第61話

文字数 6,032文字

 「…オラ…オラ…オラ…ちんたら、ちんたら、してるんじゃないさ…」

 私は、大声で、叫びながら、リンダ=ヤンと、ファラドの真ん中に、走った…

 驚いた、リンダ=ヤンが、

 「…どうしたの? …お姉さん?…」

 と、言って、身をよけた…

 つまりは、ヤン=リンダと、ファラドの間に、私が、入ったのだ…

 「…オマエたち、男同士で、気持ち悪いゾ…」

 私は、言った…

 「…ゲイのカップルじゃないんだ…」

 私の言葉に、ヤンが、

 「…ゲイのカップル?…」

 と、言って、絶句した…

 それから、ヤンと、ファラドが、お互いを見て、爆笑した…

 「…そんな、お姉さん…男二人が、ただ歩いているだけですよ…」

 と、ファラドが、私に、抗議した…

 「…それが、どうして、ゲイのカップルなんですか?…」

 ファラドが、続けた…

 「…それに、お姉さん?…」

 「…なんだ?…」

 「…イスラム世界では、原則的に、ゲイは、禁止です…国によっては、死刑になる国もあります…」

 「…し…死刑だと?…」

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 私は、ゲイでも、レスビアンでも、なんでもないが、さすがに、ゲイやレスビアンというだけで、死刑というのは、驚きだ…

 ひとを殺したり、傷つけたりして、死刑になるのは、わかる…

 理解できる…

 が、

 ゲイやレスビアンというだけで、死刑になるのは、心底驚きだった…

 「…だから、私は、今、マリアさんの保護者の方と、歩いているだけです…」

 ファラドが、説明した…

 「…でしょ?…」

 と、言って、ファラドは、軽くウィンクをして、リンダを見た…

 リンダ=ヤンを、見た…

 長身で、浅黒く精悍なイケメンが、リンダを見たのだ…

 もの凄いセックス・アピールだった…

 色気が、ムンムンとしていた…

 私は、これまで、こんな男は、見たことがなかった…

 それは、私が、日本人だからだ…

 日本人で、ここまで、セックス・アピールがある人間は、普通いない…

 また、アジア人でもいない…

 私の夫の葉尊も長身のイケメンだが、ここまで、セックス・アピールはない…

 それは、ちょうど、このヤン=リンダが、きっちりと、ドレスを着て、正装をしたときに、発するセックス・アピールと同じ…

 同じだ…

 まさに、ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースが、発するセックス・アピールと同じだった…

 私は、それを見て、気付いた…

 …似た者同士…

 似た者同士ということに、気付いたのだ…

 きっと、互いに、互いの、セックス・アピールに惹かれたのかもしれん…

 私は、思った…

 互いに、周囲が思わず、引くほどのセックス・アピール=色気をムンムンさせている…

 とてもではないが、この平凡な矢田トモコでは、太刀打ちできない…

 対抗できないのだ…

 この平凡な矢田トモコの出る幕ではない…

 私は、それを悟った…

 悟ったのだ…

 だから、

 「…オマエたち…勝手にすれば、いいさ…これから、二人で、ホテルでも、なんでも、行けばいいさ…」

 ち、告げた…

 告げたのだ…

 「…お姉さん…ホテルって、なに? …どうして、ホテルなの? …これから、お遊戯大会が、この保育園で始まるのよ…」

 ヤンが、目を白黒させて、言った…

 …そうだった!…

 お遊戯大会だった…

 ホテルではなかった…

 ヤン=リンダの言葉で、あらためて、自分の置かれた状況が、わかった…

 再確認したのだ…

 リンダ=ヤンと、ファラドが、まるで、恋人同士のように、楽しそうにしてるのを、見て、嫉妬したのだ…

 できれば、私もファラドのようなイケメンと恋人同士のように、振る舞いたいと、夢想したのだ…

 それが、はかなく、夢と消えた今、無性に、リンダに嫉妬した…

 ヤン=リンダに嫉妬した…

 それが、現実だった…

 この矢田トモコともあろうものが、こんな劣悪な感情に、もてあそばされたのだ…

 情けない…

 実に、情けなかった…

 が、

 立ち直りの早いのも、私の美点の一つだった(笑)…

 すぐに、あっけなく立ち直った…

 「…さあ、行くゾ…」

 私は、ヤン=リンダとファラドの間に立ちながら、叫んだ…

 「…さっさと歩け…お遊戯大会に遅れるゾ…」

 私は、断言した…

 そして、ふと、気付いた…

 リンダ=ヤンは、175㎝…

 ファラドは、180㎝は、あるだろう…

 夫の葉尊と同じぐらいだ…

 その二人の間に、この矢田トモコがいる…

 身長、159㎝の矢田トモコがいる…

 すると、周囲は、どう見る?

 凹んで、見えるのではないか?

 真ん中だけ、凹んで見えるのでは、ないか?

 ふと、気付いた…

 これは、みっともない…

 ふと、悟った…

 自分が、周囲から、どう見られるか、悟った私は、慌てて、二人から離れた…

 …危なかった…

 実に危なかった…

 賢明な私だから、この事実に気付いたが、余人ならば、難しいだろう…

 私は、自分の頭の良さに救われたと、悟った…

 悟ったのだ…


 私は、ファラドとヤンから、一歩も二歩も、前を歩いた…

 すると、その先には、あのオスマン殿下と、マリアが、歩いていた…

 背後から、見ると、これまた似合いのカップルだった…

 子供ながら、似合っていた…

 まさに、理想のカップルだった…

 こんなときに、葉尊がいれば?

 ふと、思った…

 夫の葉尊が、いれば、私も、一人ぼっちではない…

 が、

 仮に、夫の葉尊と並んで、歩いていても、似合わない…

 似合わないこと、この上ない…

 夫の葉尊は、長身…

 180㎝近くある…

 それに対して、この矢田トモコは、身長、159㎝…

 だから、並んで歩いていても、似合わない…

 似合わないこと、この上ない…

 私は、遅まきながら、その事実に、気付いた…

 いや、

 その事実に、気付いたのは、昨日、今日ではない…

 ずっと前からだ…

 にもかかわらず、私は、気にしなかった…

 これは、私が、鈍感だからではない…

 なぜなら、世間には、そんな凸凹カップルは、ありふれているからだ…

 身長差のある、カップルは、ありふれているからだ…

 そして、もう一つ…

 私が、決して、美人でもなんでもないにも、かかわらず、イケメンの葉尊といっしょに、いても、コンプレックスを感じないのは、これもまた、同じく、そんなカップルは、世間にありふれているからだ…

 真逆に言えば、世の中に、美男美女のカップルは、あまりいない…

 男が、イケメンならば、女は、普通…

 真逆に、女が、美人ならば、男は、普通…

 これが、多い…

 テレビや映画の中の美男美女のカップルは、普通は、世の中に存在しない…

 少なくても、私は、街中で、そんな美男美女のカップルは、見たことがなかった…

 だから、これまで、私は、葉尊といっしょに、いても、おかしいとか、コンプレックスは、感じたことがなかったのだ…

 が、

 今、リンダ=ヤンと、ファラドが、並んで歩いている…

 リンダは、今、ヤンの格好をしている…

 ヤンという男装をしている…

 男の格好をしている…

 にもかかわらず、ファラドと並んで歩くと、似合うのだ…

 ヤンとファラドが、並んで、歩くと、華やかで、目立つのだ…

 人目を引くのだ…

 だから、それを見て、私は、美男美女のカップルを思ったのだ…

 これまで、考えたことのないことを、考えたのだ…

 そして、オスマン殿下と、マリア…

 これまた、ちっちゃいながらも、似合いのカップルだった…

 マリアは、小さいながらも、美人…

 母親のバニラと、同じく美人だった…

 目鼻立ちが、子供ながら、抜きん出ていた…

 オスマンも同じ…

 子供だが、中東の男にふさわしく、浅黒い肌に、精悍な顔立ちだった…

 子供ながら、イケメンだった…

 だから、思ったのだ…

 子供ながらに、美男美女のカップルだった…

 だから、この矢田トモコも、今さらながら、自分と葉尊の違いに気付いたのだ…

 が、

 夫の葉尊と、この矢田トモコが、似合わないと、気付いたところで、どうこう言うつもりは、なかった…

 むしろ、ラッキー…

 ラッキーの一言だった…

 この平凡な矢田トモコが、長身で、イケメンの葉尊と、結婚しているのだ…

 イケメンで、お金持ちの葉尊と結婚しているのだ…

 ラッキー、この上なかった…

 それを、考えると、私の気持ちも落ち着いた…

 ゆっくりと、落ち着いた気持ちで、オスマンとマリアの後を、歩いた…


 保育園は、思った以上に、質素だった…

 いや、

 質素という言葉は、違うかもしれない…

 お金持ちの子弟の通う、セレブの保育園だから、中もゴージャスじゃないか?と、勝手に想像したのだ…

 が、

 違った…

 至って、平凡だった…

 が、

 そこに集まった父兄は、平凡ではなかった…

 まるで、ファッションショーでも、始まるのかと、思うぐらい、ゴージャスだった…

 ゴージャス=ブランド品の見本市だった…

 あまり、ブランドに詳しくない私でも、一目で、それが、わかった…

 にも、かかわらず、その中で、一番目立っていたのは、やはりというか、ヤンとファラドだった…

 二人とも、おおげさに言えば、後光が差して見えたというか…

 二人だけに、スポットライトが当たっているように、華やかだった…

 いくら、金持ちの子弟やその両親が、集まる場所でも、そこにいるのは、一般人…

 スターではない…

 日本人ではなく、外人も多いが、ヤンや、ファラドのような華やかな人間は、誰もいなかった…

 つまり、それほど、目立っていたということだ…

 そして、その傍らに、この矢田トモコがいた…

 この平凡、極まりない矢田トモコがいた…

 すでに、セレブの父兄の中に、埋没していた(笑)…

 身長も159㎝と、小さい…

 日本人の女性の中ならば、小さくも、大きくもないが、やはり、セレブの保育園だけあって、大半は、外人だった…

 白人だった…

 その中に、あって、この矢田トモコの身長は、低かった…

 が、

 それが、良かった…

 なぜなら、目立たなくて、すむからだ…

 私は、目立つ…

 自分で言うのも、なんだが、なぜか、集団の中で、目立つらしい…

 私は、それが、嫌だった…

 ずっと、昔の学生時代から、

 「…矢田って、なんだか、目立つんだよね…」

 と、友達に、言われてきた…

 言われ続けてきた…

 なぜかは、わからない…

 だから、なぜ、目立つのか、友人に聞くと、

 「…それが、よくわからないんだよね…」

 と、返って来た…

 「…よくわからないだと? …どういうことだ?…」

 「…矢田って、どこにいても、目立つ…別に、そこで、矢田がなにか、しているわけでもないんだよね…でも、目立つ…」

 その回答に、私は、どう答えていいか、わからなかった…

 そんなことを、言われても、困る…

 それが、偽らざる、私の気持ちだった…

 それに、私は、別に、目立ちたがりでも、なんでもなかった…

 クラスでも、委員長とか、生徒会長とか、した経験は、皆無…

 一度もない…

 にも、かかわらず、私が、一番目立っていたと、いう声は、卒業して、偶然、街中で、友達と再会すると、いつも言われるセリフだった…

 だから、最初は、驚いたが、今では、あまり気にならなくなった…

 誰でも、そうだが、何度も、繰り返し言われれば、慣れてしまうからだ…

 自分自身、少しも納得していないにも、かかわらず、そういうものだと、思ってしまうからだった…

 まあ、しかし、自分で、言うのも、おかしいが、そんなものかもしれない…

 そんなものかみしれないと、今は、思う…

 実感する…

 いわば、ないものねだり…

 私は、生まれつき、目立つから、目立ちたくないだけ…

 真逆に、なにをしても、目立たない人間は、目立ちたいのだろう…

 さっき、言った、高卒のひとが、会社に入って、出世したいと、願うのと、同じ…

 同じだ…

 学校の勉強では、大卒のひとに、負けたが、仕事では、負けないと、言うのと、同じだ…

 ないものねだり…

 持ってないから、欲しいのだ…

 最初から、持っていれば、欲しくもなんともない…

 それと、同じだ…

 そういう私自身、リンダやバニラのように、美しいルックスや、夫の葉尊のような金持ちに憧れる気持ちは、普通にある…

 が、

 いくら、憧れても、できることと、できないことがある…

 叶うことと、叶わないことがある…

 葉尊のようなお金持ちとは、結婚できたが、リンダやバニラのような、美人には、どうあがいていても、なれない…

 それが、現実だ…

 悲しい現実だ…

 誰もが、そうだが、一生懸命、頑張ったり、あるいは、頑張りもしないが、私のように、たまたま運よく、お金持ちと結婚できた男女は、世の中にいるだろう…

 が、

 顔は、変えることが、できないし、身長も、変えることができない…

 それは、諦めるしかない…

 もっとも、今の時代は、ネットで見ると、はっきり言って、私から見ても、ブザイクな女が、整形で、美人になった例を、少なからず、見かけるので、顔を変えることも、できるのかもしれない…

 美人になることも、できるのかもしれない…

 が、

 果たして、一生、そのままの顔で、いられるのかは、甚だ疑問だ…

 例えば、私と同じく、35歳で、整形して、見違えるような美人になったとする…

 すると、どうだ?

 そのままの顔で、80歳になれるのだろうか?

 90歳になれるのだろうか?

 歳をとったときに、普通に老いることができるのだろうか?

 甚だ疑問だ…

 ネットで見ると、整形を繰り返した、80歳の老婆が、まるで、粘土かなにかで、作ったような顔になったのを、見たことがある…

 そうなってしまわないか、不安なのだ…

 そして、身長とスタイル…

 これは、変えることができない…

 身長も、そうだが、ただ高くても、ダメ…

 男もそうだが、とりわけ、女は、スタイルがよくないと、若くて、長身でも、カッコよく見えない…

 なまじ、顔が良く、美人で、長身でも、スタイルが良くないと、幻滅するというか…

 残念だと思う…

 なにより、本人自身が、そう思うだろう…

 これもまた、ないものねだり…

 完璧な人間は、いない…

 すべてを持って、生まれた人間は、いないということだ…

 そして、それを知れば、普通は、安心する…

 大抵の人間は、皆、自分と大差ないと知って、安心するのだ…

 東大生を見ても、美男美女は、滅多にいないし、堂々と、落ち着いた様子で、リーダーシップを持った人間も、また滅多にいない…

 それを知って、安心するのだ…

 が、

 一部の人間は、それを知っても、なお安心できない人間がいる…

 とにかく、自分が一番になりたい人間がいる…

 私には、理解ができないが、一定数いる…

 こうなると、どうしていいか、わからない…

 ただ、私には、理解不能が、人間がいる…

 そう思うだけだ(笑)…

 そして、そんなことを、考えていると、なぜか、会場が、どよめいた…

 一体、何事かと思った…

 すると、壇上になぜか、私そっくりの顔の女がいた…

 矢口のお嬢様がいた…

               

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