第137話

文字数 4,493文字

 「…要するに、あのオスマンが、生意気を言ったって、ことよね…」

 マリアが、言った…

 「…たしかに、そうだけど…」

 リンダが、言い淀んだ…

 マリアの迫力に、圧倒された感じだった…

 「…生意気…実に、生意気…」

 マリアが、繰り返す…

 「…私が、いつも、生意気を言っちゃ、ダメって、オスマンに言ったのに…」

 マリアは、いつしか、腕を組んで、怒っていた…

 それは、ちょうど、この矢田トモコが、威厳を示すため…

 自分を偉く見せるために、するのと、同じだった…

 同じだったのだ…

 「…オスマンは、私の注意も聞かず…」

 マリアが、愚痴っていると、なぜか、マリアを筆頭に、この保育園の女子が、皆、

 …よくわかる…

 と、いうように、マリアと同じく、腕を組んで、マリアの言葉に、同意していた…

 つい、さっきまで、私が、怒ったから、ベソをかいた幼児たちの姿は、どこにもなかった…

 なぜか、皆、オスマンが、生意気であることに、怒っていた…

 憤慨していた…

 私は、なにが、なんだか、わからんかった…

 なぜ、オスマンが、この保育園の幼児たち…

 とりわけ、女のコたちに、嫌われるか、わからんかったからだ…

 すると、

 「…嫉妬ね…」

 と、リンダが、笑った…

 「…嫉妬? …どういう意味だ?…」

 と、隣のファラドが聞く…

 「…マリアへの嫉妬…」

 「…マリアへの嫉妬?…」

 「…マリアは美人でしょ? この子供たちの中でも、ずば抜けてる…だから、他の女のコは、それが気に入らないの…」

 「…なるほど…でも、3歳でもか?…」

 「…3歳でも、立派な女…思うことは、3歳でも、30歳でも、同じ…」

 リンダが、断言する…

 「…だから、兄貴は、知らず知らずの間に、この保育園中の女のコたちを、敵に、回したわけだ…」

 「…その通り…」

 リンダが、笑った…

 それを、聞いて、

 「…アラブの至宝と呼ばれた優れた頭脳を持つ、兄貴も、3歳の女のコたちの気持ちもわからないんじゃ、形無しだな…」

 ファラドが、笑う…

 「…たぶん、頭が、良すぎるからよ…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…頭が、良すぎるから、理屈で、物事を考える…他人の感情を、考えない…」

 リンダが、言う…

 「…だから、他人の気持ちに気付かない…今回のことも、それが、原因じゃないの?…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…オスマンは、この保育園で、マリアに首ったけ…それで、この保育園の女のコたちは、オスマンが、気に入らない…オスマンが、マリアを、美人だから、優遇していると、気付いている…だから、オスマンを気に入らない…その結果、オスマンを、毛嫌いする…」

 「…なるほど…」

 ファラドは、肩をすくめた…

 「…さすが、リンダ・ヘイワース…的確な評価と、いうか、洞察力というか…」

 「…経験よ…」

 「…経験? …どんな経験だ?…」

 「…美人に生まれたものの経験…」

 リンダが、当たり前のように、言うと、ファラドは、リンダを一瞥して、

 「…なるほど…」
 
 と、言った…

 それから、

 「…美人に生まれるのも、大変だ…」

 と、からかうように、言う…

 「…で、だから、普段は、そんな男の格好をしているんだ…」

 「…ご想像に、お任せするわ…」

 リンダが、答えた…

 私は、そのやりとりを、聞きながら、なぜか、不機嫌だった…

 いつのまにか、このファラドと、リンダが、まるで、恋人同士のように、イイ感じで、話している…

 しかも、

 しかも、だ…

 なぜか、この矢田トモコは、蚊帳(かや)の外…

 蚊帳(かや)の外だった…

 もっと、言えば、相手にされてなかった…

 しっかりと、相手にされてなかったのだ!…

 これは、許せることではない…

 断じて、許せることではなかった(激怒)!…

 だから、私は、二人の中に割って入り、

 「…オマエたち、勝手に話を進めるんじゃないさ…」

 と、怒鳴った…

 「…今は、オスマンだ…敵は、オスマンなんだ…」

 と、私は、怒鳴った…

 怒鳴ったのだ…

 「…美人が、どうのこうのは、関係ないのさ…」

 と、私が、怒鳴ると、マリアが、

 「…矢田ちゃんは、美人じゃないものね…」

 と、突っ込んだ…

 突っ込んだのだ…

 「…なんだと?…」

 思わず、私は、声に出した…

 3歳のマリアに対して、35歳の矢田トモコが、声に出して、文句を言うのも、おかしかったが、声に出さすには、いられんかった…

 いや、

 許せんかった…

 許せんかったのだ(激怒)…

 「…マリア…オマエ、今、なんと?…」

 私が、聞くと、

 「…知らない…」

 と、マリアが、すっとぼけた…

 「…ナニッ?…」

 私は、マリアを睨んだ…

 睨んだのだ…

 すると、どうだ?

 なんと、マリアが、睨み返してきた…

 この矢田トモコを、睨み返してきたのだ…

 なんだ、この女…

 私は、とっさに、思った…

 いや、

 やはり、血は、争えん…

 やはり、血は、争えんのだ…

 あのバニラの娘…

 あの、バカ、バニラの娘だ…

 やはり、バカなのかも、しれん…

 これまでは、この矢田トモコも、子供だと、思って、大目に見てきたが、これからは、違うさ…

 私は、内心、誓った…

 これからは、違うのさ…

 内心、誓いながら、マリアから、目をはずした…

 マリアの視線から、目をそらした…

 私が、そうせねば、いつまでも、マリアは、私を睨んでいるに、違いないからだ…

 だから、大人の選択だった…

 大人だから、譲るべきときは、譲る…

 そう思ったのだ…

 すると、

 「…矢田ちゃん…逃げた…」

 と、マリアが言った…

 「…なんだと?…」

 「…矢田ちゃん…逃げるの?…」

 「…逃げてなんか、いないさ…」

 「…だって、今、目をそらしたでしょ?…」

 「…それが、どうした?…」

 私は、いつのまにか、なぜか、マリアと再び睨み合っていた…

 睨み合っていたのだ…

 この35歳の矢田トモコが、3歳のマリアと、対等に、睨み合っていたのだ…

 正直、わけがわからん展開だった…

 が、

 それを、見て、

 「…プッ!…」

 と、誰かが、吹き出した…

 ファラドだった…

 「…この気の強さ…まさに、兄貴が、気に入るはずだ…」

 ファラドが、笑った…

 「…どういう意味?…」

 リンダが、聞いた…

 「…兄貴は、あのカラダだ…ハッキリ言えば、気の弱いところがある…」

 「…カラダと、気の弱さが、どういう関係があるの?…」

 「…大ありさ…例えば、兄貴は、30歳だが、30歳の女にも、殴り合いでは、勝てない…当たり前のことだ…」

 「…それと、気の弱さと、どういう関係があるの?…」

 「…ハッキリ言えば、コンプレックスさ…」

 「…コンプレックス?…」

 「…自分のカラダの小ささが、誰よりも、よくわかっている…いかに、無力か、わかっている…だから、それが、気の小ささに、繋がる…それを、自分自身、誰よりも、わかっているから、今度は、頭の良さを生かして、少しでも、自分を大きく見せようとする…」

 「…」

 「…それが、オスマン…アラブの至宝と呼ばれた男の正体さ…」

 私は、

 …なるほど…

 と、思った…

 うまいことを、言う…

 この矢田トモコには、コンプレックスがないが、オスマンには、ある…

 そういうことだ…

 「…まあ、世の中、色々だな…」

 と、私は、言った…

 「…色々って?…」

 リンダが聞く…

 「…色々は、色々さ…」

 私は、言った…

 「…だから、色々って、なんなの?…」

 リンダが、突っ込む…

 私は、頭に来た…

 ホントは、色々の意味など、なにも、ないのだが、つい、口にしただけだった…

 それを、こうも、突っ込むとは?

 許せんかった…

 だから、

 「…色々は、色々さ…突っ込むんじゃないさ…」

 と、私は、リンダに、怒鳴った…

 怒鳴ったのだ…

 「…ホントは、意味なんか、ないんじゃない?…」

 と、リンダが、笑った…

 私は、頭に来た…

 「…意味は、あるさ…」

 大声で、言った…

 ホントは、意味なんか、なにも、なかったが、言わずには、いられんかった…

 「…じゃ、どんな意味?…」

 「…それは、色々さ…」

 「…だから、その色々って、なんなの?…」

 「…つまり、リンダ…オマエと、私さ…」

 「…私と、お姉さん?…それが、どうしたの?…」

 「…私は、オマエから、比べれば、ルックスが、少しだけ、落ちるさ…」

 「…少しだけ?…」

 「…そうさ…少しだけさ…でも、私は、葉尊という立派な夫がいて、オマエは、独身…私の勝ちさ…」

 「…どうして、お姉さんの勝ちなの?…」

 「…金持ちのイケメンを、ゲットしたからさ…」

 私は、言った…

 胸を張って言った…

 私の唯一の武器である、この大きな胸を張って言ったのだ…
 
 堂々と、正論を述べたのだ…

 だから、少しだけ、鼻高々だった…

 あくまで、少しだけだ…

 「…言うわね…お姉さん…」

 リンダが、言った…

 が、

 それ以上は、言わんかった…

 私は、不思議だった…

 なぜ、こんなにも、私に、突っかかって、来たにも、かかわらず、今度は、一転して、だんまり状態…

 正直、なにが、なんだか、わからんかった…

 が、

 リンダの視線を見て、わかった…

 答えは、マリアだった…

 マリアだったのだ…

 リンダの視線は、マリアに向かっていた…

 おそらく、リンダも、また、このマリアに刺激を受けたというか…

 もしかしたら、この矢田同様、マリアの将来が、末恐ろしいと思ったのかも、しれんかった…

 だから、イラついたというか…

 ホントは、マリアに、食ってかかりたいところが、それは、できん…

 なにしろ、相手は、3歳のガキんちょだ…

 だから、まともに、相手にできん…

 だから、突っかかれない…

 その不満が、私に向かったというか…

 つまり、

 二十年後…

 現在、29歳のリンダは、二十年後は、49歳…

 片や、

 マリアは、23歳…

 勝負は、見えてる…

 もしや、そんなことを、考えて、イラついたのかも、しれん…

 私は、ふと、そう思った…

 あるいは、違うかも、しれんが、私は、そう睨んだ…

 ハリウッドのセックス・シンボルという大層な呼称で、呼ばれているが、リンダもまた、人間…

 歳をとれば、ハリウッドのセックス・シンボルなどと、呼ばれなくなる…

 ハリウッドのセックス・シンボルなどと、呼ばれていられるのも、後、数年…

 後、数年だ…

 そして、それが、なにより、自分自身、わかっている…

 そう思った…

 そして、それで、思い出したのが、リンダの皺だった…

 以前、リンダの顔に一本の皺が、刻まれて、リンダが、絶叫したことがある…

 それを、思い出した…

 つまり、このリンダ、ヘイワースという女もまた、年齢と闘う、どこにでもいる普通の女に過ぎんと、いうことだ…

 それを、考えると、この矢田も、少しばかり、安心した…

 ルックスでは、少しばかり、負けているかもしれんが、時間が、経てば、その差もなくなると、気付いたのだ…

 いつのなにか、私は、そんなことを、考えていた…

 オスマンのことなど、キレイさっぱり、忘れていた…

 この矢田の心から、キレイさっぱり、消え去っていた(笑)…

               
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