第7話

文字数 1,186文字


 ぼくは次の日からカード式のメモを用意して、相手の口調で脈がありそうだと感じると、短くコメントを書き入れた。
 日を置いてから二回、三回と電話をすると、機嫌よく広告を了承してくれるお客さんも増えて、営業成績が伸びていった。

 一か月後に、二十歳になったばかりの三奈が入ってきた。
 デニムのロングスカートにポニーテールで会社にきた姿を見たときは、ある種の感動さえ覚えた。  
 ぼくは会社に合せて、安物のスーツで通勤していたからだ。
 課長から三奈のサポートを頼まれて、電話営業のやり方を、あれこれと指導した。
 といっても一か月の経験では、すぐに教えるネタがなくなった。それでも、ぼくなりに本を読んだりして努力はした。
 それは、三奈がぼくの言葉をノートに書いていたからだった。
 特に好感を持ったのは、三奈は鼻をかむ時に、イスから降りて姿勢を低くし机に隠れたんだ。
 その仕草がかわいくて印象的だった。

 三奈の成績はあまり上がらなかったけど、アパートの部屋代を親に出してもらっているからと、焦る様子はなかった。
 クリスマスにたまたま帰りが一緒になった。
 天気予報では雨が降るなんて言ってなかったが、帰り間際に激しく降り出した。
 ぼくは置き傘があったし、三奈は折りたたみ傘を持っていた。
 会社からは、何軒もあるラブホテルの間を通り抜けて新大久保駅に出る。
 そこを避けて遠回りすることも出来たけど、通勤で通い慣れていたので二人ともその道を歩いて駅に向かった。

『ご休憩料金』のネオンが点滅している看板の横から、傘を持っていないカップルが小走りで出て来た。
 ぼくたちが仕事をしている時に、あのカップルはここでセックスをしていたんだ。
 この雨は天罰だなと思いながら強くなった雨脚を眺めていると、横にいた三奈がいきなり走り出した。
 カップルに追いつくと、傘を手渡して戻ってきた。
 そして、「駅までお願いします」とぼくの傘に入ってきた。
「クリスマスだから、傘をプレゼントしたの」
 笑顔で言った。

 ぼくは駅に着いてから、三奈に傘を渡した。
「高円寺駅から、徒歩五分だから。お店の軒下に沿って帰れば、ほぼ濡れない」
「高円寺なんですか!」
 三奈が、フォークシンガーの『よしだたくろう』が大好きだと言った。そして、たくろうが歌う『高円寺』に行ってみたいと。
 ぼくは、いつでも案内すると言った。
 しかし、会社で一緒に働いていた時は、その場のノリで言っただけの社交辞令みたいなものかなと思って、ぼくから誘わなかったし、三奈も何も言わなかった。

 ぼくは四月で会社を辞めると決めてからも、断られると顔を合せづらいので誘えなかった。
 最後に出社した時に、明日から会社にこないことを告げてから誘ったのだ。
 三奈は、ゴールデンウィークは群馬の実家へ帰ることになっていると言うので、三週目の日曜日の二時に会う約束をしたんだ。

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