第40話 

文字数 978文字


 高円寺へ戻る途中で、郊外のモーテルに美沙子さんは自動車を突っ込んだ。
 美沙子さんに気づかわれているようで情けなかった。
「慰めてくれなくても大丈夫です」
「子どもが欲しいんだよ。誰の種でもいいから、産みたいんだ」
 そういうとシャワールームに入っていった。

 美沙子さんの重たげに膨らんだ乳房やむっちりとした腕や大きな尻、それはぼくが慣れ親しんだ身体といっても、初体験の女性と三奈だけだけど、全く違っていた。
 ぼくの手は、美沙子さんの身体に触れるたびに驚きと違和感でとまどった。
 手がそれまで知っていたのと違う形を触っていた。
 三奈のお尻はもっと小さく弾力があったし、太腿はもっと肉が薄かった。
 数え上げればきりがないほど、触れる何もかもが違っていた。

 美沙子さんの胸に顔を埋めた。
 柔らかな感触が顔を包む。
 ぼくの身体を押し返した美沙子さんの髪が、胸に触れる。
 ぼくの乳首に押し当てられた熱い舌が腹へと動いていく。毛先がぼくの表皮を撫でていく。
 ふっと、息を吐いた。

 美沙子さんはあれこれと指示を出し、ぼくはそれに従った。
 背中を押し上げる力に、呼吸が浅くなる。
 肋骨(ろっこつ)が軋(きし)む。
 しだいにぼくは、どこか遠くで行われている機械体操を見ているような気がしはじめた。
 美沙子さんはぼくを人格のない一本のペニスとして扱う。
 心に感じる哀しさや苦しさや辛さや悔しさや寂しさや、嬉しさも楽しさも喜びも愛さえもない。
 ただ快楽があった。
 しかし、ぼくは一本のペニスになりたくない。

 ぼくが目を覚ますと、美沙子さんはベッドに横になったまま煙草を吸っていた。
 化粧を完全に落として、ほとんど別人のようだった。
 ぼくはぼんやりと煙草の先端が赤くなり、煙が上昇するのをじっと動かずに眺めていた。
 美沙子さんは目を閉じて鼻から煙を長々と吐き出した。
 ぼくの視線に気づくと、火のついている煙草をベットテーブルの灰皿に投げ捨てた。

 ふたたび器械体操みたいなセックスをした。
 微かにイビキをかきながら眠っている美沙子さんの隣で、ぼくは目を開けて天井を眺めていた。

 ホテルから高円寺までは、車内にはラジオから流れる音楽が充満するだけで、言葉を交わすことはなかった。
 高円寺でぼくが自動車を降りた時に美沙子さんが言った。
「きみはサムシングを感じさせるけど、中身は空っぽね」

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