第11話

文字数 1,153文字


 去年、たくろう(CBSソニー)、井上陽水(ポリドール)、泉谷しげる(エレック)、小室等(ベルウッド)の四人で、レコード会社を作ったことは、大きな話題になっていた。
「アーティストがレコード会社を作るのは、もの凄いことだと思いませんか?」
「もっと、金儲けをしたいからだろ」
 富田が切り捨てるように言ったので、ぼくは反論した。
「それは違う。本質は、表現の自由を獲得したいからだ。既成のレコード会社のシステムに、果敢に挑戦しているんだ。六十年代の映画界も、五社協定で俳優たちをがんじがらめに縛っていた。石原裕次郎が、自分で映画を作るために、日活から独立して制作プロダクションを作って、同じように東宝から独立した三船敏郎と共闘したからこそ、名作の『黒部の太陽』が完成したんだ」
「それ、話が違ってませんか」
「だから、本質は同じだということを言いたいんだ」
 ぼくがむきになり出すと、富田は唇を舐めて、ケケケッと笑った。
「じゃぁ三奈ちゃん、俺とジャンケン勝負です」
 富田が三奈に顔を向けて言った。
「ジャンケンって?」
「この部屋に集まったメンバーで、遊びたいゲームや聴きたいレコードが違う場合、ジャンケンに勝った人の望みをきくことになってるんだ」
 ぼくが説明をした。
「わたし、やります」
 三奈はカーディガンの袖を引き上げた。
「おっ、勝つ気ですね」
 富田がニヤリと笑った。
 結果は、三奈がジャンケンに負けた。
「なんだか、猛烈にたくろうを聴きたくなった」
 ぼくが富田の前に握った手を出して、ジャンケン勝負を促した。
「それ、嘘だとバレバレですよ。浦山さんは、友川かずきと三上寛(かん)じゃないですか」
「その日の気分だ。風が強い今日みたいな日は、たくろうに限る」
 横で三奈が、小さく笑う声が聴こえた。
「わかりました。妥協します。彼女にヘッドホンで聴いてもらうってのはどうですか? そして、俺たちはこれです」
 そう言って『群像』を手に持った。
 富田はどうしても村上龍の『限りなく透明に近いブルー』を語りたいようだ。
「わたし、いいです」
 三奈が、もう帰ると言ったのかと思って顔を見た。
「ヘッドホンを貸してもらえれば、二人の邪魔にならないように、聴いています」
「悪いね」
 ぼくは立ち上がって、棚から取ったヘッドホンをレコードプレーヤーに差し込んでから三奈に渡した。
 レコードプレーヤーのターンテーブルには、ジョン・レノンの『ロックン・ロール』が載せてあった。河辺さんが聴いていたようだ。
 ぼくはそれをレコードジャケットに戻してから、たくろうのレコード盤をセットした。
 ヘッドホンを頭に乗せた三奈に、『元気です。』のレコードジャケットも渡した。
「ありがとうございます」
 両手で受け取った三奈は、ジャケットのたくろうの写真に見入っている。

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