第2話 ぼくのいるところ。 2
文字数 1,137文字
*
駅前の周辺案内図で、新聞に載っている住所の方角を確かめる。
『カレーの店、エル』の前を通るとお腹が鳴った。
大好きなカレーもこのところ口にしていない。
住宅地に入ると、人通りが途絶えた。
電柱に表示してある番地を頼りに探したけどよく分からない。
セミと犬の鳴き声に追い立てられる。
乾かしたTシャツが汗まみれになった。
駅まで戻って電話ボックスに入る。
十円でも使いたくなかったんだけど、仕方がない。
新聞紙に記載してある数字を口に出しながら電話を掛ける。
なかなか相手が出ない。呼び出し音を十六まで数えたところで通じた。
「今日、新聞の求人を見て中村橋まで来ています」
相手が出るなり言った。
「求人って、アシスタントの?」
「一時間もマンションを探して歩いたんですが、見つけられなくて電話しました。これから行きますから、道順を教えて下さい」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
電話口から、『エリーゼの為に』が流れてきた。
ずいぶんと待たされる。
透明なガラスの向こう側を大勢の人が行き交っている。光が溢れている世界から切り離されてしまうように感じて、受話器を強く握りしめた。
ぼくを繋いでいるのは耳に届く音楽だけだ。
切れると希望が消える。
泣く泣く十円玉を追加し続けた。
「取りあえず行くからさ」
音楽が止まって希望が繋がる。
「喫茶店で待っててよ。近くに目立つ店はあるかな?」
「『カレーの店、エル』があります」
ぼくは少し離れている店の名前を言った。
瞬間的に、カレーを食べることができるんじゃないかと思ったからだ。
「じゃあ、その店で待ってていてよ。そうだ、どんな格好をしてるんだ?」
「青いTシャツにジーンズ。髪の毛とヒゲを伸ばしています」
早口に言うと急いで切る。
硬貨が取り出し口に戻った。まだ運は残っているようだ。
店に入らないで、植え込みの陰で待つ。
もし誰も来なければ、コーヒー代が惜しい。
しばらく待っていると、学生風の若い男が店に入ろうとした。
念のために近付いて「マリネの方ですか?」と訊く。振り返った若い男は、ぎょっとした顔で手だけを横に振って逃げるようにドアの中に消えた。
カレーの香りが強烈に胃を刺激する。思いっきり吸い込むと一瞬だけ幸せな気分になった。
座り込んで待つ。ショートヘヤーの女性が、店の横に自転車を停めた。
ぼくを見て首をかしげる。
店に入っていく背中の赤い小さなリュックを見送った。
その女性はすぐに出て来て、ぼくを真っ直ぐに見た。
色白の顔に黒い眉毛。きりっとした目つきが意志の強さを感じさせる。
「マリネに電話した人?」
ぼくは慌てて立ち上がると声を張り上げた。
「宇多春仁(うたはると)です。十九歳。身体はいたって健康。なんでもやります!」
駅前の周辺案内図で、新聞に載っている住所の方角を確かめる。
『カレーの店、エル』の前を通るとお腹が鳴った。
大好きなカレーもこのところ口にしていない。
住宅地に入ると、人通りが途絶えた。
電柱に表示してある番地を頼りに探したけどよく分からない。
セミと犬の鳴き声に追い立てられる。
乾かしたTシャツが汗まみれになった。
駅まで戻って電話ボックスに入る。
十円でも使いたくなかったんだけど、仕方がない。
新聞紙に記載してある数字を口に出しながら電話を掛ける。
なかなか相手が出ない。呼び出し音を十六まで数えたところで通じた。
「今日、新聞の求人を見て中村橋まで来ています」
相手が出るなり言った。
「求人って、アシスタントの?」
「一時間もマンションを探して歩いたんですが、見つけられなくて電話しました。これから行きますから、道順を教えて下さい」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
電話口から、『エリーゼの為に』が流れてきた。
ずいぶんと待たされる。
透明なガラスの向こう側を大勢の人が行き交っている。光が溢れている世界から切り離されてしまうように感じて、受話器を強く握りしめた。
ぼくを繋いでいるのは耳に届く音楽だけだ。
切れると希望が消える。
泣く泣く十円玉を追加し続けた。
「取りあえず行くからさ」
音楽が止まって希望が繋がる。
「喫茶店で待っててよ。近くに目立つ店はあるかな?」
「『カレーの店、エル』があります」
ぼくは少し離れている店の名前を言った。
瞬間的に、カレーを食べることができるんじゃないかと思ったからだ。
「じゃあ、その店で待ってていてよ。そうだ、どんな格好をしてるんだ?」
「青いTシャツにジーンズ。髪の毛とヒゲを伸ばしています」
早口に言うと急いで切る。
硬貨が取り出し口に戻った。まだ運は残っているようだ。
店に入らないで、植え込みの陰で待つ。
もし誰も来なければ、コーヒー代が惜しい。
しばらく待っていると、学生風の若い男が店に入ろうとした。
念のために近付いて「マリネの方ですか?」と訊く。振り返った若い男は、ぎょっとした顔で手だけを横に振って逃げるようにドアの中に消えた。
カレーの香りが強烈に胃を刺激する。思いっきり吸い込むと一瞬だけ幸せな気分になった。
座り込んで待つ。ショートヘヤーの女性が、店の横に自転車を停めた。
ぼくを見て首をかしげる。
店に入っていく背中の赤い小さなリュックを見送った。
その女性はすぐに出て来て、ぼくを真っ直ぐに見た。
色白の顔に黒い眉毛。きりっとした目つきが意志の強さを感じさせる。
「マリネに電話した人?」
ぼくは慌てて立ち上がると声を張り上げた。
「宇多春仁(うたはると)です。十九歳。身体はいたって健康。なんでもやります!」