第127話

文字数 4,569文字

 「…葉尊が、そんなことを…」

 葉敬が、続けた…

 納得できない様子だった…

 だから、私は、

 「…葉尊じゃ、ありません…葉問です…」

 と、殿下の言葉を訂正した…

 そして、殿下に、向かって、

 「…あのとき、現れたのは、夫の葉尊の弟です…」

 と、告げた…

 「…弟?…」

 「…夫の葉尊は、一卵性双生児なんです…だから、そっくりの弟が、いるんです…」

 私が、殿下に、説明した…

 すると、

 「…そうですか?…」

 と、殿下は、納得した…

 「…ですが、ボクの目には、矢田さんを、守るために、現れたように、見えたので、てっきり…」

 思いがけない、殿下の言葉だった…

 だが、葉問は、マリアのために、あの場に現れたのでは、なかったのか?

 あるいは、マリアの母親のバニラを助けるために、あの場に現れたのでは、なかったのか?

 私は、それを、思った…

 「…私のため? …葉問は、マリアを助けるために、あの場に、現れたんですよ…」

 「…それは、わかってます…でも、あの男の方の目は、矢田さんを、見ていましたよ…」

 「…私を?…」

 「…きっと、矢田さんが、あの場にいなかったら、現れなかったんじゃ、ないんですか?…」

 オスマン殿下が、からかうように、言う…

 私は、焦った…

 当惑した…

 まさか、葉問が、私を助けるために、あの場に現れたとは、思わんかったからだ…

 そんなこと、考えもせんことだった…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…あの葉問が、マリアを助けるために…」

 と、隣で、葉敬が、呟いていた…

 「…あの葉問が…」

 と、繰り返す…

 だから、私は、

 「…葉問にも、いいところがあるんです…」

 と、葉敬に言った…

 いわば、葉問の肩を持ったのだ…

 「…葉尊では、闘えませんから…」

 と、付け加えた…

 私の言葉に、葉敬は、

 「…」

 と、無言で、頷いた…

 「…たしかに、葉尊では、無理だ…」

 葉敬は、一人、納得したように、言う…

 「…人間、誰でも、得手不得手が、あります…」

 と、私は、葉問の肩を、持った…

 「…お義父さんも、もう少しは、葉問を認めて、あげても、いいんじゃ、ないんでしょうか?…」

 「…お姉さんに、そう言われても…」

 と、葉敬は、戸惑った様子だった…

 「…でも、マリアを助けたとなると、あの葉問にも、感謝しなければ、ならんな…」

 と、葉敬が、躊躇いがちに、言う…

 「…あの葉問にも、少しは、いいところが、あるわけだ…」

 葉敬が、語る…

 私は、その言葉が、葉敬の葉問に対する、最大限の誉め言葉だと、思った…

 いわば、自分が、嫌いな人間を、渋々、認めたわけだ…

 まさか、それまで、大嫌いだった人間を、いきなり、掌を返して、褒める人間は、いない…

 また、もしも、そんな真似をすれば、間違いなく、人間性を疑われる(笑)…

 だから、葉敬が、そんな真似をするわけが、なかった…

 なにしろ、葉敬は、大物だ…

 台湾の大物財界人だ…

 そんな大物が、いきなり、掌を返すような発言は、できない…

 つまり、なにを言いたいかと、言えば、立場上、掌を返すような発言が、できないことが、習い性に、なっているということだ…

 だから、葉敬は、素直に、葉問を、褒めることが、できない…

 それも、一因に、あるに違いない…

 間違いなく、一因に、あるに、違いなかった…

 私が、そんなことを、考えていると、木原が、

 「…サウジアラビアの大使館に、今、連絡しました…」

 と、いきなり、言った…

 それを、受けて、オスマン殿下が、

 「…そうですか?…」

 と、だけ、言った…

 が、

 木原の次の言葉が、オスマン殿下を動揺させた…

 「…ですが、サウジアラビア大使館では、ファラドなる、王族は、存在しないとの回答でした…」

 意外な言葉だった…

 「…存在しない?…」

 思わず、オスマン殿下が、木原の言葉を、繰り返した…

 「…ハイ…」

 木原が、答える…

 その言葉に、殿下が、深く、考え込んだ…

 それから、ポツリと、漏らした…

 「…そうですか…存在しない…つまり、見捨てたと、いうことですか?…」

 「…見捨てたって、どういうことですか?…」

 と、思わず、私は、口を挟んだ…

 すると、オスマン殿下は、哀しそうに、

 「…ファラドは、ひとに、裏切られ続けている…愚かな男です…」

 と、続けた…

 「…裏切られ続けている? …どういうことですか?…」

 私は、聞いた…

 聞かずには、いられなかった…

 なにしろ、あのファラドだ…

 あのイケメンだ…

 あの超カッコイイ、イケメンだ…

 あのハンサムのイケメンが、どうして、ひとに、裏切られ続けていると、いうのか?

 謎だった…

 「…矢田さん…ファラドは、中途半端なんですよ…」

 「…中途半端?…」

 一体、どういう意味だろ?

 いや、

 中途半端の意味は、わかる…

 問題は、なぜ、中途半端なのかと、いうことだ…

 「…つまり、劣っては、いない…でも、優れているわけでもない…」

 オスマン殿下が、説明する…

 「…だから、ダメなんです…」

 「…だから、ダメ?…」

 「…そうです…決して、劣っているわけではない…だから、自分に自信がある…だから、ひとに、利用される…」

 「…」

 「…サウジの王族は、多いです…日本の皇室とは、違います…だから、王族と言っても、権力の中枢にいるのは、ほんの一握り…大半は、部外者です…」

 「…部外者?…」

 「…権力とは、関係のない、一般人と、同じです…」

 「…」

 「…が、ファラドは、違う…」

 「…違う…どう、違うんですか?…」

 「…権力に近い…」

 「…権力に近い? …どうして、近いんですか?…」

 「…それは、現国王の息子の一人だからです…」

 「…」

 「…ですが、権力に近いと言っても、それほどでもない…だから、この点でも、中途半端…」

 「…中途半端?…」

 「…そうです…会社でも、なんでも、よくいるでしょ? 学校の成績は、悪くはない…といっても、有名大学を出ているわけでもない…そして、仕事を、与えれば、そこそこ使える…だから、本人は、オレは、使える…将来、出世すると、心の底から、思う…」

 「…」

 「…でも、周囲の人間は、簡単な仕事だから、その人間に、その仕事を与えるので、あって、決して、重要な仕事は、任せない…」

 「…」

 「…ファラドは、そんな人間の典型です…だから、周囲に、利用される…本人の強すぎる、うぬぼれを、周囲の人間に、見透かされ、利用される…現国王が、亡くなれば、次は、オマエの出番だと、周囲の人間に、そそのかされ、利用される…」

 「…」

 「…実に、愚か…愚かな人間です…同時に、哀れでも、ある…」

 オスマン殿下が、嘆いた…

 そして、そんなオスマン殿下の言葉を、目の当たりにして、案の上、木原と、葉敬が、仰天していた…

 呆気に、取られていた…

 「…さっきも、言ったけど、アナタ、ホントに、子供…」

 と、木原が聞いた…

 そして、葉敬もまた、口にこそしていないいが、同様の質問をしたい様子が、アリアリだった…

 私は、マズいと、思った…

 だから、とっさに、

 「…オスマン殿下は、天才なんです…」

 と、口を挟んだ…

 「…天才?…」

 木原と、葉敬が、同時に、言った…

 「…ほら…日本では、ないけれど、アメリカとか、5歳の幼児でも、頭が抜群にいいから、大学に進学するとか、あるでしょ?…」

 私が、言うと、木原が、

 「…たしかに、そんな話、聞いたことがあるけど…それと、同じ?…」

 と、訊いた…

 「…そうです…」

 「…だから、日本に、留学しているのか?…」

 と、いきなり、葉敬が、言った…

 …一体全体、頭がいいことと、留学と、どういう関係が、あるんだ?…

 …さっぱり、わからんかった…

 が、

 すぐに、葉敬が、

 「…要するに、居心地が、悪くなったと、言うことでしょ?…」

 と、告げた…

 「…居心地?…」

 私が、キョトンとした表情で、口にすると、

 「…だって、優秀過ぎれば、周囲の子供と、話が合わないでしょ? …だから、どうしても、つまはじきにされて、居心地が、悪くなる…だから、日本に留学して、全然、別の場所に、行こうと、したのでしょ?…」

 葉敬が、自分の考えを述べた…

 私は、

 「…いや、決して、そういうわけでは…」

 と、言おうか、どうか、迷っていると、

 「…その通りです…」

 と、オスマン殿下が、言った…

 「…さすがです…」

 と、葉敬を持ち上げる…

 すると、葉敬も、気分が、良くなったのか、

 「…いや、いや…」

 と、謙遜した…

 その葉敬に、

 「…さすが、マリアの父親です…娘と同じく優れている…」

 と、オスマン殿下が、お世辞を言った…

 すると、

 「…そんなことは、ありません…」

 と、葉敬は、謙遜したが、気分のいいのは、誰の目にも、明らかだった…

 明らかに、気分が、高揚していた…

 だから、

 「…オスマン君と、いったね…実に、キミは、優秀だ…さっきも、言ったが、後二十年後には、マリアの花婿として、迎えたいものだ…」

 と、さっき言った発言を繰り返した…

 私は、それを、見て、どう言っていいか、わからんかった…

 これも、さっきと、同じく、葉敬には、本当のこと…

 つまりは、本当は、オスマン殿下は、30歳だと、言ってやりたかった…

 が、

 言えんかった…

 さすがに、オスマン殿下の前では、言えんかったのだ…

 が、

 私のそんな心配をよそに、オスマン殿下は、さっきと、同じく、

 「…ありがとうございます…」

 と、葉敬に、頭を下げた…

 これを、見て、つくづく、このオスマン殿下は、人間が、出来ていると、思った…

 私が、オスマン殿下ならば、

 「…子供扱いするな!…オレは、30歳だ!…」

 と、言いたいところだ…

 が、

 オスマン殿下には、そんな気配は、一切なかった…

 私は、どうして、オスマン殿下が、怒らないのか、考えた…

 なぜなら、前回、会ったとき、子供たち相手では、オスマン殿下が、怒り出したからだ…

 そして、それは、大人相手だからだ…

 子供たち相手では、ないからだと、気付いた…

 相手が、大人なら、遠慮があるというか…

 ひどいことは、言わない…

 なにしろ、オスマン殿下が、3歳の幼児だと、思っているからだ…

 大の大人が、3歳の子供相手に、本気で、なにか、することは、ありえない…

 それは、オスマン殿下を対等と思ってないから…

 オスマン殿下を、3歳の子供だと、思っているからだ…

 が、

 子供は、当たり前だが、そうは、見ない…

 対等だと、思っている…

 自分と、同じだと、思っている…

 だから、遠慮というものが、ない…

 つまり、そういうことだ(笑)…

 私は、思った…

 すると、いつのまにか、どこかに、姿を消したと、思っていた大滝が、戻って来た…

 そして、私たちに、告げた…

 「…今、このセレブの保育園に立てこもっている、ファラドと、連絡が、取れた…」

 大滝が、息せき切って、告げた…

 「…それで…」

 オスマン殿下が、真っ先に、聞いた…

 が、

 なぜか、大滝は、オスマン殿下を、見なかった…

 なぜか、オスマン殿下の代わりに、この矢田を見た…

 そして、

 「…ファラドは、矢田さん…アナタに会いたいと言っている…」

 と、大滝が、告げた…

 仰天の言葉だった…

               

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