第40話 これは これは これは 25 『マリネエンタープライズ』

文字数 1,291文字


 たがわさんと左近士さんは、それぞれ牛次郎さんの原作で漫画を描いていたんだけど、制野さんはオリジナル作品だった。
 極真空手の道場に通っているバリバリの武闘派で、しかも今でいうイケ面。
 街でナンパしてきた可愛い女の子を、机の横にはべらせて絵を描いていた。




 
 エロい話の中に、いつも自慢を挿入してくるので苦手だったな。
 
 プロダクションが解散する時に、スクリーントーンが大量に紛失したことがあったんだ。
 左近士さんがぼくに、「みんなに訊いてくれ」というもんだから、仕方なく訊き回ったんだ。
「スクリーントーンが紛失しているんですが、何か知りませんか?」
 あなたが盗っていませんか? と同義語だよな。





 制野さんに訊くときはビビッたよ。
 なにせ、寸止めをしない極真空手だもんな。
「昔の俺なら、殴っていた」
 苦笑していっただけで済んでよかったよ。


『制野 秀一(せいの・しゅういち)』
1950年~ 2005年。山形県出身。別名:せいの秀一、生田正次。
 漫画家を目指し、高校を中退して上京。横山まさみち・つのだじろう・赤塚不二夫らのアシスタントを経て、1973年に『怒りの朝』(『週刊少年キング』掲載)でデビュー。
 主に官能劇画誌で活動するが、特撮テレビ番組のコミカライズで児童誌にも執筆する2005年8月218月21日、心不全で死去。55歳没。





 2人のアシスタント、渡山さんと黒田さん。
 黒田さんは、ぼくより若かったんだけど、ヒゲ面でいつも不機嫌な声、でも絵は上手い職人タイプ。

 渡山さんは江戸っ子で、「三代続いてのジャイアンツファン」と自慢気にいってたな。
「読売ジャイアンツって、できたのは昭和の初めですよね。ずいぶん早婚の家系なんですね」
 と皮肉をいったら、なんだか気に入られたみたいで、オートバイの後ろに載せてもらって、いろんなところへ連れていってもらったよ。

 ぼくは、ここで漫画の技法を一から覚えたんだ。

 プロの原画は凄いと改めて思ったよ。
 一本一本の線が艶やかに輝いているんだ。
 原画に手を加えるのは緊張したよ。

 ケンカ別れをした同人誌仲間の原画も、同じレベルだったはずなのに、ぼくが友だちの延長線上でしか、見ていなかったから感じなかったんだと思った。
 そこが、ケンカの原因だったのかもしれないな





「ベタ塗り」といって、ペンで『×』が書いてある頭の毛や、影の部分を、毛先の細い面相筆で黒く塗り潰すんだけど、
「ボタするんじゃないぞ」
 注意されたけど、意味がわからなかったんだ。
 筆に墨を付け過ぎて、ボタッと原稿に落とすなということだろう。そう思って訊き返さなかった。
 




 墨汁入れの丸い口のところで、何度も墨を切ってから慎重に筆先を原稿に当てる。
 髪の毛の細い線からはみ出さないように、原稿を回しながら塗る。
 ひとコマを終わらせて、ふうっと息を吐き出した。
 一ページを完成させると、ひそかに満足感に浸ったよ。

「『あっ!』とか、『うっ!』とか声を出さないで、静かにやれ!」
「次はア行でなくて、カ行にします」
 といったけど、ぼくのジョークは通じなかったよ。


これは これは これは 26 に続く。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み