第3話

文字数 1,257文字


「なかなか繋がらない」
 妻のいらついた声が聴こえた。
「同じように混乱している人が集中しているようだな」
 私の言葉に、妻は受話器をガシャンと戻した。
「どうしてあなたは、のんびりとドラマを観ていられるのよ!」
「もう考えることはないだろ。問い合わせの答えで決まるんだから」
「だったら、あなたが電話してよ!」
「きみがするって言ったじゃないか」
 文句を口にしたがスマートホンを手に取った。登録してある電話帳から旅行会社を探してタップする。

 ドラマを観ながらしばらく待つと、女性の声が聴こえてきた。
 妻にスマートホンを渡そうとしたが受け取らない。
 仕方がないので、ドラマを一時停止にする。妻にも聴こえるように、スピーカーに切り替えて、キャンセルに関しての質問をした。

 回答は、Go Toトラベルが適用され、地域クーポン券も使用できる。
 なので、通常のキャンセル料が必要となる。
「これで。東京行き決定だな」
 喜んで通話を切った私に妻が言った。
「やっぱり、行けない」
「えっ、どうしてだ!」
 思わず怒鳴ってしまった。
「今までの話合いや私の譲歩を全く考慮しないってのは、どういうこと?」
 声のトーンを落として訊いたが、妻は黙ったままリビングを出て行った。
「信用できないのは、そっちだろ」
 階段を上がって行く妻の足音を聞きながらつぶやいた。
 海外ドラマの一時停止を解除する。
 いつもならすぐに集中するのに、気が入らない。
 独りで東京へ行ってみようかと思った。

 十一月の終わりに、富田俊一の訃報を知らせるハガキが届いた。
 私が二十代の頃に、東京で暮らしていた時の同人誌仲間である。
 妻が雨上がりの夕方、ウォーキングから戻ったときに私の目の前に差し出した。

「富田さんて方が亡くなったって、ハガキが来てるわよ」
 ハガキは水に濡れていた。「郵便ポストから取り出した時に、一枚だけ溝に落ちた」と妻は悪びれる様子もなかった。
 富田から届いた初めての便りが濡れたということも、死亡通知書というのも皮肉な感じがした。
 いや、富田の意思ではなくて、彼の妻からの便りというべきだろう。

 私は、『浦山稔 様』と書かれた宛名をしばらく見つめてから裏返した。
 葬儀はすでに執り行ったとの報告が書かれていた。
 ハガキの住所は、東京都杉並区高円寺と印字してあった。
 富田が高円寺を終(つい)の栖(すみか)としたことに驚きを隠せなかった。
 電話番号が書いてあったので、東京に行ってから連絡しようと思っていたのだ。富田の家を訪れるかどうかは、富田の妻次第だと考えていた。

 コロナの影響で、どのような葬儀になったのかが気になった。
 同人誌時代の友人の河辺さんに電話をして、葬儀に参列したかと訊いた。
「人数は限られていたけど、いいお葬式だった。詳しいことは、十二月に会った時に話すよ」
 河辺さんとは、東京行きを決めた時に、高円寺で会う約束をしていた。
「東京、どうしようかな」 
 観ているドラマの展開が頭に入ってこない。
 私が高円寺で住んでいたアパートが思い浮かんでくる。


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