第10話

文字数 1,215文字


 今までの最年少は二十三歳で三人いる。
 第三十四回の石原慎太郎(1955年下半期)、第三十九回の大江健三郎(1958年上半期))、第五十六回の丸山健二(1966年下半期)だ。
 二十一歳の富田は、今年が勝負だといつも言っていた。

 八畳の部屋の奥に台所があって、本来の出入り口のドアがある。
 部屋に上がって、富田と向かい合うために庭を背にして座る。
 三奈は、座る前に両手でロングスカートの後ろを軽くつまみあげた。ふわりと浮いた裾が広がり、座ると床にきれいな花が開いたように見えた。
 ぼくの右側にベッドとクローゼットがあって、左側は窓以外全て棚になっている。
 その棚に、本とオーディオデッキやレコード、野球のボールやグローブまで置いてある。
「豊橋三奈さんは、ニックネームはありますか?」
 富田が覗き込むようにして、三奈の顔をうかがう。
「友だちからは、普通に名前で呼ばれています」
「じゃあ、三奈さんか、三奈ちゃんですね。しかし、三奈さんだと、街の中で呼べないですね。皆さんと聴こえて多くの人が振り返ってしまいますから、三奈ちゃんと呼びます」
「お願いします」
「浦山さんは、もの凄い詩人です」
 いきなり富田が言い出した。
 三奈が困ったような顔をぼくに向けた。
「富田は、ぼくを買いかぶりすぎなんだ。いまは詩を書けていないし、漫画家を目指しているんだ」
「本物の詩人は、詩を書かなくていいんです。生き方すべてが詩なんです。だって、一か月で、映画と演劇を百十一本も観た人ですよ。人の身体は食べた物で、感性は観たり聴いたりしたもので出来ていきますからね」
 富田が三奈に、ぼくのアピ―ルをしてくれているけど、なんだか逆効果になっている感じだ。
「目の前に時間だけはあるから、観て回っただけさ」
 ぼくはLP盤のレコードを並べてある棚に近づいて、たくろうのアルバムを探し始めた。
「何を聴くんですか?」
 棚から取り出した『元気です。』のレコードジャケットを富田に見せた。
 たくろうが斜めを向いた顔のアップ。頬にかかっている髪の長さは、ぼくと同じぐらいだった。
「たくろうですか、俺は聴きたくないですよ」
「彼女がファンだから、聴かせてあげたいんだ」
「たくろうは金を儲けて堕落した」
 富田はたくろうが去年の高額納税者番付で、歌手部門の五位となって、フォークシンガーとして初のランク入りしたことをいっているのだ。
 たくろうが歌う『結婚しようよ』や『旅の宿』がヒットし、作曲したモップス『たどりついたらいつも雨降り』や森進一『襟裳岬』、かまやつひろし『我が良き友よ』も売れていた。
「やめろよ。彼女、たくろうのファンだって言ってるだろ」
「いつのまにか、吉田拓郎と名前を漢字にしているけど、そのことも気にいらない。よしだたくろうに馴染んでいるファンを切り捨てたんですよ」
「名前を漢字にしたのは、自分たちで『フォーライフ・レコード』を作ったからです」
 三奈が富田に言い返した。

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