第57話

文字数 6,336文字

 …私は、目立つ…

 なぜか、知らんが、目立つ…

 そう言われたのは、初めてではない…

 昔からだ…

 「…矢田といると、目立つんだよね…」

 と、子供の頃から、言われた…

 「…目立つ? …なんで?…」

 「…なんでって言われても、困るけど、なんだか、目立つんだよね…」

 「…私は、美人でも、なんでもないゾ…」

 「…たしかに、そうだけれども、なんか目立つんだよね…存在感があるっていうか…」

 私は、その会話を思い出していた…

 私は、目立つ…

 なぜか、わからんが、目立つ…

 が、

 そういうものかもしれん…

 私は、思った…

 正直、自分のことは、わからない…

 が、

 他人のことは、わかる…

 誰もが、知る、代表的な人物は、元AKBの前田敦子だ…

 あっちゃんだ…

 前田敦子には、悪いが、正直、美人でもなんでもない…

 が、

 目立つ…

 AKBという集団の中で、センターにいなくても、なぜか、目立つ…

 つまりは、存在感があるのだ…

 そして、その存在感というのは、背が高いとか、低いとか、美人とか、イケメンであるとか、いうのとも、違う…

 集団の中で、はしっこにいても、なぜか、目立つ…

 それが、存在感だ…

 そして、前田敦子ではないが、芸能人という職業に携わる人間を、テレビで、見ると、ある程度の年齢で、芸能界に残って活躍している人間は、皆、存在感があることが、わかる…

 極端な話、女でいえば、若い十代のときは、デビューして、水着になれば、注目される人間も多い…

 しかし、歳が経てば、いつまでも、水着では、注目されなくなる…

 水着になって、デビューするというのは、会社でいえば、新入社員のようなもの…

 高校や大学を卒業して、新卒で、会社に入社したようなものだからだ…

 が、

 新卒で、入社した会社でも、5年、10年、いれば、いつのまにか、中堅の社員になり、与えられる仕事の内容が、変わって来る…

 求められる仕事の内容が、変わって来る…

 いつまでも、新入社員のままでは、いられないからだ…

 それと、同じで、水着を着て、デビューした女が、いつまでも、水着をウリにして、芸能界で、生き残ることは、できない…

 なにより、自分が、やったことと、同じことは、もはや、自分より、5歳、10歳、年下の若い女がやっている…

 つまりは、中堅社員になれば、新入社員と同じことは、できないということだ…

 肝心の若さが、なくなり、別の役割を求められることになる…

 これは、水着を例にして、仕事に例えたが、そんなものが、なくても、なぜか、目立つ人間は、目立つ…

 圧倒的な存在感があるからだ…

 これは、本人が意識しようとしまいと、関係がない…

 そして、私に言わせれば、存在感がなければ、芸能界のような世界では、生き残るのが、難しいと思う…

 それだけだ…

 よく、若い女で、わざと目立つために、例えば、爬虫類が好きだとか、わざと、誰もが、嫌がることを、好きだといって、目立とうとするものがいるが、それは、一瞬だけ…

 たとえば、AKBのような集団の中で、わざと、突飛な行動をとって、ウケを狙うような真似をしても、存在感は得られない…

 存在感というものは、生まれつきのものだからだ…

 美人に生まれたり、ブスに生まれたりするのと、同じだからだ…

 だから、残念ながら、個人の努力で、どうこうなるものではない…

 私は、思った…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…なにを考えているの? …お姉さん?…」

 と、隣のヤンが、聞いた…

 私は、隣のヤンを見た…

 ヤンは、リンダは、わざとボサボサの髪に、ダボダボのシャツで、小汚い恰好をしている…

 まるで、誰が見ても、むさくるしい姿だ…

 が、

 やはり、いうか、光っている…

 抜群の存在感がある…

 が、

 いつもはない…

 リンダが、ヤンの格好をしているときは、ない…

 にもかかわらず、今日はある…

 私は、なぜか、考えた…

 おそらくは、今、ピンクのベンツに乗っているからだと、気付いた…

 わざと派手なピンクのベンツに乗っている…

 だから、目立たないように、わざと男装しているにも、かかわらず、知らず知らずのうちにリンダ・ヘイワースになってしまっているのだ…

 私は、そう思った…

 まるで、正装して、ピンクのドレスを着ている気分にでも、なってしまうのだろう…

 そして、もう一つ…

 もう一つ、別の理由がある…

 それは、ファラド…

 ファラド王子に会うこと…

 リンダ・ヘイワースの大ファンであるというファラドに会うことで、リンダ=ヤンも、知らず知らずのうちに、気持ちが昂っているのだ…

 自分を手に入れたいと公言するファラドが、一体どんな人間か、気になるのだろう…

 当たり前のことだ…

 そして、その気持ちは、ヤンではなく、リンダのもの…

 リンダ・ヘイワースの気持ちだ…

 だから、ヤンの姿をしていても…男装をしていても、心は、リンダ・ヘイワースになっている…

 それゆえ、気分が、華やかになる…

 圧倒的な華やかな、リンダ・ヘイワースのオーラが、知らず知らずのうちに、出てしまうのだろう…

 私は、思った…

 そして、それは、マリアも同じだったようだ…

 この矢田と同じように、感じたらしい…

 「…リンダさん…今日は、男の格好をしているのに、リンダ・ヘイワースになってる…」

 マリアの言葉に、

 「…エッ?…」

 と、リンダ=ヤンは、驚いた…

 私は、ヤンの隣で、私の大きな胸の前で、腕を組み、

 「…純真な子供の心は、ごまかせんさ…」

 と、言った…

 いかにも、わかったような、したり顔で、言ったのだ…

 どんなときも、上から、目線…

 それが、私だ(笑)…

 たとえ、なにも、知らんとも、すべて、わかったようなフリをする…

 すべて、わかったようなフリをして、誰かが言った後から、

 「…実は、私もさっきから、それを言いたかったのさ…」

 と、付け加える…

 私は、それが、得意だった…

 得意中の得意だった(爆笑)…

 「…ヤン…いや、リンダ…オマエの気持ちはわかるさ…」

 私は、両手で、腕を組みながら、実に重々しく言った…

 「…わかる?…」

 「…そうさ…オマエの心の中は、ファラドで、いっぱいさ…あのイケメンの顔で、いっぱいさ…」

 「…イケメン?…」

 「…そうさ…アラブ人だから、肌は浅黒いが、いい男さ…この矢田も、葉尊と結婚していなかったら、狙っていたさ…」

 「…狙っていた?…」

 「…そうさ…」

 私が、鼻の穴を大きく広げながら、断言すると、マリアが、

 「…矢田ちゃん…イケメンが好きなの?…」

 と、聞いてきた…

 「…好きさ…」

 私は、答えた…

 「…でも、私は葉尊とすでに結婚している…残念さ…」

 すると、突然、

 「…似合わない!…」

 と、マリアが言った…

 「…なんだと?…」

 「…矢田ちゃんと、イケメンは、似合わない…」

 マリアが叫んだ…

 私は、頭に来た…

 「…マリア…どうして、そんなことを言うんだ?…」

 「…だって、うちで、ママがいつも、言ってるよ…矢田ちゃんは、六頭身で、幼児体型のくせに、イケメン好きだって…」

 「…なんだと?…」

 「…似合わないこと、この上ないって…」

 …おのれ、バニラ!…

 私のいないところで、私の悪口を言っているとは!…

 許せん!

 いたいけな子供の前で、私の悪口を言い続ければ、純真な子供は、それが、本当のことだと思ってしまう…

 本当のことだと、誤解してしまう…

 私は、それを恐れた…

 恐れたのだ…

 だから、

 「…マリア…よく聞け…私は、既婚者だ…葉尊という、イケメンの夫がいる…だから、神様に誓って、そんなことは、ないさ…」

 と、言った…

 言い聞かせた…

 「…でも、ママが…」

 「…マリア…あんな馬鹿は相手にするな!…」

 私は、怒鳴った…

 「…いいな!…」

 と、言って、思いっきり、マリアを睨んだ…

 睨んだのだ…

 すると、あろうことか、

 「…矢田ちゃんの目が笑ってない…」

 と、マリアが言って、喜んだ…

 喜んだのだ…

 「…矢田ちゃんの目が真剣になってる…」

 と、言って、マリアが喜んだ…

 それを見て、またも、

 「…プッ!…」

 と、ヤンが、吹き出した…

 「…さすが、お姉さんね…」

 「…なにが、さすがだ?…」

 「…お姉さんが、なにをしようと、マリアに好かれる…マリアは、すっかりお姉さんの本質を見抜いている…」

 「…本質だと?…」

 「…そう…善人の本質…」

 「…善人の本質だと?…」

 「…お姉さんは、ちょっとばかり、ずるくて、抜け目のないところもあるけど、根は善人…だから、子供がなつく…」

 「…」

 「…子供の目は、純真で、性格の悪い人間には、一切付き合わない…だから、その人間が、どんな人間か、知りたければ、子供を連れて行けばいい…」

 「…」

 「…バニラが、お姉さんを信頼しているのは、マリアが、お姉さんを信頼しているから…」

 ヤン=リンダが、ゆっくりと告げた…

 「…だから、真逆に、もし、マリアがお姉さんから離れたから、それは、お姉さんが、変わったこと…」

 「…私が、変わったことだと?…」

 「…私利私欲に走り、自分のことしか、考えなくなる…」

 「…」

 「…そして、もし、お姉さんが、そんな人間になったら、マリアも、お姉さんから、離れる…そして、それを見て、母親のバニラも、お姉さんから、離れる…」

 リンダ=ヤンが、しんみりと、言った…

 私は、それを聞きながら、もしかしたら、ヤン=リンダは、そんな経験が、あるのでは、ないか? と、考えた…

 訝(いぶか)った…

 なぜなら、リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…

 世界に知られた有名人だ…

 が、

 リンダも最初から、有名人であるはずが、なかった…

 さまざまな苦労をして、今の地位に辿り着いたに違いない…

 その過程で、私など、想像もできないほどの多くの人間に接してきたに違いない…

 すると、どうだ?

 掌返しではないが、それまでと、態度が、変わった人間も、数多く見てきているに、違いない…

 29歳のリンダ・ヘイワースが、まだ若く無名時代だった頃に、相手にも、しなかった人間が、リンダが、著名になると、向こうから、言い寄って来る…

 仕事に、出てくれないかと、言い寄って来る…

 そして、まだ若く無名だったリンダは、その男に、けんもほろろに相手にされなかったことを、覚えている…

 が、

 相手は、覚えていない…

 まったくといっていいほど、覚えていない(爆笑)…

 なぜなら、その相手にとっては、仕事に売り込みに来た大勢の無名の女優の一人に過ぎないからだ…

 いわば、例えるならば、相手は、昔の映画館のチケット売り場とか、昔の駅の改札の切符切りの駅員と同じ…

 駅員は、大勢の利用客の切符を切るから、よほど、特徴がない限り、どんな人間が、利用するのか、覚えていない…

 利用する客の数が、半端なく多いからだ…

 が、

 客の立場からすれば、駅員の数は、限られているから、その駅員の顔は、覚えている…

 それと、同じだ…

 リンダは、おそらく、そんな経験を多くしたに違いない…

 誰でも、そうだが、掌返しをされて、気分のいい人間は、いない…

 歌手志望の若者でも、漫画家志望の若者でも、どこかに、自分の作品を持ち込んで、まったく、相手にされなかったとする…

 それが、数年後、曲や、漫画が、ヒットして、有名になる…

 そしたら、昔、曲なり漫画なりを持ち込んだ相手と、どこかで、偶然再会して、

 「…いや、オレは、本当は、アンタの作品は、光るものが、あったと思ったから、上にあげたんだけれど、上がダメだと言って…」

 とか、なんとか、言い訳をする…

 普通に考えれば、それは、ただの言い訳…

 単純に、相手にしなかっただけというのが、正しい…

 が、

 そうは、思っていても、当人にとっては、嬉しいものではない…

 リンダは、そんな経験が嫌というほど、あるに違いない…

 私は、ふと、気付いた…

 だから、

 「…リンダ…オマエも色々大変だったんだな…」

 と、言ってやった…

 私は、私の大きな胸の前で、腕を組んで、さも、リンダの苦労が、わかったように、言ってやったのだ…

 すると、

 「…なに? …お姉さん…どうして、そんな話になるの?…」

 と、リンダが、驚いた…

 「…ごまかすな…リンダ…私の目はごまかせんさ…」

 「…お姉さん…私が、なにをごまかすっていうの?…」

 「…オマエがこれまで、してきた苦労さ…無名時代のオマエが、さんざん、味わってきた苦労さ…」

 「…ちょっと、お姉さん…どうして、いきなり、そんな話になるの?…」

 「…気付いたのさ…」

 「…気付いた? …なにを、気付いたの?…」

 「…私が、変われば、マリアが、私から離れると言った、オマエの言葉さ…きっと、オマエもそんな過去が、あったと、気付いたのさ…」

 私が、重々しく説明した…

 途端に、リンダが、呆気に取られた…

 「…余人なら、いざ知らず、この矢田トモコの目をごまかすのは、不可能さ…リンダ…それをよく覚えておけ…」

 私が言うと、

 「…お姉さん、一体、なにを言ってるの? …私が、お姉さんのことを、言ったのは、一般論…ただの一般論よ…」

 「…一般論だと?…」

 「…そうよ…別に、私が、過去にそんな経験をしたとか、しないとか、関係ない…」

 リンダが、怒った…

 怒ったのだ…

 すると、マリアが、

 「…矢田ちゃんって、すぐ妄想しちゃうんだよね…」

 と、口を出した…

 「…いつも、自分勝手に、思い込んだことを、言っちゃう…」

 と、マリアが、言って、ニコニコと笑った…

 「…ホント、矢田ちゃんって、面白い…」

 「…面白くなんて、ないさ…」

 私は、怒鳴った…

 「…全然、面白くなんて、ないさ…」

 大声で、繰り返した…

 「…リンダも、そうさ…ウソを言っているだけさ…」

 「…ウソって?…」

 「…私の言うことに間違いは、ないさ…オマエは、無名時代にひとに騙されたり、辛い思いをいっぱいしているに違いないさ…だから、私が、変わったらと、言ったのさ…」

 私は、断言した…

 「…私の目を、騙すことは、不可能さ…」

 私が、言うと、リンダの目が、変わった…

 明らかに変わった…

 それは、普段のリンダの目ではなかった…

 スクリーンで見る、ハリウッドのセックス・シンボルの目ではなかった…

 それは、もっと、陰湿で、陰のある目だった…

 普段、見たことのない、リンダ=ヤンの目だった…

 私が、驚いて、その変化を見ていると、

 「…お姉さんに、なにが、わかるの?…」

 と、ヤン=リンダが、ゆっくりと、言った…

 「…わ…わかるさ…わ、わたしは、な、なんでも、わ、わかるの…さ…」

 と、怯えながら、言った…

 言いながら、不覚にも、声が震えた…

 リンダの形相が、一変したからだ…

 マズい…

 私は、気付いた…

 私は、不覚にも、リンダの過去に触れてしまったのだ…

 リンダ・ヘイワースの過去に触れてしまったのだ…

 誰にでも、触れられたくない過去の一つや二つは、ある…

 が、

 それに、気付かなかった私は、リンダの触れられたくない過去に触れてしまったのだ…

 万事休す…

 そのことを、悟った私は、恐怖で、目をつぶった…

 私は、あまりの恐怖で、目から涙が、こぼれ落ちる寸前だった…

 …神様…

 …助けて!…

 私は、神に祈った…

 祈ったのだ…

 思えば、私は、実に、調子のいい女だった…

 苦しいときだけの、神だのみ…

 普段は、神様のことなど、考えもしなかった…

 が、

 今は、それどころではなかった…

 なかったのだ…

 私は、ただ恐怖した…

 恐怖で、震えていた…

 35歳の哀れな女だった…

               

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