第12話  ぼくのいるところ。 12

文字数 1,057文字


 二週間が過ぎたけど、ぼくはまだマリネに居る。
 徹夜が三日続いていた。
 隔週連載を持っている草津さんと、小山さん。単発で描きながらアシスタントをしている藤井さん。
 三人の締め切りが重なった。藤井さんの単発、三〇ページ読み切り作品を優先で終わらせた。新人は締め切りを守らないと次の仕事が来なくなる。  

 小山さんの二十四ページも少し前に完成して、急いで出版社へ届けに行った。
 草津さんの三十二ページがギリギリの状態だ。担当の編集者もソファーに座り込んで、完成した原稿に、印刷したネームを貼り付けている。
 ぼくもスクリーントーンをカッターナイフでうまく形を抜くことが出来るようになった。でも、背後から手が出てきて、すぐに剥がされてしまう。
 仕方がないので、新しいスクリーントーンで形を抜く。すると、また背後の手が剥がす。それを何度か繰り返す。スクリーントーンを貼っては、背後からの手が剥がす。
 別にいやじゃない。スクリーントーンを貼っている間は、ここに居ることができる。

「うたはると!」
 左の太ももを蹴られて、目が覚めた。
 黒川さんが、真っ赤な目で睨みつけている。
「すいません」
 右手の親指の付け根で涎を拭った。
 小山さんの机を借りて、スクリーントーンを貼っていたのに、いつの間にか寝てしまった。

 電話が鳴っても誰も出ない。手を止める時間が惜しいのだ。ぼくが受けると、出版社から編集者の呼び出しだった。
「了解です。はい、必ず持って帰ります」
 電話を切った編集者か、大きな声で宣告する。
「輪転機を止めて待つそうです。あと二時間で完成しないと入稿出来ません。先生のページが白紙で印刷されます」
 マジ? 今どき輪転機で印刷するの? 白紙は有り得ないだろう。
「草津さん、背景をトーン処理に変更できるコマを指示して下さい」
 黒川さんに言われて、草津さんが残っている原稿を見直す。
 背景にペンを入れるのと、トーンを貼るのではスピードが違う。
 トーン処理だとぼくも戦力になる。
 上下のコマに背景があるページを半分に切って、黒川さんと前畑さんが背景を描く。
 並列処理だ。
 あらゆる手法を使って、宣告時間ギリギリに原稿を完成させた。

「お疲れ様でした」
 担当者は原稿を入れた封筒を持って出て行った。
 見送ると、タクシーを呼んだ様子はない。走ることもなく歩いて駅まで行くようだ。
 仕事場に戻ってソファーに倒れこんでいる黒川さんに、そのことを言うと手で追い払われた。 
 矢野君は押し入れに潜り込んでいる。
 ぼくはお気に入りの廊下に寝転んだ。

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