第15話  咲雪のいるところ。 2

文字数 895文字


 廊下の両側に四部屋ずつあった。
 咲雪さんは、左側の三番目の部屋の前で鍵を出した。
 六畳の部屋の中は、片隅をカーテンで仕切ってある。
 真ん中に小さな折りたたみ式のテーブル。窓際に机とカラーボックスが二個あるだけで、雑誌と本が壁に沿って平積みされている。
 カーテンが花柄でなければ、女性の部屋とはとても思えない。
「何も置いてないのよ。書くための部屋だからさ」
 机の上の原稿用紙に、きれいな文字が並んでいた。
「これって、漫画の原作ですか?」
「小説を書いてるの。見ないでよ」
「どんな物語を書いているんですか?」
「教えない。どうせ興味なんかないでしょ」
 咲雪さんはカーテンの陰に入った。
「冷蔵庫にビールがあるから、飲んでいいよ」
 声だけが聞こえる。

 小さな冷蔵庫を開けると、缶ビールが詰め込まれていた。
 ひと缶取り出して、テーブルの上に置いた。
 咲雪さんがゆったりとしたシャツの胸ボタンを止めながら、カーテンから出てきた。
 ジーンズは白いショートパンツに替わっている。
「自分のだけ? 気が利かないわね」
 テーブルに目をやって言った。
「ぼくは、まだ十九です」
「そういう人なんだ」
 缶ビールを開けると咲雪さんは、ひと口流し込んでから窓を少し開けた。
 待っていたように子猫が入って来た。
「猫は好き?」
「苦手です」
「嘘でも好きだと言えばいいのに、そんなんじゃモテないね」
 子猫は咲雪さんに首をなでられて、気持ちよさそうに目を閉じている。

「うたはるとって、学生運動の活動家なの?」
「えっ? どうして?」
「地下に潜っていた時に、内ゲバで殺されそうになったって聞いたけど」
 新宿の地下道で寝ていた時に蹴られたことが、ものすごく変形して伝わっている。
 笑ってしまった。
「そのことを聞きたくて、ぼくを部屋に呼んだんですか? こんな夜中に」
「昼とか、夜中とか関係ないわ」
「ぼく、帰ります」
 と立ち上がった。
「灯りがついていれば、いつでも来ていいよ」
 咲雪さんは子猫の相手をしながら言った。
 音を立てないように階段を下りてから、咲雪さんの部屋を見上げた。
 魅力的なんだけど、どうも謎めいていて近寄りがたい人なんだよな。

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