第33話
文字数 1,076文字
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その夜、ぼくは新宿行きの最終電車に乗り遅れた。
線路に沿って歩いて新宿へ行き、折り返して高円寺に帰ることにした。
ぼくは、三奈の住む場所を離れるために歩きだした。歩きながら考え、この瞬間を記憶に刻みつけようと思った。
線路に沿って寝静まった住宅地を抜けると、街灯も少なくなり、月の光だけになった。
ぼくの周りを、羽音を立てて寄り集まってきた小さな虫たちを手で払う。
街灯の下で確かめると、Tシャツに点々と黒い虫がしがみついていた。
蛾が一匹、Tシャツを這いのぼってくる。
ぼくはしばらくたたずみ、手で虫を追い払った。そして、また歩きだした。
川の流れる音を耳にしながら橋を渡る。
吹き抜ける風に、心を遠くに運んで欲しいと願う。
どこか近くの闇の中で鳥が鳴き、遠くでそれに呼応するように鳥の声が聴こえる。
いろいろに調子を変えながら、それはしばらく続いた。
起伏がある道を進み、小さな駅を超えた先に大きな道路が見えた。
階段を上り、薄暗く広い陸橋の途中で立ち止まる。
足の下を流れる自動車のヘッドライトを眺めていると、身体が宙に浮き上がりそのまま落下するような気がした。
風が運ぶガソリンのにおいに引き戻される。息苦しさを感じながら歩き出した。
線路沿いの道が途絶えていた。
住宅地の中をジグザグに歩く。
もうこれ以上歩けないと感じてもまだ歩き続けた。
さらに歩かなければならない。
一つの駅を過ぎるとすぐに次の駅があった。
その駅の先の線路沿いの道は、ところどころ途切れながらも歩いていけた。
周囲を闇に取りかこまれたけど、自動車のヘッドライトに照らされると、すこしまた力が戻った。
それにまぶしく照りつけるヘッドライトのせいで、目まいがしてきた。
さらに時間がたつと、だんだん目が痛くなってきた。
そのせいで建物の輪郭がにじみ、闇に溶けあわさり、ゆっくりと感覚が失われていく。
自分が どこにいるのか、よくわからなくなった。
何度か間違った道を行き、迷ったりして大きな通りに出た。
ライトを照らして、道路工事をしていた。
白いラインを引きなおしている人たちが顔を上げ、いぶかし気な目をぼくに向けた。
さりげなく手を頬に触れ、涙を流してないかを確かめる。
高田馬場に着いた頃には明るくなっていた。
新宿に着くと、朝の太陽がビルの建ち並ぶ街に白い光を投げかけていた。
青梅街道をずっと真っ直ぐ行く。
自動車の列が、気ぜわしくクラクションを鳴らして進む。
環七と交差する所を右折して、ようやく高円寺にたどり着いた。
通勤着の人々がぼくを追い越していく。
その夜、ぼくは新宿行きの最終電車に乗り遅れた。
線路に沿って歩いて新宿へ行き、折り返して高円寺に帰ることにした。
ぼくは、三奈の住む場所を離れるために歩きだした。歩きながら考え、この瞬間を記憶に刻みつけようと思った。
線路に沿って寝静まった住宅地を抜けると、街灯も少なくなり、月の光だけになった。
ぼくの周りを、羽音を立てて寄り集まってきた小さな虫たちを手で払う。
街灯の下で確かめると、Tシャツに点々と黒い虫がしがみついていた。
蛾が一匹、Tシャツを這いのぼってくる。
ぼくはしばらくたたずみ、手で虫を追い払った。そして、また歩きだした。
川の流れる音を耳にしながら橋を渡る。
吹き抜ける風に、心を遠くに運んで欲しいと願う。
どこか近くの闇の中で鳥が鳴き、遠くでそれに呼応するように鳥の声が聴こえる。
いろいろに調子を変えながら、それはしばらく続いた。
起伏がある道を進み、小さな駅を超えた先に大きな道路が見えた。
階段を上り、薄暗く広い陸橋の途中で立ち止まる。
足の下を流れる自動車のヘッドライトを眺めていると、身体が宙に浮き上がりそのまま落下するような気がした。
風が運ぶガソリンのにおいに引き戻される。息苦しさを感じながら歩き出した。
線路沿いの道が途絶えていた。
住宅地の中をジグザグに歩く。
もうこれ以上歩けないと感じてもまだ歩き続けた。
さらに歩かなければならない。
一つの駅を過ぎるとすぐに次の駅があった。
その駅の先の線路沿いの道は、ところどころ途切れながらも歩いていけた。
周囲を闇に取りかこまれたけど、自動車のヘッドライトに照らされると、すこしまた力が戻った。
それにまぶしく照りつけるヘッドライトのせいで、目まいがしてきた。
さらに時間がたつと、だんだん目が痛くなってきた。
そのせいで建物の輪郭がにじみ、闇に溶けあわさり、ゆっくりと感覚が失われていく。
自分が どこにいるのか、よくわからなくなった。
何度か間違った道を行き、迷ったりして大きな通りに出た。
ライトを照らして、道路工事をしていた。
白いラインを引きなおしている人たちが顔を上げ、いぶかし気な目をぼくに向けた。
さりげなく手を頬に触れ、涙を流してないかを確かめる。
高田馬場に着いた頃には明るくなっていた。
新宿に着くと、朝の太陽がビルの建ち並ぶ街に白い光を投げかけていた。
青梅街道をずっと真っ直ぐ行く。
自動車の列が、気ぜわしくクラクションを鳴らして進む。
環七と交差する所を右折して、ようやく高円寺にたどり着いた。
通勤着の人々がぼくを追い越していく。