第121話

文字数 5,299文字

 しかし…

 しかし、そんな争いが、原因で、私や、葉尊が、巻き込まれるとは?

 意外といえば、意外…

 実に、意外な展開だった…

 考えてみれば、自分とは、なんの関係もないことで、自分たちが、巻き込まれたのだ…

 ちょうど、風が吹けば、桶屋(おけや)が儲かるというのと、同じ理屈だ…

 一見、なんの関係がないと思われる出来事が、自分に、降りかかって来る…

 そんな感じだった…

 が、

 そんな、風が吹けば、桶屋(おけや)が儲かるのと、同じような状態でも、この葉敬は、チャンスをものにした…

 具体的には、私が、オスマン殿下に、気に入られた結果、アラブ世界で、台北筆頭や、クールの製品が、売れ出したそうだ…

 アラブの至宝と呼ばれる、オスマン殿下の一声で、売り上げが、急増したのだ…

 今さらながらも、権力者の力は、すごいというか…

 一権力者に気に入られることで、会社の業績が、飛躍的に、上がるなんて、すごいと、思った…

 そして、そんなことを、考えていると、さっき、葉敬が、小さく、呟いた

 …奇貨居くべし…

 と、いう言葉が、気になった…

 アレは、たしか、奇貨=珍しいものだから、とりあえず、置いてみようという意味だ…

 要するに、珍しいものだから、もしかしたら、将来、値上がりするかも、しれない…

 だから、手放さず、身近に、置いておこうと、いう意味だ…

 今で、いえば、ヤフオクや、メルカリで、珍しいものだから、プチっと、推して、つい衝動的に買ってしまった…

 その結果、自宅に送られてきたものが、思っていたものと、違う…

 ハッキリ言えば、気に入らない…

 が、

 捨てるには、惜しい…

 まあ、とりあえず、捨てずに持っていれば、いつかは、値上がりするんじゃないか?

 とでも、いう感覚だ…

 そして、事実、値上がりした…

 だから、あのとき、捨てなくて、よかった…

 そんな感覚だ…

 ということは、どうだ?

 もしかしたら、この葉敬は、そんな感覚で、私を見ているのかも、しれなかった…

 ふと、そう思った…

 たしかに、私は、自分で、いうのも、なんだが、誰からも好かれる…

 敵を作らない…

 それが、私の取り柄といえば、取り柄だった…

 だから、オスマン殿下も、私を気に入った…

 そういうことだ…

 だから、もしかしたら、この葉敬は、私を身近に、置いておけば、風が吹けば、桶屋(おけや)が儲かるのと同じ例え通り、私が、誰かに、気に入られ、その結果、クールや台北筆頭の役に立つと、思っているのかも、しれなかった…

 そして、そんな葉敬の狙いに、気付くと、いささか、げんなりしたというか…

 私を利用するというか…

 そんな葉敬の目的が、わかったからだ…

 が、

 まさか、それを、口に出すわけには、いかんかった…

 そして、そんなふうに、考えると、なぜ、葉敬が、私を気に入ったのか、なんとなく、わかってきた…

 おそらく、葉敬は、私のキャラが、気に入ったのだ…

 そう、思った…

 同時に、自分で、いうのも、なんだが、おそらく、葉敬の周囲に、これまで、私のようなキャラの人間は、いないのでは?

 と、気付いた…

 ひとは、誰でも、それまで、見たことのない人間…

 会ったことのない人間を、間近に、見れば、衝撃を受ける…

 それが、誰でも、一番わかりやすい例が、美男美女を、間近にしたとき…

 ありていに言えば、

 …あんなカッコイイ男が、この世にいるの?…

 とか、

 …あんなキレイな女が、この世にいるのか?…

 と、言った具合だ…

 が、

 それも、最初だけ…

 例えば、地方出身者が、東京に、初めて、やって来た時に、あまりのひとの多さに、驚くのと、同じ…

 東京の繁華街にでも、頻繁に、出かければ、やはり、びっくりするような美男美女に、遭遇することがある…

 つまりは、地方と、東京の繁華街では、ひとの数が、違うからだ…

 数が、比べられないくらい多いから、美男美女の数も、多い…

 考えてみれば、当たり前のことだ…

 そう、私は、気付いた…

 そして、それを、この眼前の葉敬に当てはめれば、きっと、葉敬が、活躍するビジネスの現場では、私のような人間を見たことがないに違いないと、気付いた…

 台北筆頭は、大企業…

 そして、葉敬は、その台北筆頭の創業者であり、現CEО(最高経営責任者)…

 つまり、トップだ…

 だから、当たり前だが、その周囲の人間は、皆、優秀…

 とんでもなく、優秀な人間たちに、違いない…

 日本で、いえば、東大を出ているような人間は、ゴロゴロいるだろう…

 そんな環境にいる、葉敬が、私を珍しがるのは、ある意味、当たり前だった…

 自分の周囲に、いない人間…

 だから、物珍しいに違いない…

 そこまで、考えると、なんだか、落胆したというか…

 急に、肩の力が、抜けた…

 葉敬が、私を大事にする理由が、わかったからだ…

 きっと、私を物珍しいペットか、なにかと、思っているに違いなかった…

 が、

 そう気付くことで、ある意味、自由になった…

 葉敬に、臆することが、なくなった…

 葉敬を気にして、自分の意見を、言わずにいる必要が、なくなったとも、いえた…

 そんな私の心の動きに、気付いたのだろう…

 「…お姉さん…どうしました?…」

 と、葉敬が、聞いた…

 だから、私は、少しばかり、迷ったが、聞きたいことが、あったので、葉敬に、聞くことにした…

 なにしろ、こうなれば、怖いものなしだ…

 葉敬が、私を、どう思おうと、聞きたいことは、聞けば、いいと、思ったのだ…

 「…葉問のことです…」

 「…葉問のこと?…」

 途端に、葉敬の顔色が、変わった…

 葉敬は、葉問が、嫌いだ…

 葉問の存在自体を認めていない…

 いわば、葉敬の痛いところを突いたのだ…

 が、

 それを、別に、私は、なんとも、思わんかった…

 もはや、私は、葉敬に、気に入られようとすることを、考えなくなったからだ…

 「…葉問…お姉さんは、葉問のことを、知っているんですか?…」

 「…ハイ…」

 「…そうですか…」

 葉敬が、奥歯に物が挟まったような言い方になった…

 「…お姉さんは、あの男の正体を、ご存知ですか?…」

 「…ハイ…」

 「…そうですか…」

 と、再び、葉敬は、考え込む表情になった…

 「…あの男は、亡霊です…」

 「…亡霊?…」

 「…そうです…本来は、存在しては、いけない人間…だが、存在している…」

 実に、忌々(いまいま)しそうに、言う…

 私は、どう返答していいか、わからないので、

 「…」

 と、黙っていた…

 事前に、予想は、していたが、予想以上に、葉敬の機嫌が、悪くなった…

 元々、葉敬に、なんて、思われようと、構わないと、思って、質問したが、葉敬の機嫌が、想定していた以上に、悪くなったので、居心地が、悪くなった…

 「…お姉さん…」

 葉敬が、怒った表情のまま、私に迫った…

 「…ハ、ハイ…なんでしょうか?…」

 と、私は、言わずには、いられなかった…

 他に、私の口から出る言葉は、なかった…

 それほど、葉敬の機嫌が、悪かったのだ…

 だから、私は、一気に、緊張した…

 これまで、もはや葉敬に、どう思われようと、まったく気にしないと、思っていたのが、ウソのようだった…

 メチャクチャ、緊張した(涙)…

 「…金輪際、あの男と、付き合っては、いけません…」

 葉敬が、鬼の形相で言う…

 「…いいですね…」

 葉敬が、念を押した…

 私は、

 「…ハ…ハイ…」

 と、言わざるを得なかった…

 それほどの葉敬の迫力だった…

 それほどの葉敬の怒りだった…

 「…それが、お姉さんのためです…」

 言いながら、今度は、葉敬の顔が、一気に、ほころんだ…

 私は、なぜ、葉敬の顔が、一気に、ほころんだのか、わからなかった…

 たった今、葉問と付き合うなと、言い、言い終わってからは、まるで、別人のように、柔和な表情に、なる…

 私には、なにが、なんだか、わからなかった…

 だから、

 「…どうして…」

 と、つい、口を開いた…

 「…お義父さんは、どうして、そんな怖い顔で、葉問と、付き合うなと、言った後、そんなに優しい顔になるんですか?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられんかった…

 「…それは、お姉さんだからです…」

 葉敬が、即答した…

 「…私だから?…」

 「…そうです…」

 葉敬が、優しい顔を見せる…

 「…葉問は、いい男です…ですが、だから、
ダメです…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…葉問に、惹かれる…あの男の雰囲気に…」

 「…雰囲気?…」

 「…そうです…葉尊も葉問も同じ…同じ人物です…ですが、雰囲気が、まるで、違う…」

 「…」

 「…あの雰囲気に、やられる女が、多い…実に、多い…」

 葉敬が、苦笑いをした…

 「…葉尊は、たたのハンサム…だが、葉問は、違う…」

 葉敬が、苦笑いをしたまま、続けた…

 「…いくら、ハンサムでも、雰囲気もなにも、なければ、女は、惹かれない…これは、男女とも同じ…」

 「…」

 「…イケメンか、どうかは、写真を見れば、わかる…履歴書の写真でも、学校の卒業アルバムに、載っている写真でもいい…でも、会うと、写真と違う人物が、いる場合も、多々ある…」

 「…多々ある?…」

 「…それが、雰囲気です…大げさに、言えば、等身大の蝋人形を作って、本人と、瓜二つの蝋人形を作っても、雰囲気は、出せない…まして、お姉さんは、葉尊と、葉問に、接している…だから、私の言っていることが、誰よりも、よくわかるはずです…」

 葉敬が、力を入れた…

 私は、葉敬のいう意味が、わかった…

 実に、よくわかった…

 葉尊と葉問は、同じカラダを使っている…

 同じ肉体を使っている…

 にも、かかわらず、別人…

 誰が、見ても、まったくの別人だ…

 そして、それは、雰囲気が、違うから…

 夫の葉尊は、真面目で、優秀な印象…

 東大や京大を歩いていれば、頻繁に、見かける印象だ…

 つまりは、真面目で、おとなしい印象…

 が、

 真逆に、葉問は、やんちゃなイメージ…

 いわゆる、ヤンキーの雰囲気がある…

 つまりは、どこか、危険な雰囲気…

 が、

 そんな危険な雰囲気に、惹かれる女は多い(笑)…

 こんな危険な男と付き合ってはいけない…

 なにか、あったら、困る…

 そう思いながらも、惹かれる(笑)…

 なぜなら、真面目で、おとなしい葉尊からは、得られないドキドキを味わうことが、できるからだ…

 現に、この矢田トモコも、正直に、言えば、葉尊に、少しばかり、惹かれている…

 夫の葉尊にない、危険な雰囲気に、惹かれているのだ…

 そして、それは、もしかしたら、怖い物みたさの心境なのかもしれない…

 私が、そんなことを、考えていると、葉敬が、

 「…葉尊(ようそん)の尊(そん)は、他人様から、尊敬されるような人物になるようにという願いを込めて、尊(そん)と、名付けました…」

 と、告げた…

 「…真逆に、葉問(ようもん)の問(もん)は、学問の問(もん)…将来、学問で、身を立ててもらいたいと、思って、名付けました…しかし、これも、今となっては、皮肉そのものです…」

 葉敬が、苦笑する…

 「…もっとも、二人に、尊(そん)と、問(もん)という名前をつけたのは、私の両親の受け売りです…私が、敬(けい)と、名付けられたのは、両親が、将来、他人様から、尊敬されるような人間になりなさいという願いを込めて、付けられました…」

 葉敬が、またも苦笑した…

 「…ですが、それも、また、大げさ過ぎました…」

 「…大げさ過ぎた? …どうして、ですか?…」

 「…私は、他人様から、尊敬されるような人間では、ありません…」

 「…エッ?…」

 思わず、絶句した…

 台湾で、葉敬と言われば、知らぬ者が、誰一人いない、有名人…

 立志伝中の人物だ…

 それが、

 「…自分は、他人様から、尊敬されるような人間では、ないなんて…」

 本気で、言っているのだろうか?

 私は、考えた…

 そんな私の顔を、見て、

 「…お姉さん…私が、冗談を言っていると思っていますか?…」

 と、問いかけてきた…

 私は、

 「…ハイ…」

 と、即答した…

 そんな私を見て、

 「…お姉さんが、そう答えるのは、当たり前です…」
 
 と、葉敬が、告げた…

 「…でも、事実です…」

 「…事実…」

 「…おそらく、これは、私に限らず、教科書に載っているような偉人でも、皆、同じなんじゃ、ないでしょうか? …むしろ、教科書に載っていれば、恥ずかしいと思う人間が、大半でしょう…」

 「…恥ずかしい?…」

 「…だって、そうでしょ? …男も女も聖人君子は、この世の中に存在しません…みんな普通に、ズルいし、抜け目がなく、他人様から、後ろ指を指されるとは、言いませんが、
大半が、普通の人間です…たまたま、成功しただけです…」

 葉敬が、言う…

 私は、驚いた…

 葉敬が、あまりにも、意外なことを、言うからだ…

 同時に、気付いた…

 この葉敬と、葉尊は、あらためて、父子だと、思った…

 同じように、考え、同じように、行動する…

 だから、葉敬は、息子の葉尊に、クールの社長を任せたのだと、あらためて、気付いた…

               
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