第51話

文字数 4,710文字

 「…で、どうするんだ?…」

 私は、言った…

 「…どうするって?…」

 「…パーティーのことさ…ファラドが、来日した以上、クール主催のパーティーをするのだろう…」

 「…それは、そう…」

 ヤン=リンダが、言った…

 「…なにしろ、ファラドの接待は、日本の経団連や政界も絡んでくる…だから、おおげさに、言えば、国家的なプロジェクトになってくる…」

 「…国家的なプロジェクトだと?…」

 「…まあ、国家的なプロジェクトは、大げさだけれども、いずれにしろ、それだけ、おおがかりなものだから、中止はない…」

 「…」

 「…だから、このリンダ・ヘイワースも、当然、ゲストとして、参加する…これも、変わらない…ただ…」

 「…ただ、なんだ?…」

 「…当初は、わからなかった不確定要因も、できた…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…オスマン王子…」

 「…オスマンだと?…それが、どうして、不確定要因なんだ?…」

 「…マリアよ…お姉さん…」

 「…マリア? …それが、どうかしたのか?…」

 「…マリアをパーティーに参加させる…そして、それを事前に、マリアの口から、オスマンに告げれば、どうなるかしら?…」

 「…」

 「…バニラの話では、そのオスマンは、マリアが、好きかもしれないって、お姉さん、言っていたそうね…だったら、そのマリアを使わない手は、ないわ…」

 リンダが、笑った…

 「…もし、お姉さんが、言うように、オスマンがマリアを好きなら、マリアが、クール主催のファラドを歓迎するパーティーを開くといえば、当然、オスマンもパーティーに出席したいと言い出すに決まってるし、ファラドは、立場上、それを断ることもできないでしょ?…」

 リンダが、説明する…

 たしかに、リンダの言う通りだった…

 3歳の子供とはいえ、オスマンの言うことを、ファラドが、断ることは、難しいだろう…

 なにしろ、オスマン殿下と呼んで、敬っているぐらいだからだ…

 だが、待てよ…

 バニラは、それを承知するのだろうか?

 マリアが、パーティーに出席することを、承知するのだろうか?

 「…バニラはそれを承知するのか?…」

 「…お姉さん…この際、バニラは、関係ないわ…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…お姉さんが、マリアに、いっしょに、パーティーに参加しようと提案すれば、済むこと…」

 「…なんだと?…」

 「…バニラは、マリアに逆らえない…マリアの言いなり…」

 リンダが笑った…

 このリンダ・ヘイワースという女…

 ただ者ではない!

 あらためて、思った…

 あれほど、バニラと親しいにも、かかわらず、バニラの娘のマリアを利用する…

 なんという女だ…

 私は、思った…

 ひょっとしたら、この矢田も、このリンダから、どんな目に遭うか、わからん…

 下手をすれば、どんな目に遭わせられるか、わからん…

 これは、距離を置かねば…

 とっさに、思った…

 いかに、美人で、有名人でも、距離を置かねば…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 そんな私の心の内が、表情に出たのだろう…

 「…どうしたの? …お姉さん?…」

 と、リンダ=ヤンが聞いた…

 私は、一瞬、どう言おうか、悩んだが、

 「…オマエも随分冷たいというか…」

 と、口走った…

 「…冷たい? …どうして、冷たいの?…」

 「…だって、そうだろ? …バニラの娘のマリアを利用するなんて…」

 私が、指摘すると、

 「…たかが、パーティーよ…お姉さん…」

 と、笑って、答えた…

 「…たかが、パーティーだと?…」

 「…そう…たかが、パーティー…たかが、パーティーに出席するだけ…なにも、命の危険があるわけじゃない…」

 「…」

 「…それに、バニラ…これは、バニラのためでもある…」

 「…バニラのためだと? …どういう意味だ?…」

 「…私とバニラは似ている…」

 「…」

 「…本来の顔の形も、身長も…ただ、売り方が違うだけ…私は、おとなしめ…バニラは、野性的で、売っているだけ…」

 たしかに、言われてみれば、そうだった…

 リンダとバニラ…この二人は、実は似ている…

 顔の作りが似ているのだ…

 だから、以前、バニラが、リンダに似たメイクをして、リンダになりすましたことがある…

 私は、今、それを、思い出した…

 だが、

 それと、バニラのためといった、リンダの言葉と、どう、関係がある…

 私は、考えた…

 だから、

 「…オマエとバニラが似ているのは、わかる…だけど、どうして、それが、バニラの危険になるんだ?…」

 と、私は、リンダに訊いた…

 すると、

 「…鈍いな…お姉さん…」

 と、目の前のリンダ=ヤンが、笑った…

 「…鈍いだと?…」

 「…そう…鈍い…要するに、ファラドの女の好みよ…」

 「…好み?…」

 「…もし、本当に、リンダ・ヘイワースが好きだとしたら、バニラ・ルインスキーを好きでも、おかしくはない…」

 「…」

 「…だから、リンダ・ヘイワースを手に入れても、次は、バニラ・ルインスキーを手に入れたいと、欲するかもしれない…」

 「…」

 「…欲しいものは、どんなことがあっても手に入れる…そんな、3歳の子供のようなことが、ファラドには、できる…権力があり、財力がある…」

 「…」

 「…だから、怖い…だから、こちらも、手を打たなければ、ならない…卑怯な手と思っても、マリアを使って、ファラドを牽制しなければ、ならない…」

 リンダ=ヤンが、真顔で、言った…

 私は、驚いた…

 正直、そこまで、するのかと、いう思いだった…

 ファラドを牽制するために、3歳のマリアを使い、そのマリアを使って、やはり、3歳のオスマン王子を、盾に使う…

 率直に言って、これは、笑える…

 世界的に有名な、ハリウッドのセックス・シンボルと、モデルが、頼るのは、3歳のオスマン王子…

 ハッキリいって、ただのガキだ…

 そのガキを頼るのだ…

 冷静に考えれば、これほど、笑える事態もない…

 私は、思った…

 思いながらも、これは、ファラドも、同じだと、気付いた…

 ファラドもまた、3歳のオスマン王子を盾に、身を守っている…

 だから、同じだ…

 リンダも、ファラドも、同じだ…

 私は、その事実に、気付いた…

 「…だが、子供を巻き込むのは…」

 やはり、言わざるを得なかった…

 「…甘い…甘いわ…お姉さん…」

 「…甘いだと?…」

 「…これは、戦争…私も、バニラも、身を守るための戦争なの…ファラドという敵から、身を守るための戦争…」

 リンダ=ヤンが、断言した…

 「…戦争に、きれいも汚いもない…ただ、勝てばいいの…そうすれば、相手も諦める…」

 「…」

 「…本当は、誰も、そんなこと、したくない…でも、負ければ、自分の身が危うい…だから、するの…」

 「…」

 「…わかって、お姉さん…」

 リンダ=ヤンが、私に訴えた…

 私は、リンダにそこまで、言われると、なにも、言えんかった…

 リンダの気持ちが、痛いほど、わかるからだ…

 ただ、

 「…美人に生まれるのは、大変だな…」

 と、呟いた…

 口走った…

 私の言葉に、リンダ=ヤンが、目を丸くした…

 「…要するに、そういうことだろ…」

 私は、言った…

 「…たしかに、そうだけど…」

 リンダが、戸惑った…

 「…でも、なんか、お姉さんが言うと、軽いのよね…」

 「…軽いだと?…」

 「…たしかに、お姉さんの言う通りなんだけど、お姉さんが、言うと、どこか、軽くなるというか…」

 目の前のリンダ=ヤンが、笑った…

 「…なんていうか、楽しくなってくる…」

 「…楽しく?…」

 「…今、目の前にファラドの脅威が迫っていて、正直、自分でも、どうしていいか、わからないほど、追い込まれている…でも、そんなときでも、お姉さんが、近くにいると、どこか、安心するというか…」

 「…」

 「…葉敬も、葉尊も、お姉さんを離さないはずだと、あらためて、思う…」
 
 リンダ=ヤンが、笑った…

 「…お姉さんは、どんなときも、お姉さんで、お姉さんを見ていると、安心するというか、ホッとする…」

 「…」

 「…きっと、明日、世界が、終わろうと、お姉さんが、そばにいれば、いつもと同じ日を過ごすことができる…」

 リンダ=ヤンが、断言した…

 そして、その会話がすべてだった…

 結局、その日は、リンダは、後は、たわいもないおしゃべりをして、帰った…

 私は、リンダのおしゃべりに、付き合ったというか…

 わざと、リンダが、たわいもない、おしゃべりをすることで、精神の安定を保っていると、思ったのだ…

 ハッキリ言って、ファラドのことを、考えれば、考えるほど、恐怖なのだろう…

 権力も、財力も持った男が、自分を狙ってくる…

 それに対して、自分は、対抗するすべを持たない…

 ハッキリ言えば、好きでもない男に狙われて、どうこうされるのは、誰でも、嫌だからだ…

 そして、それに対抗するというか、逃げることは、できない…

 だから、恐怖しかないのだろう…

 私は、思った…

 だから、リンダ=ヤンは、どんな手も使う…

 ハッキリ言って、オスマンにどれほどの力があるのか、怪しい…

 なにしろ、3歳の幼児だ…

 3歳のガキだ…

 ホントは、力など、なにもないだろう…

 力があるのは、オスマンの父であり、祖父だろう…

 なにしろ、祖父は、国王だそうだ…

 サウジの絶対的な権力者だそうだ…

 だから、ファラドは、正確には、オスマンの庇護ではなく、オスマンの背後にいる、オスマンの父なり、祖父なりの威光にすがっているのだろう…

 その威光というか、権力というか、権威というか…

 とにかく、それを盾にして、生き残ろうとしているのだろう…

 私は、思った…

 そして、それは、ある意味、リンダとバニラも同じ…

 同じだ…

 すでに巣立ったとは、いえ、当初は、二人とも、バックに葉敬がついていた…

 台湾の大富豪、台北筆頭CEОの葉敬が、後ろ盾だった…

 それゆえ、二人とも、飛躍できた…

 成功できた…

 葉敬が、いなければ、二人とも、成功は、難しかっただろう…

 どうしても、きっかけというか…

 最初は、誰かのサポートが、必要になる…

 飛行機でいえば、離陸するまでというか…

 とりあえず、空を飛ぶまでに、必要になる…

 日本の芸能人でいえば、デビューして、ある程度、世間で、自分が、認知されるまで、誰かに、サポートされる必要がある…

 世間で、ある程度の知名度を得て、それから、さらに飛躍して、スターやアイドルになれるか、それとも、空を飛んだのは、ほんの一瞬で、すぐに地上に落ちるように、落下するか…

 それは、わからない…

 ただ、繰り返すが、デビューしたり、それから、世間で、知名度を得ることも、できななければ、その後の成功はないからだ…

 つまり、葉敬は、リンダとバニラの後援者…

 そして、その葉敬は、台湾の実力者…

 が、

 とてもではないが、ファラドには、対抗できない…

 つまり、リンダやバニラでは、どうあがいても、ファラドに対抗できない…

 だから、リンダは、オスマンに目を付けたのだ…

 わずか3歳のガキに目をつけたのだ…

 卑怯というか…

 常識では考えられないが、私が、リンダの立場ならば、リンダが、卑怯とは、言えなかった…

 リンダを非難することは、できなかった…

 自分の身を守るためには、仕方がないことだと、思った…

 そして、思った…

 あのファラドという男は、どこまで、本気なのかということだ…

 リンダ・ヘイワースを手に入れたいという噂が、どこまで、本当で、どこまで、フェイクなのか、わからない…

 わからないから、不安なのだ…

 ファラドの本当の目的が、わからないから、不安なのだ…

 私は、思った…

               
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