第22話

文字数 1,048文字


「いや、声というより口調ですよ」
 そう言った高橋を、美沙子さんが睨んでから口を開いた。
「でも、わたしは自分が愛人だなんて考えたことはない。男たちが、わたしの愛人なんだから。   愛人はセックスよ。癒して欲しいならペットを飼えばいいのよ」
「愛人の定義は、経済的に支援を受けているかどうかだな」
 富田はまさに自分のことを言ったようだ。
「バカね。お金なんて、その時に持っているほうが出せばいいじゃない。それより、精神的なものよ。別れる時に棄てられるほうが愛人。わたしは一度も棄てられたことはない」
 ぼくたちは、美沙子さんの言葉に反論できなかった。

 河辺さんがコップのイメージについて、みんなに訊いた。
「俺は紙コップです。飲むとすぐに捨てたいですから」
 富田が一番先に答えた。
 時計回りなので、つぎはぼくだった。
「ぼくの実家は、滋賀県の信楽の近くだから、やっぱり信楽焼の器かな。手に持つと温かさを感じる」
「ガラスのコップ。冷たくて割れやすい」
 高橋の次は出題者の河辺さんだから、隣の三奈の番になった。
「わたしは木のお椀。お味噌汁を飲むのに使う普通のもの」
「一番大きいビールジョッキ。あれだといっぱい飲めるし、落としても壊れないもんね」
 美沙子さんが大きな胸を突き出して、飲み干すジェスチャを混じえて言った。
「この場合のコップは、愛ということ。それぞれが愛に関して抱いているイメージなんだ」
 解説を聞いた美沙子さんが富田を指さした。
「すぐに捨てたいから紙コップだぁ。最低な男!」
「ただの遊びだから、喧嘩はやめてください」
 珍しく河辺さんの表情が少し強張っている。
「浦山さんと三奈ちゃんはよく似てるな。陶器と気のお椀って、ご飯とみそ汁だ。二人にぴったり」
 高橋に言われて、ぼくもそんな気分になった。
「河辺さん。この問題、浦山さんに教えていたんじゃないですか!」
 富田が喧嘩腰になっている。
「どうして?」
「イメージアップです。俺も質問の意味を知っていたら、紙コップなんて言いません」
「見苦しい!」
 美沙子さんが一喝した。 

 三鷹駅から乗った電車内で、ぼくたちは口を開かなかった。
 富田と美沙子さんの激しいののしり合いを目にしたからだ。
 ぼくも河辺さんと一緒にとめようとしたけど、何も出来なかった。

 ところが、急に二人が隣の部屋に入った切り出てこなくなった。
 ぼくたちは閉じられたドアを見ながら、どうしたものかと目を合せていたら、ドア越しに怪しげな声が聴こえてきたのだ。
 ぼくたちは、逃げ出すように外へ出た。

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