第10話
文字数 5,874文字
エレベーターの扉が開いた…
まるで、私とバニラを導くように、扉が開いた…
この扉の向こうには、なにが、待っているのか?
天国か?
それとも、
地獄か?
おおげさに、言えば、考え込んだ…
いや、
そうではない…
この向こうに、あるのは、アラブ…
アラブの王族だ…
私は、思った…
アラブの王族が、酒池肉林で、大勢で、美女たちを抱きながら、酒を飲んでいる…
そんな光景が、ふと、脳裏に、浮かんだ…
矢田トモコの脳裏に、浮かんだ…
アラブの王族=男が皆、ブロンドの美女を、抱きながら、酒を飲んでいる…
男も女も、ご機嫌…
ご機嫌だ…
その中には、当たり前だが、このバニラや、あのリンダもいた…
皆、セクシーなドレスを身にまとっている…
いわば、上流階級の社交場だ…
すると、
なぜか、私が、その上流階級の社交場で、グラスや料理を必死になって、運んで、汗をかいていた…
両手に、たくさんのグラスや、料理を、これでもかと、持っている…
そんな光景が、ふと、脳裏に浮かんだ…
これは、白昼夢でも、なんでもない…
つまりは、この矢田は、無意識に、自分の立場が、わかっていたのだ…
バニラも、リンダも、とびきりの美女…
それに対して、この矢田トモコは、平凡…
平凡の極み…
だから、このバニラと、あのリンダと、同じ立ち位置では、パーティーに参加できない…
パーティーに参加できるとなると、それは、接客係というか、裏方…
つまり、パーティーを催す、裏方のひとりとして、パーティーに参加するのに、あっている…
ふと、思った…
それを、考えれば、正直、惨めだったが、それは、それで、仕方がない…
人間は、皆、平等ではない…
それぞれ、立場が、違う…
地位が、違う…
パーティーでいえば、このバニラや、あのリンダは、パーティーの主役…
まるで、優れた芸術品のような存在だから、おおげさに、いえば、誰もが、バニラやリンダを見にくる…
鑑賞にくる…
そして、私はと、いえば、その関係者…
それが、美術館ならば、さしずめ、受付のおばちゃんとか…
それが、似合っている(涙)…
我ながら、悔しいが、それが、現実だ…
私は、それが、わかっている…
理解している…
ふと、思った…
そして、それが、私の強みだと、以前、ひとから、言われたことを、思い出した…
以前も話したが、バイト先で出会った、険のある目の男について、語ったことがある…
その男も、そうだが、同じように、自分の能力が、わからない人間を何人も見たことが、ある…
そして、後年、つくづく考えたのだが、彼ら、あるいは、彼女らには、共通する点が、あった…
それは、一言で、言えば、自分の能力も相手の能力もわからないのだ…
たとえば、険のある目を持つ男が、入社したのは、ITバブルのときだった…
だから、当たり前だが、景気がいい…
すると、当然、その時期に、入社した人間は、採用が緩くなるから、採用された人間のレベルが、落ちる…
誰が、見ても、一見して、わかるものだが、その険のある目を持つ男は、わからなかった…
なぜ、わからないのか?
考えた…
答えは、自分のことで、精一杯なのだろうと、思った…
バイトでも、正社員でも、与えられた業務がある…
与えられた仕事がある…
それを、うまくこなすことが、一番大切なのだが、それを、こなすだけで、他のことが、まったく見えない…
わからない…
例えば、当時、身近に、英語が堪能な女子がいたが、彼女は、4年生の大学を出ていなかった…
私と同じ、短大出身だった…
しかも、その彼女には、悪いが、この矢田と同じく、偏差値が決して、高い短大ではなかった…
だが、英語が堪能だった…
英検が一級で、社内試験でも、同じだった…
すると、普通ならば、今度は、どこの高校を出ているのか? とか、気になってくる…
学歴=偏差値がすべてではないが、やはり、それほど、英語が堪能となると、出身高校が、気になってくる…
当然、偏差値の高い高校を出ているのでは? と、考えるからだ…
だが、その険のある目を持つ男は、まったく、そんなことを、考えもしないようだった…
つまり、関心が、なにもないのだ…
自分が、仕事をこなすことだけで、満足している…
だから、他の同僚を、見ても、要するに、与えられた仕事ができるか否かだけが、彼の判断基準だった…
与えられた仕事を、すばやくこなせるから、自分は、優れている…
そう、自負していた…
つまりは、自分のことだけで、周囲の変化にまったく気づかなかった…
普通ならば、明らかに、見ていれば、採用レベルが下がっているのは、わかるし、仮に、わからないでも、誰かが、ここ数年、この会社の採用レベルが下がっているな、とか、言った噂話を耳にするものだ…
そして、それを耳にすれば、自分なりに、周囲の人間の出身校を調べてみて、ああ、そういうことか? とか、思うものだが、それがない…
だから、単純に社内情報を耳にして、
「…あのひとは、将来、出世するよ…」
とか、いう噂話を聞き込んで、自分は、社内に通じていると、思いこむ…
仕事をする上で、問題は、まったくないが、それでは、誰がどう考えても、出世は、難しいだろう…
なにより、以前も書いたが、仮に、その険のある目を持つ男が、出世して、課長や部長に昇進しても、他の課長や部長たちと、話が合わないだろう…
「…この数年、この会社の採用レベルが下がっているね…」
と、いう話になって、
「…なに、それ?…」
とでも、言いかねない…
そして、それを口にすれば、周囲の同僚も唖然とするだろう…
私は、おおげさに言えば、そのとき、初めて、人間の差に、気付いた…
能力の差に気付いた…
それまでは、学校で、勉強ができるとか、できないとか、わかりやすい基準でしか、ひとを判断できなかったが、その険のある目を持つ男は、私にとって、衝撃的だった…
はっきり言えば、
「…こんなことも、わからないの?…」
と、いうことが、わからなかった(笑)…
ただ、彼の肩を持てば、それは、仕事には、なんの問題もないことだった…
彼は、与えられた業務を忠実にこなしていた…
その点では、むしろ、優秀だった…
だから、なんの問題もなかった…
ただ、それでは、入社以来、ずっとその業務を続けさせられるに違いないと、私にもわかった…
ただ、肝心の彼自身は、少しもわからなかった(笑)…
与えられた仕事を、忠実にこなせるのだから、次は、自分が、当然、ステップアップして、ワンランク上の仕事を任せられると、信じ込んでいたからだ…
そして、それは、彼だけではなかった…
彼とは、身近に接していたから、わかったが、周囲には、彼に似たヤカラが、結構というか、それなりにいた(笑)…
そして、それは、残念ながら、学歴が劣るひとが、多かった…
だから、周囲が見えない…
そして、自分は、与えられた業務が、しっかりできる…
だから、出世できると、単純に思い込む人たちだった…
そんな人間が、その会社には、大勢いた…
皆、ITバブルの時期に入社してきた人たちだった…
そして、それを考えたとき、正直、人間の能力について、考えざるを得なかった…
それは、さっき、私が、言った、
「…バニラもリンダも、私も同じ人間…」
と、いう言葉にも通ずる…
たしかに、同じ人間だが、それは、たとえば、異星人が、地球人を見て、思うこと…
現実には、誰が見ても、抗いがたい差がある…
が、
やはりというか…
今の私のように、バニラとリンダと仲良く接していれば、自分と、バニラとリンダの差がわからないヤカラも、確実に存在する…
自分は、クールの社長夫人だから、偉いんだと、心の底から、思う人間が、存在する…
それは、たまたま、私が、葉尊と、結婚できたからに、他ならない…
葉尊と結婚できなければ、ただのプータロー…
フリーターだ…
たまたま、葉尊と結婚できたからで、しかも、離婚すれば、たちまち、その地位も追われる…
それが、現実だ…
つまりは、私は、葉尊あっての私…
葉尊が、いなければ、私に存在価値はなにもない…
仮に私と同じ立場になっても、それが、わからない人間もまた、数多く存在する…
そして、それは、どうしてなのだろう?
当時、真剣に悩んだ…
考え込んだ…
そして、それは、おそらく、個人の能力もさることながら、他社の人間に接したことがないからだと、思った…
私は、フリーター…
短大を卒業して、就職もしないで、何社も渡り歩いた…
だから、色々な会社を知っていた…
それが、大きかった…
つまりは、比べる会社があったということだ…
だから、ITバブルのときしか、会えない人間も、かなりいた…
はっきり言えば、景気が良くなければ、決して、入社できないレベルのひとたちだった…
だから、ITバブルがはじければ、会社を放り出された人間も、多かったに違いない…
人間は、何事も経験だ…
経験に勝る体験はない…
いくら、本やネットで、知っても、ひとから聞いた話でも、経験しなければ、実感は湧かない…
これは、誰もが、同じだろう…
と、考えて、ふと、気付いた…
アラブの王族のことだ…
仮に、アラブの王族が、たくさんの美女をはべらかせて、酒池肉林のパーティーを催していたとする…
だが、だとしたら、どうだ?
その中には、バニラやリンダを超える美女がいるのではないか?
ふと、思った…
バニラも、リンダも、美女だが、世の中には、この二人よりも、美女は、存在するだろう…
また、バニラやリンダを超えられずとも、互角に美しい女もまたいるに違いない…
すると、どうだ?
私は、思った…
ルックスは、互角とする…
それならば、その美女たちが、なにが、バニラやリンダに負けているかと、問われれば、知名度に他ならない…
この世界的に有名なバニラ・ルインスキーや、あのハリウッドのセックス・シンボルのリンダ・ヘイワースと、いっしょに酒を飲む…
一夜を共にする…
それが、この上なく嬉しいのだ…
そして、私もそうだが、二人と親密になれば、中身は、どこにでもいる普通の人間だと、悟るだろう…
そうしたら、どうだ?
関心がなくなるかもしれない…
ふと、思った…
自分の身近な美女と、中身は、なにも変わらない…
それに、気付けば、急速に、関心がなくなるかもしれない…
いや、
違うかもしれない…
トロフィーワイフ…
つまり、バニラや、リンダと、付き合ったり、結婚したりすることが、この上ない名誉と、感じる人間が、一部には、確実に存在する…
まるで、トロフィー=名誉を手に入れた気持ちになるのだろう…
仮に、日本でも、たとえば、佐々木希のように、美人で有名なタレントと結婚することが、この上のない名誉と、考える…
はっきり、言って、佐々木希は、美人だが、世の中には、確実に、彼女と、肩を並べる美人が、ごくわずかだが、存在するだろう…
しかしながら、それが無名では、嫌なのだろう…
あの有名な佐々木希だから、付き合いたい…
結婚したいと思うのであって、いくらキレイでも、無名の女は、嫌だと思う人間も、また確実に存在する…
要するに、クルマや、バック、時計も、また皆同じだが、いくら、性能が良くても、ブランドでなければ、嫌だということだ…
そして、もし、これから、リンダが、接待する、アラブの王族が、その手のタイプだとしたら、困る…
非常に、困る…
一度、会っただけでも、リンダに執着しかねないからだ…
下手をすれば、ストーカーになりかねないからだ…
そして、リンダ・ヘイワースの接待を希望するので、あれば、九分九厘、リンダの熱狂的なファンに違いない…
つまり、リンダの隣に、リンダよりも、若く、美しい女がいても、見向きもせずに、リンダに執着するだろう…
それを考えると、厄介…
非常に、厄介な存在だった…
この矢田トモコが、リンダの盾になって、守ってあげたい気持ちは、山々だったが、なにしろ、私は、身長が、159㎝…
対するリンダは、175㎝…
リンダが、私の盾になって、私を守ることは、できても、私が、リンダの盾になることは、できない(涙)…
うーむ…
困った…
実に、困った…
私は、悩んだ…
悩み続けた…
と、
私が、悩んでいると、いきなり、扉が開いた…
エレベーターが、目的の階に着いたのだ…
社長室のある階に着いたのだ…
私が、色々なことを、考えている間に、知らず、知らず、バニラといっしょに、エレベーターに乗り込み、しかも、その間にエレベーターは、上昇した…
最上階の社長室に向かって、上昇した…
しかも、
しかも、だ…
このエレベーターは、社長室に直行するものだった…
社長室に直行するものだから、途中の階では、一切、停まらないのだ…
だから、エレベーターの中は、私とバニラだけだった…
他に誰もいなかった…
だから、余計に、私は、自分の考えに、没頭できたのかもしれない…
妄想にふけることができたのかもしれない…
エレベーターの中は、私とバニラだけ…
他に誰かいれば、緊張するに決まっている…
だから、妄想にふけることができないに決まっている…
エレベーターの中に、私とバニラだけだから、緊張しないで、いられたのだ…
だが、考えてみれば、社長室に直行するエレベーターの中に、大勢、ひとがいるわけがなかった…
なにしろ、社長室に直行だ…
エレベーターの行き先は、社長室だけだ(笑)…
すると、どうだ?
当たり前だが、社長に用のある人間は、そうはいないということだ…
だから、私は、バニラとエレベーターの中で、二人きりだったわけだ…
私は、今さらながら、その事実に、気付いた…
そして、それを、考えると、私は、緊張した…
緊張の極みにあった…
なにしろ、これから、葉尊に会うのだ…
正直、今朝も、家で会ったが、会社で会うとなると、話が、違う…
夫の葉尊は、クールの社長であることは、わかっているが、やはり、社長室で会うとなると、緊張した…
会社はオフィシャル…
プライベートではないからだ…
なにより、社長秘書ではないが、会社のスタッフが、葉尊の周りにいる…
それが、自宅との決定的な違いだ…
私は、それを思うと、緊張した…
会社での葉尊に会うという行為に、緊張した…
自分でも、驚くほど、緊張した…
まるで、私とバニラを導くように、扉が開いた…
この扉の向こうには、なにが、待っているのか?
天国か?
それとも、
地獄か?
おおげさに、言えば、考え込んだ…
いや、
そうではない…
この向こうに、あるのは、アラブ…
アラブの王族だ…
私は、思った…
アラブの王族が、酒池肉林で、大勢で、美女たちを抱きながら、酒を飲んでいる…
そんな光景が、ふと、脳裏に、浮かんだ…
矢田トモコの脳裏に、浮かんだ…
アラブの王族=男が皆、ブロンドの美女を、抱きながら、酒を飲んでいる…
男も女も、ご機嫌…
ご機嫌だ…
その中には、当たり前だが、このバニラや、あのリンダもいた…
皆、セクシーなドレスを身にまとっている…
いわば、上流階級の社交場だ…
すると、
なぜか、私が、その上流階級の社交場で、グラスや料理を必死になって、運んで、汗をかいていた…
両手に、たくさんのグラスや、料理を、これでもかと、持っている…
そんな光景が、ふと、脳裏に浮かんだ…
これは、白昼夢でも、なんでもない…
つまりは、この矢田は、無意識に、自分の立場が、わかっていたのだ…
バニラも、リンダも、とびきりの美女…
それに対して、この矢田トモコは、平凡…
平凡の極み…
だから、このバニラと、あのリンダと、同じ立ち位置では、パーティーに参加できない…
パーティーに参加できるとなると、それは、接客係というか、裏方…
つまり、パーティーを催す、裏方のひとりとして、パーティーに参加するのに、あっている…
ふと、思った…
それを、考えれば、正直、惨めだったが、それは、それで、仕方がない…
人間は、皆、平等ではない…
それぞれ、立場が、違う…
地位が、違う…
パーティーでいえば、このバニラや、あのリンダは、パーティーの主役…
まるで、優れた芸術品のような存在だから、おおげさに、いえば、誰もが、バニラやリンダを見にくる…
鑑賞にくる…
そして、私はと、いえば、その関係者…
それが、美術館ならば、さしずめ、受付のおばちゃんとか…
それが、似合っている(涙)…
我ながら、悔しいが、それが、現実だ…
私は、それが、わかっている…
理解している…
ふと、思った…
そして、それが、私の強みだと、以前、ひとから、言われたことを、思い出した…
以前も話したが、バイト先で出会った、険のある目の男について、語ったことがある…
その男も、そうだが、同じように、自分の能力が、わからない人間を何人も見たことが、ある…
そして、後年、つくづく考えたのだが、彼ら、あるいは、彼女らには、共通する点が、あった…
それは、一言で、言えば、自分の能力も相手の能力もわからないのだ…
たとえば、険のある目を持つ男が、入社したのは、ITバブルのときだった…
だから、当たり前だが、景気がいい…
すると、当然、その時期に、入社した人間は、採用が緩くなるから、採用された人間のレベルが、落ちる…
誰が、見ても、一見して、わかるものだが、その険のある目を持つ男は、わからなかった…
なぜ、わからないのか?
考えた…
答えは、自分のことで、精一杯なのだろうと、思った…
バイトでも、正社員でも、与えられた業務がある…
与えられた仕事がある…
それを、うまくこなすことが、一番大切なのだが、それを、こなすだけで、他のことが、まったく見えない…
わからない…
例えば、当時、身近に、英語が堪能な女子がいたが、彼女は、4年生の大学を出ていなかった…
私と同じ、短大出身だった…
しかも、その彼女には、悪いが、この矢田と同じく、偏差値が決して、高い短大ではなかった…
だが、英語が堪能だった…
英検が一級で、社内試験でも、同じだった…
すると、普通ならば、今度は、どこの高校を出ているのか? とか、気になってくる…
学歴=偏差値がすべてではないが、やはり、それほど、英語が堪能となると、出身高校が、気になってくる…
当然、偏差値の高い高校を出ているのでは? と、考えるからだ…
だが、その険のある目を持つ男は、まったく、そんなことを、考えもしないようだった…
つまり、関心が、なにもないのだ…
自分が、仕事をこなすことだけで、満足している…
だから、他の同僚を、見ても、要するに、与えられた仕事ができるか否かだけが、彼の判断基準だった…
与えられた仕事を、すばやくこなせるから、自分は、優れている…
そう、自負していた…
つまりは、自分のことだけで、周囲の変化にまったく気づかなかった…
普通ならば、明らかに、見ていれば、採用レベルが下がっているのは、わかるし、仮に、わからないでも、誰かが、ここ数年、この会社の採用レベルが下がっているな、とか、言った噂話を耳にするものだ…
そして、それを耳にすれば、自分なりに、周囲の人間の出身校を調べてみて、ああ、そういうことか? とか、思うものだが、それがない…
だから、単純に社内情報を耳にして、
「…あのひとは、将来、出世するよ…」
とか、いう噂話を聞き込んで、自分は、社内に通じていると、思いこむ…
仕事をする上で、問題は、まったくないが、それでは、誰がどう考えても、出世は、難しいだろう…
なにより、以前も書いたが、仮に、その険のある目を持つ男が、出世して、課長や部長に昇進しても、他の課長や部長たちと、話が合わないだろう…
「…この数年、この会社の採用レベルが下がっているね…」
と、いう話になって、
「…なに、それ?…」
とでも、言いかねない…
そして、それを口にすれば、周囲の同僚も唖然とするだろう…
私は、おおげさに言えば、そのとき、初めて、人間の差に、気付いた…
能力の差に気付いた…
それまでは、学校で、勉強ができるとか、できないとか、わかりやすい基準でしか、ひとを判断できなかったが、その険のある目を持つ男は、私にとって、衝撃的だった…
はっきり言えば、
「…こんなことも、わからないの?…」
と、いうことが、わからなかった(笑)…
ただ、彼の肩を持てば、それは、仕事には、なんの問題もないことだった…
彼は、与えられた業務を忠実にこなしていた…
その点では、むしろ、優秀だった…
だから、なんの問題もなかった…
ただ、それでは、入社以来、ずっとその業務を続けさせられるに違いないと、私にもわかった…
ただ、肝心の彼自身は、少しもわからなかった(笑)…
与えられた仕事を、忠実にこなせるのだから、次は、自分が、当然、ステップアップして、ワンランク上の仕事を任せられると、信じ込んでいたからだ…
そして、それは、彼だけではなかった…
彼とは、身近に接していたから、わかったが、周囲には、彼に似たヤカラが、結構というか、それなりにいた(笑)…
そして、それは、残念ながら、学歴が劣るひとが、多かった…
だから、周囲が見えない…
そして、自分は、与えられた業務が、しっかりできる…
だから、出世できると、単純に思い込む人たちだった…
そんな人間が、その会社には、大勢いた…
皆、ITバブルの時期に入社してきた人たちだった…
そして、それを考えたとき、正直、人間の能力について、考えざるを得なかった…
それは、さっき、私が、言った、
「…バニラもリンダも、私も同じ人間…」
と、いう言葉にも通ずる…
たしかに、同じ人間だが、それは、たとえば、異星人が、地球人を見て、思うこと…
現実には、誰が見ても、抗いがたい差がある…
が、
やはりというか…
今の私のように、バニラとリンダと仲良く接していれば、自分と、バニラとリンダの差がわからないヤカラも、確実に存在する…
自分は、クールの社長夫人だから、偉いんだと、心の底から、思う人間が、存在する…
それは、たまたま、私が、葉尊と、結婚できたからに、他ならない…
葉尊と結婚できなければ、ただのプータロー…
フリーターだ…
たまたま、葉尊と結婚できたからで、しかも、離婚すれば、たちまち、その地位も追われる…
それが、現実だ…
つまりは、私は、葉尊あっての私…
葉尊が、いなければ、私に存在価値はなにもない…
仮に私と同じ立場になっても、それが、わからない人間もまた、数多く存在する…
そして、それは、どうしてなのだろう?
当時、真剣に悩んだ…
考え込んだ…
そして、それは、おそらく、個人の能力もさることながら、他社の人間に接したことがないからだと、思った…
私は、フリーター…
短大を卒業して、就職もしないで、何社も渡り歩いた…
だから、色々な会社を知っていた…
それが、大きかった…
つまりは、比べる会社があったということだ…
だから、ITバブルのときしか、会えない人間も、かなりいた…
はっきり言えば、景気が良くなければ、決して、入社できないレベルのひとたちだった…
だから、ITバブルがはじければ、会社を放り出された人間も、多かったに違いない…
人間は、何事も経験だ…
経験に勝る体験はない…
いくら、本やネットで、知っても、ひとから聞いた話でも、経験しなければ、実感は湧かない…
これは、誰もが、同じだろう…
と、考えて、ふと、気付いた…
アラブの王族のことだ…
仮に、アラブの王族が、たくさんの美女をはべらかせて、酒池肉林のパーティーを催していたとする…
だが、だとしたら、どうだ?
その中には、バニラやリンダを超える美女がいるのではないか?
ふと、思った…
バニラも、リンダも、美女だが、世の中には、この二人よりも、美女は、存在するだろう…
また、バニラやリンダを超えられずとも、互角に美しい女もまたいるに違いない…
すると、どうだ?
私は、思った…
ルックスは、互角とする…
それならば、その美女たちが、なにが、バニラやリンダに負けているかと、問われれば、知名度に他ならない…
この世界的に有名なバニラ・ルインスキーや、あのハリウッドのセックス・シンボルのリンダ・ヘイワースと、いっしょに酒を飲む…
一夜を共にする…
それが、この上なく嬉しいのだ…
そして、私もそうだが、二人と親密になれば、中身は、どこにでもいる普通の人間だと、悟るだろう…
そうしたら、どうだ?
関心がなくなるかもしれない…
ふと、思った…
自分の身近な美女と、中身は、なにも変わらない…
それに、気付けば、急速に、関心がなくなるかもしれない…
いや、
違うかもしれない…
トロフィーワイフ…
つまり、バニラや、リンダと、付き合ったり、結婚したりすることが、この上ない名誉と、感じる人間が、一部には、確実に存在する…
まるで、トロフィー=名誉を手に入れた気持ちになるのだろう…
仮に、日本でも、たとえば、佐々木希のように、美人で有名なタレントと結婚することが、この上のない名誉と、考える…
はっきり、言って、佐々木希は、美人だが、世の中には、確実に、彼女と、肩を並べる美人が、ごくわずかだが、存在するだろう…
しかしながら、それが無名では、嫌なのだろう…
あの有名な佐々木希だから、付き合いたい…
結婚したいと思うのであって、いくらキレイでも、無名の女は、嫌だと思う人間も、また確実に存在する…
要するに、クルマや、バック、時計も、また皆同じだが、いくら、性能が良くても、ブランドでなければ、嫌だということだ…
そして、もし、これから、リンダが、接待する、アラブの王族が、その手のタイプだとしたら、困る…
非常に、困る…
一度、会っただけでも、リンダに執着しかねないからだ…
下手をすれば、ストーカーになりかねないからだ…
そして、リンダ・ヘイワースの接待を希望するので、あれば、九分九厘、リンダの熱狂的なファンに違いない…
つまり、リンダの隣に、リンダよりも、若く、美しい女がいても、見向きもせずに、リンダに執着するだろう…
それを考えると、厄介…
非常に、厄介な存在だった…
この矢田トモコが、リンダの盾になって、守ってあげたい気持ちは、山々だったが、なにしろ、私は、身長が、159㎝…
対するリンダは、175㎝…
リンダが、私の盾になって、私を守ることは、できても、私が、リンダの盾になることは、できない(涙)…
うーむ…
困った…
実に、困った…
私は、悩んだ…
悩み続けた…
と、
私が、悩んでいると、いきなり、扉が開いた…
エレベーターが、目的の階に着いたのだ…
社長室のある階に着いたのだ…
私が、色々なことを、考えている間に、知らず、知らず、バニラといっしょに、エレベーターに乗り込み、しかも、その間にエレベーターは、上昇した…
最上階の社長室に向かって、上昇した…
しかも、
しかも、だ…
このエレベーターは、社長室に直行するものだった…
社長室に直行するものだから、途中の階では、一切、停まらないのだ…
だから、エレベーターの中は、私とバニラだけだった…
他に誰もいなかった…
だから、余計に、私は、自分の考えに、没頭できたのかもしれない…
妄想にふけることができたのかもしれない…
エレベーターの中は、私とバニラだけ…
他に誰かいれば、緊張するに決まっている…
だから、妄想にふけることができないに決まっている…
エレベーターの中に、私とバニラだけだから、緊張しないで、いられたのだ…
だが、考えてみれば、社長室に直行するエレベーターの中に、大勢、ひとがいるわけがなかった…
なにしろ、社長室に直行だ…
エレベーターの行き先は、社長室だけだ(笑)…
すると、どうだ?
当たり前だが、社長に用のある人間は、そうはいないということだ…
だから、私は、バニラとエレベーターの中で、二人きりだったわけだ…
私は、今さらながら、その事実に、気付いた…
そして、それを、考えると、私は、緊張した…
緊張の極みにあった…
なにしろ、これから、葉尊に会うのだ…
正直、今朝も、家で会ったが、会社で会うとなると、話が、違う…
夫の葉尊は、クールの社長であることは、わかっているが、やはり、社長室で会うとなると、緊張した…
会社はオフィシャル…
プライベートではないからだ…
なにより、社長秘書ではないが、会社のスタッフが、葉尊の周りにいる…
それが、自宅との決定的な違いだ…
私は、それを思うと、緊張した…
会社での葉尊に会うという行為に、緊張した…
自分でも、驚くほど、緊張した…