第115話

文字数 4,843文字

が、

 そこまでだった…

 後が、続かんかった…

 だから、

 「…どうした?…」

 と、聞いた…

 いや、

 聞いてやった…

 「…リンダのことですが…」

 「…リンダが、どうした?…」

 「…葉敬から、独立しようと、思っているんじゃないかと、密かに噂を聞いたんです…」

 「…独立だと?…」

 初耳だった…

 まさか、リンダが、そんなことを、考えてるとは、知らんかった…

 「…ハイ…」

 「…そうか…」

 私は、言った…

 だからか…

 とも、思った…

 要するに、リンダは、オスマン殿下の力を借りて、葉敬から、独立しようと、しているのだ…

 「…これは、以前にも、ありました…」

 「…以前だと?…」

 「…ハイ…お姉さんも、覚えてるはずです…」

 たしかに、そう言われてみれば…

 そう言われてみれば、あった気がする…

 いや、

 たしかに、あった…

 リンダは、苦労人…

 有名になる前まで、葉敬に、援助してもらっていた…

 だから、葉敬に、世話になっている…

 だから、リンダは、台湾の台北筆頭の広告に、いつも、出ている…

 そして、これは、日本のクールも、同じ…

 私の夫の葉尊が、社長を務めるクールは、台湾の台北筆頭の子会社だからだ…

 そして、台北筆頭は、葉敬の創業した会社…

 つまりは、リンダは、台北筆頭及びクールの宣伝要員と、言ってもいい…

 世界中に知られた、ハリウッドのセックス・シンボルにも、かかわらず、常に、優先するのは、台北筆頭と、クールの宣伝…

 もしかしたら、リンダは、それが、嫌になったのかもしれない…

 もちろん、リンダには、もっと、割のいい、仕事や、もっと、大きな企業との仕事が、ある…

 が、

 優先するのは、台北筆頭やクール…

 あくまで、それが、一番だ…

 だから、それが、嫌になった可能性はある…

 もっとも、それは、バニラも、似たようなものだ…

 バニラは、リンダには、遠く及ばないが、やはり、常に台北筆頭やクールを宣伝している…

 いわば、バニラも、リンダと同じく、台北筆頭やクールの宣伝要員…

 が、

 二人の違いは、葉敬との関係にある…

 リンダは、葉敬とは、他人だが、バニラは、葉敬の愛人…

 おまけに、二人の間には、マリアという娘もいる…

 だから、バニラは、リンダとは、違い、葉敬から、離れられない…

 つまりは、二人の違いは、葉敬との関係の違いに他ならない…

 「…リンダは、そんなに、お義父さんが、嫌いなのか?…」

 「…それは、わかりません…」

 「…そうか…」

 「…ただ…」

 「…ただ、なんだ?…」

 「…リンダは、自由人なんです…」

 「…自由人だと?…」

 「…ハイ…基本、誰かに、縛られるのを、
嫌います…」

 たしかに、そうだった…

 おとなしめのリンダ・ヘイワースに、野性的な、バニラ・ルインスキー…

 二人は、外見が、実に対照的だ…

 共に、美人だが、真逆の美人…

 だが、

 性格は、見た目と、真逆…

 本当は、リンダの方が、野性的というか、自由人…

 誰かに、束縛されることを、嫌う…

 真逆に、このバニラの方が、常識人…

 一見、このバニラは、元ヤンだから、ひとの言うことを、聞かないように、見えるが、さにあらず…

 言うことを、聞く…

 娘のマリアが、いい例だ…

 仮に、これが、リンダならば、ことに、よると、娘を人質にとっても、言うことを、聞かんかもしれん…

 嫌なものは、嫌だからだ…

 だから、そういう意味では、このバニラの方が、扱いやすいとも、言える…

 「…で、オマエは、今、リンダが、どこにいるか、知らんのだな…」

 「…ハイ…」

 「…そうか…」

 私は、言いながら、考えた…

 ならば、どうするか、考えたのだ…

 すると、

 「…お姉さん…」

 と、バニラが、声をかけた…

 「…なんだ?…」

 「…さっきのオスマン殿下のことですが…」

 「…殿下が、どうした?…」

 「…今度、遊びに来るそうです…」

 「…遊びに? どこへ?…」

 「…ウチにです…」

 「…ウチにだと?…」

 「…ハイ…」

 「…一体、どうして、そうなったんだ?…」

 「…どうしてと、言われても…どうも、マリアが、殿下を誘ったようで…」

 「…マリアが、か?…」

 「…ハイ…」

 「…そうか…」

 マリアもやるものだ…

 弱冠、3歳にして、男を自宅に招くとは…

 しかも、相手は、アラブの至宝…

 アラブの至宝と呼ばれた男だ…

 相手にとって、不足はない…

 相手にとって、不足はないのだ!…

 しかし、だ…

 考えて見れば、この矢田トモコも、いまだ、男を自宅に招いたことは、なかった…

 なかったのだ…

 いや、

 招くも、なにも、私の周囲に、いい男がいなかった…

 ただ、それだけの理由だった(涙)…

 残念だった…

 実に、残念だった…

 この巨乳を持て余したのだ…

 せっかくの巨乳を使うことが、できんかった…

 利用することが、できんかった…

 今になって思えば、それが、悔しかった…

 ただ、ただ、悔しかったのだ(涙)…

 「…でも…」

 「…でも、なんだ?…」

 「…それは、マリアが、一方的に言っているだけで…」

 「…なんだと?…」

 「…だから、それが、本当か、どうかは…」

 「…どういうことだ?…」

 「…だから、今、お姉さんに言ったように、マリアが、言っているだけで…でも、それが、本当か、どうか、悩んでいたら、お姉さんが、オスマン殿下の名前を出すので、動揺して…」

 …そうか…

 …そういうことか?…

 話は、わかった…

 わかったのだ…

 だから、

 「…私に任せておけ…」

 と、いつのまにか、口にしていた…

 自分でも、ビックリした…

 が、

 すでに、口にしていた…

 覆水盆に返らず…

 綸言(りんげん)汗の如しというヤツだ…

 社会的地位の高い人間は、一度、口にした言葉を取り消すことは、できん…

 それでは、他人から、信用されんからだ…

 一度、カラダから出た汗のように、戻すことは、できん…

 そして、それは、この矢田トモコも同じ…

 同じだった…

 なにしろ、この矢田トモコには、クールの社長夫人と言う社会的な地位がある…

 だから、言い逃れは、できん…

 なかったことにすることには、できんのだ…

 「…私に任せておけ…」

 私は、繰り返した…

 繰り返しながら、実に、不安だった…

 不安だったのだ…

 が、

 次に、出てきた言葉は、

 「…私に任せておけ…バニラ…オマエの面倒は、私が、見てやるさ…」

 だった…

 実に、調子が、いい…

 なんの根拠もないにも、かかわらず、大きなことを、言う…

 だが、

 それが、私だった…

 この矢田トモコだった…

 すると、すぐに、電話の向こうから、

 「…ハイ…お姉さんに、お任せします…」

 と、バニラの塩らしい声が、聞こえてきた…

 私は、マズいと、思った…

 やりすぎたと、思った…

 が、

 引けんかった…

 コレは、冗談だとは、言えんかった…

 だから、

 「…大丈夫さ…私に任せておけば…」

 と、口にした…

 言うまでもない、この言葉は、バニラだけではない…

 自分に、言ったのだ…

 この矢田トモコに、言ったのだった(涙)…


 電話を切った、私は、急いで、考えた…

 なにを、なすべきか、考えたのだ…

 「…逃げるか?…」

 「…このまま、どこかに、高飛びするか?…」

 とも、思った…

 脳裏に浮かんだのだ…

 あまりにも、大きなことを、言い過ぎた…

 だから、

 どこかに、逃げる…

 どこかに、高飛びすることを、考えたのだ…

 まあ、ありていに、言えば、逃亡だ…

 海外は、言葉が、わからんから、怖い…

 だから、国内に、流浪の旅にでも、出れば、いい…

 ほんの一か月でもいい…

 日本中を、旅すればいいと、思ったのだ…

 が、

 できんかった…

 あのバカ、バニラと、約束したのは、破っても、いいが、夫の葉尊とした約束は、破ることは、できんからだ…

 なにより、葉尊は、リンダの親友…

 だから、リンダのことが、心配だった…

 それを、寝言で、聞いた私は、葉尊のために、一肌脱ぐことにしたのだ…

 …仕方ない…

 …なんとかするか!…

 私は、自分自身に誓った…

 ホントは、今すぐ、逃げ出したいが、そんな気持ちを、無理やり、抑えて、出かけることにした…


 私が、目指したのは、マリアと、オスマン殿下が、通うセレブの保育園だった…

 って、いうか、他に、行く場所が、思い当たらんかった…

大体、私は、オスマン殿下が、どこに、住んでいるのかも、知らんかった…

だから、他に、行く場所が、見つからんかった…

だから、朝早く起きたので、セレブの保育園に、子供たちが、やって来る時間に合わせて、待ち伏せれば、いいと、思った…

早めに、行って、子供たちが、やって来るのを、横目で、見ていれば、きっと、その中に、オスマン殿下が、いるに違いからだ…

が、

一つだけ、問題があった…

もしかしたら、子供たちが、私を覚えている危険があった…

なにしろ、つい先日、このセレブの保育園に通う子供たちと、いっしょに、壇上で、AKBの恋するフォーチュンクッキーを、踊ったばかりだ…

まさかとは、思うが、子供たちが、私を覚えていては、困る…

まさか、3歳の保育園児たちだから、私のことを、覚えてるとは、思えんが、油断はできん…

そう思った私は、黒いサングラスをかけた…

顔を隠すことに、したのだ…

私は、いつもの白いTシャツに、ジーンズにスニーカーという姿に、黒のサングラスをかけて、出かけることにした…

たかだが、サングラスをかけただけだが、これで、顔は、隠せる…
だから、私の変装は、完璧だった…

なにしろ、子供相手だ…

サングラスさえ、かければ、顔が、バレないと、思ったのだ…

だから、安心して、セレブの保育園に向かった…

が、

それが、マズかった…

私は、セレブの保育園の入口の物陰で、コソコソと、立って、子供たちが、やって来る様子を見ていた…

すると、

「…あっ…矢田ちゃんだ!…」

と、一人の園児が、言った…

私は、サングラスをかけていたから、顔バレしていない自信が、あった…

だから、

「…矢田ちゃんって、誰だ? 知らんな…」

と、堂々と言った…

腕を組んで、堂々と言ったのだ…

なにしろ、ウソというものは、堂々と言うに、限る…

変に、コソコソしたり、自信なさげに、言うと、すぐに、コイツは、ウソをついていると、バレるからだ…

だから、私は、堂々と、言った…

言ったのだ…

が、

にもかかわらず、

「…矢田ちゃんのウソつき!…」

と、子供から、言われた…

しかも、

しかも、だ…

言われたのは、一人や二人では、なかった…

いや、

最初は、一人だった…

が、

すぐに、見る見る園児たちが、私の周りに、集まり、大勢の園児たちに、囲まれた…

そして、一人が、

「…矢田ちゃんのウソつき!…」

と、私に言うと、他の子供たちも、一斉に、

「…矢田ちゃんのウソつき!…」

と、言い出した…

私には、なにが、なんだか、わからなかった…

一体全体、こうもあっけなく、どうして、私だとバレたのか、わからんかった…

私は、黒いサングラスをしている…

だから、顔バレすることは、なかったはずだ…

私は、動揺した…

みっともないほど、動揺した…

気が付くと、

「…私は、矢田ちゃんじゃないさ…」

と、叫んでいた…

大声で、叫んでいた…

が、

にも、かかわらず、子供たちからは、

「…矢田ちゃん…矢田ちゃん…」

と、言われた…

言われ続けた…

どうして?

一体、どうして、私だと、わかるんだ?

私は、叫び出したい気持ちだった…

だから、つい、

「…なんで、矢田ちゃんだと、思うんだ?…」

と、聞いてしまった…

コレが、マズかった…

子供たちが、一斉に、

「…胸が大きいから…」

と、言ったのだ…

なんだと…

私は、絶句した…

文字通り、言葉もなかった…

たかだか、数年前に生まれたガキに、

「…胸が、大きいから…」

なんて、言われるとは、思わんかった…

思わんかったのだ…

もはや、私のプライドは、ズタズタだった…

たかだが、3歳の保育園児たちに、こうもあっけなく、私の素性が、バレるとは…

世も末だった(涙)…

末法末世の世の中だった(涙)…

              

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