると思った…
私にとっては、バニラ…
まさに、オマエだ…
しかし、そのオマエに対して、こんなことを言うとは…
まさに、世の中、どうなるか、わからん…
そんな典型のような気がした(笑)…
「…まあ…バニラ…そんなに、心配するな…私の見る限り、マリアは、オスマンに負けてはいないさ…」
「…負けてない?…」
「…そうさ…口は互角…それに、マリアは母親のオマエ同様、カラダが大きいから、とっくみあいになっても、きっと、オスマンには、負けないゾ…」
「…お姉さん…そんな…」
私は、バニラの言葉を聞きながら、もう一つの可能性に気付いた…
「…ひょっとしてだゾ…バニラ…」
「…なにが、ひょっとしてなんですか?…」
「…あのオスマンは、マリアが好きなんじゃないか?…」
「…マリアが好き? …お姉さん、どうして、そういう話に…」
「…マリアは、オマエ同様、子供ながら、美人だ…オスマンは男…子供でも、男だ…だから、美人に目がないのかもしれん…」
「…」
「…だから、わざと、マリアにちょっかいを出している可能性もある…」
「…だったら、いいんですが…」
バニラが、ちょっとばかり、ホッとしたような様子だった…
それは、電話の向こう側にいるにも、かかわらず、わかった…
「…いずれにしろ、大丈夫とは、言えんが、あのファラドと縁ができた…」
「…縁ですか?…」
「…そうさ…今日、ファラドが、私を35歳のシンデレラと呼んだ…つまり、あらかじめ、私のことを調べ尽くしていると、言いたかったのさ…それに、気付いた私は、ファラドに目的を聞いた…」
「…それで、ファラドは、どう答えたんですか?…」
「…お姉さんが、目的ではありませんと、言ったさ…」
「…お姉さんが、目的じゃない?…」
「…そうさ…そうは、言いながらも、こちらのことは、調べ尽くしている…だから、ファラドと、また会う機会はあるさ…」
私は、言った…
「…わかりました…お姉さん…今回は、ありがとうございました…また、なにか、ありましたら、よろしくお願いします…」
「…わかってるさ…マリアのためさ…一肌も二肌も脱ぐさ…」
「…ありがとうございます…」
バニラが、私に礼を言って、電話を切った…
私は、これで、とりあえず、肩の荷が下りた気がした…
バニラに頼まれて、娘のマリアを、イジメている子供が、どんな子供か、確かめることが、できたからだ…
だから、ホッとした…
同時に、マリアも大変だなと、思った…
自分自身が、現役のモデルであるにも、かかわらず、3歳の娘がいる…
だから、本当は、四六時中、マリアの近くにいたいに違いない…
が、
それができない…
だから、余計に、愛情深くなる…
マリアを可愛がる…
そういうことだろう…
が、
それを思うと、一つだけ、バニラにアドバイスしたいことがあった…
難しいことではない…
マリアに、必要以上に、小遣いを渡すなと、言いたかったのだ…
マリアは、まだ3歳だから、いいが、当たり前だが、大きくなる…
歳を取る…
すると、中学生ぐらいになると、マリアがお金を持っていると、その金を目当てに、寄って来る、ヤカラができる可能性がある…
いわゆる、イジメでもないが、要するに、マリアの持つ、金を目当てに取り巻きができるのだ…
お金がない連中が、マリアを持ち上げて、金を、巻き上げようとしたら、困る…
マリアに、その気がなくても、ちやほやされれば、ついお金を、ばらまく可能性があるからだ…
私は、それを恐れるのだ…
また、なにより、母親のバニラ自身が、マリアに負い目がある…
負い目とは、マリアと四六時中、いっしょにいて、あげられないからだ…
世界の、トップモデルのバニラは、世界中を飛び回る…
だから、娘のマリアを連れてゆくわけには、いかない…
マリアは、学校に、通わなければ、ならないからだ…
また、バニラ自身、まだ21歳の若さだから、子供がいると、バレると困る…
だから、連れてゆけない…
その負い目から、マリアに甘くなり、大金を渡すようでは、困る…
マリアの性格を見る限りは、将来的にも、他人にいいように利用されるようには、見えないが、こればかりは、わからない…
やはりというか、お金持ちは、どうしても、周囲の人間に、利用される危険がある…
これは、大人になっても、変わらない…
大人になっても、お金があれば、知人から、変な儲け話を持ち込まれたり、借金を申し込まれたりするのが、後を絶たない…
常に、相手を利用しようとするヤカラは、どんな時代にも存在するものだ…
だから、それをさせないためにも、バニラに注意せねば…
私は、思った…
バニラ自身は、アメリカのスラム出身で、ハッキリ言って、貧乏人…
お金に縁のある生活を送ってこなかった…
だから、お金の大切さが身に染みているはずで、その力もわかっているはずだが、これが、親になると、わからなくなる…
いわゆる、バカ親になりかねない…
今、私が、思っていることは、たとえ私が、アドバイスしなくても、十分にわかっているはずだが、それができないというか…
つい、お金を与えてしまいがちだ…
お金を与えることが、バニラにとって、マリアへの愛情表現になってしまうのだ…
そんなことは、おかしいと、わかっていても、マリアに要求されれば、断れないに違いない…
私は、それを思った…
私は、まだ子供を産んでいないが、そんな親を見たり、聞いたり、したことは、随分ある…
代表的なのは、かの豊臣秀吉だろう…
自分自身は、農民出身で、各地を放浪して、苦労したにも、かかわらず、息子の秀頼は、一切、大阪城の外から一歩も出さないように、厳命したそうだ…
大阪城の中にいれば、どこよりも、安全だからだ…
自分自身が、若い時から、各地を放浪して、苦労した経験が、自分自身を、成長させたと、知っているはずにも、かかわらず、息子の秀頼には、一歩も大阪城の外へ、行くことを許さないとは…
一見、矛盾するが、秀吉は、各地を放浪する危険もまた、誰よりも、承知していたのだろう…
だから、息子の秀頼には、そのような危険な目には、遭わせたくなかったのだろう…
いわば、息子の成長を取るか、危険を取るかの選択だ…
そして、秀吉は、秀頼を溺愛するあまり、成長ではなく、安全を選んだということだ…
私は、思った…
そして、当然のことながら、その夜、仕事から帰って来た葉尊と、その話になった…
「…お姉さん…今朝は、結局、どうなったんですか?…」
葉尊といっしょに、夕食を取っているときに、葉尊が聞いた…
「…ファラドと会ったさ…」
私は、いきなり言った…
葉尊も、当然のことながら、驚いた様子だった…
「…ファラドと会った? …お姉さんが?…」
「…そうさ…」
「…でも、まだ、ファラドは、来日していないはずじゃ…本物ですか?…」
「…本物さ…オスマンという子供に仕えている様子だった…」
「…オスマン?…」
「…マリアをイジメていると、いった子供さ…」
「…」
「…私は、そのオスマンが、どんな子供か、見るために、バニラに頼まれて、見に行ったのさ…」
「…それで、どんな子供だったんですか?…」
「…子供ながら、イケメンで、しっかりした子供さ…」
「…しっかりした子供?…」
「…そうさ…ファラドが、私に無礼な言葉を浴びせたんで、ファラドを叱ったのさ…」
「…お姉さんに対して、無礼な言葉? …一体、どんなことを、言われたんですか?…」
「…私を一目見て、面白いと言ったのさ…初対面でだゾ…普通、そんなことを、言うヤツがいるか? …失礼な男だ…」
「…それで、そのオスマンは、ファラドを叱ったというわけですか?…」
「…その通りさ…」
私が、言うと、葉尊が、考え込んだ様子だった…
「…どうした? …葉尊?…」
「…いえ、噂は、本当だったんだなと、思って…」
「…噂? …どんな噂だ?…」
「…ファラドには、影武者がいるという噂です…」
「…影武者だと?…」
「…ハイ…」
「…どうしてだ? …どうして、そんなヤツが、必要なんだ?…」
「…サウジは、今、危険です…」
「…危険?…どう危険なんだ?…」
「…政局が安定していないのです…だから、影武者が、必要になる…自分の偽物が、必要になる…下手をすれば、命を落とすかもしれないからです…」
「…」
「…サウジは、日本や台湾のような先進国とは、違います…下手をすれば、暗殺されます…だから、ファラドには、影武者が、いるのです…」
「…」
「…しかも、それが、何人か、わからない…だから、ひょっとして、お姉さんが、会った人物も、偽者の可能性もある…」
「…偽者の可能性だと?…」
「…ですが、オスマン殿下の近くにいるなら、おそらく本物でしょう…」
「…どうして、本物だとわかる…」
「…オスマンは、サウジの国王の直系の孫です…だから、護衛もしっかりと、充実しています…その近くにいるということは、とりもなおさず、一番安全なところにいるということだからです…」
「…」
「…だから、これで、ファラドが、本物だとわかった…」
葉尊が意味深に言った…
実に意味深に言った…
私は、葉尊が、なぜ、そんなにも、意味深に言ったのか、わからなかった…
もしや…
もしや、
ファラドが、以前、言った、クールを買収する話…
もしや、あれが、ウソだったのか?
思ったのだ…
ウソというか、隠れ蓑というか…
口実というか…
とにかく、とっかかりというか、もしや、ファラドが日本に来る口実に過ぎないのでは? と、思ったのだ…
だから、葉尊に、
「…葉尊…だったら、ファラドが、以前、クールを狙っているという話は、どうなった? …アレは、ウソだったのか?…」
と、聞いた…
「…それは、わかりません…」
葉尊が、答えた…
「…わからない? …どうしてだ?…」
「…クールを買収するメリットは確かにありますし、それを疑うべきか、どうかもわかりません…ただ…」
「…ただ、なんだ?…」
「…クールを、買収するという噂を流せば、来日する、目的を得ることができます…」
「…どういう意味だ?…」
「…おそらく、サウジは、オスマン王子を、本国から、より安全な日本に移して、守っていたいのでしょう…日本は、サウジよりも安全です…そして、そのオスマン王子の近くにファラドが身を寄せる…すると、どうですか? ファラドは、もっとも、安全な場所に自分の身を置くことが、できるのです…」
私は、葉尊の言葉を聞きながら、ファラドが、あのとき、
「…オスマン殿下の庇護を受けて…」
と、言ったことを、思い出した…
そして、それは、こういう意味なのかと、遅まきながら、悟った…
つまり、ファラドは、自分の身を守るために、オスマンの近くに、身を潜めたわけだ…
私は、思った…
しかしながら、ファラドは、そんなことを、しなければ、ならないほど、身が危険なのだろうか?
私は、考えた…
「…ファラドは、そんなに身が危険なのか? …」
ずばり、葉尊に聞いた…
「…危険でしょう…なにしろ、どんな理由をこじつけようと、自分の国から逃げ出すのですから…」
「…そうだな…」
「…サウジは今、改革の真っ最中です…」
「…改革の真っ最中だと? …どういう意味だ?…」
「…これは、以前も話したように、アラブ諸国は、いずれ、遅かれ早かれ、石油が枯渇します…ですから、石油が枯渇する前に、手を打たなければ、なりません…」
「…手? …どんな手だ?…」
「…具体的には、石油に代わる産業を育成して、それで、国民が、食わなければ、なりません…だから、クールの買収の話も出たのです…」
「…」
「…すると、当然、争いになります…」
「…どうして、争いになるんだ?…」
「…社会を改革するということは、従来の社会の仕組みを変えるということです…だから、たとえば、日本の徳川幕府を例にとれば、わかりますが、武士がなくなります…」
「…武士がなくなる?…」
「…そうです…だったら、それまで、武士だった人間は、どうやって、生活していけば、いいのかと、なります…」
「…」
「…社会を変革するということは、わかりやすくいうと、そういうことです…そして、今、社会で、いい位置についているもの…いわゆる、既得権を得ている者は、当然、抵抗します…」
「…抵抗?…」
「…つまり、社会を変えるなということです…もちろん、彼らだって、社会を変えなければ、ならないことは、わかっています…なぜなら、いずれ、石油はなくなるからです…だから、それに代わる産業を、育てなければ、ならないことは、わかっている…ただ、ファラドが、やろうとしていることは、性急過ぎるから、もっとゆっくりやろうというのです…」
「…」
「…もっといえば、今のサウジにあって、いい思いをしている者は、改革が必要だということは、わかっていても、自分が、その改革で、不利益を被っては、困ると、考えます…これは、誰もが、いっしょです…」
「…ということは、ファラドは、改革派なのか?…」
「…その通りです…」
「…だから、守旧派から、命を狙われている…」
「…」
「…その通りです…」
「…だから、ファラドは、オスマンの傍に、身を潜めて、自分の身を守っているわけだ…」
「…ハイ…」
話は、なんとなく、わかった…
が、
それでも、疑問が残った…
疑問とは、たとえば、今日のことだ…
ファラドを守るオスマンが、バニラの娘のマリアをイジメていると、聞いたから、私は、今日の朝、オスマンを見に行った…
これは、単なる偶然だろうか?
普通に考えれば、偶然でもなんでもないだろう…
わざと、私をおびき出したに決まっている…
この矢田トモコをおびき出したに決まっている…
そして、あのファラドの言うように、狙いは、私ではない…
この矢田トモコではない…
この矢田の背後にいる人間が、狙いに、決まっている…
狙い=ターゲットに決まっている…
そして、その狙いは、普通に考えれば、私の夫の葉尊であり、その実父の葉敬だろう…
台湾の大企業、台北筆頭CEОの葉敬だろう…
もしかしたら、リンダもバニラも狙われているかもしれんが、それは、言葉は悪いが、刺身のつまぐらいの扱いだろう…
あくまで、狙いは、台北筆頭であり、クールに違いない…
私は、思った…
狙いは、この矢田トモコではない…
あらためて、思った…
が、
なぜか、狙いは、この矢田トモコではないと、いいながら、最初に接触してきたのは、この矢田にだった…
狙いは、この矢田ではないといいながら、接触してきたのは、この矢田にだった…
これは、一体、どういうことだ?
わけが、わからんかった…
頭に来るべきか、悩むべきか、よくわからんかった…
よくわからんが、とにかく、この騒動の先頭というか、最前線に、この矢田がいることだけは、わかった(笑)…