第98話

文字数 5,022文字

 「…私は、変人なんかじゃないさ…」

 私は、大声で、怒鳴った…

 「…訂正しろ!…」

 私は、大声で、葉問に、迫った…

 が、

 葉問は、

 「…いえ、訂正しません…」

 と、胸を張って言った…

 「…なんだと?…」

 私は、目の前の葉問を睨んだ…

 私の細い目で、睨みつけた…

 「…お姉さんは、変人です…」

 葉問が、断言した…

 「…誰も、お姉さんの真似は、しません…」

 「…なんだと?…」

 「…権力を得るようになれば、その権力を使いたくなるのが、人間です…偉くなれば、自然と、態度が、大きくなるのが、人間です…でも、お姉さんには、それが、一切、ありません…」

 「…当り前さ…何度も言うように、私が、偉くなったわけでも、なんでもないからさ…」

 「…ですが、大抵は、誰もが、自然と、態度が、大きくなるものです…」

 「…それは、その人間の勝手さ…」

 「…勝手ですか?…」

 「…そうさ…ただ、私は、そうじゃないだけさ…」

 私が、言うと、葉問が、笑った…

 実に、楽しそうに、笑ったのだ…

 「…ホントに、お姉さんには、驚かされる…」

 「…なんだと? …どうしてだ?…」

 「…お姉さんの立場で、威張らない人間なんて、普通、いませんよ…」

 「…」

 「…誰もが、意識せずとも、自然に態度が、大きくなるものです…」

 「…」

 「…ですが、お姉さんには、それが、一切ない…結婚前も、結婚後も、一切、変わらない…元のまま…」

 「…当り前さ…私は、私さ…別に、私が、葉尊と結婚したからといって、私が、偉くなったわけでも、なんでもないさ…」

 私が、勢い込んで言うと、またも、葉問は、ニヤリとした…

 「…なんだ? …なにが、おかしい?…」

 「…だから、お姉さんは、好かれる…」

 「…私が、好かれる? …どうしてだ?…」

 「…他人を利用しない…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…リンダもバニラも有名人です…だから、お姉さんが、その気になれば、彼女たちの日常を、インスタで、暴露することが、できます…でも、しない…」

 「…当り前さ…リンダもバニラも、そんな姿をネットに晒されたら、困るだろ?…」

 「…たしかに、困ります…」

 そう言いながら、またも、葉問は、笑った…

 笑ったのだ…

 「…な、なんだ? …なにが、おかしい?…」

 私は、動揺した…

 なにか、私が、おかしなことを、言ったのだろうか?

 そう、思って、動揺したのだ…

 「…ホントに、ひとの良い、お姉さんだ…」

 葉問が、言って、笑った…

 「…だから、誰からも、信頼される…」

 「…なんだと?…」

 「…そんなお姉さんだから、リンダも、バニラも安心できる…安心して、素の姿を見せることができる…」

 「…」

 「…お姉さん…」

 「…なんだ?…」

 「…ひとは、誰からも、見られているんです…」

 「…見られている? …どういう意味だ?…」

 「…お姉さんに限らず、学校でも、会社でも、その人間が、どういう人間か、見られています…」

 「…なんだと?…」

 「…だから、性格のいい人間は、誰もが、アイツは、性格のいい人間だと、評価し、性格の悪い人間は、誰もが、性格の悪い人間だと、評価する…ひとの評価は、大抵、変わりません…八割方は、同じ評価です…」

 「…八割方は、同じ評価だと? …だったら、残りの二割は、どうなんだ?…」

 「…二割は、よくわからないことが、あるんです…」

 「…どうして、わからないんだ?…」

 「…一番は、しゃべらないからです…」

 「…しゃべらないからだと?…」

 「…ハイ…例えば、いつも、ひとの悪口ばかり言っていれば、当然、性格が、悪いと、誰もが、思います…ですが、例えば、思っていても、しゃべらなければ、性格が、悪いと、周囲は、気付かない…」

 「…」

 「…それに、態度…」

 「…態度が、どうした?…」

 「…例え、しゃべらずとも、態度や表情に現れれば、わかるのですが、それも、しない人間が、稀にいます…」

 「…」

 「…すると、どうですか? たとえ、その人間が、性格が悪くとも、誰も気づかない…」

 「…」

 「…つまり、そういうことです…」

 葉問が、ニヤリとした…

 「…誰もが、見られている…評価されてる…」

 「…」

 「…そして、お姉さんは、合格した…」

 「…合格した?…なにに、合格したんだ?…」

 「…葉敬の評価に、です…」

 「…お義父さんの評価だと?…」

 「…葉敬は、策士です…葉尊が、お姉さんと結婚したいと言っても、内心、認めることは、なかったに違いない…」

 「…なんだと?…」

 「…ですが、リンダやバニラのお姉さんに対する態度や、なんといっても、今回のオスマン殿下が、お姉さんを、認めたことで、葉敬の評価は、劇的に変わりました…」

 「…どう、変わったんだ?…」

 「…お姉さんを、正式に、葉尊の妻として、認めたんです…」

 「…私を妻として…」

 言いながら、それでは、それまで、妻として、認めてなかったことに、気付いた…

 しかも、それを、私に会ったときも、決して、態度に出さなかった…

 だから、もしかしたら、たった今、葉問が、言った、言葉にも、態度にも、出さなければ、性格が、悪くても、わからないと言ったのは、葉敬のことなのでは? と、思った…

 まさか、葉問に聞くわけには、いかないが、そう思った…

 そう思ったのだ…

 「…お姉さん…」

 「…なんだ?…」

 「…お姉さんは、女神です…」

 「…私が、女神?…」

 …なんだ? コイツ?…

 …ついに、頭がおかしくなったか?…

 私は、思った…

 元々、葉尊が、作った、もう一つの人格だ…

 本来、存在しない人間だ…

 なにか、犯罪を犯しても、逮捕されるわけでもない…

 なぜなら、元々、存在しないのだから、二度と、葉尊のカラダを借りて、現れなければ、いい…

 それだけだ…

 だから、頭が、おかしくなっても、問題ない…

 私は、考えた…

 すると、やはりというか…

 そんな思いが、私の表情に出たのだろう…

 「…お姉さん…ボクは、頭がおかしくなったわけでは、ありませんよ…」

 と、葉問が、言った…

 「…な、なんだ? …なにが、言いたい?…」

 思わず、私は、口走った…

 葉問が、私の心を読んだことに、動揺したのだ…

 「…今、お姉さんは、ボクが、頭がおかしくなったと、思ったでしょ?…」

 「…思ってないさ…」

 私は、強弁した…

 私が、なにを考えているか、読まれていることが、バレるのが、嫌だったからだ…

 「…ウソを言わないで下さい…」

 「…ウソなんかじゃ、ないさ…」

 「…いいえ、ウソです…」

 「…ウソなんかじゃ、ないさ…」

 私が、言うと、またも、葉問は、ニヤリとした…

 「…攻守交替ですね…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…さっきは、お姉さんが、ボクに、ウソをつくなと、言い、今は、ボクが、お姉さんに、ウソを付かないで下さいと、言っている…まさに、攻守交替です…」

 「…」

 「…お姉さん…」

 「…なんだ?…」

 「…ボクが、お姉さんを女神と言ったのは、お姉さんが、おそらく葉尊を、導く存在だからです…」

 「…私が、葉尊を導く存在だと?…」

 「…お姉さんは、誰からも、好かれるんです…」

 「…それが、どうした?…」

 「…だから、お姉さんは、どんな人間からも、愛される…受け入れられる…」

 「…」

 「…それが、今回は、あのオスマン殿下でした…」

 「…オスマン殿下だと?…」

 「…オスマン殿下は、小人症です…当たり前ですが、あの外観に、強い、コンプレックスがあります…」

 「…強い、コンプレックス?…」

 「…そうです…ですが、その代わりといっては、なんですが、アラブの至宝と呼ばれるほど、優れた頭脳を得ました…」

 「…」

 「…ですが、用心深いというか…今、この日本で、セレブの保育園に通っているのも、おそらく、身を隠すためです…」

 「…身を隠すためだと?…」

 「…そうです…3歳の幼児にしか、見えないオスマン殿下が、身を隠す場所は、同じく3歳の幼児たちが通う、保育園が一番だからです…」

 「…」

 「…そして、その用心深いオスマン殿下は、他人を見る目も、また用心深い…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…簡単に、ひとを信用しないということです…」

 「…簡単に、ひとを信用しないだと?…」

 「…オスマン殿下は、いわば、名探偵コナンです…」

 「…名探偵コナン…どういう意味だ?…」

 「…コナンは、子供だから、コナンに、接する大人たちが、つい油断して、決して大人には、しゃべらない本音を漏らす…オスマン殿下もそれと、同じで、オスマン殿下を知らない大人たちが、オスマン殿下を、3歳の幼児だと思って、接する…そして、本音を漏らす…」

 「…」

 「…そして、そんなことが、積み重なって、殿下は、ひとを簡単に、信用しなくなった…当たり前のことです…」

 「…」

 「…ですが、そんなオスマン殿下ですが、お姉さんには、違った…」

 「…私には、違った?…」

 「…簡単に、お姉さんを、オスマン殿下は、受け入れた…呆気ないほど、簡単に、受け入れた…」

 「…」

 「…これは、実に、驚くべきことです…」

 「…なんだと?…」

 「…そして、その情報は、ごく一部の人間たちに、瞬く間に、知らされました…あのオスマン殿下が、出会ってすぐ認めた人間…しかも、女性です…」

 「…」

 「…世間では、密かに、アラブの女神と呼ばれて、アラブ世界で、すでに伝説化しています…」

 「…伝説化?…」

 「…アラブの至宝と呼ばれた、オスマン殿下が、出会ってすぐに、その存在を認めた、人物…もはや、伝説です…」

 「…伝説…」

 思わず、口に出した…

 そして、口に出しながら、やはり、コイツは、頭がおかしいと、思った…

 大真面目な顔をして、私を、アラブの女神だ、なんだと、わけのわからないことを言う…

 下手をすれば、稀代の詐欺師…

 とんでもない虚言癖の持ち主だ…

 もはや、こんなヤツには、なにを言っても、無駄かもしれん…

 私は、思った…

 元々、頭がおかしいのだから、相手にするだけ、無駄…

 無駄だ…

 だから、

 「…もういい…葉問…」

 と、私は、声を上げた…

 「…バカ話もたいがいにしろ!…」

 と、怒鳴った…

 「…アラブの女神だか、なんだか、知らないが、私が、そんな大層な存在なわけは、あるまい…」

 私が、怒鳴ると、葉問は、

 「…」

 と、黙り込んだ…

 きっと、自分のウソが、この私に通じないと、気付いたに違いなかった…

 この矢田トモコに、通じないと、気付いたに、違いなかった…

 葉問は、しばし、考え込んでいたが、

 「…お姉さん…」
 
 と、口を開いた…

 「…なんだ?…」

 「…女神というのは、葉尊を導く存在の意味でもあるんです…」

 「…なんだ、また、その話か?…」

 私は、文字通り、呆れた…

 まだ、そんなバカ話を続けるとは…

 言葉もなかった…

 「…お姉さん…お願いですから、聞いて下さい…」

 葉問が、下手に出た…

 だから、バカバカしいと思ったが、聞いてやった…

 「…お姉さんは、ひとに気に入られ、それが、クールにも、台北筆頭にも、大きなメリットになります…オスマン殿下に気に入られ、アラブの女神と言われたことで、クールも台北筆頭も、アラブ世界でのビジネスが、劇的に飛躍しました…」

 「…」

 「…そして、それが、お姉さんの実力です…お姉さんの評価です…」

 「…私の評価?…」

 「…誰からも、愛され、信頼される…そして、それが、ビジネスに繋がる…」

 「…ビジネスに、繋がるだと?…」

 「…信用できない…信頼できない相手から、モノを買ったり、いっしょに、組んで、なにかをしたい人間は、いません…誰からも、信用されない、誰からも信頼されない人間は、この世の中に、稀にいますが、やはり、そういう人間は、そういう人生を歩みます…」

 「…そういう人生だと? …どういう人生だ?…」

 「…たぶん、ずっと、転職を繰り返します…どこに、行っても、信用されず、信頼を得られない…その結果、自分の評価が、低いことに、納得できず、会社を変えようとします…」

 私は、葉問の言葉を、聞きながら、

 「…その通り…」

 「…その通りだ…」

 と、何度も、思った…

 思いながら、考えた…

 ということは?

 ということは? だ…

 もしかしたら、この葉問…

 頭がおかしくなっていないのかも?

 と、気付いた…

 考え直したのだ…

               
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