00  『魔像』と『魔像別冊』に掲載された平田弘史作品  

文字数 902文字


『魔像』と『魔像別冊』に掲載された平田弘史作品を、時系列に沿って全て確認したいと思ったんだ。

<『魔像』本誌 全86巻 昭和33年創刊 - 昭和40年6月終刊。
 なお、別冊表記の短編集・単行本が多数発刊されている。> 『ウィキペディア』より引用。

 なにしろ子どもの時は、その日に貸本屋にある『魔像』や『魔像別冊』を借りて読んでいたんだけれど、発行部数が少ないので、貸本屋に入ってこなくて読んでいない作品も多いはずなんだ。

「『ガロ』編集長 私の戦後マンガ出版史」長井勝一(ちくま文庫)によると、
「当時、日の丸文庫が「影」という雑誌形式の単行本で九千部を出していたというが、これは特殊な例で、単行本だったら二、三千部というのが相場だった。四千出たら、大人気の作家というのが業界の常識だったのである。
『魔像』は『影』の人気には及ばないが、そこそこの部数は出版されていたと思う。」

 作品の画像が手に入らないときは、次のように記載するよ。

1)全く入手できなかった場合。
「作品〇〇  昭和〇〇年 『魔像』〇  ● 空白です。 」

2)表紙等しができなかった場合。
「作品〇〇  昭和〇〇年 『魔像』〇  ● 不明です。 」

 これらは、入手したときに追加修正していくね。

 そして、山田さんに送ってもらった「平田弘史作品リスト」をベースにして紹介していこうと思っているんだけれども、すでに誤記や見落としが発見されている。
 
作品リストも修正していこうと考えているんだ。

【作品リスト】












                         











「日の丸文庫」 『ウィキペディア』より引用。
 日の丸文庫は、かつて大阪市中央区に所在していた日本の出版社、もしくはそこで出版されていた漫画単行本レーベル。
 劇画のルーツといわれる漫画短編集『影』を出版していた。
 当時人気があった貸本漫画の西の雄として知られ、多数の有名劇画家・漫画家を輩出した。
 山田秀三が弟の山田喜一と共に1951年に創業。
 スイカ3個を元手に創業資金を集めたという逸話がある。
 当初の名前は東洋出版社であった。
 1953年末から八興、後に光映社、光伸書房と社名を変える。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み