第13話

文字数 957文字


 五人が座ると狭くなって、ぼくの後ろにいる三奈の身体に背中が触れていた。
「缶ジュースは一本しかないけど、俺が飲んでいいですね」
「それは彼女用だ。女の人は、僕たちが使っているコップに口をつけたくないだろうと思ってさ」
河辺さんは定収入のある余裕だけではなくて、基本的に優しい。

 三奈がたくろうのLPレコードを聴き終わってから、ぼくは彼女を河辺さんと高橋に紹介した。
「三奈ちゃんと呼ぶことになってます」
 富田が言った。
 河辺さんが、ぼくたちの関係を三奈に説明を始めた。
「漫画に限らず文章を書く仲間たち五人で同人誌『蒼い星』をやってます。いちおう、僕が代表で、浦山くんと富田くんも同人です」
「今は休刊中で、書いてるのは俺だけです」
 富田が横から口を出した。
「元々、漫画月刊誌の『COM(コム)』で漫画仲間を集めていたんですが、高円寺周辺に住んでいるメンバーが残っている状態です」
「『COM(コム)』じたいが、三年前に潰れてしまったから」
 ぼくが言い訳するように言った。
 発行していた虫プロ商事が倒産してしまったのだ。
「高橋です。僕は同人じゃなくて、浦山さんのマージャン仲間として混ざっています」
「マージャンですか……」
 三奈がぼくをチラリと見た。
「もう、病気です。女のオッパイを揉むより、マージャン牌(ぱい)を触るほうが快感っていう人種です。部屋を見るとよくわかりますから、帰りに覗いたほうがいいですよ」
 今日の富田が、ぼくを殊更に持ち上げたり貶したりするのも村上龍ショックによるものかもしれない。
「女の人には、厳しいかもですね」
 高橋がぼくに笑いかけた。

 四日前の深夜に、高橋も一緒にマージャンをしていたときのことだ。
 急に二階が騒がしくなった。どどどっと、数人が階段を駆け下りる足音に続いて声が聴こえた。
「やべぇ、シンナーを飲みこんじゃった」
「早く連れて行かなきゃ!」
 ぼくはマージャンを打つ手をとめて廊下へ出た。三、
 四人の男が暗い通路へ消えていく後ろ姿が見えた。
 マージャンを再開すると高橋が「そんなの、シンネー」とセンスのないダジャレを言ったのだ。 

 ぼくは躊躇した。
 なにしろ美沙子さんが逃げ出した部屋だ。
「女性には、ちょっとな」
「丸ごと見せると言ったじゃないですか!」
 興奮した富田は、唾を飛ばしてくる。
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