第89話

文字数 4,578文字

 …葉問…

 その名前を口にして、やはりというか…

 ハッキリ言えば、葉問らしいというか…

 裏仕事にふさわしい葉問らしいと、思った…

 きっと、どこからか、この一件の騒動の裏を聞きこんだのだろう…

 そう思った…

 いや、

 それを言えば、その一件に、葉尊も加担しているかもしれん…

 ふと、気付いた…

 なぜなら、葉尊と葉問は、表裏一体…

 同じカラダを二人で、共有しているに、過ぎないからだ…

 なにしろ、一つのカラダだ…

 葉問が、知るところは、葉尊もまた、知っているだろう…

 そう思ったのだ…

 そして、そこまで、考えると、ふと、あのとき、葉問が、いきなり、現れた意味を考えた…

 私が、危うく、ファラドに襲われそうになったときに、葉問が、現れた…

 つまり、私の危機を救ってくれたのだ…

 大げさに、いえば、葉問は、私にとっての白馬の王子だった…

 なにしろ、私の危機を救ってくれたのだ…

 が、

 やはりというか…

 あらすじを知っていたというか…

 ファラドの企みを知っていたということだ…

 だからこそ、あの場に現れた…

 そういうことだろう…

 私は、思った…

 「…すべては、マリア…オスマンが、マリアを好きになったから、始まった…変な話、これは、オスマンの恋物語でもある…」

 「…オスマンの恋物語だと?…」

 「…そうよ…アラブの至宝と呼ばれる、優れた頭脳の持ち主でも、当然、隙がある…」

 「…隙だと?…」

 「…っていうか、弱みかもしれない…」

 「…弱み?…」

 「…自分が、マリアを好きだと知れれば、マリアに手出しをされれば、自分が、追い込まれる…つまりは、マリアは、オスマンの弱み…だから、ファラドは、その弱みを突いた…」

 「…」

 「…そして、マリア…」

 「…マリアが、どうかしたのか?…」

 「…マリアの父は、葉敬…母親は、バニラ・ルインスキー…どちらも、利用できる…」

 「…」

 「…つまりは、ファラドにとって、駒は、揃った…」

 「…駒だと?…」

 「…利用できる駒…」

 「…」

 「…すべてが、揃った…だから、その機会を逃がさなかった…」

 リンダが、説明する…

 私は、その説明を聞きながら、なんだか、変だと、思った…

 おかしいと、思った…

 リンダの説明は、わかる…

 リンダの説明は、納得できる…

 が、

 なにかが、おかしい…

 なにが、おかしいか、わからないが、おかしい…

 私は、なにが、おかしいか、考え込んだ…

 それは、葉問…

 葉問と、リンダの関係だ…

 私は、気付いた…

 「…で、それを、リンダ…オマエに、葉問は、伝えたわけだ…」

 私は、言った…


 が、

 リンダは、またも、

 「…フッフッフッ…」

 と、笑って、答えなかった…

 私は、頭に来た…

 リンダが、私の質問に、答えないからだ…

 同時に、リンダが、なんだか、機嫌がいいことに、気付いた…

 私が、イライラしているのと、真逆に、リンダの機嫌が、すこぶるいいことに、気付いたのだ…

 だから、

 「…リンダ…オマエ、ご機嫌だな…」

 と、言ってやった…

 リンダは、またも、

 「…フッフッフッ…」

 と、笑っていた…

 私は、

 「…どうして、そんなに機嫌がいいんだ?…」

 と、直球で、聞いた…

 まさか、答えるとは、思えんが、直球で、聞いたのだ…

 が、

 あっさりと、

 「…葉問と、葉敬の関係がわかったの…」

 と、答えた…

 「…葉問と、お義父さんとの関係だと?…どういう意味だ?…」

 「…葉問の存在意義…」

 「…葉問の存在意義だと? …どういう意味だ?…」

 「…私は、これまで、葉敬は、葉問を憎んでいると、思った…」

 「…」

 「…でも、違った…」

 「…どう、違ったんだ?…」

 「…今では、利用できる駒だと、思っている…」

 「…利用できる駒?…」

 「…葉問は、葉尊には、できない裏仕事を任せることができる…」

 「…」

 「…つまり、葉問は、死なない…生きることができる…」

 私は、その言葉を聞きながら、このリンダが、実は、葉問を好きなことを、思い出した…

 このリンダ=ヤンは、葉尊ではなく、葉問に惚れていることを、思い出した…

 このリンダ=ヤンは、葉尊の親友…

 共に心の悩みを抱えている…

 このリンダ=ヤンは、性同一性障害…

 カラダは、女だが、心は男…

 それゆえ、悩んでいる…

 それと、同じように、私の夫、葉尊は、心の中に、もう一人の人格である、葉問を、抱えて、悩んでいる…

 いわば、二重人格…

 カラダは、同じでも、別の心を持つ、人間が、もう一人いる…

 葉尊は、元は、一卵性双生児…

 葉問という弟が、存在した…

 が、幼い頃に、事故で亡くなった…

 その事故は、葉尊のいたずらが、原因だった…

 その罪にさいなまれた葉尊は、いつの頃からか、自分の中に、葉問を再生させた…

 いわば、自分の力で、死んだ葉問を蘇らせたのだ…

 そして、このリンダは、その葉問に惚れている…

 いや、

 掘れているといっては、言い過ぎかもしれない…

 このリンダは、性同一性障害…

 カラダは、女でも、心は、男…

 が、

 葉問に対しては、好きというか…

 気になってならない存在だ…

 だから、その葉問が、生きることができると、知って嬉しいのだ…

 が、

 生きることができるということは、どういうことだ?

 私は、思った…

 だから、

 「…リンダ…葉問が、生きることができるというのは、どういうことだ?…」

 と、私は、聞いた…

 すると、

 「…鈍いな…お姉さん…」

 と、またも、リンダが、私を笑った…

 「…今も言ったように、葉問は、葉敬が、利用できる駒…だから、駒として、使える…つまりは、葉問は、駒として、利用価値がある…だから、葉敬は、葉問の存在を、とりあえずは、認める…」

 リンダが、嬉しそうに、伝える…

 私は、その言葉を、聞きながら、かつて、葉問が、私に言った言葉を思い出していた…

 私の存在意義について、語った言葉を、だ…

 以前、葉問は、私に、

 「…お姉さん…どうして、葉敬が、お姉さんと葉尊の結婚を認めたのか、最近、ようやくわかりました…」

 と、笑顔で、私に告げたことを、だ…

 「…どうして、お義父さんが、私と葉尊の結婚を認めたか、だと?…」

 私は、そのとき、言った…

 たしかに、そう言われれば、それは、謎だった…

 いくら、考えても、答えが出ない謎だった…

 日本の平凡な家庭に生まれて、すでに35歳と中年にさしかかった私が、台湾の大財閥の御曹司と結婚できた…

 いかに、葉尊本人が、私と結婚したいといっても、その実父である葉敬が、反対しないのが、謎だった…

 私が、葉敬の立場ならば、迷わず、反対する…

 当たり前だ…

 葉尊は、29歳…

 私は、葉尊よりも6歳も年上…

 おまけに、家庭レベルも、まったく違う…

 葉尊は、大金持ちのボンボン…

 片や、私は、平凡な家庭…

 しかも、私は、美人でも、なんでもない…

 ブスではないが、極めて、平凡なルックスだ…

 そんな平凡極まりない私と葉尊の結婚を、葉尊の実父の葉敬が、どうして、あんなにも、簡単に認めてくれたのか、謎だった…

 いくら悩んでも解けない謎だった…

 が、

 その謎をあっさりと、葉問が解いた…

 いわく、

 「…ボクを消滅させるため…」

 と、説明したのだ…

 「…葉問…オマエを消滅させるためだと? …どういう意味だ?…」

 「…簡単です…お姉さんと、いっしょにいることで、葉尊は、過去の傷を癒すことができます…」

 「…過去の傷だと?…」

 「…子供の頃、葉尊は、自分のちょっとした、いたずらで、弟の葉問を亡くしました…そして、それが、葉尊の心の傷になり、無意識に、この葉問を自分の中に作り出しました…」

 「…」

 「…ですが、お姉さんと、いっしょにいることで、その傷を癒すことができます…」

 「…私といることで、その傷を癒すことができるだと?…」

 「…そうです…」

 「…バカな…そんなこと、あるわけないさ…」

 「…あります…」

 「…ないさ…」

 「…あります…」

 「…だったら、仮に、葉問…オマエの言う通りだとして、その結果、どうなる?…」

 「…ボクが、消えます…」

 「…なんだと?…」

 「…ボクが、消滅します…その結果、葉尊は、二重人格でなくなります…」

 葉問が、告げた…

 私は、今、それを思い出した…

 つまりは、葉敬の狙いは、葉問の消滅にあると、思ったのだ…

 これもまた、葉敬の立場ならば、当たり前のことだった…

 葉尊は、二重人格…

 普通ではない…

 だったら、どうすれば、普通になるか、考える…

 二重人格で、なくなるか、考える…

 それが、私との結婚だと、葉問は、告げた…

 私と結婚することで、葉尊は、癒され、過去の傷が癒える…

 その結果、葉問が、葉尊のカラダから消え去る…

 あくまで、葉問は、葉尊の心の傷から産まれた産物だからだ…

 葉尊の心の傷が、消えれば、葉問は、消える…

 それこそが、葉敬の狙いだと、葉問は、喝破(かっぱ)したのだ…

 私は、驚いたが、同時に、納得できる答えでも、あった…

 私と結婚することで、本当に葉尊の心の傷が、消えるのか、わからないことでは、あったが、とりあえずは、納得のできる回答でもあった…

 そして、もしかしたら、その葉敬の狙いを、目の前のリンダも、気付いていたのかもしれない…

 だから、方針転換したというか、葉敬が、葉問に、まだ使い道があると、思って、当分、生かしておくという選択をしたことに、安心したのだろう…

 私は、思った…

 「…葉問が、まだ、生きることができる…」

 リンダが、語った…

 「…それが、最高…」

 リンダが、まるで、夢見る少女のような表情で、言った…

 世界に知られた、ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースが、まるで、夢見る少女のような表情で、男=葉問について、語った…

 これは、リンダのファンが、見れば、驚愕だった…

 リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれているが、特定の男と、噂になったことはない…

 リンダが、どんな男と付き合っているか?

 それが、一切わからないのが、またリンダ・ヘイワースの魅力だった…

 誰でも、そうだが、謎があった方がいい…

 例えば、女性のヌード写真だ…

 下半身には、下着を着て、見えない方がいい…

 その方が、その下着の下には、どんなものが、あるのか、妄想する…

 それが、いい(笑)…

 それが、すべて、脱いで、スッポンポンになると、幻滅するというか…

 ああ、こんなものかと、なる(笑)…

 それと、同じだ…

 誰でも、秘密があった方がいい…

 リンダ・ヘイワースが、男と噂にならないのは、本当は、リンダは、性同一性障害で、中身は、男だから、男に興味がないのが、真実だが、それは、世間には、知られていない…

 だから、余計に、リンダが、どんな男と付き合っているのか、世間の男は、興味が湧く…

 知りたくなる…

 そういうことだ…

 そして、そんなこともまた、リンダ・ヘイワースの魅力の一つに、加わることになる…

 つまりは、本人が、意識しようが、しまいが、すべてが、本人の知らぬところで、有利に働くのだ…

 そして、すべからく、成功する人間というものは、同じかもしれない…

 老若男女を問わず、同じかもしれない…

 すべてが、プラスに働くのだ…

 私は、思った…

               
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