第30話 

文字数 1,179文字


 なんだか試されているようにも思えた。
 ぼくはトイレのスリッパを履いて外へでた。
 富田が追いかけてくるかもしれないと思うと速足になる。
 西日が眩しく照りつけてくる。
 ぼくは長い影を引きずりながら走った。
 富田に影を捕まえられないように逃げた。
 身体中に汗が流れたけど暑さは全く感じない。

 電車に乗ると、ようやく落ち着いて来た。
 乗客の視線が、ぼくの足元に向けられているのを感じる。
 高円寺を上履きのスリッパで闊歩していたのに、トイレ用のスリッパで車内で立っていることが恥ずかしくなってくる。
 ぼくは、ただのつまらない男なのだ。

 二週間が経った。
 ザ・ラタイ座が池袋で公演をするので、高円寺のみんなで観に行くことになった。
 ぼくはこの前のことがあるので、富田に会いたくなかった。
 しかし、河辺さんが前売りのチケットを、三奈の分まで買っていたので断り切れなかった。

 会場に着くと、河辺さんや高橋の友人たち、それに顔見知りや他の知らない人たちが集まっていた。
 美沙子さんの姿を見かけるど、目をあわせないようにした。今日の服装は、おへそが見えるように絞ったシャツにジーパンだったけど、後ろポケットの個所だけ穴をあけてお尻を露出させていた。
「美沙子さんは、どうして自分の身体を見せるのかな?」
 三奈の視線が美沙子さんを追っている。
「美的センスが跳びすぎだな」
「わたしはお尻の形に自信がないから、いつもロングスカートをはいている。ジーパンは、あまりはきたくないのよ。親しい人にしか見せることはできない」
「そんなことはない。ぼくはきみのお尻が好きだよ」
 言ってから、誤解されそうな言葉だと気がついた。

 ブザーが鳴って場内は暗くなった。ぼくと三奈は大勢の人々と一緒に座り、パフォーマンスが始まるのを待った。
 ステージ上にスポットライトだけがついている。
 数人のパフォーマが端の方に集まった。
 富田を確認することは出来ない。
 時間の流れがゆるやかなパフォーマンスが続く。

 パフォーマは総勢十人で、女性が四人いた。
 このメンバーが阿佐ヶ谷で共同生活をしているのか……。
 つい余計なことを考えてしまった。
 横に目をやると、三奈は熱心に観入っている。
 ぼくも前列の裸体が波打つ様子をじっと見つめた。
 後列の裸体が大きく跳ねて、スクリーンに白い泡が立ち上がる。
 空への扉を開けようとしているみたいだ。

 舞台が終わると河辺さんや高橋は、他の友人と富田に声を掛けに行った。
 ぼくは外に出て、河辺さんたちを待とうと思っていた。
「富田さんと顔をあわせなくてもいいの?」
「きみは、挨拶していきたいのか」
「わたしは最初から苦手だから、行かなくてもいいけど。どうして、自分の裸をあらわにして見せることができるのか訊いてみたいな」
 最後は独りごとのように言った。
 ぼくは三奈と一緒に出口に向かった。

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