第33話

文字数 5,556文字

 「…それで、お姉さん…ビジネスのことだけど…」

 リンダが、さっきの話に、戻った…

 「…実はな…」

 と、私は切り出した…

 私は、言いながら、リンダが、私の話に、興味を持ったことに、安心した…

 これで、スムースに話を進めることができる…

 「…さっきも、言った、日本の激安スーパー、スーパージャパンのご令嬢から、昨夜、電話があって、そのスーパーで、売る化粧品のCMに、リンダ、オマエに出てもらえないかと、私に、電話があったのさ…」

 「…化粧品のCM?…」

 「…私も詳しいことは、知らんさ…ただ、昨夜、矢口のお嬢様から、そう頼まれてな…」

 「…矢口のお嬢様?…」

 「…昔、知り会ってな…少々、面倒を見て、やったのさ…あのお嬢様は、それで、きっと、私が、頼りになると思ったのだろう…昨夜、電話があって、泣きつかれてな…」

 「…お姉さんが、頼りに…」

 電話の向こう側で、リンダが、絶句した…

 「…一体、どういうひとなの?…」

 「…私さ…」

 「…エッ?…」

 「…もう一人の私さ…」

 「…もう一人の私って? …どういう意味?…」

 「…姿形が、私そっくりなのさ…」

 「…どういうこと?…」

 「…つまり、私と瓜二つのルックスというわけさ…」

 「…」

 「…まあ、生粋のお嬢様だ…少々、世間知らずだから、昔、私が面倒を見てやったが、それを忘れられんのだろ…私が、今、35歳のシンデレラと、呼ばれて、世間で、少しばかり有名になって、オマエや、バニラと、親しいと、どこかで、知ったらしい…それで、頼まれたのさ…」

 私の説明に、リンダは、

 「…」

 と、黙った…

 しばし、沈黙した…

 私の説明に、しばし、考え込んでいたのだろう…

 が、

 そのリンダの次の言葉は、私を仰天させるものだった…

 「…お姉さん?…」

 「…なんだ?…」

 「…そのお嬢様って、きっと、ものすごいやり手よ…」

 「…やり手?…どうして、オマエにそれが、わかる?…」

 「…今朝、この電話の前に、私のエージェントから電話があったの?…」

 「…エージェント? …なんだ、それは?…」

 「…ほら、日本の芸能界とは、違って、私たちハリウッドの女優たち…いえ、男優たちもだけれども、皆、プロダクションに所属しているわけじゃないの…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…日本では、芸能人は、基本、芸能プロダクションに所属して、そこから仕事をもらうわけでしょ?…」

 「…」

 「…でも、私たちは、エージェントといって、日本の芸能界で、いえば、フリーのマネージャーというか、そのエージェントと専属契約をして、そこから、仕事を得るの…」

 「…」

 「…つまり、エージェントが、仕事をとってくるわけ…」

 「…それと、お嬢様となんの関係がある?…」

 「…だから、今朝、たった今、お姉さんと、電話で話している、少し前に、私の契約するエージェントから、電話があって、日本での化粧品のCMをやってみないか? と誘いの電話があったばかりなの?…」

 「…なんだと?…」

 「…きっと、ホントは、昨夜に、電話か、メールで知らせるつもりだったかもしれないけれども、私は、夜は、キッチリ、睡眠を取るから…」

 リンダが、説明する…

 私は、電話口で、そのリンダの説明を聞きながら、冷や汗が流れてきた…

 あのお嬢様の顔が脳裏に浮かんだ…

 あの、したたかな、矢口のお嬢様の顔が、脳裏に浮かんだのだ…

 同時に、

 …マズい…

 と、気付いた…

 私は、今、リンダの前で、お嬢様の面倒を見てやったとか、なんとか、大ぼらを吹いている…

 話を、盛っている…

 もし、

 もし、このまま、リンダが、あのお嬢様と会って、この矢田の話になり、

 「…昔、お姉さんが、面倒を見たといった…」

 とか、なんとか、言い出したら、困る…

 実に、困る…

 あのお嬢様のことだ…

 そのときは、

 「…私も、この矢田に面倒をみてもらって…」

 とか、なんとか、調子よく話を合わせるに決まっているが、後で、なにを言われるか、わからん…

 だから、実に、困る…

 困るのだ(涙)…

 「…リ、リンダ…」

 私は、慌てて、言った…

 「…今の話だが…」

 私が、言いかけると、リンダが、

「…ごめんなさい、お姉さん…今日は、そのエージェントの紹介で、その、お嬢様と会う予定なの…」

と、告白した…

「…な、なんだと?…」

私は、仰天した…

速すぎる…

実に、展開が、速すぎるのだ…

「…ほら、私のエージェントは、当たり前だけれども、アメリカにいるから、時差の関係もあって、昨夜、メールで、送ってもらって、今朝、実際に話を聞いたの…そしたら…」

私は、リンダの話が、終わらないうちに、

「…行く! …私も行く!…」

と、叫んだ…

叫ばずには、いられなかった…

私のあまりの大声に、リンダが、

「…ど…どうしたの? …お姉さん?…」

と、戸惑いながら、聞いた…

「…心配だ…実に、心配だ…」

「…なにが、心配なの?…」

「…オマエのことさ…リンダ…」

「…わ…私のこと?…」

「…そうさ…あのお嬢様は、したたかな、やり手だ…オマエが、あのお嬢様の餌食(えじき)にならないか、心配さ…」

「…ちょっと、お姉さん…餌食(えじき)って? …さっき、そのお嬢様は、生粋のお嬢様で、世間知らずだから、お姉さんが、面倒を見て、やったって、言ったでしょ?…」

リンダが、言った…

…そ、そうだった…

た、たしかに、そう言ったさ…

だが、

今さら、それをウソとは言えん…

私は、どう言い訳するか、悩んだ…

「…お姉さん?…」

「…なんだ?…」

「…ウソはいけないわ…」

「…なに、ウソだと?…」

「…そう…ウソよ…お姉さんは、お嬢様の面倒なんか、見ていない…」

「…なぜ、わかる?…」

「…相手は…そのお嬢様は、したたか…きっと、昨夜、お姉さんに、電話をしたのも、今朝になって、お姉さんが、私に電話をかけると、読んで、電話をしたに決まっている…」

「…」

「…そして、両面作戦というと、大げさだけれども、アメリカにいる私のエージェントと、お姉さんの両方から、私に化粧品のCMを受けろと、言わせたいんだと思う…」

「…」

「…したたか…実に、したたかね…このリンダ・ヘイワースの行動を読んで、先に動いている…」

「…ど…どうすれば、いい…リンダ? …私は、一体、どうすれば、いい?…」

気が付くと、私は、いつのまにか、リンダに相談していた…

リンダに頼っていた…

自分でも、わけのわからない展開だった(涙)…

人生、一寸先は闇と言う言葉を実践する展開だった…

世の中、なにが、起こるか、わからない…

私は、今、それを、身を持って痛感した…

痛感したのだ(涙)…

私は、危うく涙を流す寸前だった…

矢田トモコ、35歳…

実は、ちっとも、強くなかった…

実は、弱い女だった…

か弱い女だった…

誰かに、面倒を見てもらわなければ、生きてゆけない女だった…

「…リ、リンダ…」

私は、言った…

「…わ、私は、一体、どうすれば?…」

「…お姉さんは、心配しないで…」

「おおっ…リ、リンダ…」

「…お姉さんのことは、どんなことがあっても、私が守ってあげる…」

「…そ…そうか…ありがたい…」

私は、言った…

「…オマエは、頼りになる…実に頼りになる…おまけに、美人だ…しかも、いろっぽい…私が、男なら、どんなことがあっても、オマエと結婚するさ…」

私が、言うと、

「…」

と、今度は、リンダが沈黙した…

…ま、マズい…

私は、気付いた…

言い過ぎたかも、しれん…

このリンダは、性同一障害…

普段は、色気を売りにしているが、中身は、男…

男だと言っている…

それなのに、美人とか、いろっぽいは、禁句…

ただ、頼りになるとだけ、言って、褒めれば、良かったのかも、しれん…

私は、思った…

そして、リンダの反応を探るべく、恐る恐る、小声で、

「…リンダ…」

と、言った…

すると、

「…う…嬉しい…」

と、リンダが、絶叫した…

「…お姉さんに頼りにされて、嬉しい…」

と、感激していた…

よくわからん…

実に、よくわからん反応だった…

「…リ、リンダ…」

私が、声をかけると、

「…嬉しい…」

と、言って、リンダが、電話の向こう側で、狂喜乱舞していた…

「…お姉さんに、頼りにされるなんて…」

リンダが、感涙していた…

私には、なにが、なんだか、よくわからなかった…

が、

なぜか、自分に有利に動いているのだけは、わかった(笑)…

いつのまにか、自分に、有利に、事態が、動いていた(笑)…

いつものことだった(笑)…

私が、そんなことを、考えていると、

「…で、お姉さん…」

と、リンダが、聞いてきた…

「…なんだ?…」

「…で、私は、そのCMを受ければ、いいの? …それとも、断れば、いいの?…」

いきなり、リンダが、聞いてきた…

考えてみれば、当たり前のことだった…

私は、少し考えて、

「…それは、私には、わからんさ…」

と、答えた…

「…どうして、わからないの?…」

「…その仕事を受けるか、どうかは、オマエが、決めることさ…私が、口を出すことじゃないさ…」

「…どうして、お姉さんが、口を出すことじゃないの?…」

「…リンダ…」

「…ハイ…」

「…オマエは、ハリウッドのセックス・シンボルとして、世界中に知られてる…それが、安っぽい、日本のCMに出て、セックス・シンボルのイメージに傷が付いては、いかん…」

「…セックス・シンボルのイメージ?…」

「…そうさ…イメージは、なにより大事さ…オマエのような美人でも、たとえば、日本で、いつも、お笑いをやっていれば、芸人のようなイメージを世間に持たれる…それでは、セックス・シンボルのイメージが、台無しになる…」

「…でも、お姉さん?…」

{…なんだ?…}

「…私が、そのCMの仕事を断って、お姉さんに不利になることは?…」

「…不利? …どうして、私に不利になるんだ?…」

「…だって、お姉さん…さっきの話だと、そのスーパージャパンのご令嬢と、なにか、因縁があったような…」

…ずばり、うまいことを、言う…

私は、思った…

たしかに…

 たしかに…あの言い方を聞けば、私と矢口のお嬢様との間になにかあったと思われても、不思議ではない…

 が、

 私は、そんなことも、おくびにも出さずに、強気に、

 「…そんなことは、関係ないさ…」

 と、言った…

 言い切った…

 「…関係ない?…」

 「…そうさ…私は、別に、あの矢口のお嬢様に、世話になったわけでも、なんでもないさ…だから、お嬢様に、恩もなにもないさ…ただ…」

 「…ただ…なに? …お姉さん?…」

 「…あのお嬢様は、苦手なのさ…」

 私は、小さく、呟いた…

 だから、リンダは、私がなにを言ったか、よく聞こえなかったらしい…

 「…エッ? ナニ? …今、なんと言ったの? お姉さん?…」

 「…あの、お嬢様は、苦手だと言ったのさ…」

 「…苦手? …どうして、苦手なの?…」

 「…私にも、よくわからんさ…ただ、私そっくりの顔で、私に話しかけてくると、なぜか、圧を感じてな…」

 「…圧を感じて?…」

 「…自分でも、よくわからんさ…」

 私は、自分の胸中を素直に、リンダに語った…

 が、

 予想外というか…

 かえって、その言葉で、リンダは、矢口のお嬢様に興味を持ったらしい…

 「…会ってみたい…」

 いきなり、リンダが、言った…

 「…なんだと?…」

 「…お姉さん…そっくりの顔形で、お姉さんが、苦手とするなんて、一体、どんなひとなのか、会ってみたい…」

 リンダが、まるで、夢見るような、調子で、言った…

 私は、唖然としたが、すぐに、どうして、リンダが、そんなことを言うのか、わかった…

 このリンダは、私が好き…

 そして、あの矢口のお嬢様は、私そっくり…

 だから、私そっくりの、あの矢口のお嬢様に興味を持ったのだ…

 考えてみれば、当たり前だった…

 自分が、好きな女と、そっくりの顔形の女が、いれば、会ってみたいと思うのが、普通だ…

 …自分が、好きな女?…

 ふと、気付いた…

 このリンダは、性同一障害と、告白している…

 絶世の美女だが、中身は、男…

 だったら、もしかして、男として、この私が好きなのか?

 男として、この矢田トモコが好きなのか?

 考えた…

 リンダに直接聞いてみるか?

 悩んだ…

 が、

 止めた…

 そんなことを、直接聞いても、本当のことを、言うとは、限らんからだ…

 また、なにより、リンダは、中身が、男ならば、これまで、数えきれないほどの美女たちと、映画で、共演している…

 いや、

 リンダは、それ以前は、あのバニラ同様、モデルだったから、モデル時代もまた、数えきれないほどの美女たちと接している…

 だから、仮に、リンダの中身が、男だとして、男に興味がなく、女を好きであったとしても、これまで、さんざ、美女を見てきたことは、間違いない…

 そんな、言うなれば、女に、目の肥えた、リンダが、仮に中身が、男としても、この矢田トモコに興味を、持つわけがない…

 この平凡な矢田トモコに興味を持つはずがなかった…

 当たり前のことだった…

 そう、考えると、私は、少し安心した…

 リンダは、嫌いではないが、リンダと、なにか、関係を持つことは、ありえん…

 私は、至って、ノーマル…

 平凡な女だ…

 別に、同性愛を否定したり、バカにしたり、するわけではないが、私にその傾向は一切ない…

 そういうことだ…

 私は、そんなことを、考えながら、この後の展開が、楽しみになった…

 このリンダが、あのお嬢様と、会って、どういう反応を示すのか、楽しみになった…

 外観は、私そっくりな、矢口のお嬢様…

 だが、中身は、真逆…

 似ても似つかない…

 そんな矢口のお嬢様と、このリンダが、会って、どう反応するのか?

 そう思うと、少々、意地悪な笑いが、込み上げてきた…

 もう少しで、ケラケラと笑い出す寸前だった…

                
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