第33話
文字数 5,556文字
「…それで、お姉さん…ビジネスのことだけど…」
リンダが、さっきの話に、戻った…
「…実はな…」
と、私は切り出した…
私は、言いながら、リンダが、私の話に、興味を持ったことに、安心した…
これで、スムースに話を進めることができる…
「…さっきも、言った、日本の激安スーパー、スーパージャパンのご令嬢から、昨夜、電話があって、そのスーパーで、売る化粧品のCMに、リンダ、オマエに出てもらえないかと、私に、電話があったのさ…」
「…化粧品のCM?…」
「…私も詳しいことは、知らんさ…ただ、昨夜、矢口のお嬢様から、そう頼まれてな…」
「…矢口のお嬢様?…」
「…昔、知り会ってな…少々、面倒を見て、やったのさ…あのお嬢様は、それで、きっと、私が、頼りになると思ったのだろう…昨夜、電話があって、泣きつかれてな…」
「…お姉さんが、頼りに…」
電話の向こう側で、リンダが、絶句した…
「…一体、どういうひとなの?…」
「…私さ…」
「…エッ?…」
「…もう一人の私さ…」
「…もう一人の私って? …どういう意味?…」
「…姿形が、私そっくりなのさ…」
「…どういうこと?…」
「…つまり、私と瓜二つのルックスというわけさ…」
「…」
「…まあ、生粋のお嬢様だ…少々、世間知らずだから、昔、私が面倒を見てやったが、それを忘れられんのだろ…私が、今、35歳のシンデレラと、呼ばれて、世間で、少しばかり有名になって、オマエや、バニラと、親しいと、どこかで、知ったらしい…それで、頼まれたのさ…」
私の説明に、リンダは、
「…」
と、黙った…
しばし、沈黙した…
私の説明に、しばし、考え込んでいたのだろう…
が、
そのリンダの次の言葉は、私を仰天させるものだった…
「…お姉さん?…」
「…なんだ?…」
「…そのお嬢様って、きっと、ものすごいやり手よ…」
「…やり手?…どうして、オマエにそれが、わかる?…」
「…今朝、この電話の前に、私のエージェントから電話があったの?…」
「…エージェント? …なんだ、それは?…」
「…ほら、日本の芸能界とは、違って、私たちハリウッドの女優たち…いえ、男優たちもだけれども、皆、プロダクションに所属しているわけじゃないの…」
「…どういう意味だ?…」
「…日本では、芸能人は、基本、芸能プロダクションに所属して、そこから仕事をもらうわけでしょ?…」
「…」
「…でも、私たちは、エージェントといって、日本の芸能界で、いえば、フリーのマネージャーというか、そのエージェントと専属契約をして、そこから、仕事を得るの…」
「…」
「…つまり、エージェントが、仕事をとってくるわけ…」
「…それと、お嬢様となんの関係がある?…」
「…だから、今朝、たった今、お姉さんと、電話で話している、少し前に、私の契約するエージェントから、電話があって、日本での化粧品のCMをやってみないか? と誘いの電話があったばかりなの?…」
「…なんだと?…」
「…きっと、ホントは、昨夜に、電話か、メールで知らせるつもりだったかもしれないけれども、私は、夜は、キッチリ、睡眠を取るから…」
リンダが、説明する…
私は、電話口で、そのリンダの説明を聞きながら、冷や汗が流れてきた…
あのお嬢様の顔が脳裏に浮かんだ…
あの、したたかな、矢口のお嬢様の顔が、脳裏に浮かんだのだ…
同時に、
…マズい…
と、気付いた…
私は、今、リンダの前で、お嬢様の面倒を見てやったとか、なんとか、大ぼらを吹いている…
話を、盛っている…
もし、
もし、このまま、リンダが、あのお嬢様と会って、この矢田の話になり、
「…昔、お姉さんが、面倒を見たといった…」
とか、なんとか、言い出したら、困る…
実に、困る…
あのお嬢様のことだ…
そのときは、
「…私も、この矢田に面倒をみてもらって…」
とか、なんとか、調子よく話を合わせるに決まっているが、後で、なにを言われるか、わからん…
だから、実に、困る…
困るのだ(涙)…
「…リ、リンダ…」
私は、慌てて、言った…
「…今の話だが…」
私が、言いかけると、リンダが、
「…ごめんなさい、お姉さん…今日は、そのエージェントの紹介で、その、お嬢様と会う予定なの…」
と、告白した…
「…な、なんだと?…」
私は、仰天した…
速すぎる…
実に、展開が、速すぎるのだ…
「…ほら、私のエージェントは、当たり前だけれども、アメリカにいるから、時差の関係もあって、昨夜、メールで、送ってもらって、今朝、実際に話を聞いたの…そしたら…」
私は、リンダの話が、終わらないうちに、
「…行く! …私も行く!…」
と、叫んだ…
叫ばずには、いられなかった…
私のあまりの大声に、リンダが、
「…ど…どうしたの? …お姉さん?…」
と、戸惑いながら、聞いた…
「…心配だ…実に、心配だ…」
「…なにが、心配なの?…」
「…オマエのことさ…リンダ…」
「…わ…私のこと?…」
「…そうさ…あのお嬢様は、したたかな、やり手だ…オマエが、あのお嬢様の餌食(えじき)にならないか、心配さ…」
「…ちょっと、お姉さん…餌食(えじき)って? …さっき、そのお嬢様は、生粋のお嬢様で、世間知らずだから、お姉さんが、面倒を見て、やったって、言ったでしょ?…」
リンダが、言った…
…そ、そうだった…
た、たしかに、そう言ったさ…
だが、
今さら、それをウソとは言えん…
私は、どう言い訳するか、悩んだ…
「…お姉さん?…」
「…なんだ?…」
「…ウソはいけないわ…」
「…なに、ウソだと?…」
「…そう…ウソよ…お姉さんは、お嬢様の面倒なんか、見ていない…」
「…なぜ、わかる?…」
「…相手は…そのお嬢様は、したたか…きっと、昨夜、お姉さんに、電話をしたのも、今朝になって、お姉さんが、私に電話をかけると、読んで、電話をしたに決まっている…」
「…」
「…そして、両面作戦というと、大げさだけれども、アメリカにいる私のエージェントと、お姉さんの両方から、私に化粧品のCMを受けろと、言わせたいんだと思う…」
「…」
「…したたか…実に、したたかね…このリンダ・ヘイワースの行動を読んで、先に動いている…」
「…ど…どうすれば、いい…リンダ? …私は、一体、どうすれば、いい?…」
気が付くと、私は、いつのまにか、リンダに相談していた…
リンダに頼っていた…
自分でも、わけのわからない展開だった(涙)…
人生、一寸先は闇と言う言葉を実践する展開だった…
世の中、なにが、起こるか、わからない…
私は、今、それを、身を持って痛感した…
痛感したのだ(涙)…
私は、危うく涙を流す寸前だった…
矢田トモコ、35歳…
実は、ちっとも、強くなかった…
実は、弱い女だった…
か弱い女だった…
誰かに、面倒を見てもらわなければ、生きてゆけない女だった…
「…リ、リンダ…」
私は、言った…
「…わ、私は、一体、どうすれば?…」
「…お姉さんは、心配しないで…」
「おおっ…リ、リンダ…」
「…お姉さんのことは、どんなことがあっても、私が守ってあげる…」
「…そ…そうか…ありがたい…」
私は、言った…
「…オマエは、頼りになる…実に頼りになる…おまけに、美人だ…しかも、いろっぽい…私が、男なら、どんなことがあっても、オマエと結婚するさ…」
私が、言うと、
「…」
と、今度は、リンダが沈黙した…
…ま、マズい…
私は、気付いた…
言い過ぎたかも、しれん…
このリンダは、性同一障害…
普段は、色気を売りにしているが、中身は、男…
男だと言っている…
それなのに、美人とか、いろっぽいは、禁句…
ただ、頼りになるとだけ、言って、褒めれば、良かったのかも、しれん…
私は、思った…
そして、リンダの反応を探るべく、恐る恐る、小声で、
「…リンダ…」
と、言った…
すると、
「…う…嬉しい…」
と、リンダが、絶叫した…
「…お姉さんに頼りにされて、嬉しい…」
と、感激していた…
よくわからん…
実に、よくわからん反応だった…
「…リ、リンダ…」
私が、声をかけると、
「…嬉しい…」
と、言って、リンダが、電話の向こう側で、狂喜乱舞していた…
「…お姉さんに、頼りにされるなんて…」
リンダが、感涙していた…
私には、なにが、なんだか、よくわからなかった…
が、
なぜか、自分に有利に動いているのだけは、わかった(笑)…
いつのまにか、自分に、有利に、事態が、動いていた(笑)…
いつものことだった(笑)…
私が、そんなことを、考えていると、
「…で、お姉さん…」
と、リンダが、聞いてきた…
「…なんだ?…」
「…で、私は、そのCMを受ければ、いいの? …それとも、断れば、いいの?…」
いきなり、リンダが、聞いてきた…
考えてみれば、当たり前のことだった…
私は、少し考えて、
「…それは、私には、わからんさ…」
と、答えた…
「…どうして、わからないの?…」
「…その仕事を受けるか、どうかは、オマエが、決めることさ…私が、口を出すことじゃないさ…」
「…どうして、お姉さんが、口を出すことじゃないの?…」
「…リンダ…」
「…ハイ…」
「…オマエは、ハリウッドのセックス・シンボルとして、世界中に知られてる…それが、安っぽい、日本のCMに出て、セックス・シンボルのイメージに傷が付いては、いかん…」
「…セックス・シンボルのイメージ?…」
「…そうさ…イメージは、なにより大事さ…オマエのような美人でも、たとえば、日本で、いつも、お笑いをやっていれば、芸人のようなイメージを世間に持たれる…それでは、セックス・シンボルのイメージが、台無しになる…」
「…でも、お姉さん?…」
{…なんだ?…}
「…私が、そのCMの仕事を断って、お姉さんに不利になることは?…」
「…不利? …どうして、私に不利になるんだ?…」
「…だって、お姉さん…さっきの話だと、そのスーパージャパンのご令嬢と、なにか、因縁があったような…」
…ずばり、うまいことを、言う…
私は、思った…
たしかに…
たしかに…あの言い方を聞けば、私と矢口のお嬢様との間になにかあったと思われても、不思議ではない…
が、
私は、そんなことも、おくびにも出さずに、強気に、
「…そんなことは、関係ないさ…」
と、言った…
言い切った…
「…関係ない?…」
「…そうさ…私は、別に、あの矢口のお嬢様に、世話になったわけでも、なんでもないさ…だから、お嬢様に、恩もなにもないさ…ただ…」
「…ただ…なに? …お姉さん?…」
「…あのお嬢様は、苦手なのさ…」
私は、小さく、呟いた…
だから、リンダは、私がなにを言ったか、よく聞こえなかったらしい…
「…エッ? ナニ? …今、なんと言ったの? お姉さん?…」
「…あの、お嬢様は、苦手だと言ったのさ…」
「…苦手? …どうして、苦手なの?…」
「…私にも、よくわからんさ…ただ、私そっくりの顔で、私に話しかけてくると、なぜか、圧を感じてな…」
「…圧を感じて?…」
「…自分でも、よくわからんさ…」
私は、自分の胸中を素直に、リンダに語った…
が、
予想外というか…
かえって、その言葉で、リンダは、矢口のお嬢様に興味を持ったらしい…
「…会ってみたい…」
いきなり、リンダが、言った…
「…なんだと?…」
「…お姉さん…そっくりの顔形で、お姉さんが、苦手とするなんて、一体、どんなひとなのか、会ってみたい…」
リンダが、まるで、夢見るような、調子で、言った…
私は、唖然としたが、すぐに、どうして、リンダが、そんなことを言うのか、わかった…
このリンダは、私が好き…
そして、あの矢口のお嬢様は、私そっくり…
だから、私そっくりの、あの矢口のお嬢様に興味を持ったのだ…
考えてみれば、当たり前だった…
自分が、好きな女と、そっくりの顔形の女が、いれば、会ってみたいと思うのが、普通だ…
…自分が、好きな女?…
ふと、気付いた…
このリンダは、性同一障害と、告白している…
絶世の美女だが、中身は、男…
だったら、もしかして、男として、この私が好きなのか?
男として、この矢田トモコが好きなのか?
考えた…
リンダに直接聞いてみるか?
悩んだ…
が、
止めた…
そんなことを、直接聞いても、本当のことを、言うとは、限らんからだ…
また、なにより、リンダは、中身が、男ならば、これまで、数えきれないほどの美女たちと、映画で、共演している…
いや、
リンダは、それ以前は、あのバニラ同様、モデルだったから、モデル時代もまた、数えきれないほどの美女たちと接している…
だから、仮に、リンダの中身が、男だとして、男に興味がなく、女を好きであったとしても、これまで、さんざ、美女を見てきたことは、間違いない…
そんな、言うなれば、女に、目の肥えた、リンダが、仮に中身が、男としても、この矢田トモコに興味を、持つわけがない…
この平凡な矢田トモコに興味を持つはずがなかった…
当たり前のことだった…
そう、考えると、私は、少し安心した…
リンダは、嫌いではないが、リンダと、なにか、関係を持つことは、ありえん…
私は、至って、ノーマル…
平凡な女だ…
別に、同性愛を否定したり、バカにしたり、するわけではないが、私にその傾向は一切ない…
そういうことだ…
私は、そんなことを、考えながら、この後の展開が、楽しみになった…
このリンダが、あのお嬢様と、会って、どういう反応を示すのか、楽しみになった…
外観は、私そっくりな、矢口のお嬢様…
だが、中身は、真逆…
似ても似つかない…
そんな矢口のお嬢様と、このリンダが、会って、どう反応するのか?
そう思うと、少々、意地悪な笑いが、込み上げてきた…
もう少しで、ケラケラと笑い出す寸前だった…
リンダが、さっきの話に、戻った…
「…実はな…」
と、私は切り出した…
私は、言いながら、リンダが、私の話に、興味を持ったことに、安心した…
これで、スムースに話を進めることができる…
「…さっきも、言った、日本の激安スーパー、スーパージャパンのご令嬢から、昨夜、電話があって、そのスーパーで、売る化粧品のCMに、リンダ、オマエに出てもらえないかと、私に、電話があったのさ…」
「…化粧品のCM?…」
「…私も詳しいことは、知らんさ…ただ、昨夜、矢口のお嬢様から、そう頼まれてな…」
「…矢口のお嬢様?…」
「…昔、知り会ってな…少々、面倒を見て、やったのさ…あのお嬢様は、それで、きっと、私が、頼りになると思ったのだろう…昨夜、電話があって、泣きつかれてな…」
「…お姉さんが、頼りに…」
電話の向こう側で、リンダが、絶句した…
「…一体、どういうひとなの?…」
「…私さ…」
「…エッ?…」
「…もう一人の私さ…」
「…もう一人の私って? …どういう意味?…」
「…姿形が、私そっくりなのさ…」
「…どういうこと?…」
「…つまり、私と瓜二つのルックスというわけさ…」
「…」
「…まあ、生粋のお嬢様だ…少々、世間知らずだから、昔、私が面倒を見てやったが、それを忘れられんのだろ…私が、今、35歳のシンデレラと、呼ばれて、世間で、少しばかり有名になって、オマエや、バニラと、親しいと、どこかで、知ったらしい…それで、頼まれたのさ…」
私の説明に、リンダは、
「…」
と、黙った…
しばし、沈黙した…
私の説明に、しばし、考え込んでいたのだろう…
が、
そのリンダの次の言葉は、私を仰天させるものだった…
「…お姉さん?…」
「…なんだ?…」
「…そのお嬢様って、きっと、ものすごいやり手よ…」
「…やり手?…どうして、オマエにそれが、わかる?…」
「…今朝、この電話の前に、私のエージェントから電話があったの?…」
「…エージェント? …なんだ、それは?…」
「…ほら、日本の芸能界とは、違って、私たちハリウッドの女優たち…いえ、男優たちもだけれども、皆、プロダクションに所属しているわけじゃないの…」
「…どういう意味だ?…」
「…日本では、芸能人は、基本、芸能プロダクションに所属して、そこから仕事をもらうわけでしょ?…」
「…」
「…でも、私たちは、エージェントといって、日本の芸能界で、いえば、フリーのマネージャーというか、そのエージェントと専属契約をして、そこから、仕事を得るの…」
「…」
「…つまり、エージェントが、仕事をとってくるわけ…」
「…それと、お嬢様となんの関係がある?…」
「…だから、今朝、たった今、お姉さんと、電話で話している、少し前に、私の契約するエージェントから、電話があって、日本での化粧品のCMをやってみないか? と誘いの電話があったばかりなの?…」
「…なんだと?…」
「…きっと、ホントは、昨夜に、電話か、メールで知らせるつもりだったかもしれないけれども、私は、夜は、キッチリ、睡眠を取るから…」
リンダが、説明する…
私は、電話口で、そのリンダの説明を聞きながら、冷や汗が流れてきた…
あのお嬢様の顔が脳裏に浮かんだ…
あの、したたかな、矢口のお嬢様の顔が、脳裏に浮かんだのだ…
同時に、
…マズい…
と、気付いた…
私は、今、リンダの前で、お嬢様の面倒を見てやったとか、なんとか、大ぼらを吹いている…
話を、盛っている…
もし、
もし、このまま、リンダが、あのお嬢様と会って、この矢田の話になり、
「…昔、お姉さんが、面倒を見たといった…」
とか、なんとか、言い出したら、困る…
実に、困る…
あのお嬢様のことだ…
そのときは、
「…私も、この矢田に面倒をみてもらって…」
とか、なんとか、調子よく話を合わせるに決まっているが、後で、なにを言われるか、わからん…
だから、実に、困る…
困るのだ(涙)…
「…リ、リンダ…」
私は、慌てて、言った…
「…今の話だが…」
私が、言いかけると、リンダが、
「…ごめんなさい、お姉さん…今日は、そのエージェントの紹介で、その、お嬢様と会う予定なの…」
と、告白した…
「…な、なんだと?…」
私は、仰天した…
速すぎる…
実に、展開が、速すぎるのだ…
「…ほら、私のエージェントは、当たり前だけれども、アメリカにいるから、時差の関係もあって、昨夜、メールで、送ってもらって、今朝、実際に話を聞いたの…そしたら…」
私は、リンダの話が、終わらないうちに、
「…行く! …私も行く!…」
と、叫んだ…
叫ばずには、いられなかった…
私のあまりの大声に、リンダが、
「…ど…どうしたの? …お姉さん?…」
と、戸惑いながら、聞いた…
「…心配だ…実に、心配だ…」
「…なにが、心配なの?…」
「…オマエのことさ…リンダ…」
「…わ…私のこと?…」
「…そうさ…あのお嬢様は、したたかな、やり手だ…オマエが、あのお嬢様の餌食(えじき)にならないか、心配さ…」
「…ちょっと、お姉さん…餌食(えじき)って? …さっき、そのお嬢様は、生粋のお嬢様で、世間知らずだから、お姉さんが、面倒を見て、やったって、言ったでしょ?…」
リンダが、言った…
…そ、そうだった…
た、たしかに、そう言ったさ…
だが、
今さら、それをウソとは言えん…
私は、どう言い訳するか、悩んだ…
「…お姉さん?…」
「…なんだ?…」
「…ウソはいけないわ…」
「…なに、ウソだと?…」
「…そう…ウソよ…お姉さんは、お嬢様の面倒なんか、見ていない…」
「…なぜ、わかる?…」
「…相手は…そのお嬢様は、したたか…きっと、昨夜、お姉さんに、電話をしたのも、今朝になって、お姉さんが、私に電話をかけると、読んで、電話をしたに決まっている…」
「…」
「…そして、両面作戦というと、大げさだけれども、アメリカにいる私のエージェントと、お姉さんの両方から、私に化粧品のCMを受けろと、言わせたいんだと思う…」
「…」
「…したたか…実に、したたかね…このリンダ・ヘイワースの行動を読んで、先に動いている…」
「…ど…どうすれば、いい…リンダ? …私は、一体、どうすれば、いい?…」
気が付くと、私は、いつのまにか、リンダに相談していた…
リンダに頼っていた…
自分でも、わけのわからない展開だった(涙)…
人生、一寸先は闇と言う言葉を実践する展開だった…
世の中、なにが、起こるか、わからない…
私は、今、それを、身を持って痛感した…
痛感したのだ(涙)…
私は、危うく涙を流す寸前だった…
矢田トモコ、35歳…
実は、ちっとも、強くなかった…
実は、弱い女だった…
か弱い女だった…
誰かに、面倒を見てもらわなければ、生きてゆけない女だった…
「…リ、リンダ…」
私は、言った…
「…わ、私は、一体、どうすれば?…」
「…お姉さんは、心配しないで…」
「おおっ…リ、リンダ…」
「…お姉さんのことは、どんなことがあっても、私が守ってあげる…」
「…そ…そうか…ありがたい…」
私は、言った…
「…オマエは、頼りになる…実に頼りになる…おまけに、美人だ…しかも、いろっぽい…私が、男なら、どんなことがあっても、オマエと結婚するさ…」
私が、言うと、
「…」
と、今度は、リンダが沈黙した…
…ま、マズい…
私は、気付いた…
言い過ぎたかも、しれん…
このリンダは、性同一障害…
普段は、色気を売りにしているが、中身は、男…
男だと言っている…
それなのに、美人とか、いろっぽいは、禁句…
ただ、頼りになるとだけ、言って、褒めれば、良かったのかも、しれん…
私は、思った…
そして、リンダの反応を探るべく、恐る恐る、小声で、
「…リンダ…」
と、言った…
すると、
「…う…嬉しい…」
と、リンダが、絶叫した…
「…お姉さんに頼りにされて、嬉しい…」
と、感激していた…
よくわからん…
実に、よくわからん反応だった…
「…リ、リンダ…」
私が、声をかけると、
「…嬉しい…」
と、言って、リンダが、電話の向こう側で、狂喜乱舞していた…
「…お姉さんに、頼りにされるなんて…」
リンダが、感涙していた…
私には、なにが、なんだか、よくわからなかった…
が、
なぜか、自分に有利に動いているのだけは、わかった(笑)…
いつのまにか、自分に、有利に、事態が、動いていた(笑)…
いつものことだった(笑)…
私が、そんなことを、考えていると、
「…で、お姉さん…」
と、リンダが、聞いてきた…
「…なんだ?…」
「…で、私は、そのCMを受ければ、いいの? …それとも、断れば、いいの?…」
いきなり、リンダが、聞いてきた…
考えてみれば、当たり前のことだった…
私は、少し考えて、
「…それは、私には、わからんさ…」
と、答えた…
「…どうして、わからないの?…」
「…その仕事を受けるか、どうかは、オマエが、決めることさ…私が、口を出すことじゃないさ…」
「…どうして、お姉さんが、口を出すことじゃないの?…」
「…リンダ…」
「…ハイ…」
「…オマエは、ハリウッドのセックス・シンボルとして、世界中に知られてる…それが、安っぽい、日本のCMに出て、セックス・シンボルのイメージに傷が付いては、いかん…」
「…セックス・シンボルのイメージ?…」
「…そうさ…イメージは、なにより大事さ…オマエのような美人でも、たとえば、日本で、いつも、お笑いをやっていれば、芸人のようなイメージを世間に持たれる…それでは、セックス・シンボルのイメージが、台無しになる…」
「…でも、お姉さん?…」
{…なんだ?…}
「…私が、そのCMの仕事を断って、お姉さんに不利になることは?…」
「…不利? …どうして、私に不利になるんだ?…」
「…だって、お姉さん…さっきの話だと、そのスーパージャパンのご令嬢と、なにか、因縁があったような…」
…ずばり、うまいことを、言う…
私は、思った…
たしかに…
たしかに…あの言い方を聞けば、私と矢口のお嬢様との間になにかあったと思われても、不思議ではない…
が、
私は、そんなことも、おくびにも出さずに、強気に、
「…そんなことは、関係ないさ…」
と、言った…
言い切った…
「…関係ない?…」
「…そうさ…私は、別に、あの矢口のお嬢様に、世話になったわけでも、なんでもないさ…だから、お嬢様に、恩もなにもないさ…ただ…」
「…ただ…なに? …お姉さん?…」
「…あのお嬢様は、苦手なのさ…」
私は、小さく、呟いた…
だから、リンダは、私がなにを言ったか、よく聞こえなかったらしい…
「…エッ? ナニ? …今、なんと言ったの? お姉さん?…」
「…あの、お嬢様は、苦手だと言ったのさ…」
「…苦手? …どうして、苦手なの?…」
「…私にも、よくわからんさ…ただ、私そっくりの顔で、私に話しかけてくると、なぜか、圧を感じてな…」
「…圧を感じて?…」
「…自分でも、よくわからんさ…」
私は、自分の胸中を素直に、リンダに語った…
が、
予想外というか…
かえって、その言葉で、リンダは、矢口のお嬢様に興味を持ったらしい…
「…会ってみたい…」
いきなり、リンダが、言った…
「…なんだと?…」
「…お姉さん…そっくりの顔形で、お姉さんが、苦手とするなんて、一体、どんなひとなのか、会ってみたい…」
リンダが、まるで、夢見るような、調子で、言った…
私は、唖然としたが、すぐに、どうして、リンダが、そんなことを言うのか、わかった…
このリンダは、私が好き…
そして、あの矢口のお嬢様は、私そっくり…
だから、私そっくりの、あの矢口のお嬢様に興味を持ったのだ…
考えてみれば、当たり前だった…
自分が、好きな女と、そっくりの顔形の女が、いれば、会ってみたいと思うのが、普通だ…
…自分が、好きな女?…
ふと、気付いた…
このリンダは、性同一障害と、告白している…
絶世の美女だが、中身は、男…
だったら、もしかして、男として、この私が好きなのか?
男として、この矢田トモコが好きなのか?
考えた…
リンダに直接聞いてみるか?
悩んだ…
が、
止めた…
そんなことを、直接聞いても、本当のことを、言うとは、限らんからだ…
また、なにより、リンダは、中身が、男ならば、これまで、数えきれないほどの美女たちと、映画で、共演している…
いや、
リンダは、それ以前は、あのバニラ同様、モデルだったから、モデル時代もまた、数えきれないほどの美女たちと接している…
だから、仮に、リンダの中身が、男だとして、男に興味がなく、女を好きであったとしても、これまで、さんざ、美女を見てきたことは、間違いない…
そんな、言うなれば、女に、目の肥えた、リンダが、仮に中身が、男としても、この矢田トモコに興味を、持つわけがない…
この平凡な矢田トモコに興味を持つはずがなかった…
当たり前のことだった…
そう、考えると、私は、少し安心した…
リンダは、嫌いではないが、リンダと、なにか、関係を持つことは、ありえん…
私は、至って、ノーマル…
平凡な女だ…
別に、同性愛を否定したり、バカにしたり、するわけではないが、私にその傾向は一切ない…
そういうことだ…
私は、そんなことを、考えながら、この後の展開が、楽しみになった…
このリンダが、あのお嬢様と、会って、どういう反応を示すのか、楽しみになった…
外観は、私そっくりな、矢口のお嬢様…
だが、中身は、真逆…
似ても似つかない…
そんな矢口のお嬢様と、このリンダが、会って、どう反応するのか?
そう思うと、少々、意地悪な笑いが、込み上げてきた…
もう少しで、ケラケラと笑い出す寸前だった…