第38話
文字数 6,187文字
「…ファラド…」
私が、その写真に写った人物の名前を叫ぼうとしたところ、
「…イケメンだな…」
と、矢口のお嬢様が、腕を組んで言った…
…なんだと?…
私は、驚いた…
この矢口のお嬢様は、私そっくり…
六頭身の幼児体型で、顔も、ほぼ同じ…
そんなお嬢様が、この写真のイケメンといっしょになっても、似合わないこと、この上ない…
爆笑ものだ(笑)…
このお嬢様は、本当に、自分がわかっているのか?
ふと、思った…
もしや、東大を出ているのも、ウソかもしれない…
ふと、そんな考えが脳裏をよぎった…
すると、私のそんな表情に、気付いたのか、
「…矢田…」
と、いきなり、矢口のお嬢様が、声をかけた…
「…なんでしょうか?…」
「…オマエ…もしや、アタシが、このファラドを好きだと、勘違いしたわけじゃあるまいな…」
「…いえ…そのようなことは?…」
「…アタシが、このファラドをイケメンだと言ったのは、単なる客観的な意見だ…別に、アタシが、イケメン好きでもなんでもない…矢田…アタシは、イケメン好きのオマエとは違うんだ…」
矢口のお嬢様が、断言した…
私は、頭に来た…
どうして、このお嬢様は、私のことを、それほど、知りもしないくせに、この私をイケメン好きだと、断言するのか?
それが、疑問だった…
たしかに、私は、イケメン好きだ…
しかし、
しかし、だ…
それを、こともあろうに、夫の葉尊のいる前で、暴露するのは、いかがなものか?
頭に来た私は、
「…そういうお嬢様こそ…」
と、言ってやりたくなった…
そして、そう言おうと、私が、口を開きかえると、
「…プッ…」
と、目の前で、リンダが、吹き出した…
リンダが、目の前で、爆笑したのだ…
なんだ?
なにが、おかしい?
私が、なにか、おかしなことをしたのか?
気になった…
だから、思わず、
「…リンダ…なにが、おかしい?…」
と、私が、言おうとすると、その前に、
「…リンダさん…なにか、おかしいですか?…」
と、矢口のお嬢様が、冷静に聞いた…
リンダは、笑いを抑えながら、
「…だって、二人とも、同じ顔をして、なんだか、いがみあって…漫才みたい…」
と、言った…
…漫才?…
これは、衝撃的だった…
実に、衝撃的だった…
この矢田はいい…
平凡な家庭の出身だ…
が、
このお嬢様は、スーパージャパンのご令嬢…
金持ちだ…
この矢田といっしょにされて、激怒するのではないか?
私は、それを恐れた…
だから、すぐに、矢口のお嬢様の顔を見た…
どういう反応をするのか、知りたかったからだ…
が、
矢口のお嬢様は、
「…それは、リンダさんの言う通りです…」
と、冷静に言った…
「…同じ顔が二人いる…しかも、他人…血の繋がりもなにもない…その二人が、どういうやり取りをするのか、私が、リンダさんでも、気になります…」
矢口のお嬢様が、至極、冷静に言った…
が、
私は、その言葉を鵜呑みにしなかった…
その言葉を額面通りに、受け取らなかった…
なぜなら、以前、この社長室で、この矢口のお嬢様は、私のことを、
「…葉尊社長…いい女を妻に娶(めと)りましたな…」
と、褒めた…
私は、そのとき、それをただのお世辞と受け取ったが、違うかもしれない…
今、思えば、自分を褒めたいのかもしれなかった…
ハッキリ言えば、自分そっくりの私を、妻に娶(めと)ったから、葉尊は、見る目があると、言いたいのかもしれなかった…
もっと、言えば、長身で、イケメンの葉尊が、私を妻にしたから、葉尊は、見る目があると、言いたかったのかもしれない…
つまりは、この矢口のお嬢様は、イケメン好き…
もっと、ハッキリ言えば、自分も葉尊のような長身のイケメンと結婚したいのかも、しれなかった…
私は、それに、気付いた…
気付いたのだ…
すると、今まであった、矢口のお嬢様に対するコンプレックスが、きれいになくなった…
私は、勝ったと、思ったのだ…
矢口のお嬢様に勝ったと、思ったのだ…
矢口のお嬢様は独身…
一方、この矢田は、葉尊という長身のイケメンを夫に持っている…
つまり、私の勝ち…
この矢田の勝ちだ…
矢田は、矢口よりも優れている…
矢田は、矢口にプラス(+)と、書く…
だから、矢口よりも優れている…
私が、考えたことは、間違ってなかった…
今さらながら、それを思った…
それが、表情に出たのだろう…
「…どうした? …矢田?…」
と、矢口のお嬢様が、不思議そうに、訊いた…
だから、私は、
「…別に…」
と、答えたが、思わず、ニンマリと、笑いだしそうだった…
矢口のお嬢様の弱点を見つけたのだ…
「…おかしなヤツだな…」
矢口のお嬢様は、言って、
「…このファラドだが、リンダさんは、すでに何者か知っていますね…」
と、いきなり、リンダに訊いた…
リンダは、
「…ハイ…」
と、頷いた…
…なんだと?…
私は、驚いた…
驚愕した…
たしか、以前は、このリンダは、この写真の主のファラドは知らないと言っていた…
このファラドは、リンダ・ヘイワースの熱狂的なファンだと公言していた…
が、
それは、ウソ…
なぜ、それが、わかったかと言えば、リンダ・ヘイワースのファンは、世界中にいる…
その中には、いわゆるセレブも多い…
その筆頭が、イギリス王室のウイリアム王子だ…
つまり、世界中に知られた、セレブたちの間で、リンダ・ヘイワースのファンのネットワークができている…
要するに、情報網だ…
そのリンダ・ヘイワースの情報網の中で、サウジアラビアのファラド王子が、リンダ・ヘイワースのファンだという噂が聞いたことがなかった…
だから、リンダは、ファラド王子が、自分のファンだと公言したのを、ウソだと、思ったのだ…
…だったら、一体、このファラドは、何者なんだ?…
と、私は、言いたかった…
すると、先に、
「…乗っ取り屋ですね…」
と、夫の葉尊が告げた…
「…乗っ取り屋?…」
思わず、声を上げた…
すると、リンダが、
「…狙いは、私じゃない…クール…あるいは、台北筆頭…」
と、告げた…
私は、驚いた…
文字通り、驚愕した…
「…それって、まさか、クールを乗っ取るつもりか? 台北筆頭を乗っ取るつもりか?…」
私は、大声で、叫んだ…
叫ばずには、いられなかった…
葉尊が、黙って、頷いた…
私は、それで、この社長室に入って来たとき、どうして、この部屋の雰囲気が、異様に、重苦しいのか、理解した…
今になって、わかった…
要するに、このクールが乗っ取られようとしているのだ…
重苦しい雰囲気に決まっている…
が、
なぜ、クールなのか?
さっぱり、わからんかった…
だから、
「…どうしてだ? …どうして、クールが、狙われたんだ?…」
と、訊いた…
訊かずには、いられなかった…
「…外国企業だからですよ…」
葉尊が、苦々しく言った…
「…どういう意味だ? 葉尊?…」
「…このクールは、元は、日本の企業ですが、経営危機に陥り、台湾の台北筆頭の子会社になりました…だから、純粋な日本企業と違って、日本政府も、仮に、クールの買収を、他国の企業が、買収しようとしても、熱心に守ろうとは、思いません…」
「…」
「…矢田…このクールは、トヨタとは、違うということだ…」
矢口のお嬢様が、口を挟んだ…
「…どういう意味ですか?…」
「…このクールも大きいが、従業員は、グループを含めても、五万にも満たない…トヨタは、その十倍に近い…」
「…十倍…」
「…いや、連結子会社だけでなく、その他を含めれば、もっと多いだろう…だから、そんなトヨタが、外国企業に狙われれば、日本政府も焦る…いわゆる外人が、経営者になれば、本社も、海外に移転するかもしれないし、リストラもまたえげつないものになるだろう…それが、わかっているから、日本政府も、買収をなにがなんでも、阻止しようとする…」
「…」
私は、矢口のお嬢様の説明に、言葉もなかった…
が、
どうして、クールなのか?
どうして、クールを買収しようとしているのか、それがわからなかった…
「…どうして、クールなんだ?…」
私は、訊いた…
「…サウジアラビアの改革…」
今度は、リンダが言った…
「…改革? …それが、クールの買収となんの関係があるんだ?…」
「…大ありです…」
と、葉尊が答えた…
「…サウジは今、脱石油を目指しています…」
「…脱石油だと?…」
「…つまり、石油がなくなった後、どうするかです…」
たしか、以前も、これと同じ話題になったことがある…
私は、それを思い出した…
あのときは、脱石油を目指している、ファラド王子が来日して、クールが、ファラド王子を接待する…
脱石油を目指す、サウジに対して、クールは、太陽光発電や、風力発電等の実績があり、それをサウジに売り込むことで、商売になると思ったと…
が、
それが、どうして、クールの買収に繋がるのか、謎だった…
「…だって、葉尊…以前、オマエは、アラブの王族を接待することで、商売になると、言っていたゾ…クールの製品を売ると…」
「…それです…お姉さん…」
「…なにが、それです、なんだ?…」
「…アラブの王族は、金持ちです…だったら、クールの製品を購入するのではなく、クールごと、会社ごと、買収すれば、いいと、考えたのです…」
「…なんだと?…」
私は、驚いた…
文字通り、驚愕した…
「…さっきも言ったように、クールは、所詮、外国企業です…だから、日本政府も、純粋な日本企業と違って、クールの経営陣を守らない…」
「…」
「…ファラド王子は、それに、気付いたから、クールを買収しようと、思ったのでしょう…いわば、抜け目のない、策略家です…」
「…抜け目のない、策略家…」
随分、大層な物言いだった…
ほめているのか、けなしているのか、わからなかった(笑)…
「…また、こちらも、その狙いに、気付かなかった…まさか、そんな相手を、接待して、日本に、招待するなんて、バカもいいところです…」
葉尊が、告げた…
その顔には、後悔がありありだった…
「…この矢口さんの情報がなければ…」
…なんだと?…
…矢口の情報だと?…
…まさか、このお嬢様から、聞いたのか?…
…情報を得たのか?…
私は、驚いた…
ただの六頭身の幼児体型では、なかったということか?
いや、
私そっくりの外観を持つ女だ…
やはり、優秀…
優れているに違いない…
やはり、東大を出ているだけのことはある…
やはり、ソニー学園出身の私とは、違うのかもしれない…
ついさっきまで、この矢口のお嬢様が、本当に東大を出ているか、疑問を持った私だったが、すっかり、そんなことは、忘れていた(笑)…
しかし、
しかし、だ…
この矢口のお嬢様は、一体、どこから、そんな情報を得たのだろう?…
謎だった…
だから、私は、
「…お嬢様…お嬢様は、どこで、そんな情報を?…」
と、聞いた…
私は、さておき、世界中にファンのいる、リンダや、クール社長の葉尊を知らない情報をどこで、手に入れたのか?
ずばり、気になったのだ…
「…ムスリムだ…矢田…」
お嬢様は、答えた…
「…ムスリム?…」
「…そうだ…ムスリム…つまり、イスラム教徒が、教えてくれたんだ…」
「…イスラム教徒?…」
「…そうだ…以前、このクールの本社にやって来たときに、うちのスーパーで、イスラム教徒が、食べる食材…ハラールを扱いたいと、言っただろ?…だから、ちょうど、イスラム教徒のファラド王子を、このクールの葉尊社長が接待するから、そのパーティーに、招待してもらい、ムスリムの人脈を得たいと思ったんだ…」
矢口のお嬢様が、説明した…
そういえば、たしか、そんなことがあったような…
「…ファラド王子は、当然のことながら、人脈も広い…知り会って、損はないと思ってな…」
「…」
「…だが、同時に、ファラド王子という人間が、どういう人間だか、わからない…だから、他に知り会ったムスリムから、情報を得ていると、たまたまファラド王子が、このクールを狙っているという情報を得て、それで、葉尊社長に伝えたんだ…」
「…」
「…矢田…この葉尊社長は、なんといっても、オマエの夫…私も以前、オマエに助けられたことがあった…だから、その情報を得て、いてもたっても、いられなくてな…」
矢口のお嬢様が、相変わらずの上から目線で、言った…
私は、頭に来たが、そんなことより、クールが、ファラド王子に、買収されれば、大変なことだ…
その方が、はるかに、気になった…
と、ここまで、考えて、気付いた…
たしか、今日は、矢口のお嬢様が、経営するスーパージャパンで、扱う化粧品のCMに、リンダを、出演させるために、このクールに集まったのではないか?…
それは、一体、どうなったんだ?
「…あの…お嬢様…リンダのCMの件は…」
私は、恐る恐る聞いた…
聞きたくなった…
「…矢田…それとこれとは、話が別だ…」
「…別?…」
「…そうだ…」
矢口のお嬢様が、あくまで、上から目線で、言った…
私は、それで、気付いた…
気付いたのだ…
このお嬢様の狙いに、気付いたのだ…
このお嬢様は、ずばり、葉尊に恩を売るつもりだ!…
クールが買収されるかもしれない情報を掴んだから、真っ先に、それを葉尊に伝えて、自分のスーパーで、扱う化粧品に、リンダを出演させることを、了承させようとしたに違いない…
いや、
このお嬢様の狙いは、葉尊ではない…
葉尊の実父の葉敬だ…
台湾の大財閥、台北筆頭のオーナーの葉敬に恩を売り、その結果、リンダを自社で扱う商品のCMに出演させる…
それが、狙いだ…
つまり、あくまで、商売…
この矢田に世話になったからとか、いうセリフは、ウソ…
ウソ八百もいいところだ…
私は、騙されん!…
騙されんゾ!…
この矢口のお嬢様が、どんな詭弁を弄しようと、そんなことに騙される、矢田トモコではない…
断じて、騙される矢田トモコではない!
この矢口のお嬢様には、過去に煮え湯を飲まされてる…
元々、信用できん女だ…
なにしろ、私そっくりの顔と体型…
私は、私を信用しない…
だから、私そっくりな女も信用しない…
そういうことだ…
この矢口のお嬢様の抜け目のなさは、空前絶後…
ありえんぐらいだ…
これに、匹敵するのは、峰不二子ぐらい…
あのルパン三世の峰不二子ぐらいだ…
それぐらい信用できない(笑)…
だが、あの峰不二子と、このお嬢様は、ルックスは、真逆…
似ても似つかん(笑)…
だが、中身は、いっしょ…
どっちも似ても焼いても食えん女だ…
私は、この矢口のお嬢様の話を聞きながら、
「…葉尊…用心しろ!…」
「…このお嬢様の言葉を鵜呑みにするんじゃない!…」
「…どこまでが、本当で、どこまでが、ウソか、皆目見当がつかん!…」
「…全面的に信用するな!…」
と、言いたかった…
現に、心の中で、何度も叫んでいた…
が、
お嬢様の前では、なにも言えんかった…
私は、この矢口のお嬢様の前では、文字通り、女王陛下と、家臣の関係だった(涙)…
私が、その写真に写った人物の名前を叫ぼうとしたところ、
「…イケメンだな…」
と、矢口のお嬢様が、腕を組んで言った…
…なんだと?…
私は、驚いた…
この矢口のお嬢様は、私そっくり…
六頭身の幼児体型で、顔も、ほぼ同じ…
そんなお嬢様が、この写真のイケメンといっしょになっても、似合わないこと、この上ない…
爆笑ものだ(笑)…
このお嬢様は、本当に、自分がわかっているのか?
ふと、思った…
もしや、東大を出ているのも、ウソかもしれない…
ふと、そんな考えが脳裏をよぎった…
すると、私のそんな表情に、気付いたのか、
「…矢田…」
と、いきなり、矢口のお嬢様が、声をかけた…
「…なんでしょうか?…」
「…オマエ…もしや、アタシが、このファラドを好きだと、勘違いしたわけじゃあるまいな…」
「…いえ…そのようなことは?…」
「…アタシが、このファラドをイケメンだと言ったのは、単なる客観的な意見だ…別に、アタシが、イケメン好きでもなんでもない…矢田…アタシは、イケメン好きのオマエとは違うんだ…」
矢口のお嬢様が、断言した…
私は、頭に来た…
どうして、このお嬢様は、私のことを、それほど、知りもしないくせに、この私をイケメン好きだと、断言するのか?
それが、疑問だった…
たしかに、私は、イケメン好きだ…
しかし、
しかし、だ…
それを、こともあろうに、夫の葉尊のいる前で、暴露するのは、いかがなものか?
頭に来た私は、
「…そういうお嬢様こそ…」
と、言ってやりたくなった…
そして、そう言おうと、私が、口を開きかえると、
「…プッ…」
と、目の前で、リンダが、吹き出した…
リンダが、目の前で、爆笑したのだ…
なんだ?
なにが、おかしい?
私が、なにか、おかしなことをしたのか?
気になった…
だから、思わず、
「…リンダ…なにが、おかしい?…」
と、私が、言おうとすると、その前に、
「…リンダさん…なにか、おかしいですか?…」
と、矢口のお嬢様が、冷静に聞いた…
リンダは、笑いを抑えながら、
「…だって、二人とも、同じ顔をして、なんだか、いがみあって…漫才みたい…」
と、言った…
…漫才?…
これは、衝撃的だった…
実に、衝撃的だった…
この矢田はいい…
平凡な家庭の出身だ…
が、
このお嬢様は、スーパージャパンのご令嬢…
金持ちだ…
この矢田といっしょにされて、激怒するのではないか?
私は、それを恐れた…
だから、すぐに、矢口のお嬢様の顔を見た…
どういう反応をするのか、知りたかったからだ…
が、
矢口のお嬢様は、
「…それは、リンダさんの言う通りです…」
と、冷静に言った…
「…同じ顔が二人いる…しかも、他人…血の繋がりもなにもない…その二人が、どういうやり取りをするのか、私が、リンダさんでも、気になります…」
矢口のお嬢様が、至極、冷静に言った…
が、
私は、その言葉を鵜呑みにしなかった…
その言葉を額面通りに、受け取らなかった…
なぜなら、以前、この社長室で、この矢口のお嬢様は、私のことを、
「…葉尊社長…いい女を妻に娶(めと)りましたな…」
と、褒めた…
私は、そのとき、それをただのお世辞と受け取ったが、違うかもしれない…
今、思えば、自分を褒めたいのかもしれなかった…
ハッキリ言えば、自分そっくりの私を、妻に娶(めと)ったから、葉尊は、見る目があると、言いたいのかもしれなかった…
もっと、言えば、長身で、イケメンの葉尊が、私を妻にしたから、葉尊は、見る目があると、言いたかったのかもしれない…
つまりは、この矢口のお嬢様は、イケメン好き…
もっと、ハッキリ言えば、自分も葉尊のような長身のイケメンと結婚したいのかも、しれなかった…
私は、それに、気付いた…
気付いたのだ…
すると、今まであった、矢口のお嬢様に対するコンプレックスが、きれいになくなった…
私は、勝ったと、思ったのだ…
矢口のお嬢様に勝ったと、思ったのだ…
矢口のお嬢様は独身…
一方、この矢田は、葉尊という長身のイケメンを夫に持っている…
つまり、私の勝ち…
この矢田の勝ちだ…
矢田は、矢口よりも優れている…
矢田は、矢口にプラス(+)と、書く…
だから、矢口よりも優れている…
私が、考えたことは、間違ってなかった…
今さらながら、それを思った…
それが、表情に出たのだろう…
「…どうした? …矢田?…」
と、矢口のお嬢様が、不思議そうに、訊いた…
だから、私は、
「…別に…」
と、答えたが、思わず、ニンマリと、笑いだしそうだった…
矢口のお嬢様の弱点を見つけたのだ…
「…おかしなヤツだな…」
矢口のお嬢様は、言って、
「…このファラドだが、リンダさんは、すでに何者か知っていますね…」
と、いきなり、リンダに訊いた…
リンダは、
「…ハイ…」
と、頷いた…
…なんだと?…
私は、驚いた…
驚愕した…
たしか、以前は、このリンダは、この写真の主のファラドは知らないと言っていた…
このファラドは、リンダ・ヘイワースの熱狂的なファンだと公言していた…
が、
それは、ウソ…
なぜ、それが、わかったかと言えば、リンダ・ヘイワースのファンは、世界中にいる…
その中には、いわゆるセレブも多い…
その筆頭が、イギリス王室のウイリアム王子だ…
つまり、世界中に知られた、セレブたちの間で、リンダ・ヘイワースのファンのネットワークができている…
要するに、情報網だ…
そのリンダ・ヘイワースの情報網の中で、サウジアラビアのファラド王子が、リンダ・ヘイワースのファンだという噂が聞いたことがなかった…
だから、リンダは、ファラド王子が、自分のファンだと公言したのを、ウソだと、思ったのだ…
…だったら、一体、このファラドは、何者なんだ?…
と、私は、言いたかった…
すると、先に、
「…乗っ取り屋ですね…」
と、夫の葉尊が告げた…
「…乗っ取り屋?…」
思わず、声を上げた…
すると、リンダが、
「…狙いは、私じゃない…クール…あるいは、台北筆頭…」
と、告げた…
私は、驚いた…
文字通り、驚愕した…
「…それって、まさか、クールを乗っ取るつもりか? 台北筆頭を乗っ取るつもりか?…」
私は、大声で、叫んだ…
叫ばずには、いられなかった…
葉尊が、黙って、頷いた…
私は、それで、この社長室に入って来たとき、どうして、この部屋の雰囲気が、異様に、重苦しいのか、理解した…
今になって、わかった…
要するに、このクールが乗っ取られようとしているのだ…
重苦しい雰囲気に決まっている…
が、
なぜ、クールなのか?
さっぱり、わからんかった…
だから、
「…どうしてだ? …どうして、クールが、狙われたんだ?…」
と、訊いた…
訊かずには、いられなかった…
「…外国企業だからですよ…」
葉尊が、苦々しく言った…
「…どういう意味だ? 葉尊?…」
「…このクールは、元は、日本の企業ですが、経営危機に陥り、台湾の台北筆頭の子会社になりました…だから、純粋な日本企業と違って、日本政府も、仮に、クールの買収を、他国の企業が、買収しようとしても、熱心に守ろうとは、思いません…」
「…」
「…矢田…このクールは、トヨタとは、違うということだ…」
矢口のお嬢様が、口を挟んだ…
「…どういう意味ですか?…」
「…このクールも大きいが、従業員は、グループを含めても、五万にも満たない…トヨタは、その十倍に近い…」
「…十倍…」
「…いや、連結子会社だけでなく、その他を含めれば、もっと多いだろう…だから、そんなトヨタが、外国企業に狙われれば、日本政府も焦る…いわゆる外人が、経営者になれば、本社も、海外に移転するかもしれないし、リストラもまたえげつないものになるだろう…それが、わかっているから、日本政府も、買収をなにがなんでも、阻止しようとする…」
「…」
私は、矢口のお嬢様の説明に、言葉もなかった…
が、
どうして、クールなのか?
どうして、クールを買収しようとしているのか、それがわからなかった…
「…どうして、クールなんだ?…」
私は、訊いた…
「…サウジアラビアの改革…」
今度は、リンダが言った…
「…改革? …それが、クールの買収となんの関係があるんだ?…」
「…大ありです…」
と、葉尊が答えた…
「…サウジは今、脱石油を目指しています…」
「…脱石油だと?…」
「…つまり、石油がなくなった後、どうするかです…」
たしか、以前も、これと同じ話題になったことがある…
私は、それを思い出した…
あのときは、脱石油を目指している、ファラド王子が来日して、クールが、ファラド王子を接待する…
脱石油を目指す、サウジに対して、クールは、太陽光発電や、風力発電等の実績があり、それをサウジに売り込むことで、商売になると思ったと…
が、
それが、どうして、クールの買収に繋がるのか、謎だった…
「…だって、葉尊…以前、オマエは、アラブの王族を接待することで、商売になると、言っていたゾ…クールの製品を売ると…」
「…それです…お姉さん…」
「…なにが、それです、なんだ?…」
「…アラブの王族は、金持ちです…だったら、クールの製品を購入するのではなく、クールごと、会社ごと、買収すれば、いいと、考えたのです…」
「…なんだと?…」
私は、驚いた…
文字通り、驚愕した…
「…さっきも言ったように、クールは、所詮、外国企業です…だから、日本政府も、純粋な日本企業と違って、クールの経営陣を守らない…」
「…」
「…ファラド王子は、それに、気付いたから、クールを買収しようと、思ったのでしょう…いわば、抜け目のない、策略家です…」
「…抜け目のない、策略家…」
随分、大層な物言いだった…
ほめているのか、けなしているのか、わからなかった(笑)…
「…また、こちらも、その狙いに、気付かなかった…まさか、そんな相手を、接待して、日本に、招待するなんて、バカもいいところです…」
葉尊が、告げた…
その顔には、後悔がありありだった…
「…この矢口さんの情報がなければ…」
…なんだと?…
…矢口の情報だと?…
…まさか、このお嬢様から、聞いたのか?…
…情報を得たのか?…
私は、驚いた…
ただの六頭身の幼児体型では、なかったということか?
いや、
私そっくりの外観を持つ女だ…
やはり、優秀…
優れているに違いない…
やはり、東大を出ているだけのことはある…
やはり、ソニー学園出身の私とは、違うのかもしれない…
ついさっきまで、この矢口のお嬢様が、本当に東大を出ているか、疑問を持った私だったが、すっかり、そんなことは、忘れていた(笑)…
しかし、
しかし、だ…
この矢口のお嬢様は、一体、どこから、そんな情報を得たのだろう?…
謎だった…
だから、私は、
「…お嬢様…お嬢様は、どこで、そんな情報を?…」
と、聞いた…
私は、さておき、世界中にファンのいる、リンダや、クール社長の葉尊を知らない情報をどこで、手に入れたのか?
ずばり、気になったのだ…
「…ムスリムだ…矢田…」
お嬢様は、答えた…
「…ムスリム?…」
「…そうだ…ムスリム…つまり、イスラム教徒が、教えてくれたんだ…」
「…イスラム教徒?…」
「…そうだ…以前、このクールの本社にやって来たときに、うちのスーパーで、イスラム教徒が、食べる食材…ハラールを扱いたいと、言っただろ?…だから、ちょうど、イスラム教徒のファラド王子を、このクールの葉尊社長が接待するから、そのパーティーに、招待してもらい、ムスリムの人脈を得たいと思ったんだ…」
矢口のお嬢様が、説明した…
そういえば、たしか、そんなことがあったような…
「…ファラド王子は、当然のことながら、人脈も広い…知り会って、損はないと思ってな…」
「…」
「…だが、同時に、ファラド王子という人間が、どういう人間だか、わからない…だから、他に知り会ったムスリムから、情報を得ていると、たまたまファラド王子が、このクールを狙っているという情報を得て、それで、葉尊社長に伝えたんだ…」
「…」
「…矢田…この葉尊社長は、なんといっても、オマエの夫…私も以前、オマエに助けられたことがあった…だから、その情報を得て、いてもたっても、いられなくてな…」
矢口のお嬢様が、相変わらずの上から目線で、言った…
私は、頭に来たが、そんなことより、クールが、ファラド王子に、買収されれば、大変なことだ…
その方が、はるかに、気になった…
と、ここまで、考えて、気付いた…
たしか、今日は、矢口のお嬢様が、経営するスーパージャパンで、扱う化粧品のCMに、リンダを、出演させるために、このクールに集まったのではないか?…
それは、一体、どうなったんだ?
「…あの…お嬢様…リンダのCMの件は…」
私は、恐る恐る聞いた…
聞きたくなった…
「…矢田…それとこれとは、話が別だ…」
「…別?…」
「…そうだ…」
矢口のお嬢様が、あくまで、上から目線で、言った…
私は、それで、気付いた…
気付いたのだ…
このお嬢様の狙いに、気付いたのだ…
このお嬢様は、ずばり、葉尊に恩を売るつもりだ!…
クールが買収されるかもしれない情報を掴んだから、真っ先に、それを葉尊に伝えて、自分のスーパーで、扱う化粧品に、リンダを出演させることを、了承させようとしたに違いない…
いや、
このお嬢様の狙いは、葉尊ではない…
葉尊の実父の葉敬だ…
台湾の大財閥、台北筆頭のオーナーの葉敬に恩を売り、その結果、リンダを自社で扱う商品のCMに出演させる…
それが、狙いだ…
つまり、あくまで、商売…
この矢田に世話になったからとか、いうセリフは、ウソ…
ウソ八百もいいところだ…
私は、騙されん!…
騙されんゾ!…
この矢口のお嬢様が、どんな詭弁を弄しようと、そんなことに騙される、矢田トモコではない…
断じて、騙される矢田トモコではない!
この矢口のお嬢様には、過去に煮え湯を飲まされてる…
元々、信用できん女だ…
なにしろ、私そっくりの顔と体型…
私は、私を信用しない…
だから、私そっくりな女も信用しない…
そういうことだ…
この矢口のお嬢様の抜け目のなさは、空前絶後…
ありえんぐらいだ…
これに、匹敵するのは、峰不二子ぐらい…
あのルパン三世の峰不二子ぐらいだ…
それぐらい信用できない(笑)…
だが、あの峰不二子と、このお嬢様は、ルックスは、真逆…
似ても似つかん(笑)…
だが、中身は、いっしょ…
どっちも似ても焼いても食えん女だ…
私は、この矢口のお嬢様の話を聞きながら、
「…葉尊…用心しろ!…」
「…このお嬢様の言葉を鵜呑みにするんじゃない!…」
「…どこまでが、本当で、どこまでが、ウソか、皆目見当がつかん!…」
「…全面的に信用するな!…」
と、言いたかった…
現に、心の中で、何度も叫んでいた…
が、
お嬢様の前では、なにも言えんかった…
私は、この矢口のお嬢様の前では、文字通り、女王陛下と、家臣の関係だった(涙)…