第126話

文字数 4,746文字

 「…オスマン殿下?…」

 思わず、私は、叫んだ…

 そして、叫んでから、

 …しまった!…

 と、思った…

 この幼児が、オスマン殿下と、知られては、マズいと、思ったのだ…

 が、

 すでに、手遅れだった…

 その場にいた3人が、声を揃えて、

 「…殿下?…」

 と、驚いて、声を発した…

 それから、

 「…この子供が、オスマン殿下?…」

 と、葉敬が、言った…

 バニラから、オスマン殿下の名前を聞いていたに、違いない…

 マリアを好きな子供の名前を聞いていたに違いなかった…

 が、

 そんな葉敬の反応を、目の当たりにした、オスマン殿下は、

 「…初めまして、オスマンです…」

 と、葉敬に、挨拶した…

 きっと、オスマン殿下も、葉敬の正体は、知らないに違いない…

 が、

 自分の名前が出たから、挨拶したのだろう…

 すると、

 「…キミが、オスマン? …私の名前は、葉敬…マリアの父親です…」

 と、葉敬が、自己紹介した…

 途端に、オスマン殿下が、目を丸くした…

 「…アナタが、マリアの…」

 と、言ったきり、絶句した…

 さすがのオスマン殿下も、マリアの父親の葉敬のことは、調べて、なかったらしい…

 もっとも、それは、葉敬も、同様で、

 「…オスマン殿下は、子供ながら、実に礼儀正しい…」

 と、言って、実に、満足そうだった…

 私は、それを、見て、

 「…いえ、実は、このオスマン殿下は、30歳で…」

 と、口を挟みたかったが、言えんかった…

 何度も言うように、オスマン殿下の存在は、サウジのトップ・シークレット…

 公には、知られては、いけない存在だ…

 だから、それを、口にすることは、できんかった…

 が、

 オスマン殿下は、それを、知ってか、知らずか、

 「…これは、ありがとうございます…」

 と、丁寧に、葉敬に、頭を下げた…

 葉敬は、そんなオスマン殿下の姿を見て、さらに、殿下の好感度が、増したようだ…

 「…キミは、本当に、素晴らしい子供だ…将来が、楽しみだ…」

 と、満足そうに、告げた…

 そんな葉敬の態度に、オスマン殿下は、

 「…」

 と、無言で、頭を下げた…

 さすがに、今度は、

 「…ありがとうございます…」

 とは、言わんかった…

 代わりと、言っては、なんだが、その代わりに、私が、オスマン殿下に、

 「…どうして、殿下は、今、ここに、いらっしゃるのですか?…」

 と、聞かざるを得なかった…

 「…実は、本国から、連絡があって…」

 と、オスマン殿下が、切り出した…

 「…サウジ本国から、ですか?…」

 「…そうです…矢田さん…」

 オスマン殿下が、答えた…

 「…なにやら、ファラドが、怪しい動きをしている…気を付けた方が、いいと、連絡があって…」

 「…それで…」

 「…ハイ…」

 「…でも、一人で? …警備もつけないで…」

 「…ボクは、一人で、行動することは、ありませんよ…矢田さん…」

 オスマン殿下が、不敵に笑った…

 私は、その言葉で、周囲を見た…

 すると、殿下の言う通り、殿下の少し離れた場所には、サウジ出身と、思われる、屈強な、男たちが、距離を置いて、立っていた…

 いずれも、浅黒い肌を持つ、屈強な男たちだった…

 そして、その殿下の護衛の男たちと、私服を着た、警察官が、睨み合っていた…

 互いに、相手が、同じ職業の人間と、わかったのかも、しれない(笑)…

 だから、私は、大滝と言われたスーツ姿の警察官に、

 「…この方は、オスマン殿下と言って、サウジアラビアの王族の方です…そして、彼らは、オスマン殿下の護衛の人たちです…」

 と、紹介した…

 「…それを、このセレブの保育園を、囲んでいる警察の人たちに、教えてください…」

 私が、言うと、大滝は、戸惑った表情に、なった…

 「…いきなり、そんなことを、言われても…」

 と、大滝は、こぼす…

 が、

 真逆に、木原と呼ばれた女の警察官は、素早かった…

 「…わかりました…」

 と、言って、すぐに、連絡を取った…

 やはり、女は、素早い…

 私は、思った…

 ハッキリ言って、女の方が、男より、使える場合が、多々ある…

 それは、なぜか?

 まずは、女の方が、男より、度胸がある場合が、多い…

 それと、しがらみ…

 男の場合は、ハッキリ言って、しがらみがある…

 人間関係のしがらみがある…

 ありていに、言えば、

 「…オレが、ここで、こんなことを、言えば、後で、恨まれるかもな…」

 とか、考える…

 すると、その言葉が、発せなくなる…

 とりわけ、組織…

 この警察関係の組織など、その最も、当てはまる組織だ…

 なにしろ、終身雇用の世界…

 一度入ってしまえば、基本は、定年まで、やめられない…

 つまり、40年間、同じ組織に、いるわけだ…

 だから、周囲の人間と、うまくやらなければ、ならない…

 常に、そのことが、頭にある…

 が、

 女には、それがない…

 定年まで、勤めるつもりが、さらさらないからだ…

 だから、強い…

 いわば、あとくされがない強さというか…

 しがらみがない…

 引きずるものが、ない強さだ…

 私は、そう思った…

 そして、木原と、呼ばれた女警察官が、周囲の警察官に、連絡を取っている間に、大滝が、

 「…オスマン殿下? …この幼児が、サウジの王族と、言いましたね…矢田さん…」

 と、私に聞いてきた…

 だから、私は、

 「…ハイ…」

 と、返した…

 「…ということは、今、この保育園に立てこもっている、ファラドも、同じサウジの王族…接点が、あるということですか?…」

 「…ハイ…」

 「…だったら、このオスマン殿下の親御さんに、連絡して、その親御さんから、サウジアラビアのお偉いさんを、通じて、ファラドに、この保育園から、出て行ってくれるように、依頼できないかな…」

 と、私に提案した…

 いや、

 依頼した…

 「…こっちも、外交問題に、発展すると、困るし…」

 と、本音を漏らした…

 私も、その意見は、わかった…

 いかに、この日本で、行われた、セレブの保育園の立てこもりとは、いえ、立てこもった相手が、サウジの王族となれば、話は、別だ…

 とにかく、なるべく、事を荒立てず、処理をするに、限る…

 そういうことだ…

 「…いえ、その必要は、ありません…」

 オスマン殿下が、答えた…

 「…ボクが、なんとか、します…」

 「…キミが?…」

 大滝が、バカにしたように、言った…

 思わず、吹き出す一歩手前の表情だった…

 「…ハイ…もちろん、ボクは、まだ子供ですから、なにも、できません…ですが、ボクを守ってくれる、護衛の方たちが、なんとか、します…」

 殿下が、説明する…

 すると、大滝は、殿下の説明に、納得した様子だった…

 「…たしかに、キミでは、まだ、後二十年は、早い…」

 と、殿下を侮辱したように、言う…

 私は、マズいと、思ったが、殿下は、大人だった…

 「…ハイ…その通りです…ボクでは、まだ二十年は、早いです…」

 と、子供を演じていた…

 「…だから、オジサンに、頼みます…とりあえず、サウジアラビアの大使館に、ファラドのことを、連絡してください…そうすれば、大使館の方も、本国と、連絡して、対処するはずです…」

 オスマン殿下が、アドバイスをすると、

 「…そんなこと、子供に言われなくとも、わかっている…」

 と、途端に、大滝は、不機嫌になった…

 「…スイマセン…子供なのに、出過ぎた真似をしました…」

 と、オスマン殿下が、頭を下げた…

 が、

 大滝の機嫌は、変わらなかった…

 が、

 その一連のやり取りを見た、木原と葉敬は、疑問に思ったようだ…

 「…キミ、ホントに、子供?…」

 と、木原が、オスマン殿下に、聞いた…

 「…ハイ…子供です…」

 「…キミ…もしかして、名探偵コナン?…」

 「…そんなはず、ないでしょ?…」

 オスマン殿下が、笑った…

 が、

 今度は、葉敬が、

 「…素晴らしい…実に素晴らしい…」

 と、オスマン殿下を絶賛した…

 「…子供ながら、実に素晴らしい…二十年後は、マリアの花婿候補の一人に、なって欲しい…」

 と、べた褒めだった…

 私は、なんて、言っていいか、わからんかった…

 せめて、葉敬には、

 「…実は、オスマン殿下は、小人症で、本当は、30歳…」

 と、言ってやりたかったが、この状況では、言えんかった…

 さすがに、警察官が、いる前では、言えんかった…

 それに、なにより、オスマン殿下の前では、言えんかった…

 それよりも、今、オスマン殿下が言った、

 「…サウジアラビアの大使館に連絡を取ってもらいたい…」

 と、いう言葉の方が、気になった…

 なぜなら、このオスマン殿下は、たった今、ファラドが、妙な動きを見せたから、この保育園を、出たと、言った…

 だったら、その連絡は、大使館経由では、なかったのか?

 おそらくは、大使館経由ではない…

 サウジ本国から、オスマン殿下に、直結する連絡網が、存在するのだろう…

 私は、思った…

 だから、おそらく、ファラドが、このセレブの保育園に、立てこもっている事実も、まだ、サウジアラビア大使館は、知らないに違いなかった…

 私は、そのことに、気付くと、

 「…どうする、おつもりですか?…」

 と、つい、オスマン殿下に、聞いてしまった…

 殿下は、

 「…別に、どうするもなにも…」

 と、落ち着いた態度で、言った…

 「…ボクは、3歳の子供です…この通り、カラダも小さい…」

 「…」

 「…だから、ボク自身は、なにもできない…周囲の人間を、動かすだけです…」

 …たしかに、言われてみれば、その通り…

 …その通りだった…

 3歳のオスマン殿下が、自ら動いて、ファラドを倒すことなど、できない…

 ガタイが、違い過ぎる…

 カラダの大きさが、違い過ぎるからだ…

 極端な話、殴り合いにでも、なれば、文字通りの子供と、大人…

 すでに、誰の目にも、勝敗は、明らかだからだ…

 しかし、

 しかし、だ…

 私は、ここまで、考えて、気付いた…

 ファラドは、オスマン殿下の代わりに、なろうとして、いわば、クーデターを、起こして、葉問に、やられた…

 葉問に、倒された…

 そして、その後に、本国に、送還されたのでは、なかったのか?

 私は、思った…

 だから、

 「…殿下…ファラドは、あの後、サウジ本国に、送還されたのでは、なかったのですか?…」

 と、聞いた…

 聞かざるを得なかった…

 「…それは、ボクも、そう思ってました…」

 オスマン殿下が、即答した…

 「…裏切り者が、いたのです…」

 「…裏切り者?…」

 「…そうです…ファラドは、叔父のアムンゼンに踊らされて、ボクの地位を奪おうとしました…」

 「…アムンゼン? …誰ですか? それは?…」

 「…ボクの叔父で、現国王の、弟です…その弟が、現国王亡きあと、国王になろうとしているという情報が、あり、現国王が、病気で、倒れたというニュースを流して、その間に、国王になろうとした動きを見せていた、アムンゼンを捕らえました…」

 「…」

 「…そして、ファラドも、また、矢田さん…アナタのおかげで、捕らえることが、できた…」

 「…私のおかげ?…」

 「…そうです…矢田さんのおかげです…」

 「…どうして、私のおかげなんですか?…」

 「…ファラドと闘って、倒したのは、矢田さんの夫でしょ?…」

 「…夫?…」

 私は、思わず、声が、ひっくり返った…

 あのとき、ファラドと、闘ったのは、夫の葉尊ではない…

 夫の葉尊のもう一人の人格である、葉問だ…

 が、

 それを、ここで、言っていいものか、どうか?

 口にして、いいものか、どうか、わからんかった…

だから、私は、悩んだ…

 口にするべきか、否か、わからんかったからだ…

 すると、隣の葉敬が、
 
 「…葉尊が、ファラドを倒した?…」

 と、驚きの声を上げた…

               
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