第23話

文字数 5,655文字

 …来た!…

 …来た!…

 …来た!…

 私は、思った…

 予想通りのことが、起こったのだ…

 ネットニュースで、リンダ・ヘイワースの婚約を、発表したのだ…

 いや、

 正確には、婚約では、なかった…

 って、いうか、否定した…

 が、

 そのリンダの婚約を決定づけるかの写真が、ネットに流れた…

 リンダ・ヘイワースと、サウジアラビアのファラド王子との、ツーショットだった…

 真っ赤なドレスをまとったリンダ・ヘイワースが、タキシードをまとったファラド王子と、二人で、カメラに微笑んでいる…

 誰が、どう見ても、カップル…

 美男美女のカップルだった…

 リンダが、美人なのは、もちろんだが、ファラド王子という男もイケメンだった…

 アラブ諸国にありがちな、浅黒く、精悍な顔立ち…

 リンダとのツーショットは、まさに、お似合いの二人だった…

 美男美女のカップルの見本だ…

 私は、その写真を、自宅のデスクトップのパソコンで見た…

 27インチのモニターで、見たのだ…

 以前も、書いたが、私は、オタク…

 パソコンオタクだった…

 といっても、プログラミングができるわけでもない…

 ただ、デスクトップのケースを買って、CPUや、SSDやメモリを自分で選んで、組み立てるだけ…

 だが、その程度のことでも、今の時代は、滅多にするものはいない…

 自作PCという分野が、廃れたのだ…

 が、

 私は、なぜか、いまだに、それに凝っていた…

 それが、オタクのオタクたるゆえんかもしれない…

 私は、思った…

 思いながら、ずっと、モニターの中のリンダ・ヘイワースを見た…

 見続けた…

 …美しい…

 …まさに、ため息が出るほど、美しい…

 …見れば、見るほど、美しい…

 …まさに、美の化身…

 …地上に舞い降りた天使のようだ…

 私は、その27インチのモニターに映し出された、リンダ・ヘイワースの姿を、ジッと、見つめた…

 私の細い目を、さらに、細く、して、だ!…

 見続けたのだ…

 傍目には、この矢田が、リンダに憧れて、見ていると、思ったかもしれんが、そうではない…

 そうではないのだ…

 私は、このリンダの映像を見ながら、頭の中をフル回転していたのだ…

 この頭脳明晰な矢田トモコの頭脳をフルに回転させていたのだ…

 …一体、なぜ、リンダは、こんなイケメンを知っていたのにも、かかわらず、この矢田に告げなかったのか?…

 考えたのだ…

 どうして、この矢田トモコに、紹介しなかったのか?…

 考えたのだ…

 私は、リンダとあれほど、仲が良く、公私にわたって、交流があった…

 本当は、二人は、互いに、服を交換するほど、仲が良かったはずだ…

 が、

 リンダは、175㎝…

 対する、私は、159㎝…

 服を交換するには、無理があった(涙)…

 今、このモニターに映った、リンダの真っ赤なドレスを私に譲ってもらっても、私が、着こなすことはできない…

 あのバニラなら…

 あの根性曲がりのろくでもない女なら、簡単に着こなすことができるだろう…

 が、

 私には、無理…

 できない…

 そもそも、ルックスも体型も年齢も違う…

 それを、考えると、なぜか、頭に来た…

 この矢田トモコが、身長159㎝の六頭身の幼児体型にも、かかわらず、なぜ、このリンダと、私は、違うのか?

 いや、

 リンダは、まだ、いい…

 根性が曲がってないからだ…

 性根が腐ってないからだ…

 だが、

 あのバニラは許せん…

 あの歪んだ心の持ち主にもかかわらず、このリンダに匹敵する美貌の持ち主だ…

 なぜ、神は、あの根性曲がりのバニラにあれほどの美貌を与えたのか?

 もしや、神様は、バカなのか?

 天は我を見捨てたのか?…

 色々考えた…

 色々だ…

 なぜか、リンダの映像を見ながら、心は、バニラに向かった…

 あの根性曲がりのバニラに向かった…

 すると、私の心にさざ波が、起こった…

 嫉妬が起こった…

 正直、自分でも認めたくなかったが、なぜ、あんなに根性が曲がった女が、あれほどの美貌の持ち主なのか、不思議だったのだ…

 なぜ、あんなに頭の悪い女が、あれほどの美貌の持ち主なのか、不思議だったのだ…

 それとも、神様は、頭が悪いから…根性がねじ曲がっているから、バニラに、あれほどの美貌を与えたのか?

 考えた…

 要するに、頭の中身がなんにもないから、せめて、ルックスだけは、良くしてやろうという、神様の思いやりではないか?

 私は、神様の狙いを、そう見た…

 私は、神様の狙いを、そう睨んだ…

 ずばり、見切ったのだ…

 が、

 だとすれば、この矢田は、なんだ?

 この優秀な頭脳の持ち主だから、ルックスは、少々、我慢しろと、神様は言いたかったのか?

 私は、思った…

 が、

 ふざけるな! と、言いたい…

 この頭脳をもらったから、このカラダで、我慢しろとでも、言うのか?

 ならば、なぜ、私に東大に入学できる頭脳を与えん!

 なぜ、検事総長になれる頭脳を与えん!

 それほどの頭脳を与えられれば、このカラダでも、我慢しよう…

 私は、考えた…

 なぜか、リンダの婚約画像から、話が、バニラに、向かい、最終的に、私自身に向かった…

 その結果、不愉快だった…

 実に、不愉快だったのだ…

 だから、私は、リンダの写った27インチのモニターに向かい、

 「…不愉快さ…」

 と、呟いた…

 すると、

 「…お姉さん…なにが、不愉快なの?…」

 という声がした…

 私は、

 「…バニラさ…」

 と、答えた…

 「…お姉さん…どうして、バニラなの? …モニターに映っているのは、リンダでしょ?…」

 「…リンダはいいのさ…」

 「…どうして、リンダはいいの?…」

 「…リンダは、美人だが、根性が曲がっとらん…だが、バニラは美人でも、根性が曲がってる…私は、それが、許せんのさ…」

 「…お姉さん…それは、お姉さんの嫉妬じゃないの?…」

 「…その通りさ…あの根性曲がりのバニラが、あんなに美人で、この性格のいい、矢田が、平凡…平凡の極みのルックス…世の中、なにかが、間違ってる…そうは、思わんか?…」

 言いながら、初めて、ここで、私以外に、この家に、誰か、いることに、気付いた…

 この家は、私と葉尊以外、誰もいないはず…

 もし、勝手に入って来たとしたら、それは、葉敬ぐらいのもの…

 このマンションを、私と葉尊に買ってくれた葉尊の父の葉敬ぐらいのものだからだ…

 「…オマエは、一体?…」

 言いながら、振り向くと、そこには、なんと、バニラの姿があった…

 根性曲がりのバニラの姿があった…

 …マズい!…

 とっさに、思った…

 いかに、私が、バニラを嫌っているのを、本人が、知っていても、やはり、目の前で、自分の悪口を言われて、気分がいい人間は、いないからだ…

 私は、恐る恐るバニラの表情を窺った…

 恐怖しながら、バニラの表情を見た…

 なぜなら、バニラは、180㎝…

 この矢田トモコは、159㎝…

 殴り合いになって、到底勝てる相手ではないからだ…

 バニラの表情を窺う一方で、逃げる準備もした…

 一歩でも早く、この部屋から、逃げ出す算段をしたのだ…

 が、

 バニラは、笑っていた…

 笑っていたのだ…

 「…このオチビは、またひとの悪口を言って…」

 笑いながら、私に言った…

 「…この糞チビ!…」

 バニラが、私を罵った…

 私を罵倒した…

 無理もない…

 私が、これまで、さんざバニラの悪口を言ったからだ…

 私は、頭に来たが、無理もないと、思った…

 だから、許した…

 バニラの私に対する暴言を許したのだ…

 相変わらず、心の広い私だった…

 まるで、太平洋のように、心の広い私だった…

 そして、なぜ、このバニラがこの部屋に勝手に入ることができたのか?

 考えた…

 答えは、葉敬だった…

 バニラは葉敬の愛人…

 夫の葉尊の父の葉敬ならば、このマンションの鍵を持っていても、不思議ではない…

 このマンションは、葉敬が、私と葉尊に買い与えたものだからだ…

 私が、そんなことを考えていると、バニラは、ジッと、モニターに映った、リンダの画像を見つめた…

 私は、それを見て、このバニラもまた、美しいと思った…

 プライベートなので、メイクもしていない…

 スッピンだ…

 モデルや、芸能人は、普段、仕事が休みのときは、スッピンが多いという…

 いつも、メイクをしているので、肌を痛めるからだ…

 だから、休みの日ぐらい、メイクをせずに、肌を休めようとするのだろう…

 だが、スッピンだからこそ、余計に素顔の美しさが、わかる…

 このバニラ・ルインスキーは、180㎝と、大柄だが、たしかに、美しかった…

 正真正銘の美人だった…
 
 女の私が、見ていても、惚れ惚れするほどの美人だった…

 が、

 なぜ、こんなにも、美人なのに、これほど、根性がねじ曲がっているのだろう…

 私は、つくづく思った…

 すると、バニラは、そんな私の視線に気づいた様子だった…

 「…お姉さん…なにを、私を見ているの?…」

 「…いや、オマエは美しいなと、思って…」

 私は、正直に言った…

 が、

 バニラは、当惑した…

 「…なに? …さっき、さんざ、私の悪口を言ってたから、今度は、私を持ち上げて、機嫌を取るつもり…」

 「…そんなことは、考えんかった…ただ…」

 「…ただ、なに?…」

 「…オマエも、このモニターに映ったリンダに負けず劣らず美しいなと思って…」

 私が、言うと、バニラが、

 「…なんか、お姉さんが、そんなにしんみり言うと、調子が狂うな…お姉さんは、いつも、私の悪口を言っているのが、普通というか…」

 と、戸惑った…

 「…悪口じゃないさ…ホントのことさ…オマエは、美人だが、根性が曲がっている…」

 私が、言うと、むしろ、バニラは嬉しそうだった…

 「…そうそう…お姉さんは、そうでなくちゃ…」

 私が、バニラの態度に、驚いていると、

 「…根性曲がりのお姉さんは…」

 と、付け加えた…

 「…なんだと? …誰が、根性曲がりだ?…」

 私は、怒鳴った…

 が、

 バニラは、そんな私の怒りも、どこふく風と、受け流した…

 「…そんなことより、お姉さん…」

 と、バニラは、モニターに映ったリンダを、見て言った…

 「…なんだ?…」

 「…このリンダ…変よ?…」

 「…変? …どこが変なんだ?…」

 「…どこがと言われると、返答に詰まるけど…どこか、変…」

 私は、バニラの言葉に促されて、画面の中のリンダを見た…

 目を細めて、見た…

 すると、それを見て、隣のバニラが、

 「…プッ!…」

 と、吹き出した…

 「…お姉さん…そんなに目を細めて…」

 が、

 私は、怒らなかった…

 別に、私が、心が広いからでも、なんでもない…

 バカなバニラにカマッている暇がないからだ…

 私は、ファラド王子と、映ったリンダを見て、なにが、おかしいのか、考えた…

 まず、考えたのが、フェイク…

 合成写真を考えた…

 疑った…

 が、

 どこをどう見ても、本物だった…

 合成写真ならば、なんとなく、わかる…

 いや、それ以前に、ネットで、その真贋が取りざたされ、すぐにバレる…

 ネットの情報を見ても、この写真が、合成であるという情報はない…

 合成=コラージュであるという情報は、なにもない…

 が、

 どこかが、おかしい…

 一体、なにが、おかしいのか?…

 「…これ、リンダじゃない!…」

 いきなり、バニラが叫んだ…

 「…なんだと?…」

 「…これ、リンダのそっくりさんよ…リンダ・ヘイワースのそっくりさん…私も、騙されるところだった…」

 バニラが、続けた…

 私は、そのバニラの言葉で、これまでの違和感の正体が、明らかになった…

 このモニターに映ったリンダは、たしかに、リンダなのだが、なにかが、違う…

 私は、それが、なにか、わからなかったが、バニラの指摘で、わかった…

 そっくりさん…

 つまり、別人だった…

 「…ということは?…」

 バニラが続けた…

 「…このファラド王子は、そこまでして、リンダ・ヘイワースを手に入れたいわけ?…」

 バニラが、独り言を呟く…

 「…それとも、ファラド王子は、関係なく、誰かの仕業?…」

 バニラが、言った…

 「…いずれにせよ、アラブ…あるいは、サウジの王族が、リンダを使って、なにかをしたいということは、わかった…」

 バニラが意味深に言った…

 私は、そんなバニラの言葉を、隣で、聞いて、考えた…

 このバニラが、なぜ、この矢田トモコの元にやって来たか? を、だ…

 「…バニラ…オマエ?…」

 私が、声をかけると、バニラがニヤリとした…

 その笑いは美しかったが、同時に、その笑いは、決して、楽しそうではなかった…

 いや、

 楽しそうではあるが、それは、まるで、悪魔といえば、大げさだが、善人の笑いではなかった…

 はっきり言えば、毒のある笑いというか…

 身近な人間でいえば、葉問がする笑いだった…

 真面目な葉尊ではなく、やんちゃな葉問がする笑いだった…

 そして、その笑いを見て、私は、このバニラの狙いに気付いた…

 「…お父さんだな…」

 私は、言った…

 「…お父さんの…葉敬の差し金で、ここにやって来たんだな…」

 私が、断言すると、バニラが、ニヤリとした…

 が、

 その笑いは、さきほどと違って、楽しそうだった…

 心底、楽しそうだった…

 「…やっぱり、ただのバカじゃないわね…オチビちゃん…」

 バニラが、言った…

 私は、頭に来たが、バニラの狙いが、わかったことで、安心した…

 やはり、葉敬が、バニラの背後にいる…

 台北筆頭CEО、葉敬の指示がある…

 「…リンダ…リンダ・ヘイワース…ハリウッドのセックス・シンボル…たしかに、リンダを狙うというのが、一番の話題ね…誰もが、誰が、リンダを手に入れるのか、気になる…だから、その話題に夢中で、他のことに目がいかなくなる…」

 バニラが意味深に言う…

 「…でも、葉敬もバカじゃない…彼らの狙いに気付いた…」

 「…彼ら?…」

 「…そう…リンダを狙った輩(やから)…アラブの女神…」

 ゆっくりと、バニラが告げた…

                 
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