第188話

文字数 4,820文字

 私は、ホッとした…

 実に、ホッとした…

 パーティーが、終わったからだ…

 実に、ホッとした…

 私は、実は、派手なことは、嫌い…

 おまけに、こんな政界や財界のお偉いさんが、大勢やって来るようなパーティーは、肩がこって仕方がなかった(苦笑)…

 なにしろ、このパーティーの間は、私は、ほとんど、一人ぼっちだった…

 知り合いは、あの矢口のお嬢様ぐらいしか、いない…

 だから、話す相手も、いなかったからだ…

 が、

 嫌ではなかった…

 というのは、今回のパーティーの主役は、リンダとバニラだったからだ…

 私と葉尊の結婚半年を記念してのパーティーだったが、それは、何度も言うように、名目だけ…

 実際は、葉敬の人脈作り…

 日本に、進出した、台湾の台北筆頭のCEОである、葉敬の人脈作りだった…

 そして、このパーティーの内実はといえば、これも、何度もいうように、リンダと、バニラの即席の握手会や即席の撮影会だった…

 まるで、AKBや、乃木坂など、坂道グループといっしょの内容だった(爆笑)…

 日本の政界や財界のトップのメンバーが集まったパーティーだったが、内実は、AKBや、乃木坂の握手会や撮影会と同じだったのだ…

 これは、何度も、言うが、笑うべきか?

 はたまた、

 怒るべきか?

 理解に苦しむところだった(爆笑)…

 だが、

 真実…

 紛れもない、真実だった…

 私は、そんなことを、考えた…

 そして、今現在、会場に残ったのは、私と葉尊、葉敬、それに、リンダと、バニラの5人だけだった…

 会場の整理に奔走する、帝国ホテルの従業員は、いたが、基本は、この5人だけ…

 いわば、身内だけだった…

 だから、すべてが、終わると、バニラが、真っ先に、

 「…あー、疲れた…」

 と、言った…

 いかにも、バニラらしい…

 元ヤンのバニラらしかった(笑)…

 すると、すぐに、間髪入れず、

 「…バニラ…今日は、ご苦労だった…」

 と、葉敬が、バニラをねぎらった…

 続けて、

 「…リンダにも、礼を言うゾ…」

 と、葉敬が、リンダに、言った…

 葉敬の言葉を受けて、リンダは、軽く、頭を下げた…

 「…そして、お姉さんも…」

 …わ、私?…

 内心、驚いた…

 リンダとバニラは、役に立ったが、一体、私が、今日、このパーティーで、何の役に立ったのか?…

 謎だった…

 それとも、これもまた、葉敬の社交辞令なのだろうか?

 考えた…

 すると、葉尊が、

 「…お姉さん…」

 と、私に声をかけた…

 「…なんだ?…」

 「…父は、矢口さんのことを、言っているんですよ…」

 「…矢口のお嬢様のこと?…」

 …どういう意味だ?…

 「…お姉さんと、あの矢口さんが、外見が瓜二つだから、二人いっしょに、このパーティーを、盛り上げてくれたでしょ? …それを、感謝しているんです…」

 …そんなことが?…

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 たしかに、私と、あの矢口のお嬢様は、瓜二つ…

 だが、それを、この葉敬が、知っているはずがない…

 いや、

 知っているとは、思えない…

 もし、それを、事前、あるいは、直前でも、知ったのならば、それは、葉尊…

 葉尊、オマエが、葉敬に、教えたからだろう…

 私は、それを、言いたかった…

 すると、だ…

 「…世の中には、ホント、似ているひとが、いるものですね…」

 と、葉敬が、上機嫌に言った…

 「…しかも、二人とも、才気が、溢れている…似ているのは、外見だけでなく、中身もですね…」

 と、葉敬が、お世辞を言った…

 私は、恥ずかしかった…

 いくらなんでも、お世辞が、過ぎると思った…

 だから、恥ずかしくて、他の3人の反応を窺った…

 3人というのは、私の夫の葉尊と、リンダ、バニラの3人だ…

 やはりというか…

 3人とも、苦笑していた…

 ホントは、笑いたいんだが、笑えん…

 そんな感じだった…

 だから、私は、

 「…たまたま…」

 と、小声で、言った…

 「…たまたま…なんですか? …お姉さん?…」

 「…たまたま、私が、あの矢口のお嬢様と知り合いだっただけです…」

 「…それは、違います…」

 葉敬が、すぐに、私の言葉を否定した…

 「…違う? …でも、事実です…」

 「…いや、私が、違うと言ったのは、お姉さんは、生まれつき、優れた人物を呼び寄せる力を、持っているということです…」

 「…呼び寄せる力?…」

 「…前にも、言いましたが、お姉さんは、磁石です…誰もが、お姉さんに引き寄せられます…」

 「…」

 「…だから、いつのまにか、お姉さんの周りには、ひとが、集まるんです…」

 葉敬が、真顔で、言った…

 真顔で、力説した…

 私は、そんなバカな?

 と、思った…

 そんなバカなと、思いながら、他の3人を、見た…

 私の夫の葉尊と、リンダ、バニラの3人を見た…

 すると、だ…

 なぜか、3人とも、真顔だった…

 真剣な表情で、私を見ていた…

 正直、わけがわからんかった…

 これは、漫才で、言えば、笑うところだった…

 それを、なぜか、真剣な表情で、見ていた…

 3人とも、頭がおかしいのか? と、思った…

 ハッキリ言って、この3人は、美形…

 イケメンに、美女…

 それが、葉敬のお世辞を真に受けて、真剣な表情で、この平凡な矢田を見た…

 この平凡、極まりない矢田トモコを見たのだ…

 普通なら、バカにされても、おかしくない…

 ビックリするほどの、美形の3人の前で、平凡極まりない、この矢田を、葉敬が、持ち上げているのだ…

 葉敬は、たしかに、私のルックスを持ち上げているわけではないが、それにしても、持ち上げすぎ…

 だから、この3人が、苦笑しても、おかしくない…

 にも、かかわらず、いつのまにか、この3人は、真顔になった…

 真剣な表情に、なった…

 これでは、まるで、葉敬が、言っていることが、真実のように、聞こえる…

 この矢田トモコに、まるで、磁石のように、ひとを惹きつける魅力が、あるように、思える…

 が、

 そんなことは、ない…

 そんなことは、ありえない…

 ありえないのだ!…

 私は、思った…

 強く、思ったのだ…

 
 「…さあ、飲みましょう…」

 いきなり、葉敬が、言った…

 そして、私に、グラスを渡して、酒を注いだ…

 「…私の見るところ、今日は、お姉さんは、全然飲んでないでしょ?…」

 私は、葉敬の質問に、

 「…」

 と、なにも、言えんかった…

 ホントは、葉敬の言う通り、なにも、飲んでなかった…

 グラスに、口も、つけんかった…

 ハッキリ、言って、それどころでは、なかった…

 なかったのだ…

 この帝国ホテルで、私と葉尊の結婚半年を記念して、祝賀パーティーを開く…

 それだけで、もう胸が、いっぱいというか…

 酒など、飲んでいる気分では、なかったのだ…

 おまけに、和服に、着替えている…

 酒でも、飲んで、気分が、悪くなれば、目も当てられんかった…

 普段の洋服ならば、いい…

 が、

 和服=着物とあれば、厄介…

 厄介極まりなかった…

 それに、この着物は、レンタル…

 まさか、酒を飲んで、気分が、悪くなって、吐いたりして、それで、着物を汚しでも、したら、目も当てられない…

 つまりは、そんな諸々のことを、考えて、酒は、飲まんかった…

 飲まんかったのだ…

 が、

 葉敬に、酒を勧められた今、飲まんわけには、いかんかった…

 飲まんわけには、いかんかったのだ…

 「…さあ、お姉さん…キューと、やってください…」

 葉敬が、勧める…

 私は、仕方なく、グラスを、一気に、飲み干した…

 「…お姉さん、いける口じゃないですか?…」

 葉敬が、私を褒めた…

 「…もう一杯、どうですか?…」

 私が、返事をしない間に、葉敬が、空になった私のグラスに、酒を注いだ…

 そして、他の3人…
 
 葉尊や、リンダや、バニラにも、

 「…さあ、オマエたちも、遠慮せずに、ドンドンやってくれ…」

 と、言って、酒を勧めた…

 3人は、一瞬、躊躇ったが、

 「…さあ…」

 と、葉敬が、勧めるから、断るわけにも、いかんかった…

 「…それじゃ、お言葉に甘えて…」

 真っ赤なロングドレスをまとったリンダが、真っ先に言って、グラスに、口をつけた…

 私は、それを見て、このリンダも、私同様、今日は、酒を飲んでないことに、気付いた…

 いや、それは、リンダだけではない…

 バニラも、同じだった…

 リンダと対照的なブルーのロングドレスをまとったバニラも、同じだった…

 二人とも、このパーティー会場で、即席に作った、二人の握手会や撮影会で、酒を飲む暇などなかったからだ…

 ハッキリ言えば、この国の権力者のお爺ちゃん相手に、即席の握手会や撮影会をして、二人とも、精一杯だった…

 とてもではないが、酒を飲む暇など、なかった…

 そして、なにより、二人とも、疲労困憊していた…

 当たり前だ…

 このリンダとバニラは、どれほど、多くのお爺ちゃん相手に、握手会や撮影会をしているのか、わからないほどだったからだ…

 誰でも、そうだが、それまで、リンダやバニラを知らなかったものでも、みんなが、握手会や撮影会に、並べば、自分も、と、なる(笑)…

 だから、今日、この会場に、招待された、政界、財界のお偉いさんのお爺ちゃんたちは、大半が、二人の握手会や撮影会に、並んだ…

 それを、二人は、さばいたのだ…

 疲れないはずがなかった…

 そして、もう一人、葉尊…

 3人のうちの、残された葉尊だが、これもまた、見るからに、疲れ切っていた…

 おそらく、それは、葉尊ではなく、葉問として…

 葉問として、会場に、本来は、お爺ちゃんたちの機嫌を取るべく、やって来たにも、かかわらず、大半が、リンダやバニラの握手会や撮影会に参加したばかりに、手持ち無沙汰になって、機嫌を損ねたコンパニオンのお姉さんの機嫌を取るべく、奔走した結果だったに違いない…

 コンパニオンのお姉さんたち、一人一人の元に向かって、彼女たちの機嫌を取るべく、奔走して、疲労困憊した…

 つまりは、リンダやバニラといっしょだった…

 疲労困憊=疲れ切っていた…

 そして、葉敬…

 葉敬は、エネルギッシュだった…

 本当は、このパーティーのホストにも、かかわらず、パーティーの最中は、あえて、前に出なかったからだ…

 リンダと、バニラの即席の握手会や撮影会を終えた、政界や財界にお偉いさんに、声をかけ、軽く談笑するぐらいだった…

 ホントは、自分が、このパーティーの主役であり、自分の人脈作りが、目的であるにも、かかわらず、前に出なかった…

 誰もが、リンダやバニラと、接することを、優先することが、わかっていたからだ…

 自分よりも、美女二人と、誰もが、接したいと、わかっていたからだ…

 だから、葉敬にとって、このパーティーは、あくまで、人脈作りのきっかけであり、後日、

 「…あのときは、どうも…」

 とか、言って、話をするきっかけを掴みたかったのだろう…

 私は、そう見た…

 私は、そう睨んだ…

 つまりは、このパーティーは、葉敬にとって、日本で、人脈作りを始めるきっかけに、過ぎなかった…

 だから、美女二人を、看板にして、いわば、客寄せパンダにして、ひとを呼び、集まったひとたちと、たわいもない談笑をする…

 それが、このパーティーの真の目的だったに違いない…

 だから、葉敬は、思いのほか、元気だった…

 そして、残るは、私…

 この矢田トモコだった…

 この矢田も、また、葉敬以上に、元気だった…

 なにしろ、この矢田は、このパーティーで、葉敬以上に、なにも、しなかった(笑)…

 だから、疲労とは、無縁…

 無縁だった…

 そして、そんな5人が、残って、この会場で、酒を飲んだ…

 すでに、パーティーが、終わり、帝国ホテルの従業員が、パーティーの後片づけをしているのを、横目に酒を飲んだ…

 なんだか、わびしいと言うか…

 まさに、兵(つわもの)どもが夢の後と言った言葉が、似合うような…

 寂寥感漂う、光景だった(笑)…

               
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