第6話 ぼくのいるところ。 6
文字数 1,216文字
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バスタブに湯が溜まるまで、洗濯機を使うことにする。
五日前に入ったというアシスタントの矢野君は、操作方法を早口で言うとすぐに戻って行った。
小さな窓から、陽が射し込んでいる。
明るい日中にシャワーを浴びると大富豪になった気分がした。大きく伸びをしてシャワーと日の光を味わう。
日付が変わっても、みんなは黙々と机に向かっている。
ぼく一人だけ押し入れに潜り込むわけにはいかないので、バスルームと洋式トイレをピカピカに磨き上げた。掃除機を持って応接セットの周辺を三周する。
廊下の突き当たりの部屋には、入るなと言われているのでやることがなくなった。廊下で掃除機を抱いてうとうとしていると、玄関のドアノブがガチャガチャと音をたてた。
立ち上がって掃除機の柄を握って身構える。
ドアを開けたサングラス男が「誰だ!」と怒鳴った。
「そっちこそ誰だ!」
反射的に応じた。
すぐに、頭の中で関係者だろうと思ったが、そのまま睨み合っていた。
「お疲れさまです」
後ろから黒川さんの低い声が聞こえた。
「誰なんだ、こいつは」
サングラス男は、ぼくが二列に並べた靴を乱して上がってきた。
「本居摂(もとおりせつ)先生だ」
黒川さんはぼくに言ってから、「名前、なんだっけ?」と訊いた。
「宇多春仁(うたはると)です。十九歳。身体はいたって健康。なんでもやります」
黒川さんより低い声で、録音したテープのように繰り返した。
「今日から一週間だけの臨時です」
「そうか」
本居先生はサングラスをぼくに向けただけで何も言わない。
「邪魔なんだ」
ぼくを押しのけて、廊下の突き当たりの部屋に入るとすぐにドアを閉めた。
「先生は、資料が必要なときにしかこないんだ」
黒川さんはそう言うと、仕事場に戻った。
出逢いは最悪だ。でも、一週間なんだから、まあいいやと思うことにした。
蒸されたように暑くて目が覚めた。熱気のこもった暗闇の中にいる。手を伸ばしてまさぐると壁に当たってコツンッと軽い音がした。地下道ではなくて、押入れの中にいることを思い出した。引き戸を開けたままにしておいたのに閉まっている。
戸を開けると、朝の光が仕事場に満ちていた。
レースのカーテンが揺れている。クーラーを切ってガラス戸を開けて網戸にしてある。無用心だ。しかも、誰もいない。こんなことで大丈夫なのかと心配する。
本居先生が三時過ぎに出て行ったことは覚えている。その後でぼくは我慢できなくて、押入れに入ったのだ。
飛び降りてキッチンへ向かう。
ソファーに黒川さんが転がっていた。大きなイビキをかきそうなのに、以外と静かな寝息だ。
コップ一杯の水道水を飲み干すと、トイレに行くためにドアを静かに開けた。久し振りの排便、うーん快感~。
当たり前だけど、食わないと出ない。いや、食えないと出ない。
トイレから出て薄暗い廊下に寝そべると、ひんやりとして気持ちがいい。
襲われる心配もない。
そのまま眠りに落ちた。
バスタブに湯が溜まるまで、洗濯機を使うことにする。
五日前に入ったというアシスタントの矢野君は、操作方法を早口で言うとすぐに戻って行った。
小さな窓から、陽が射し込んでいる。
明るい日中にシャワーを浴びると大富豪になった気分がした。大きく伸びをしてシャワーと日の光を味わう。
日付が変わっても、みんなは黙々と机に向かっている。
ぼく一人だけ押し入れに潜り込むわけにはいかないので、バスルームと洋式トイレをピカピカに磨き上げた。掃除機を持って応接セットの周辺を三周する。
廊下の突き当たりの部屋には、入るなと言われているのでやることがなくなった。廊下で掃除機を抱いてうとうとしていると、玄関のドアノブがガチャガチャと音をたてた。
立ち上がって掃除機の柄を握って身構える。
ドアを開けたサングラス男が「誰だ!」と怒鳴った。
「そっちこそ誰だ!」
反射的に応じた。
すぐに、頭の中で関係者だろうと思ったが、そのまま睨み合っていた。
「お疲れさまです」
後ろから黒川さんの低い声が聞こえた。
「誰なんだ、こいつは」
サングラス男は、ぼくが二列に並べた靴を乱して上がってきた。
「本居摂(もとおりせつ)先生だ」
黒川さんはぼくに言ってから、「名前、なんだっけ?」と訊いた。
「宇多春仁(うたはると)です。十九歳。身体はいたって健康。なんでもやります」
黒川さんより低い声で、録音したテープのように繰り返した。
「今日から一週間だけの臨時です」
「そうか」
本居先生はサングラスをぼくに向けただけで何も言わない。
「邪魔なんだ」
ぼくを押しのけて、廊下の突き当たりの部屋に入るとすぐにドアを閉めた。
「先生は、資料が必要なときにしかこないんだ」
黒川さんはそう言うと、仕事場に戻った。
出逢いは最悪だ。でも、一週間なんだから、まあいいやと思うことにした。
蒸されたように暑くて目が覚めた。熱気のこもった暗闇の中にいる。手を伸ばしてまさぐると壁に当たってコツンッと軽い音がした。地下道ではなくて、押入れの中にいることを思い出した。引き戸を開けたままにしておいたのに閉まっている。
戸を開けると、朝の光が仕事場に満ちていた。
レースのカーテンが揺れている。クーラーを切ってガラス戸を開けて網戸にしてある。無用心だ。しかも、誰もいない。こんなことで大丈夫なのかと心配する。
本居先生が三時過ぎに出て行ったことは覚えている。その後でぼくは我慢できなくて、押入れに入ったのだ。
飛び降りてキッチンへ向かう。
ソファーに黒川さんが転がっていた。大きなイビキをかきそうなのに、以外と静かな寝息だ。
コップ一杯の水道水を飲み干すと、トイレに行くためにドアを静かに開けた。久し振りの排便、うーん快感~。
当たり前だけど、食わないと出ない。いや、食えないと出ない。
トイレから出て薄暗い廊下に寝そべると、ひんやりとして気持ちがいい。
襲われる心配もない。
そのまま眠りに落ちた。