第16話
文字数 5,993文字
…思わぬ展開だと?…
…一体、どういう展開だ?…
私は、思った…
思いながら、夫の葉尊を見た…
が、
時間切れだった…
葉尊が、時計を見て、
「…もう、こんな時間だ…今日は、これから、出かける用事がある…」
と、言った…
「…どこに、行くんだ?…」
と、私は、聞いた…
「…経団連です…」
「…経団連だと?…」
「…ハイ…今度、アラブの王族が、やってきたときに、クールだけじゃなく、日本の企業も参加させて、もらいたいと、経団連の方から、要請を受けてまして…」
「…そうか…」
「…誰もが、同じ…せっかく、アラブの王族が、やって来るわけだから、日本の企業も、パーティーに参加して、とりあえず、顔を合わせたいわけです…」
「…」
「…アラブの王族が、堂々と、日本にやって来ることは、そんなに、あることじゃないですから…実は、これには、日本政府というか…経済産業省にも頼まれていて…」
「…日本政府だと?…」
これには、私も絶句した…
…まさか?…
…まさか?…
話が、そんな大きなことになっているなんて?…
想像もできんかった…
が、
考えてみれば、当たり前かもしれん…
なにしろ、相手は、ハリウッドのセックス・シンボル…リンダ・ヘイワースだ…
世界中に知られた美の化身だ…
そんな、大物をパーティーに呼ぶのだ…
普通なら、できんことだ…
だから、クールが、リンダ・ヘイワースを、パーティーに呼べば、それを、聞きつけて、我も我もと、他の企業が、パーティーに参加したいと、言い出しても、不思議ではない…
私は、そう思った…
が、
それだけではなかったかもしれない…
「…やるわね…葉尊…」
と、バニラが、口を出した…
…どういう意味だ?…
…一体、バニラは、なにを言いたい?…
…謎だった…
「…葉尊…アナタ、わざと、今度、アラブの王族がやって来るときに、リンダが接待すると、あちこちで、言って回ったでしょ?…」
…なんだと?…
…どういうことだ?…
「…企業のお偉いさんは、世界中、どこでも、みんな男だらけ…女は、ごくわずか…そんな中で、ハリウッドのセックス・シンボルのリンダ・ヘイワースが、パーティーに参加するといえば、70歳のおじいちゃんも、一目、リンダを見たいと言い出すに決まっている…そうなれば、自然と、パーティーを主催するクールの株が上がる…」
「…」
「…それを見抜いて、わざと、あちこちで、リンダが、参加すると、触れ回っているんじゃないの?…」
「…なにもかも、お見通しって、わけか…」
葉尊が、苦笑した…
私は、驚いた…
まさか?…
まさか、夫の葉尊が、そんな器用な真似ができるとは、思わなかったからだ…
夫の葉尊は、真面目で、不器用な男…
ただ、真面目で、融通の利かない男とばかり、思っていた…
それが…
こんな芸当ができるとは?…
私は、夫の葉尊を見直した…
見直したのだ…
ただの融通の利かない、真面目な男ではなかった…
ただのイケメンではなかった…
長身のイケメンで、実は、頭も良かった…
キレキレだった…
うーむ…
なんと、私にふさわしい!
今さらながら、その事実に、気付いた…
「…でも、それで、このバニラも安心した…」
と、バニラが、ニヤリとした…
「…安心? …どうして?…」
と、葉尊…
「…だって、そんな大規模なパーティーならば、私もリンダも、アラブにお持ち帰りされる危険は少ないわけでしょ?…」
バニラが、語る…
「…でも、案外、それを見越して、葉尊は、パーティーを大げさにしたわけ?…」
バニラが、からかうように、言った…
が、
葉尊は、生真面目な顔で、バニラの言葉を否定した…
「…すべては、父の指示さ…」
「…葉敬の?…」
「…クールは日本の企業…ただし、経営陣は、台湾から来ている…」
「…」
「…だから、まずは、日本に馴染まなきゃ、いけないし、そのためには、大規模なパーティーでもして、それをクールが主催するのが、一番の近道だと、教えられたのさ…それで…」
「…そう…」
バニラが短く、答えた…
「…たしかに、葉敬らしい指示ね…」
バニラは、言った…
が、
言いながらも、どこか、バニラの表情は、浮かない感じだった…
それは、葉尊も、すぐに、気付いた様子だった…
「…どうした? バニラ…なにか、不満なのか?…」
葉尊の質問に、バニラが、苦笑した…
「…これは、葉尊…アナタに言っても仕方がないことだけれども…」
と、口を開いた…
「…つくづく、私もリンダも、葉敬の手駒の一つだと、認識させられる…思わされる…」
「…どういうことだ?…」
と、葉尊…
「…私もリンダも、世界に知られたモデルや、女優…だから、私たちが、パーティーに参加すれば、パーティーの格も上がるし、そこに、参加する人間も、そんなパーティーに参加できたことを、喜ぶ…大げさにいえば、パーティーに参加できたことが、名誉と、思える…」
「…」
「…それが、葉敬の狙い…つくづく、商売人だと思う…」
そう言って、バニラは、ため息をついた…
私は、バニラの気持ちがわかった…
バニラが、なにを言いたいのか、わかった…
バニラもリンダも、駒…
葉敬の、手駒の一つに過ぎないと言いたいわけだろう…
そして、バニラもリンダも、若く、美しいから、価値がある…
駒として、利用価値がある…
が、
その若さも、美しさも失われたら、どうだ?
その不安が、あるに違いない…
葉敬は、商売人だから、利用できるものは、利用する…
利用できるうちは、利用する…
そんなスタンスかもしれない…
だが、
利用できなくなったら、どうする?
利用価値が、なくなったら、どうなる?
バニラは、不安なのかもしれない…
バニラもリンダも、誰が見ても、美しいが、それは、なにより、若いから…
どんな美人でも、50歳になれば、美人を売りにできない…
40歳でも、無理…
もっと、若く美しい女に、とって代わられる…
それが、バニラは、わかっている…
いや、
バニラだけではない…
リンダも、わかっている…
そして、世間の女、誰もが、わかっている…
だから、若さがなくなったときが、心配なのだろう…
自分の唯一の武器…
美人という武器がなくなる…
おおげさにいえば、美人は、魔法…
だから、美人は、魔法使い…
たとえば、同じことでも、会社でも、学校でも、男に頼んだ場合、効果が違う…
私のような平凡な女が頼んでも、男が、適当にスルーすることがあるが、美人が頼めば、真摯に向き合ってくれる…
つまり、男の態度が、違うのだ…
これが、魔法…
美人という魔法の効果だ…
が、
その魔法も、いつかは、使えなくなるときがくる…
それが、歳をとったとき…
誰もが、一番それが、わかりやすいのが、AVの世界…
いくら、キレイで、可愛くても、歳を取れば、あっと言う間に、需要がなくなる…
それが、誰もが、わかりやすいほど、わかっている真実…
しかも、
しかも、だ…
バニラもリンダも、その美人で、飯を食っている…
世間には、バニラやリンダには、足元にも及ばないが、美人は、それなりにいる…
が、
美人を売りにして、生きている女は、ごくわずか…
モデルや芸能人ぐらいのものだ…
だから、美人を売りにする女は、若さが、なくなったときが、怖いのだろう…
例えば、バニラのように、葉敬という大金持ちの愛人という、今の立場は、歳を取れば、微妙になる…
バニラが、歳を取り、価値がなくなれば、葉敬は、別の、若い美人を愛人にする可能性が高いからだ…
そして、そのときに、バニラは、どうすればいいか?
不安に駆られるのだろう…
私は、思った…
と、
思ったとき、ふと、
…報いが来る!…
と、私は、思った…
予言した…
このバニラ…バニラ・ルインスキーは、糞生意気な女…
性根のねじ曲がった糞生意気な女だ…
その女が、若さがなくなり、路頭に迷う…
私はそれに気付いたとき…
この矢田トモコの勝ちだと、気付いた…
なぜなら、私は、平凡…
美人でも、なんでもない…
だから、歳を取っても、平気…
なにも、変わらないからだ…
ただ、歳を取っただけだからだ…
美人を売りにする女は、美人でなくなったときが、怖い…
が、
この矢田トモコに、そんな心配はない…
心配は、無用…
自分が、美人でないことは、ちょっぴり、悔しいが、この、目の前のバニラや、あのリンダが、歳を取り、若さがなくなることを、恐れることを、思うと、そんな心配は、少しもしない、私が、良かった…
若さが、なくなり、自分が、美人でなくなることで、周囲の人間の態度が、変わってくる…
周囲の人間の対応が、変わってくる…
それは、まるで、身近な例えでいえば、それなりに、世間で、知られた会社の経営者が、破産したようなもの…
破産したことで、世間の人間の態度が、変わって来る…
それまで、ちやほやした人間が、皆、いっせいに離れる…
要するに、その人間に利用価値がなくなったから、離れるのだ…
これは、会社でも、芸能人でも、同じ…
その人間が、会社で、偉かったり、芸能界でも、それなりに、成功しているから、周囲が、チヤホヤする…
それと、同じだ…
美人の場合は、男の下心が大半だが、まあ、似たようなものだ(笑)…
つまりは、美人でも権力でもなんでも、力を、持っている…
それがなくなれば、周囲で、ちやほやした人間は、大半が離れるということだ…
話が、いささか、長くなったが、バニラの天下も、もはやこれまで…
後、何年、続くか、知らんが、いずれ、この矢田トモコの軍門に下るときがくる…
美人という魔法がなくなり、ただの一般人になる…
そして、私は、そのときも、今と同じ、クルールの社長夫人…
葉尊の妻だ…
つまり、私の勝ちだ…
この生意気な女が、美人でなくなり、この矢田トモコが、社長夫人のまま…
そのときは、このバニラを、私の秘書にでもして、こき使ってやる…
私は、ふと、思いついた…
あるいは、
私の専用の使用人として、こき使ってやる…
そう、思った…
私は、決して、悪い人間ではない…
性格も、決して、悪くはない…
そう、信じている…
が、
それでも、このバニラは、許せんかった…
このひとのいい、矢田トモコですら、許せんかったのだ…
シンデレラの継母ではないが、いずれ、このバニラをこき使ってやる…
せいぜい、今のうちに、調子に乗っていれば、いいさ…
私は、思った…
なぜか、バニラが、歳を取り、若さがなくなり、美人でなくなることを、恐れる不安に、同情するつもりだったが、それが、いつのまにか、バニラをこき使う、私の未来が見えた…
はっきりと、見えたのだ(笑)…
それに、気付いた今、私は、余裕をもって、バニラ…
バニラ・ルインスキーを見ることができた…
圧倒的な知名度を持つ、目の前の桁外れの美人を見ることができた…
…せいぜい、今のうちに調子に乗っていれば、いいさ…
…勝負は、二十年後…
…いや、三十年後さ…
そのときは、私の使用人にして、徹底的にこき使ってやるさ…
それを、思うと、自然と、笑みがこぼれた…
私の大きな口が、自然と、笑いだしそうだった…
すると、それを見た、バニラが、
「…なに…その笑い?…」
と、怯えた…
「…なに、その笑い? …私が、今、なにか、お姉さんに、面白いことでも言った?…」
「…なんでも、ないさ…」
私は、笑みをこぼしながら、言った…
「…なんでも、ないって、そんな顔をして、なんでもない、わけは、ないでしょ?…」
「…私が、なんでもないと言ったら、なんでもないのさ…」
私は、笑いながら、言った…
自分でも、自分の笑いが、止められなかったのだ…
「…ちょっと、葉尊…なにか、言ってやって…」
バニラが、葉尊に助けを求めた…
葉尊は、戸惑ったが、
「…お姉さん…その笑いは…」
と、戸惑いつつも、私に聞いた…
が、
さすがに、夫の葉尊でも、将来、バニラをこき使ってやるなどという、本当のことは、言えない…
それでは、この矢田トモコの性格が、悪く思われる…
矢田トモコの人間性が、疑われるからだ…
だから、夫の葉尊の質問にも、
「…なんでもないさ…」
と、答えるしかなかった…
「…なんでもないって、お姉さん…でも、その笑いは…」
葉尊が、戸惑う…
しかしながら、いかに夫の葉尊でも、本当のことは、言えんかった…
言えるはずが、なかった…
すると、隣のバニラが、
「…わかった…」
と、大声を出した…
…ナニッ?…
…わかった?…
私は、動揺した…
私の性格の悪さが、夫の葉尊にバレては、困るからだ…
だから、とっさに、なにか、言おうとしたが、その前に、バニラが、
「…お姉さん…きっと、パーティーに出れるのが、嬉しいのよ…」
と、答えた…
「…パーティーに出れるのが、嬉しい?…」
と、葉尊…
「…このお姉さん…元々、目立ちたがり屋でしょ? …だから、パーティーで、注目されるのが、嬉しいのよ…」
…目立ちたがり屋?…
…この矢田トモコが?…
私は、頭にきて、
「…私は、目立ちたがり屋じゃなんかじゃないさ…」
と、言おうとしたところ、夫の葉尊が、
「…バニラ…お姉さんは、目立ちたがり屋なんかじゃないよ…」
と、穏やかに言った…
「…お姉さんは、そんなひとじゃない…」
穏やかだが、力強い調子だった…
私は、嬉しかった…
夫の葉尊は、私をわかってくれていると、思ったのだ…
と、同時に、
…やはり、将来、バニラを、使用人にして、こき使うことはできん…
と、諦めた…
夫の葉尊に、
「…お姉さんは、そんなひとだったんですか?…」
と、言われるのが、辛かったのだ…
やはり、夫の葉尊の前では、性格のいい、善良な矢田トモコを演じ続けなければならん…
そう、気付いた…
そう、考えると、自然と、私の顔から笑みが消えた…
あれほど、楽しそうだった私の顔が、至極、真面目になった…
むしろ、深刻な顔になったというのが、正しかった…
そして、私は、夫の葉尊を見た…
バニラではなく、夫の葉尊を見た…
考えてみれば、今、この場所に、クールの社長夫人として、いれるのは、夫の葉尊のおかげ…
葉尊と結婚できたから、ここにいれるのだ…
だから、夫の葉尊は、私の恩人…
この平凡な矢田トモコを、妻に選んでくれた大恩人だ…
それを、思ったとき、どんなことが、あっても、この葉尊を裏切ってはならんと、思った…
葉尊が、哀しむことも、してはいかんと、思った…
結果、バニラを将来、私の使用人として、こき使う、私の夢は、潰えた…
残念ながら、夢と消えた(涙)…
…一体、どういう展開だ?…
私は、思った…
思いながら、夫の葉尊を見た…
が、
時間切れだった…
葉尊が、時計を見て、
「…もう、こんな時間だ…今日は、これから、出かける用事がある…」
と、言った…
「…どこに、行くんだ?…」
と、私は、聞いた…
「…経団連です…」
「…経団連だと?…」
「…ハイ…今度、アラブの王族が、やってきたときに、クールだけじゃなく、日本の企業も参加させて、もらいたいと、経団連の方から、要請を受けてまして…」
「…そうか…」
「…誰もが、同じ…せっかく、アラブの王族が、やって来るわけだから、日本の企業も、パーティーに参加して、とりあえず、顔を合わせたいわけです…」
「…」
「…アラブの王族が、堂々と、日本にやって来ることは、そんなに、あることじゃないですから…実は、これには、日本政府というか…経済産業省にも頼まれていて…」
「…日本政府だと?…」
これには、私も絶句した…
…まさか?…
…まさか?…
話が、そんな大きなことになっているなんて?…
想像もできんかった…
が、
考えてみれば、当たり前かもしれん…
なにしろ、相手は、ハリウッドのセックス・シンボル…リンダ・ヘイワースだ…
世界中に知られた美の化身だ…
そんな、大物をパーティーに呼ぶのだ…
普通なら、できんことだ…
だから、クールが、リンダ・ヘイワースを、パーティーに呼べば、それを、聞きつけて、我も我もと、他の企業が、パーティーに参加したいと、言い出しても、不思議ではない…
私は、そう思った…
が、
それだけではなかったかもしれない…
「…やるわね…葉尊…」
と、バニラが、口を出した…
…どういう意味だ?…
…一体、バニラは、なにを言いたい?…
…謎だった…
「…葉尊…アナタ、わざと、今度、アラブの王族がやって来るときに、リンダが接待すると、あちこちで、言って回ったでしょ?…」
…なんだと?…
…どういうことだ?…
「…企業のお偉いさんは、世界中、どこでも、みんな男だらけ…女は、ごくわずか…そんな中で、ハリウッドのセックス・シンボルのリンダ・ヘイワースが、パーティーに参加するといえば、70歳のおじいちゃんも、一目、リンダを見たいと言い出すに決まっている…そうなれば、自然と、パーティーを主催するクールの株が上がる…」
「…」
「…それを見抜いて、わざと、あちこちで、リンダが、参加すると、触れ回っているんじゃないの?…」
「…なにもかも、お見通しって、わけか…」
葉尊が、苦笑した…
私は、驚いた…
まさか?…
まさか、夫の葉尊が、そんな器用な真似ができるとは、思わなかったからだ…
夫の葉尊は、真面目で、不器用な男…
ただ、真面目で、融通の利かない男とばかり、思っていた…
それが…
こんな芸当ができるとは?…
私は、夫の葉尊を見直した…
見直したのだ…
ただの融通の利かない、真面目な男ではなかった…
ただのイケメンではなかった…
長身のイケメンで、実は、頭も良かった…
キレキレだった…
うーむ…
なんと、私にふさわしい!
今さらながら、その事実に、気付いた…
「…でも、それで、このバニラも安心した…」
と、バニラが、ニヤリとした…
「…安心? …どうして?…」
と、葉尊…
「…だって、そんな大規模なパーティーならば、私もリンダも、アラブにお持ち帰りされる危険は少ないわけでしょ?…」
バニラが、語る…
「…でも、案外、それを見越して、葉尊は、パーティーを大げさにしたわけ?…」
バニラが、からかうように、言った…
が、
葉尊は、生真面目な顔で、バニラの言葉を否定した…
「…すべては、父の指示さ…」
「…葉敬の?…」
「…クールは日本の企業…ただし、経営陣は、台湾から来ている…」
「…」
「…だから、まずは、日本に馴染まなきゃ、いけないし、そのためには、大規模なパーティーでもして、それをクールが主催するのが、一番の近道だと、教えられたのさ…それで…」
「…そう…」
バニラが短く、答えた…
「…たしかに、葉敬らしい指示ね…」
バニラは、言った…
が、
言いながらも、どこか、バニラの表情は、浮かない感じだった…
それは、葉尊も、すぐに、気付いた様子だった…
「…どうした? バニラ…なにか、不満なのか?…」
葉尊の質問に、バニラが、苦笑した…
「…これは、葉尊…アナタに言っても仕方がないことだけれども…」
と、口を開いた…
「…つくづく、私もリンダも、葉敬の手駒の一つだと、認識させられる…思わされる…」
「…どういうことだ?…」
と、葉尊…
「…私もリンダも、世界に知られたモデルや、女優…だから、私たちが、パーティーに参加すれば、パーティーの格も上がるし、そこに、参加する人間も、そんなパーティーに参加できたことを、喜ぶ…大げさにいえば、パーティーに参加できたことが、名誉と、思える…」
「…」
「…それが、葉敬の狙い…つくづく、商売人だと思う…」
そう言って、バニラは、ため息をついた…
私は、バニラの気持ちがわかった…
バニラが、なにを言いたいのか、わかった…
バニラもリンダも、駒…
葉敬の、手駒の一つに過ぎないと言いたいわけだろう…
そして、バニラもリンダも、若く、美しいから、価値がある…
駒として、利用価値がある…
が、
その若さも、美しさも失われたら、どうだ?
その不安が、あるに違いない…
葉敬は、商売人だから、利用できるものは、利用する…
利用できるうちは、利用する…
そんなスタンスかもしれない…
だが、
利用できなくなったら、どうする?
利用価値が、なくなったら、どうなる?
バニラは、不安なのかもしれない…
バニラもリンダも、誰が見ても、美しいが、それは、なにより、若いから…
どんな美人でも、50歳になれば、美人を売りにできない…
40歳でも、無理…
もっと、若く美しい女に、とって代わられる…
それが、バニラは、わかっている…
いや、
バニラだけではない…
リンダも、わかっている…
そして、世間の女、誰もが、わかっている…
だから、若さがなくなったときが、心配なのだろう…
自分の唯一の武器…
美人という武器がなくなる…
おおげさにいえば、美人は、魔法…
だから、美人は、魔法使い…
たとえば、同じことでも、会社でも、学校でも、男に頼んだ場合、効果が違う…
私のような平凡な女が頼んでも、男が、適当にスルーすることがあるが、美人が頼めば、真摯に向き合ってくれる…
つまり、男の態度が、違うのだ…
これが、魔法…
美人という魔法の効果だ…
が、
その魔法も、いつかは、使えなくなるときがくる…
それが、歳をとったとき…
誰もが、一番それが、わかりやすいのが、AVの世界…
いくら、キレイで、可愛くても、歳を取れば、あっと言う間に、需要がなくなる…
それが、誰もが、わかりやすいほど、わかっている真実…
しかも、
しかも、だ…
バニラもリンダも、その美人で、飯を食っている…
世間には、バニラやリンダには、足元にも及ばないが、美人は、それなりにいる…
が、
美人を売りにして、生きている女は、ごくわずか…
モデルや芸能人ぐらいのものだ…
だから、美人を売りにする女は、若さが、なくなったときが、怖いのだろう…
例えば、バニラのように、葉敬という大金持ちの愛人という、今の立場は、歳を取れば、微妙になる…
バニラが、歳を取り、価値がなくなれば、葉敬は、別の、若い美人を愛人にする可能性が高いからだ…
そして、そのときに、バニラは、どうすればいいか?
不安に駆られるのだろう…
私は、思った…
と、
思ったとき、ふと、
…報いが来る!…
と、私は、思った…
予言した…
このバニラ…バニラ・ルインスキーは、糞生意気な女…
性根のねじ曲がった糞生意気な女だ…
その女が、若さがなくなり、路頭に迷う…
私はそれに気付いたとき…
この矢田トモコの勝ちだと、気付いた…
なぜなら、私は、平凡…
美人でも、なんでもない…
だから、歳を取っても、平気…
なにも、変わらないからだ…
ただ、歳を取っただけだからだ…
美人を売りにする女は、美人でなくなったときが、怖い…
が、
この矢田トモコに、そんな心配はない…
心配は、無用…
自分が、美人でないことは、ちょっぴり、悔しいが、この、目の前のバニラや、あのリンダが、歳を取り、若さがなくなることを、恐れることを、思うと、そんな心配は、少しもしない、私が、良かった…
若さが、なくなり、自分が、美人でなくなることで、周囲の人間の態度が、変わってくる…
周囲の人間の対応が、変わってくる…
それは、まるで、身近な例えでいえば、それなりに、世間で、知られた会社の経営者が、破産したようなもの…
破産したことで、世間の人間の態度が、変わって来る…
それまで、ちやほやした人間が、皆、いっせいに離れる…
要するに、その人間に利用価値がなくなったから、離れるのだ…
これは、会社でも、芸能人でも、同じ…
その人間が、会社で、偉かったり、芸能界でも、それなりに、成功しているから、周囲が、チヤホヤする…
それと、同じだ…
美人の場合は、男の下心が大半だが、まあ、似たようなものだ(笑)…
つまりは、美人でも権力でもなんでも、力を、持っている…
それがなくなれば、周囲で、ちやほやした人間は、大半が離れるということだ…
話が、いささか、長くなったが、バニラの天下も、もはやこれまで…
後、何年、続くか、知らんが、いずれ、この矢田トモコの軍門に下るときがくる…
美人という魔法がなくなり、ただの一般人になる…
そして、私は、そのときも、今と同じ、クルールの社長夫人…
葉尊の妻だ…
つまり、私の勝ちだ…
この生意気な女が、美人でなくなり、この矢田トモコが、社長夫人のまま…
そのときは、このバニラを、私の秘書にでもして、こき使ってやる…
私は、ふと、思いついた…
あるいは、
私の専用の使用人として、こき使ってやる…
そう、思った…
私は、決して、悪い人間ではない…
性格も、決して、悪くはない…
そう、信じている…
が、
それでも、このバニラは、許せんかった…
このひとのいい、矢田トモコですら、許せんかったのだ…
シンデレラの継母ではないが、いずれ、このバニラをこき使ってやる…
せいぜい、今のうちに、調子に乗っていれば、いいさ…
私は、思った…
なぜか、バニラが、歳を取り、若さがなくなり、美人でなくなることを、恐れる不安に、同情するつもりだったが、それが、いつのまにか、バニラをこき使う、私の未来が見えた…
はっきりと、見えたのだ(笑)…
それに、気付いた今、私は、余裕をもって、バニラ…
バニラ・ルインスキーを見ることができた…
圧倒的な知名度を持つ、目の前の桁外れの美人を見ることができた…
…せいぜい、今のうちに調子に乗っていれば、いいさ…
…勝負は、二十年後…
…いや、三十年後さ…
そのときは、私の使用人にして、徹底的にこき使ってやるさ…
それを、思うと、自然と、笑みがこぼれた…
私の大きな口が、自然と、笑いだしそうだった…
すると、それを見た、バニラが、
「…なに…その笑い?…」
と、怯えた…
「…なに、その笑い? …私が、今、なにか、お姉さんに、面白いことでも言った?…」
「…なんでも、ないさ…」
私は、笑みをこぼしながら、言った…
「…なんでも、ないって、そんな顔をして、なんでもない、わけは、ないでしょ?…」
「…私が、なんでもないと言ったら、なんでもないのさ…」
私は、笑いながら、言った…
自分でも、自分の笑いが、止められなかったのだ…
「…ちょっと、葉尊…なにか、言ってやって…」
バニラが、葉尊に助けを求めた…
葉尊は、戸惑ったが、
「…お姉さん…その笑いは…」
と、戸惑いつつも、私に聞いた…
が、
さすがに、夫の葉尊でも、将来、バニラをこき使ってやるなどという、本当のことは、言えない…
それでは、この矢田トモコの性格が、悪く思われる…
矢田トモコの人間性が、疑われるからだ…
だから、夫の葉尊の質問にも、
「…なんでもないさ…」
と、答えるしかなかった…
「…なんでもないって、お姉さん…でも、その笑いは…」
葉尊が、戸惑う…
しかしながら、いかに夫の葉尊でも、本当のことは、言えんかった…
言えるはずが、なかった…
すると、隣のバニラが、
「…わかった…」
と、大声を出した…
…ナニッ?…
…わかった?…
私は、動揺した…
私の性格の悪さが、夫の葉尊にバレては、困るからだ…
だから、とっさに、なにか、言おうとしたが、その前に、バニラが、
「…お姉さん…きっと、パーティーに出れるのが、嬉しいのよ…」
と、答えた…
「…パーティーに出れるのが、嬉しい?…」
と、葉尊…
「…このお姉さん…元々、目立ちたがり屋でしょ? …だから、パーティーで、注目されるのが、嬉しいのよ…」
…目立ちたがり屋?…
…この矢田トモコが?…
私は、頭にきて、
「…私は、目立ちたがり屋じゃなんかじゃないさ…」
と、言おうとしたところ、夫の葉尊が、
「…バニラ…お姉さんは、目立ちたがり屋なんかじゃないよ…」
と、穏やかに言った…
「…お姉さんは、そんなひとじゃない…」
穏やかだが、力強い調子だった…
私は、嬉しかった…
夫の葉尊は、私をわかってくれていると、思ったのだ…
と、同時に、
…やはり、将来、バニラを、使用人にして、こき使うことはできん…
と、諦めた…
夫の葉尊に、
「…お姉さんは、そんなひとだったんですか?…」
と、言われるのが、辛かったのだ…
やはり、夫の葉尊の前では、性格のいい、善良な矢田トモコを演じ続けなければならん…
そう、気付いた…
そう、考えると、自然と、私の顔から笑みが消えた…
あれほど、楽しそうだった私の顔が、至極、真面目になった…
むしろ、深刻な顔になったというのが、正しかった…
そして、私は、夫の葉尊を見た…
バニラではなく、夫の葉尊を見た…
考えてみれば、今、この場所に、クールの社長夫人として、いれるのは、夫の葉尊のおかげ…
葉尊と結婚できたから、ここにいれるのだ…
だから、夫の葉尊は、私の恩人…
この平凡な矢田トモコを、妻に選んでくれた大恩人だ…
それを、思ったとき、どんなことが、あっても、この葉尊を裏切ってはならんと、思った…
葉尊が、哀しむことも、してはいかんと、思った…
結果、バニラを将来、私の使用人として、こき使う、私の夢は、潰えた…
残念ながら、夢と消えた(涙)…