第23話
文字数 5,655文字
…来た!…
…来た!…
…来た!…
私は、思った…
予想通りのことが、起こったのだ…
ネットニュースで、リンダ・ヘイワースの婚約を、発表したのだ…
いや、
正確には、婚約では、なかった…
って、いうか、否定した…
が、
そのリンダの婚約を決定づけるかの写真が、ネットに流れた…
リンダ・ヘイワースと、サウジアラビアのファラド王子との、ツーショットだった…
真っ赤なドレスをまとったリンダ・ヘイワースが、タキシードをまとったファラド王子と、二人で、カメラに微笑んでいる…
誰が、どう見ても、カップル…
美男美女のカップルだった…
リンダが、美人なのは、もちろんだが、ファラド王子という男もイケメンだった…
アラブ諸国にありがちな、浅黒く、精悍な顔立ち…
リンダとのツーショットは、まさに、お似合いの二人だった…
美男美女のカップルの見本だ…
私は、その写真を、自宅のデスクトップのパソコンで見た…
27インチのモニターで、見たのだ…
以前も、書いたが、私は、オタク…
パソコンオタクだった…
といっても、プログラミングができるわけでもない…
ただ、デスクトップのケースを買って、CPUや、SSDやメモリを自分で選んで、組み立てるだけ…
だが、その程度のことでも、今の時代は、滅多にするものはいない…
自作PCという分野が、廃れたのだ…
が、
私は、なぜか、いまだに、それに凝っていた…
それが、オタクのオタクたるゆえんかもしれない…
私は、思った…
思いながら、ずっと、モニターの中のリンダ・ヘイワースを見た…
見続けた…
…美しい…
…まさに、ため息が出るほど、美しい…
…見れば、見るほど、美しい…
…まさに、美の化身…
…地上に舞い降りた天使のようだ…
私は、その27インチのモニターに映し出された、リンダ・ヘイワースの姿を、ジッと、見つめた…
私の細い目を、さらに、細く、して、だ!…
見続けたのだ…
傍目には、この矢田が、リンダに憧れて、見ていると、思ったかもしれんが、そうではない…
そうではないのだ…
私は、このリンダの映像を見ながら、頭の中をフル回転していたのだ…
この頭脳明晰な矢田トモコの頭脳をフルに回転させていたのだ…
…一体、なぜ、リンダは、こんなイケメンを知っていたのにも、かかわらず、この矢田に告げなかったのか?…
考えたのだ…
どうして、この矢田トモコに、紹介しなかったのか?…
考えたのだ…
私は、リンダとあれほど、仲が良く、公私にわたって、交流があった…
本当は、二人は、互いに、服を交換するほど、仲が良かったはずだ…
が、
リンダは、175㎝…
対する、私は、159㎝…
服を交換するには、無理があった(涙)…
今、このモニターに映った、リンダの真っ赤なドレスを私に譲ってもらっても、私が、着こなすことはできない…
あのバニラなら…
あの根性曲がりのろくでもない女なら、簡単に着こなすことができるだろう…
が、
私には、無理…
できない…
そもそも、ルックスも体型も年齢も違う…
それを、考えると、なぜか、頭に来た…
この矢田トモコが、身長159㎝の六頭身の幼児体型にも、かかわらず、なぜ、このリンダと、私は、違うのか?
いや、
リンダは、まだ、いい…
根性が曲がってないからだ…
性根が腐ってないからだ…
だが、
あのバニラは許せん…
あの歪んだ心の持ち主にもかかわらず、このリンダに匹敵する美貌の持ち主だ…
なぜ、神は、あの根性曲がりのバニラにあれほどの美貌を与えたのか?
もしや、神様は、バカなのか?
天は我を見捨てたのか?…
色々考えた…
色々だ…
なぜか、リンダの映像を見ながら、心は、バニラに向かった…
あの根性曲がりのバニラに向かった…
すると、私の心にさざ波が、起こった…
嫉妬が起こった…
正直、自分でも認めたくなかったが、なぜ、あんなに根性が曲がった女が、あれほどの美貌の持ち主なのか、不思議だったのだ…
なぜ、あんなに頭の悪い女が、あれほどの美貌の持ち主なのか、不思議だったのだ…
それとも、神様は、頭が悪いから…根性がねじ曲がっているから、バニラに、あれほどの美貌を与えたのか?
考えた…
要するに、頭の中身がなんにもないから、せめて、ルックスだけは、良くしてやろうという、神様の思いやりではないか?
私は、神様の狙いを、そう見た…
私は、神様の狙いを、そう睨んだ…
ずばり、見切ったのだ…
が、
だとすれば、この矢田は、なんだ?
この優秀な頭脳の持ち主だから、ルックスは、少々、我慢しろと、神様は言いたかったのか?
私は、思った…
が、
ふざけるな! と、言いたい…
この頭脳をもらったから、このカラダで、我慢しろとでも、言うのか?
ならば、なぜ、私に東大に入学できる頭脳を与えん!
なぜ、検事総長になれる頭脳を与えん!
それほどの頭脳を与えられれば、このカラダでも、我慢しよう…
私は、考えた…
なぜか、リンダの婚約画像から、話が、バニラに、向かい、最終的に、私自身に向かった…
その結果、不愉快だった…
実に、不愉快だったのだ…
だから、私は、リンダの写った27インチのモニターに向かい、
「…不愉快さ…」
と、呟いた…
すると、
「…お姉さん…なにが、不愉快なの?…」
という声がした…
私は、
「…バニラさ…」
と、答えた…
「…お姉さん…どうして、バニラなの? …モニターに映っているのは、リンダでしょ?…」
「…リンダはいいのさ…」
「…どうして、リンダはいいの?…」
「…リンダは、美人だが、根性が曲がっとらん…だが、バニラは美人でも、根性が曲がってる…私は、それが、許せんのさ…」
「…お姉さん…それは、お姉さんの嫉妬じゃないの?…」
「…その通りさ…あの根性曲がりのバニラが、あんなに美人で、この性格のいい、矢田が、平凡…平凡の極みのルックス…世の中、なにかが、間違ってる…そうは、思わんか?…」
言いながら、初めて、ここで、私以外に、この家に、誰か、いることに、気付いた…
この家は、私と葉尊以外、誰もいないはず…
もし、勝手に入って来たとしたら、それは、葉敬ぐらいのもの…
このマンションを、私と葉尊に買ってくれた葉尊の父の葉敬ぐらいのものだからだ…
「…オマエは、一体?…」
言いながら、振り向くと、そこには、なんと、バニラの姿があった…
根性曲がりのバニラの姿があった…
…マズい!…
とっさに、思った…
いかに、私が、バニラを嫌っているのを、本人が、知っていても、やはり、目の前で、自分の悪口を言われて、気分がいい人間は、いないからだ…
私は、恐る恐るバニラの表情を窺った…
恐怖しながら、バニラの表情を見た…
なぜなら、バニラは、180㎝…
この矢田トモコは、159㎝…
殴り合いになって、到底勝てる相手ではないからだ…
バニラの表情を窺う一方で、逃げる準備もした…
一歩でも早く、この部屋から、逃げ出す算段をしたのだ…
が、
バニラは、笑っていた…
笑っていたのだ…
「…このオチビは、またひとの悪口を言って…」
笑いながら、私に言った…
「…この糞チビ!…」
バニラが、私を罵った…
私を罵倒した…
無理もない…
私が、これまで、さんざバニラの悪口を言ったからだ…
私は、頭に来たが、無理もないと、思った…
だから、許した…
バニラの私に対する暴言を許したのだ…
相変わらず、心の広い私だった…
まるで、太平洋のように、心の広い私だった…
そして、なぜ、このバニラがこの部屋に勝手に入ることができたのか?
考えた…
答えは、葉敬だった…
バニラは葉敬の愛人…
夫の葉尊の父の葉敬ならば、このマンションの鍵を持っていても、不思議ではない…
このマンションは、葉敬が、私と葉尊に買い与えたものだからだ…
私が、そんなことを考えていると、バニラは、ジッと、モニターに映った、リンダの画像を見つめた…
私は、それを見て、このバニラもまた、美しいと思った…
プライベートなので、メイクもしていない…
スッピンだ…
モデルや、芸能人は、普段、仕事が休みのときは、スッピンが多いという…
いつも、メイクをしているので、肌を痛めるからだ…
だから、休みの日ぐらい、メイクをせずに、肌を休めようとするのだろう…
だが、スッピンだからこそ、余計に素顔の美しさが、わかる…
このバニラ・ルインスキーは、180㎝と、大柄だが、たしかに、美しかった…
正真正銘の美人だった…
女の私が、見ていても、惚れ惚れするほどの美人だった…
が、
なぜ、こんなにも、美人なのに、これほど、根性がねじ曲がっているのだろう…
私は、つくづく思った…
すると、バニラは、そんな私の視線に気づいた様子だった…
「…お姉さん…なにを、私を見ているの?…」
「…いや、オマエは美しいなと、思って…」
私は、正直に言った…
が、
バニラは、当惑した…
「…なに? …さっき、さんざ、私の悪口を言ってたから、今度は、私を持ち上げて、機嫌を取るつもり…」
「…そんなことは、考えんかった…ただ…」
「…ただ、なに?…」
「…オマエも、このモニターに映ったリンダに負けず劣らず美しいなと思って…」
私が、言うと、バニラが、
「…なんか、お姉さんが、そんなにしんみり言うと、調子が狂うな…お姉さんは、いつも、私の悪口を言っているのが、普通というか…」
と、戸惑った…
「…悪口じゃないさ…ホントのことさ…オマエは、美人だが、根性が曲がっている…」
私が、言うと、むしろ、バニラは嬉しそうだった…
「…そうそう…お姉さんは、そうでなくちゃ…」
私が、バニラの態度に、驚いていると、
「…根性曲がりのお姉さんは…」
と、付け加えた…
「…なんだと? …誰が、根性曲がりだ?…」
私は、怒鳴った…
が、
バニラは、そんな私の怒りも、どこふく風と、受け流した…
「…そんなことより、お姉さん…」
と、バニラは、モニターに映ったリンダを、見て言った…
「…なんだ?…」
「…このリンダ…変よ?…」
「…変? …どこが変なんだ?…」
「…どこがと言われると、返答に詰まるけど…どこか、変…」
私は、バニラの言葉に促されて、画面の中のリンダを見た…
目を細めて、見た…
すると、それを見て、隣のバニラが、
「…プッ!…」
と、吹き出した…
「…お姉さん…そんなに目を細めて…」
が、
私は、怒らなかった…
別に、私が、心が広いからでも、なんでもない…
バカなバニラにカマッている暇がないからだ…
私は、ファラド王子と、映ったリンダを見て、なにが、おかしいのか、考えた…
まず、考えたのが、フェイク…
合成写真を考えた…
疑った…
が、
どこをどう見ても、本物だった…
合成写真ならば、なんとなく、わかる…
いや、それ以前に、ネットで、その真贋が取りざたされ、すぐにバレる…
ネットの情報を見ても、この写真が、合成であるという情報はない…
合成=コラージュであるという情報は、なにもない…
が、
どこかが、おかしい…
一体、なにが、おかしいのか?…
「…これ、リンダじゃない!…」
いきなり、バニラが叫んだ…
「…なんだと?…」
「…これ、リンダのそっくりさんよ…リンダ・ヘイワースのそっくりさん…私も、騙されるところだった…」
バニラが、続けた…
私は、そのバニラの言葉で、これまでの違和感の正体が、明らかになった…
このモニターに映ったリンダは、たしかに、リンダなのだが、なにかが、違う…
私は、それが、なにか、わからなかったが、バニラの指摘で、わかった…
そっくりさん…
つまり、別人だった…
「…ということは?…」
バニラが続けた…
「…このファラド王子は、そこまでして、リンダ・ヘイワースを手に入れたいわけ?…」
バニラが、独り言を呟く…
「…それとも、ファラド王子は、関係なく、誰かの仕業?…」
バニラが、言った…
「…いずれにせよ、アラブ…あるいは、サウジの王族が、リンダを使って、なにかをしたいということは、わかった…」
バニラが意味深に言った…
私は、そんなバニラの言葉を、隣で、聞いて、考えた…
このバニラが、なぜ、この矢田トモコの元にやって来たか? を、だ…
「…バニラ…オマエ?…」
私が、声をかけると、バニラがニヤリとした…
その笑いは美しかったが、同時に、その笑いは、決して、楽しそうではなかった…
いや、
楽しそうではあるが、それは、まるで、悪魔といえば、大げさだが、善人の笑いではなかった…
はっきり言えば、毒のある笑いというか…
身近な人間でいえば、葉問がする笑いだった…
真面目な葉尊ではなく、やんちゃな葉問がする笑いだった…
そして、その笑いを見て、私は、このバニラの狙いに気付いた…
「…お父さんだな…」
私は、言った…
「…お父さんの…葉敬の差し金で、ここにやって来たんだな…」
私が、断言すると、バニラが、ニヤリとした…
が、
その笑いは、さきほどと違って、楽しそうだった…
心底、楽しそうだった…
「…やっぱり、ただのバカじゃないわね…オチビちゃん…」
バニラが、言った…
私は、頭に来たが、バニラの狙いが、わかったことで、安心した…
やはり、葉敬が、バニラの背後にいる…
台北筆頭CEО、葉敬の指示がある…
「…リンダ…リンダ・ヘイワース…ハリウッドのセックス・シンボル…たしかに、リンダを狙うというのが、一番の話題ね…誰もが、誰が、リンダを手に入れるのか、気になる…だから、その話題に夢中で、他のことに目がいかなくなる…」
バニラが意味深に言う…
「…でも、葉敬もバカじゃない…彼らの狙いに気付いた…」
「…彼ら?…」
「…そう…リンダを狙った輩(やから)…アラブの女神…」
ゆっくりと、バニラが告げた…
…来た!…
…来た!…
私は、思った…
予想通りのことが、起こったのだ…
ネットニュースで、リンダ・ヘイワースの婚約を、発表したのだ…
いや、
正確には、婚約では、なかった…
って、いうか、否定した…
が、
そのリンダの婚約を決定づけるかの写真が、ネットに流れた…
リンダ・ヘイワースと、サウジアラビアのファラド王子との、ツーショットだった…
真っ赤なドレスをまとったリンダ・ヘイワースが、タキシードをまとったファラド王子と、二人で、カメラに微笑んでいる…
誰が、どう見ても、カップル…
美男美女のカップルだった…
リンダが、美人なのは、もちろんだが、ファラド王子という男もイケメンだった…
アラブ諸国にありがちな、浅黒く、精悍な顔立ち…
リンダとのツーショットは、まさに、お似合いの二人だった…
美男美女のカップルの見本だ…
私は、その写真を、自宅のデスクトップのパソコンで見た…
27インチのモニターで、見たのだ…
以前も、書いたが、私は、オタク…
パソコンオタクだった…
といっても、プログラミングができるわけでもない…
ただ、デスクトップのケースを買って、CPUや、SSDやメモリを自分で選んで、組み立てるだけ…
だが、その程度のことでも、今の時代は、滅多にするものはいない…
自作PCという分野が、廃れたのだ…
が、
私は、なぜか、いまだに、それに凝っていた…
それが、オタクのオタクたるゆえんかもしれない…
私は、思った…
思いながら、ずっと、モニターの中のリンダ・ヘイワースを見た…
見続けた…
…美しい…
…まさに、ため息が出るほど、美しい…
…見れば、見るほど、美しい…
…まさに、美の化身…
…地上に舞い降りた天使のようだ…
私は、その27インチのモニターに映し出された、リンダ・ヘイワースの姿を、ジッと、見つめた…
私の細い目を、さらに、細く、して、だ!…
見続けたのだ…
傍目には、この矢田が、リンダに憧れて、見ていると、思ったかもしれんが、そうではない…
そうではないのだ…
私は、このリンダの映像を見ながら、頭の中をフル回転していたのだ…
この頭脳明晰な矢田トモコの頭脳をフルに回転させていたのだ…
…一体、なぜ、リンダは、こんなイケメンを知っていたのにも、かかわらず、この矢田に告げなかったのか?…
考えたのだ…
どうして、この矢田トモコに、紹介しなかったのか?…
考えたのだ…
私は、リンダとあれほど、仲が良く、公私にわたって、交流があった…
本当は、二人は、互いに、服を交換するほど、仲が良かったはずだ…
が、
リンダは、175㎝…
対する、私は、159㎝…
服を交換するには、無理があった(涙)…
今、このモニターに映った、リンダの真っ赤なドレスを私に譲ってもらっても、私が、着こなすことはできない…
あのバニラなら…
あの根性曲がりのろくでもない女なら、簡単に着こなすことができるだろう…
が、
私には、無理…
できない…
そもそも、ルックスも体型も年齢も違う…
それを、考えると、なぜか、頭に来た…
この矢田トモコが、身長159㎝の六頭身の幼児体型にも、かかわらず、なぜ、このリンダと、私は、違うのか?
いや、
リンダは、まだ、いい…
根性が曲がってないからだ…
性根が腐ってないからだ…
だが、
あのバニラは許せん…
あの歪んだ心の持ち主にもかかわらず、このリンダに匹敵する美貌の持ち主だ…
なぜ、神は、あの根性曲がりのバニラにあれほどの美貌を与えたのか?
もしや、神様は、バカなのか?
天は我を見捨てたのか?…
色々考えた…
色々だ…
なぜか、リンダの映像を見ながら、心は、バニラに向かった…
あの根性曲がりのバニラに向かった…
すると、私の心にさざ波が、起こった…
嫉妬が起こった…
正直、自分でも認めたくなかったが、なぜ、あんなに根性が曲がった女が、あれほどの美貌の持ち主なのか、不思議だったのだ…
なぜ、あんなに頭の悪い女が、あれほどの美貌の持ち主なのか、不思議だったのだ…
それとも、神様は、頭が悪いから…根性がねじ曲がっているから、バニラに、あれほどの美貌を与えたのか?
考えた…
要するに、頭の中身がなんにもないから、せめて、ルックスだけは、良くしてやろうという、神様の思いやりではないか?
私は、神様の狙いを、そう見た…
私は、神様の狙いを、そう睨んだ…
ずばり、見切ったのだ…
が、
だとすれば、この矢田は、なんだ?
この優秀な頭脳の持ち主だから、ルックスは、少々、我慢しろと、神様は言いたかったのか?
私は、思った…
が、
ふざけるな! と、言いたい…
この頭脳をもらったから、このカラダで、我慢しろとでも、言うのか?
ならば、なぜ、私に東大に入学できる頭脳を与えん!
なぜ、検事総長になれる頭脳を与えん!
それほどの頭脳を与えられれば、このカラダでも、我慢しよう…
私は、考えた…
なぜか、リンダの婚約画像から、話が、バニラに、向かい、最終的に、私自身に向かった…
その結果、不愉快だった…
実に、不愉快だったのだ…
だから、私は、リンダの写った27インチのモニターに向かい、
「…不愉快さ…」
と、呟いた…
すると、
「…お姉さん…なにが、不愉快なの?…」
という声がした…
私は、
「…バニラさ…」
と、答えた…
「…お姉さん…どうして、バニラなの? …モニターに映っているのは、リンダでしょ?…」
「…リンダはいいのさ…」
「…どうして、リンダはいいの?…」
「…リンダは、美人だが、根性が曲がっとらん…だが、バニラは美人でも、根性が曲がってる…私は、それが、許せんのさ…」
「…お姉さん…それは、お姉さんの嫉妬じゃないの?…」
「…その通りさ…あの根性曲がりのバニラが、あんなに美人で、この性格のいい、矢田が、平凡…平凡の極みのルックス…世の中、なにかが、間違ってる…そうは、思わんか?…」
言いながら、初めて、ここで、私以外に、この家に、誰か、いることに、気付いた…
この家は、私と葉尊以外、誰もいないはず…
もし、勝手に入って来たとしたら、それは、葉敬ぐらいのもの…
このマンションを、私と葉尊に買ってくれた葉尊の父の葉敬ぐらいのものだからだ…
「…オマエは、一体?…」
言いながら、振り向くと、そこには、なんと、バニラの姿があった…
根性曲がりのバニラの姿があった…
…マズい!…
とっさに、思った…
いかに、私が、バニラを嫌っているのを、本人が、知っていても、やはり、目の前で、自分の悪口を言われて、気分がいい人間は、いないからだ…
私は、恐る恐るバニラの表情を窺った…
恐怖しながら、バニラの表情を見た…
なぜなら、バニラは、180㎝…
この矢田トモコは、159㎝…
殴り合いになって、到底勝てる相手ではないからだ…
バニラの表情を窺う一方で、逃げる準備もした…
一歩でも早く、この部屋から、逃げ出す算段をしたのだ…
が、
バニラは、笑っていた…
笑っていたのだ…
「…このオチビは、またひとの悪口を言って…」
笑いながら、私に言った…
「…この糞チビ!…」
バニラが、私を罵った…
私を罵倒した…
無理もない…
私が、これまで、さんざバニラの悪口を言ったからだ…
私は、頭に来たが、無理もないと、思った…
だから、許した…
バニラの私に対する暴言を許したのだ…
相変わらず、心の広い私だった…
まるで、太平洋のように、心の広い私だった…
そして、なぜ、このバニラがこの部屋に勝手に入ることができたのか?
考えた…
答えは、葉敬だった…
バニラは葉敬の愛人…
夫の葉尊の父の葉敬ならば、このマンションの鍵を持っていても、不思議ではない…
このマンションは、葉敬が、私と葉尊に買い与えたものだからだ…
私が、そんなことを考えていると、バニラは、ジッと、モニターに映った、リンダの画像を見つめた…
私は、それを見て、このバニラもまた、美しいと思った…
プライベートなので、メイクもしていない…
スッピンだ…
モデルや、芸能人は、普段、仕事が休みのときは、スッピンが多いという…
いつも、メイクをしているので、肌を痛めるからだ…
だから、休みの日ぐらい、メイクをせずに、肌を休めようとするのだろう…
だが、スッピンだからこそ、余計に素顔の美しさが、わかる…
このバニラ・ルインスキーは、180㎝と、大柄だが、たしかに、美しかった…
正真正銘の美人だった…
女の私が、見ていても、惚れ惚れするほどの美人だった…
が、
なぜ、こんなにも、美人なのに、これほど、根性がねじ曲がっているのだろう…
私は、つくづく思った…
すると、バニラは、そんな私の視線に気づいた様子だった…
「…お姉さん…なにを、私を見ているの?…」
「…いや、オマエは美しいなと、思って…」
私は、正直に言った…
が、
バニラは、当惑した…
「…なに? …さっき、さんざ、私の悪口を言ってたから、今度は、私を持ち上げて、機嫌を取るつもり…」
「…そんなことは、考えんかった…ただ…」
「…ただ、なに?…」
「…オマエも、このモニターに映ったリンダに負けず劣らず美しいなと思って…」
私が、言うと、バニラが、
「…なんか、お姉さんが、そんなにしんみり言うと、調子が狂うな…お姉さんは、いつも、私の悪口を言っているのが、普通というか…」
と、戸惑った…
「…悪口じゃないさ…ホントのことさ…オマエは、美人だが、根性が曲がっている…」
私が、言うと、むしろ、バニラは嬉しそうだった…
「…そうそう…お姉さんは、そうでなくちゃ…」
私が、バニラの態度に、驚いていると、
「…根性曲がりのお姉さんは…」
と、付け加えた…
「…なんだと? …誰が、根性曲がりだ?…」
私は、怒鳴った…
が、
バニラは、そんな私の怒りも、どこふく風と、受け流した…
「…そんなことより、お姉さん…」
と、バニラは、モニターに映ったリンダを、見て言った…
「…なんだ?…」
「…このリンダ…変よ?…」
「…変? …どこが変なんだ?…」
「…どこがと言われると、返答に詰まるけど…どこか、変…」
私は、バニラの言葉に促されて、画面の中のリンダを見た…
目を細めて、見た…
すると、それを見て、隣のバニラが、
「…プッ!…」
と、吹き出した…
「…お姉さん…そんなに目を細めて…」
が、
私は、怒らなかった…
別に、私が、心が広いからでも、なんでもない…
バカなバニラにカマッている暇がないからだ…
私は、ファラド王子と、映ったリンダを見て、なにが、おかしいのか、考えた…
まず、考えたのが、フェイク…
合成写真を考えた…
疑った…
が、
どこをどう見ても、本物だった…
合成写真ならば、なんとなく、わかる…
いや、それ以前に、ネットで、その真贋が取りざたされ、すぐにバレる…
ネットの情報を見ても、この写真が、合成であるという情報はない…
合成=コラージュであるという情報は、なにもない…
が、
どこかが、おかしい…
一体、なにが、おかしいのか?…
「…これ、リンダじゃない!…」
いきなり、バニラが叫んだ…
「…なんだと?…」
「…これ、リンダのそっくりさんよ…リンダ・ヘイワースのそっくりさん…私も、騙されるところだった…」
バニラが、続けた…
私は、そのバニラの言葉で、これまでの違和感の正体が、明らかになった…
このモニターに映ったリンダは、たしかに、リンダなのだが、なにかが、違う…
私は、それが、なにか、わからなかったが、バニラの指摘で、わかった…
そっくりさん…
つまり、別人だった…
「…ということは?…」
バニラが続けた…
「…このファラド王子は、そこまでして、リンダ・ヘイワースを手に入れたいわけ?…」
バニラが、独り言を呟く…
「…それとも、ファラド王子は、関係なく、誰かの仕業?…」
バニラが、言った…
「…いずれにせよ、アラブ…あるいは、サウジの王族が、リンダを使って、なにかをしたいということは、わかった…」
バニラが意味深に言った…
私は、そんなバニラの言葉を、隣で、聞いて、考えた…
このバニラが、なぜ、この矢田トモコの元にやって来たか? を、だ…
「…バニラ…オマエ?…」
私が、声をかけると、バニラがニヤリとした…
その笑いは美しかったが、同時に、その笑いは、決して、楽しそうではなかった…
いや、
楽しそうではあるが、それは、まるで、悪魔といえば、大げさだが、善人の笑いではなかった…
はっきり言えば、毒のある笑いというか…
身近な人間でいえば、葉問がする笑いだった…
真面目な葉尊ではなく、やんちゃな葉問がする笑いだった…
そして、その笑いを見て、私は、このバニラの狙いに気付いた…
「…お父さんだな…」
私は、言った…
「…お父さんの…葉敬の差し金で、ここにやって来たんだな…」
私が、断言すると、バニラが、ニヤリとした…
が、
その笑いは、さきほどと違って、楽しそうだった…
心底、楽しそうだった…
「…やっぱり、ただのバカじゃないわね…オチビちゃん…」
バニラが、言った…
私は、頭に来たが、バニラの狙いが、わかったことで、安心した…
やはり、葉敬が、バニラの背後にいる…
台北筆頭CEО、葉敬の指示がある…
「…リンダ…リンダ・ヘイワース…ハリウッドのセックス・シンボル…たしかに、リンダを狙うというのが、一番の話題ね…誰もが、誰が、リンダを手に入れるのか、気になる…だから、その話題に夢中で、他のことに目がいかなくなる…」
バニラが意味深に言う…
「…でも、葉敬もバカじゃない…彼らの狙いに気付いた…」
「…彼ら?…」
「…そう…リンダを狙った輩(やから)…アラブの女神…」
ゆっくりと、バニラが告げた…