第39話
文字数 1,251文字
*
美沙子さんが乗ってきたのは、派手な色をしたスポーツカーだった。
自動車を運転しながら、美沙子さんはラジオから流れてくる歌謡曲を一緒に口ずさんでいた。
ぼくは助手席の窓から街並みや看板を眺めていた。
山口百恵の歌は指でリズムを刻んだけど、郷ひろみは聴かないように心を閉ざした。
自動車は、二階建てのアパートが並ぶ日当たりのいい通りの空地に停車した。
目的地に到着しても、ぼくにはここが郊外の住宅地としかわからなかった。
「あのアパートの二階よ」
美沙子さんが指さしたのは、比較的新しい外装がブルーの建物だった。
「行くわよ」
美沙子さんの後ろについていった。
二階の真ん中の部屋のドアを、美沙子さんがバンバン叩いてから、耳をつけて様子をうかがった。
「居留守じゃないみたい」
ぼくたちは自動車に戻って、二人が帰ってくるのを待つことにした。
あの部屋の中で、二人がどのようにして暮らしているのかをどうしても考えてしまう。
三奈が台所に立って、富田は机に向かって小説を書いている。
そんな光景が目に浮かぶ。
富田はどんな小説を書いているのだろう。
三奈を小説に登場させて、いままでの女性のようにSEX描写を書くのだろうか……。
もうすでに書いたのだろうか。
一時間、自動車の中から左右の通りを見ていたけど、アパートの部屋を出入りする住人もいなかった。
「帰ってきた」
美奈子さんが、通りを富田と三奈がゆっくりとした足取りで歩いてくる姿を発見した。
手にスーパーの袋を下げている。
「行くわよ!」
美沙子さんがドアを開けた。
ぼくは動けなかった。
「決着をつけないと駄目よ」
動こうとしないぼくを一瞥して、美沙子さんは大きな音を立ててドアを閉めた。
二人は美沙子さんに気づいたのか、こっちを見たまま立ち止まっている。
美沙子さんが大股で近づいていった。
富田の姿は美沙子さんに隠れて見えなかったけど、三奈の右半身は見える。
顔を覗かせた。美沙子さんが、ぼくのことを教えたのだろう。
気づかれたことが恥ずかしかった。
美沙子さんが、右手を高く上げて振り切った。
富田の頬を打ち付ける音が聴こえたような気がした。
「あぁ。スッキリした。グーで殴るつもりだったのに、パーになっちゃった。わたしは優しいから駄目ね」
運転席に戻ってきた美沙子さんがエンジンをかけた。
ぼくはアパートの階段を上がって行く富田と三奈の後ろ姿を目で追っていた。
「このまま帰ってもいいの?」
「三奈がジーパンをはいていた」
「それがどうしたのよ」
「……」
富田と三奈が部屋に入ってドアが閉じられた。
「きみと三奈ちゃんは、信楽焼の陶器と木のお椀だったね。似た者同士は、結ばれないものね」
そうだ、あのとき富田は「愛を、飲むとすぐ棄てる紙コップ」と言ったのだ。
そういうものが、三奈の望む愛の形なのか、望まれていることなのか、ぼくにはわからない。
「自分の運命を危険なほうに賭けるのって、情熱がわくものよ。まぁ、きみのことは、わたしにはどうでもいいんだけどさ」
美沙子さんが乗ってきたのは、派手な色をしたスポーツカーだった。
自動車を運転しながら、美沙子さんはラジオから流れてくる歌謡曲を一緒に口ずさんでいた。
ぼくは助手席の窓から街並みや看板を眺めていた。
山口百恵の歌は指でリズムを刻んだけど、郷ひろみは聴かないように心を閉ざした。
自動車は、二階建てのアパートが並ぶ日当たりのいい通りの空地に停車した。
目的地に到着しても、ぼくにはここが郊外の住宅地としかわからなかった。
「あのアパートの二階よ」
美沙子さんが指さしたのは、比較的新しい外装がブルーの建物だった。
「行くわよ」
美沙子さんの後ろについていった。
二階の真ん中の部屋のドアを、美沙子さんがバンバン叩いてから、耳をつけて様子をうかがった。
「居留守じゃないみたい」
ぼくたちは自動車に戻って、二人が帰ってくるのを待つことにした。
あの部屋の中で、二人がどのようにして暮らしているのかをどうしても考えてしまう。
三奈が台所に立って、富田は机に向かって小説を書いている。
そんな光景が目に浮かぶ。
富田はどんな小説を書いているのだろう。
三奈を小説に登場させて、いままでの女性のようにSEX描写を書くのだろうか……。
もうすでに書いたのだろうか。
一時間、自動車の中から左右の通りを見ていたけど、アパートの部屋を出入りする住人もいなかった。
「帰ってきた」
美奈子さんが、通りを富田と三奈がゆっくりとした足取りで歩いてくる姿を発見した。
手にスーパーの袋を下げている。
「行くわよ!」
美沙子さんがドアを開けた。
ぼくは動けなかった。
「決着をつけないと駄目よ」
動こうとしないぼくを一瞥して、美沙子さんは大きな音を立ててドアを閉めた。
二人は美沙子さんに気づいたのか、こっちを見たまま立ち止まっている。
美沙子さんが大股で近づいていった。
富田の姿は美沙子さんに隠れて見えなかったけど、三奈の右半身は見える。
顔を覗かせた。美沙子さんが、ぼくのことを教えたのだろう。
気づかれたことが恥ずかしかった。
美沙子さんが、右手を高く上げて振り切った。
富田の頬を打ち付ける音が聴こえたような気がした。
「あぁ。スッキリした。グーで殴るつもりだったのに、パーになっちゃった。わたしは優しいから駄目ね」
運転席に戻ってきた美沙子さんがエンジンをかけた。
ぼくはアパートの階段を上がって行く富田と三奈の後ろ姿を目で追っていた。
「このまま帰ってもいいの?」
「三奈がジーパンをはいていた」
「それがどうしたのよ」
「……」
富田と三奈が部屋に入ってドアが閉じられた。
「きみと三奈ちゃんは、信楽焼の陶器と木のお椀だったね。似た者同士は、結ばれないものね」
そうだ、あのとき富田は「愛を、飲むとすぐ棄てる紙コップ」と言ったのだ。
そういうものが、三奈の望む愛の形なのか、望まれていることなのか、ぼくにはわからない。
「自分の運命を危険なほうに賭けるのって、情熱がわくものよ。まぁ、きみのことは、わたしにはどうでもいいんだけどさ」