第142話

文字数 4,113文字

「…マリア…すまない…」

 オスマン?が、詫びた…

 「…本当に、すまない…」

 オスマン? が、重ねて、詫びた…

 が、

 マリアは、許さんかった…

 相変わらず、腕を組み、足を広げて、オスマン? の前に、立っていた…

 「…オスマン…アナタ…どうして、私が、今、怒っているのか、わかってる?…」

 「…それは…」

 「…それは、なに?…」

 「…ボクが、マリアに逆らったから…」

 「…そうよ…」

 と、マリアが、我が意を得たり、とばかりに、鼻の穴を広げて、言った…

 「…生意気を言っちゃ、ダメって、いつも言ったでしょ?…」

 「…」

 「…オスマン…アナタ、偉いかもしれないけれども、生意気なの…」

 「…生意気?…」

 「…そうよ…」

 マリアが、鼻の穴を広げて言った…

 私は、そんなマリアとオスマン? のやり取りを見ながら、少しばかり、オスマン?が、可哀そうに、なった…

 マリアに、心底、いたぶられてる…

 にも、かかわらず、ジッと耐えている…

 そう、思ったのだ…

 が、

 リンダの意見は、違った…

 「…あのファラド…なんだか、楽しそう…」

 と、言った…

 …なんだと?…

 …どうして、楽しいんだ?…

 「…自分の好きな女に説教されて、デレデレ…兄貴も、男だな…」

 リンダの代わりに、オスマンが、言った…

 「…なんだと?…」

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 「…兄貴も、普通に、女が、好きだと思ったが、好みの女が、あんな子供だとは、思わなかった…」

 オスマン? が、続ける…

 私が、そんなものかと、思っていると、リンダが、

 「…きっと、出会わなかったのよ…」

 と、言った…

 「…出会わなかった? …どういう意味だ?…」

 オスマン? が、聞いた…

 「…自分が、好きな女…」

 「…好きな女?…」

 「…私が、言うのも、なんだけれども、男も女も、最初は、ルックスに惹かれる…見た目に、惹かれる…だから、少しでも、ルックスが、いい方が、得…見た目が、いい方が、得…」

 「…」

 「…でも、中身は、違う…もっと、言えば、見た目と、中身は、違う…誰が、見ても、誠実そのものに、見えても、結構ズルいとか、陰で、他人様の悪口ばかり言ってるとか…そんな人間は、枚挙にいとまがない…」

 「…」

 「…なんだか、耳が痛いな…」

 オスマン?が、言った…

 「…まるで、自分のことを、言われているようだ…」

 「…そう、思うなら、自分の日々の行動を、振り返って、反省することよ…」

 リンダが、突き放す…

 「…ごもっとも…」

 「…そんなことより、お兄さんの元に、行ってやったら…」

 リンダが、言った…

 「…いや、それは、止せ…」

 いきなり、葉問が、口を出した…

 それまで、黙っていた葉問が、口を出した…

 「…どうして、ダメなの?…」

 リンダが、聞く…

 「…あのオスマンと、マリアの二人だけにしてやれ…」

 葉問が、言った…

 「…例え、歳が離れていても、あの二人は、カップルだ…二人だけに、してやれ…」

 葉問が、告げた…

 「…カップル?…」

 オスマン? と、リンダが、同時に、声を上げた…

 そして、すぐに、

 「…その通りかも…」

 と、リンダが、続けた…

 そのリンダに呼応するように、オスマン?も、

 「…たしかに…」

 と、言った…

 「…兄貴が、ひとに対して、あんなに、嬉しそうな顔をしているのを、見るのは、初めてだ…」

 オスマン?が、しみじみと、続ける…

 「…このセレブの保育園に、兄貴は、身を隠して、良かった…」

 「…身を隠す? …どうして、身を隠すの?…」

 「…兄貴は、有能だが、敵を作り過ぎた…ほとぼりを、覚ますためと、敵から、身を守るために、ここに来た…」

 私は、オスマンの、その言葉を聞いて、あるシーンを思い出した…

 それは、私が、この保育園に、このオスマン? に、会いに行くときのことだ…

 ファラド?と、葉敬の元から、このオスマン?に呼ばれて、この保育園に偵察に入るときのことだ…

 あのとき、あのファラド?は、たしか、女性警官の木原からだったか、サウジアラビアの大使館に、ファラドという王族の存在の有無をコンタクトしたが、

 「…そんな王族は、存在しない…」

 と、にべもなく、断れた…

 それを、聞いて、ファラド? は悲しそうに、

 「…そうですか? …本国からも、見捨てられましたか…」

 とか、なんとか、言った…

 が、

 本当は、ファラドは、自分自身の存在を、サウジアラビア大使館が、公式に、否定したのが、悲しかったのではないか?

 仮に、ファラドが、小人症だから、公式には、サウジの王族としては、認めるわけには、いかないとしても、ああもあっさりと、存在を否定されるとは、思わなかったのではないか?

 そう、思った…

 そして、そう、考えれば、あのときのファラドの悲しそうな表情のわけもわかると、いうわけだ…

 私は、今さらながら、気付いた…

 だから、

 「…頭が、良すぎる男は、ダメだな…」

 と、私は、言った…

 「…いや、女も、ダメだ…」

 と、続けた…

 そして、ピンクのワンピースを着た、リンダを見ながら、

 「…頭だけじゃない…美人も、そうさ…イケメンも、そうさ…」

 と、言った…

 すると、リンダが、驚いた…

 「…どうしたの? …お姉さん…一体、そんなことを、突然、言い出して?…」

 「…たいした、理由は、ないさ…ただの一般論さ…」

 「…一般論って?…」

 「…頭が良すぎると、自分以外の周囲の人間が、バカに見えて、仕方がなくなる…どうして、こんな簡単なことが、わからないんだと、思って、それを、態度や表情に出す…だから、周囲の人間から嫌われるのさ…」

 「…」

 「…美人もそうさ…自分が、美人に生まれたものだから、つい、周囲の人間を、下に見る…たいしたルックスもないのに、いい女のフリをしていると、思う人間を見ると、心の中で、バカにする…それが、態度に出るのさ…」

 「…」

 「…だから、人間は、ほどほどが、一番さ…なんでも、良すぎるのは、ダメさ…頭でもルックスでも、良すぎると、調子に乗って、それが、態度に出る…その結果、周囲から、浮く…だから、ダメさ…」

 私は、言った…

 舌鋒、鋭く、言った…

 すると、どうだ?
 
 リンダも、オスマンも、黙って、しまった…

 これには、私が、慌てた…

 まさか、二人とも、黙るとは、思わんかったからだ…

 「…まったく、このお姉さんは…」

 と、オスマンが、少し経って、口を開いた…

 「…トロいかと、思うと、ときどき、鋭いことを、言う…」

 オスマンが、苦笑する…

 「…ホント、どっちが、本当のお姉さんだか、わからなくなる…」

 リンダが、続けた…

 「…なんだと?…」

 「…でも、それが、お姉さん…それこそが、このお姉さんなのね…」

 リンダが、しみじみ、言う…

 「…抜けているかと、思えば、ときどき、鋭いことを、言う…だから、本当のお姉さんが、どんな人間か、わからなくなる…」

 リンダが、繰り返す…

 「…でも、だから、お姉さんが、好き…」

 「…私が、好き?…」

 「…誰もが、そうだけれども、頭が、悪く、性格も、悪い人間ほど、人一倍、プライドが、高く、上昇志向が、強い…一歩間違うと、お姉さんも、そのたぐいのひとかと、思ったけれど、このお姉さんは、違った…」

 「…違った? …どう、違ったんだ?…」

 「…それは…」

 リンダが、言いかけたところで、言葉を止めた…

 私は、どうして、リンダが、言葉を発するのを、止めたのか、不思議だった…

 が、

 リンダの視線の先を見て、わかった…

 ファラドと、マリアが、こっちに、向かって、歩いて来たからだ…

 ファラドと、マリアの後に、女のコたちが、ズラリと、従った…

 それは、ある意味、壮観だった…

 これから、ずっと先…

 二十年後に、スーパーモデル、マリア・ルインスキーの誕生を予感させるものが、あったからだ…

 そして、

 そして、だ…

 なにより、この二人が、やって来る場所は、リンダでも、オスマンでも、なかった…

 まして、葉問ではない…

 この矢田の元に、だった…

 なぜか、わからんが、この矢田の元に、まっすぐ、ファラドと、マリアが、やって来たのだ…

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 正直、どうして、いいか、わからんかった…

 わからんかったのだ…

 すると、

 ファラドと、マリアが、私の前に来て、

 「…矢田さん…スイマセンでした…」

 と、ファラドが、深々と、頭を下げた…

 私は、どうして、いいか、わからんかった…

 が、

 私は、クールCEО、葉尊の妻…

 世間体というものがある…

 私は、クールを背負う人間の妻だからだ…

 だから、

 「…ご苦労…」

 と、ファラドに告げた…

 いつものように、両腕を組んで、少しばかり、足を広げた…

 威厳を出そうとしたのだ…

 すると、どうだ?

 「…矢田さんは、すべてを、見抜かれていたんですね…」

 ファラドが、告げた…

 …すべてを、見抜く?…

 …一体、どういう意味だ?…

 「…どういう意味だ?…」

 私は、聞いた…

 「…ご謙遜を…」

 ファラドが、答える…

 「…ボクが、弟の処分に困り、どうして、いいか、わからず、矢田さんに、対応を一任したことです…」

 「…私に対応を一任? …どういう意味だ?…」

 「…矢田さんは、誰かも好かれる…矢田さんを、嫌いになる人間は、いない…」

 「…」

 「…だから、そんな矢田さんを、弟の元に派遣して、弟が、どういう態度を、取るのか、知りたかった…」

 「…どういう態度って?…」

 「…矢田さんに、立ち向かうようならば、この先、見込みは、ない…サウジに、強制的に、送還する意向でした…」

 「…なんだと?…」

 私は、驚いた…

 それでは、さっき、このオスマンから、聞いた話とは、違う…

 どういうことだ?…

 すると、

 「…ちょっと、アナタの本当の名前は、なに?…」

 と、リンダが小人症の皇子に、聞いた…

 「…ファラドです…」

 小人症の皇子が、答える…

 「…そして、弟の名前は、オスマン…」

 リンダが、言った通りだった…

 が、

 その後が違った…

 「…ボクたちは、双子です…」

 仰天の言葉だった…

               
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